21 2人の男と2つの思い
謎の機体の砲撃により、荒野の戦闘は収まった。多大な犠牲があったが、大国にとってはそれすら些細な事。
2つの国は、ある意思によって掻き乱されていく。
ジャンク・ルックアレードの隠れ家だった場所の襲撃は、メンバー全員の殺害により幕を閉じた。
盗まれた実験機のデータ諸共、完璧に消し炭にしてしまう。それこそ、アルツェイトの取った作戦だった。
1人だけ、予測外の乱入者があったものの、アレだけの広範囲の爆破があれば、生きてなどはいないだろう。
執務室へと向かう道すがら、ニヤニヤとほくそ笑むパーツ大臣は、ようやく一つ問題が片付いた事に安堵した。
「ふふ。全く、欲深い無知どものお陰で、今回の件は何とかなった。礼を言うぞ。と言っても、もうとっくに消し炭だがな。ふひはははは」
愉悦が止まらない。
お陰様で、ミルディアからの技術盗用は完璧となり、アルツェイト独自の機体システムも完成した。
あとは一気に仕掛け、目障りで耳障りなシンティア皇国を国連から引きはがすだけ。その後、ジ・アークを追放するか、もしくは解体する。
アレは、自身の進展を邪魔する可能性がある。それでも、今はまだ強力な兵器として活用出来る。
その為の軍拡であり、技術盗用であり、AIシステムの開発だった。
そう。それだけのはずだった。
「随分とご満悦ですな。パーツ大臣。いや、パーツ=ゲイン」
「……なぜ貴様がそこに座っている。退け。このピエロモドキが」
「ピエロモドキ。ふふ、確かに言い得て妙だな。何せ私は、どちらの味方でもなかったからね。ミルディア側にスパイとして送り込まれ、アルツェイト側のスパイとしても動いていた。つまり、タブルスパイとかそういうものだな。ただ、それは全て、私の野望を達成するためだ。完璧な民主主義の国を作る。その野望の為。ピエロを演じさせて貰ったよ」
パーツ大臣が座るべき場所、そこには別の人物が座っていた。
少しほっそりとした顔つきで、紳士的な様相をしている、アルツェイトに亡命してきたミラルド=ウィバーン氏その人だった。
そして、彼の周りにはアルツェイト軍の兵達が並び、パーツ大臣の周りにも兵が囲む。それに対応するかのようにして、パーツ大臣の護衛の兵も銃を構える。
「なるほど。ミルディアに取られたからと、我が国を乗っ取る計画か。節操のない奴だ。そんなに国が欲しいか」
「いやぁ。国等なくても、民主主義が実現出来ればいい。しかし残念ながら、国という概念がなければ民主主義は実現出来ない。民主主義は国でなければ実現出来ないのさ」
「はて。おかしな言い方を。では、民主とは何なのだ? んん? 私は散々それを国連やら他国やらに語りかけてきたが、全く理解をしようとしない。突き詰めるところ、民主主義も社会主義も共産主義も、一部の国民、一部の権力者がおいしい思いをする為の、正当化の為の思想。そう思わんかね?」
この状況化でも、パーツ大臣は焦る事なくミラルド氏を見て、淡々と喋る。
「全ての国民の平和と安定の為のーー」
「聞き飽きたよ、その言葉はね。ミラルド=ウィバーン。貴様も結局の所、いつまでもピエロなのだよ」
「…………あぁ、そうだ。結局、私もお前も彼の掌の上だ。いや、彼もそうかも知れない。もっととんでもない奴が、この星に巣食っている。だからだ、パーツ=ゲイン」
すると、ミラルド氏は銃を降ろし、その周りの兵にも指示を出し、銃を降ろさせた。
「私と協力しろ。私はこのままピエロを演じる気はない。そしてそれは、お前もだろう」
「…………」
反撃のチャンスと見たのか、パーツ大臣の側近が引き金を引こうとするが、それをパーツ大臣が片手を上げ制止させる。
「どう、協力を? ミラルド氏。貴殿の言う民主主義な世界……いや、平和な世界とやらが実現されているぞ。何をどうする気なのだ?」
「……シンティア皇国を、引きずり降ろす。アレは、民主の皮を被ったバケモンだ」
「ほう」
その言葉に、パーツ大臣の顔色が変わった。
◇ ◇ ◇
ミルディア領近く、ジャンク・ルックアレードが隠れ家にしていた荒野地帯の戦闘は収まった。
謎の竜型機体の登場により、全隊危険と認識し、一気に撤退していったのだ。もちろん、ジ・アークも撤退している。
それからしばらくして、その場所から黒いハコ機が現れ、猛スピードでその場から撤退していく姿があった。
オルグは無事だった。
その少し前にも、火花を散らしながらヨロヨロとその場から離れて行く、小さな機体があった。
ガイナバ大佐もまた、かろうじて難を逃れ、回収したクレナイと共に、オルグと別れ、何処かへと立ち去っていったのだ。
しかし、シナプスの姿は何処にもなく、その機体の残骸だけが辺りに散らばっている。
その事から、パイロットも無事ではないだろうということだけは、容易に想像出来る。遺体どころではない、それだけのエネルギー砲を直で受けたのだから、助かりようがない。
彼女が最後に力を振り絞り、自分達を思い切り突き飛ばしたからこそ、あの攻撃をギリギリで回避出来た。
とは言え、オルグの機体も完璧に無傷というわけではなく、至る所破損しており、戦闘は出来そうになかった。つまり、今ここで会敵してしまうと、いくらオルグだろうと逃げの一択しかなくなる。
「…………」
ただ、そういう考えがあったとしても、今のオルグは無意識に逃げの選択をするだろう。
また、自分が好意を持った者が死んだ。自分はもう、人を愛してはいけないのだ……と、そう心に誓ってしまっている。
そして黒いハコ機は、既に暗くなった夜闇の中、ミルディア軍の駐屯地へと機体を走らせていく。
◇ ◇ ◇
同時刻。ジ・アーク内部では、今回の騒動によってPNDと決定的な決裂を起こし、本格的な戦争へと発展する事に対し、重苦しい空気が漂っている。
そんな艦内にある独房の中では、髭が伸び、ボサボサの赤い髪をした男性が、消えない闘志を宿した目を、扉の小窓から覗く男性に向けていた。
「ジュイル。お前は、選択を間違えたぞ。アルツェイトを危機へと追いやっている。いや、この艦だけかも知れない。それを、分かっているのか?」
「間違えたとは思っていない。パーツの指示でもあったからな。最後、変な乱入はあったものの、概ね想定通りだ。そもそもあの機体は公に出来ないものだ。だからこそ、PNDと対立する事になっても、根こそぎ消し去らなければならなかった」
その独房で対峙しているのは、ジ・アークの新たな艦長ジュイル=シェーカーと、アルフィング・カールトンだった。
「そもそも、あなたもいい加減に折れてくれないですか? こんな扱いをしたくはないのですが、あなたが拒否するから、とにかく外堀から埋めるしかないのですよ。あぁ、勝手に動かれると困るので、こんな場所に閉じ込めるしかないとは……」
「その為に、レイラに何をしたんだ!」
「なに、ちょっとしたケモナーに対する矯正施術ですよ。もう死んだ者ですからね、権利やら何やらは生きた人間とは違うのです。新たな実験の道具になった所で、文句は言えないのですよ? そういうものです」
すると突然、アルフィングは立ち上がるようにして前のめりになり、ガン! っと独房の扉に頭突きをしてくる。未だに折れないその目に、ジュイルは少し悪寒を感じている。
「その権利とやらも! アルツェイトは未だに前時代のものだ! それも国連に隠している。なぁ、これが本当に善政をする国なのか?! 腐りきっているんだよ。王権に戻ろうと、それは一緒なんだよ!! いや、王権の方が酷かっただろう! 分からねぇのか!! ジュイル!」
「分からないのはあなたです。ねぇ。あなた、昔私になんて言いました? そんな腐りきった王権は、俺が直してやる。そう言いましたよね? 私はあなたのその言葉に、熱意を感じた。しかも、ちゃんと行動までしていたのに。それなのに、なぜ……なぜあの時、王位を捨てたのですか!!!! なぜ、あんな腐りきったガマガエルに全て奪われているんですか!?」
「それは……」
「なぜ言えない!! 何を隠しているんだ!! アルフィング!!」
そんなジュイルの言葉に、アルフィングは何も答えず、ただ彼の叫びだけが響き渡った。しかも、それでもアルフィングは無言でジュイルを睨みつけていた。
まるで彼が全て間違っていると言わんばかりに。
「分からない。分からないですよ、あなたの考えが。あなたのその行動が。もう少し、頭を冷やしておいて下さい」
そう吐き捨て、ジュイルはその場を去っていった。
ミラルドとパーツ。相性が合わなさそうな2人は、手を組むのだろうか。そして、戦士として心持ちを新たにするオルグの目には、何が映るのか。ジ・アークは、危機的な状況に陥るのか。
たった1つの戦闘で、幾人もの人生が枝分かれしていく。それぞれが最後にいきつくのは、果たして……平穏か、更なる惨劇か。
次回 「22 戦士1人」




