22 戦士1人
2人の男は手を組み、ジ・アークにとっては最悪の展開となる。そんな中、独房にいるアルフィングは何かを思い返していた。
艦長室に着いたジュイルは、机に向かうとゆっくりと椅子に腰掛ける。
折れないアルフィングに不満はあれど、彼を嫌っている訳ではない。ただ、頑なに言わない何かがあり、隠しているものがある。
それが何かを探り当てなければ、アルフィングが折れることは無さそうだ。
「いったい、何があったと言うんだ」
王家が崩壊した事件。パーツ大臣が国民にけしかけ、暴動を起こしたあの時、あの時しか考えられなかった。
パーツ大臣から聞いたのではないだろうが、その可能性も排除出来ない。ただ、そうであって欲しくはない。
そんな時、机に置いてある通信機器に通知が入る。
パーツ大臣からだ。
「貴様の事を考えている時に。はぁ……」
それでも出ない訳にはいかず、一呼吸して心を落ち着かせてから机のスイッチを押し、透明なパネルをその上に出現させる。
「はい」
『おぉ、ご苦労。被害状況はどうだ?』
「…………は? その前にですが、何故彼が……」
しかし、折角心を落ち着かせたのにも関わらず、画面に映し出されたパーツ大臣の、その後ろに居る人物を見た瞬間、また心がざわつき始めているようだ。
このままでは彼は、そのストレスで吐いてしまうだろう。それでも、彼からの次の発言で、ジュイルは遂に堪忍袋の緒が切れてしまう。
『うん。そうだな。とりあえず、民主的な彼の思想に感動してね。よってだ。前々から煩わしいと思っていた、お前達軍を解体する。あのシステムも完成したのでな。よって今後は、自衛権の為の武装のみ、許可する事にした。これで我が国はシンティア皇国からの追求を逃れられる。あぁ、ついでに今回の事も、お前の独断にしておいた』
「なっ……!? 正気か!! 今軍を解体した所でーー」
『シンティア皇国が、PNDがいるではないか。今や平和そのものではないか? その平和を脅かしたのは誰だ?』
「それは、貴様が私にーー」
『お前だろう? お前の、独断、だ』
最早聞く耳持たず。
ここまでイカれているとは思わなかった。ここまで考え無しだとも思わなかった。いや、考えあっての、この横行だろう。
ジュイルはそっと目を閉じる。
そして思った「アルフィング。お前は、この国の何を覗いたんだ。それを言わない方がまだマシな程の、何かだったとでもいうのか? そしてそれは、このパーツ大臣の横行にも関係があるのか」と。
『今後お前達は、アルツェイトを名乗ーー』
「良いだろう。ただし、タダでは乗せられんぞ。お前達の方が順調なのか、それとも別の奴等の方が順調なのか、せいぜい見定めてから、遠慮なくこのジ・アークで潰させてもらおうか」
『……くく。腐った王族等庇ってからに。気付かないとでも思ったか? 国内の元王家の者達は、既に処分している。その為の任務でもあったのだよ。おかしいと思わなかったか? こんな軍拡紛いな事を、私が本気でやるとでも? こんなタイミングで、シンティア皇国に仕掛けるとでも?』
「中にドス黒い野心をチラつかせながら何を言うか。そいつらは、まぁ大丈夫さ。既に貴様の暗躍を伝え、脱出の手筈を整えている。アルフィングだけでも良いが、やはり人数はいるからな」
『ふむ。そうか』
それでも動揺する素振りもない、どこまでが本心で、どこまでが演技が全く分からない。彼はまるで、人形とでも対峙しているかのような、そんな薄ら寒いものを感じていた。
すると、そんな2人の会話に割って入るかのように、ミラルドが話しかけてくる。
『すまないねぇ。盗聴されている可能性もあるからな。まぁ、君達の事をPNDが狙っている以上、アルツェイトを潰されかねない。それだけの相手だ。こちらも身を切るーー』
「そのような世辞もいらん。ミラルド氏。貴様もたいがい腹黒い」
『おやおや……』
そして、ジュイルはガン! っと机を叩く。
「良いか。一触触発のこの状況、何が平和なものか! 本気でそう確信しているのなら、無理して貴様らの下で働く必要もない! 以前の数倍程にもなる、次の戦火の中で、アルツェイトが滅んでいく様を、炎の中で指でもくわえて見ているんだな!!」
そう一喝し、ジュイルは通信を切った。
「あぁ、くそ。腹立たしい事ばかりだ。さて、こうなると……さぁ、どちらに向かおうか」
それからジュイルは、目の前に浮遊しているパネルを操作し、ある場所の地図を出した。
「やはり。ここだな」
そこは、アングラー達が閉じ込められている、ビッグホール・オーシャンだった。
◇ ◇ ◇
ジ・アーク内の独房。
彼は悩んでいた。
変わり果ててしまったジュイルに、何としても以前の様な姿に戻って欲しかった。聡明で智慧もあり、人望もあったあの頃に。
それなのに、今はもう見る影もない。その全てが自分のせいなら、尚更折れる訳にはいかなかった。
「コルク、ツグミ……上手く、コノエと合流しているだろうか?」
こうなってしまっては、コノエが早めに離脱したのは、アルフィングにとってある意味では救いだったかもしれない。
「俺がおかしい? この国がおかしい? 他の国がおかしい? いや、違うんだ。違うんだよ、ジュイル。おかしいのは、この星全て……違うか、この銀河全てか。とてつもない奴が、この星に巣食っていたんだ。俺には、一個人ではどうしようも出来ない。誰にも、どうする事も出来ない。だからだよ。俺なんかが、たった一国を何とかしたところで、俺がいなくなったらまた……それじゃあ、ダメなんだ。ダメなんだよ。真の平和は、訪れない。察してくれ、ジュイル。お前は、そいつにケンカを売ろうとしているんだ」
そして、アルフィングはギリッと歯を噛み締め、最大限の憎しみを持った表情を浮かべる。
「私利私欲か、はたまたもっと別の何かなのか、分からない……が、許す事も出来ない。しかし、歯痒い。そういう人物が居ると確定しているのに、誰かも分からないとは……」
このような状況化でも、彼の目は死んでいない。虎視眈々と、その時を待っているかのように、機を伺っている。
それでも、迂闊には動けない。
外の情報は殆ど来ない。来ないが、ジ・アークが何処に行こうとするかの予測はつく。
「二通りか。もし、パーツ大臣がジ・アークを戦力に据えるなら、最悪の事態は避けられる。しかし、もしもジ・アークを追放するような、そんなバカな真似をするのなら、最悪の事態になるだろうな。恐らくジ・アークは、ビッグホール・オーシャンへ向かう。なぁ、ジュイル。お前もまた、アングラーと繋がっている。レイドルド中将とお前は、反パーツ派だからな」
その最悪へと、ジ・アークは歩を進めている。アルフィングは直感ながらに、そう感じていた。
そして、ビッグホール・オーシャンにはもっと最悪な物が存在している。
「四皇機の1体、ティークトル。海洋戦が得意な、アングラーならではの機体。ただ、あいつらはあの機体を御神体のように崇めていたな。しかも、アングラー達に必要なエネルギーを排出しているんだから、困ったものだ。半永久機関。それを手にすれば、ジ・アークはもう……」
ティークトルは他の四皇機とは違い、海に存在する全てのエネルギーを吸い取り、それを機体エネルギーに変換するという装置が備わっている。つまり、海の中なら半永久的に動く事が出来る。戦闘を続ける事が出来る。まさに神の様な機体。
アングラー達の機体のエネルギーも、このティークトルから取っている。つまり、このティークトルこそが、アングラー達の切り札であり、絶対に負けない無敵の力だった。
虎視眈々と狙うは、海からもであった。
いったい誰が、こんな物を作ったのか。他の四皇機もまた、異常と言ってもいいレベルの性能を持っている。その内の1体こそ、シナプス・オメガ。
未だにその全容は分かっていないが、オメガ・エンジンを搭載し、様々な装置を併用すれば、何と宇宙最大の重力波、ガンマ線バーストを再現可能となっている。
「……神々への。冒涜だな……」
こんな機体を次々と作り出した者こそ、一番の脅威である。そしてーー
「こいつを作った奴は、まだ生きている。もう数百万年も前の事だが、生きている。しかも、この星で暗躍している。くそ……!!」
たった1人。男たった1人では、歯が立たないどころか、視界にも入らないだろう。
次の戦火が広がる前に、何としても正体を突き止めなくてはならない。
ポケットに忍ばせたクシャクシャのメモを見て、アルフィングはその闘志を静かに燃やし続けていた。
「エリシア……君がたった1人で、そいつの正体に気付いたばかりに、私の負担にならないようにと、たった1人立ち向かい、そして殺された。私の大切な、フィアンセ……」
そのメモには、短くこう書いてある。
【英雄に気を付けて】
英雄が何をしたのかは分からない……が、それが糸口になっているのには違いない。
アルフィングはゆっくりと目を閉じ、伝承に伝わる英雄に関しての事を思い出していた。
この星に巣食う誰かは、いったい何の為に戦争を起こすのか? その誰かに利がある事か、はたまたただの野望なのか?
全てがその人物の掌の上なら、誰がどう足掻こうとどうしようも出来ない。その取っ掛かりとして、アルフィングが手にしていたのは、あるメモだった。
英雄に気を付けて。
果たして、英雄は過去に何をしたのだろう。
次回 MEMORANDUM「ある者の手記 Ⅰ」




