3 邂逅
女の子らしくされてしまったコノエは、それでも自分は男なんだと言い聞かせ、コルクと街を歩いていた。しかし、そこに不審な男性が2人の後をつけていて……。
僕達は適当な店を選び、その中に入ってカウンター席に座り、メニュー表を受け取ると、同じく後ろから入って来たサングラスの男性を意識しながら、メニュー表を立て、その中で隠れながらヒソヒソと話をする。
「あんまり怪しい行動してもだし、ここからは普通にするわよ」
「分かってるよ。ただ、相手にもバレているなら、何でこっちに来ないの?」
「さぁねぇ、何か探っているような、そんな感じね~」
一体何を探っているのやら、良く分からないんだけれど、他国の軍人とかだとしたら、ケモナーである僕達を処分する為、人通りの少ない所に行くのを待っている……のかも知れない。それなら、食べ終えたらそそくさと艦に戻った方が良い。
ただあの艦も、レイラ教官の休暇に伴って、僕の居た施設の近くの軍事施設で、長期メンテナンスをしていたようで、長い間動いていなかったし、武装はともかく、機体に関してはほぼ用意していなかったみたいだ。そうなると、増援もそんなに期待出来ないな。
しかも、そんな時に先日の襲撃があり、艦長の独断によって、あの艦を動かしたようだ。
更にあの場所も、どうやら非戦闘地域だったらしく、ここ最近は穏やかだったようだ。
僕の知らないところで、色々と不穏な動きが起こっているみたいだ。
どちらが先に先手を打つか、そんな探りあいが起こっているのなら、僕はとんだとばっちりを受けたことになるし、こんな時代に蘇生されてしまっていい迷惑だよ。
自分の生きる意味、目的。それを与えてくれるとはいえ、こんなギスギスピリピリしたのじゃなく……って、戦争なんてどの時代でもこんな感じだったのかも。
「はぁ……」
「で、な~にため息ついてるのよ? 嫌なら軍辞める?」
「いやいや、やりますやります」
「全くもう。元男なら、もっとしっかりしなさいよ!」
「は~い」
そうはいっても、これは誰だって緊張するし、胃も痛くなるよ。と思っていたら、まさかの僕の横からその男性が話しかけてきた。
「失礼。良ければ、ここは奢らせて貰えないか?」
「はい!?」
「えっ?!」
2人してそんな声を上げてもおかしくないくらい、意外な事を言ってきたんだ。
奢る? 何で?! いったいどういう意図でそんなことを……しかも、初対面の女性にとかあり得ないよ。
「あぁ、いや失礼。ついね……そちらの、狐のお嬢さんが気になってしまってね。2人ともケモナーで、軍の関係者なのも分かっているし、私にも気付いていたね?」
「…………」
「…………」
それに対して変な受け答えをするのもだし、予想外の接触だったから、とりあえずは無言で頷くしかなかった。
その後男性は、僕達の隣の席に座り、店員に注文を頼んでいた。
「何がいい?」
「……この、ニューシチルパスタ」
「……ふぅ、私はビッグビックバーガー」
なんかメニューからして良く分からないけれど、写真を見るとシーフードパスタっぽかったから、それにした。コルクのも、結構大きめのハンバーガーだったよ。
それから、サングラスの男性が注文をすると、再びこちらを見て言ってきた。
「緊張するのも仕方ないが、ここで騒ぎを起こしても、誰も何も得しない。先ずは、私の話を聞いて欲しい」
淡々と話す男性に、僕達は警戒しながら聞いている。けれど、僕だけはこいつの声に聞き覚えがあった。どこだったか……本当につい最近で、と思ったところで思い出した。
こいつ、2週間前に襲撃して来た、あの黒いハコ機に乗っていたパイロットの声とソックリだ。いや、本人か? こんな所で会うなんて……どうしたら。
◇ ◇ ◇
食事が出され、僕達は緊張しながらそれを食べる。
サングラスの男性の方は、コーヒーにサンドイッチみたいなものだけれど、間に挟んであるのが中々に美味しそうなカツだったよ。
「ここは海沿いで、海の幸が豊富だが、一方で丘の方は放牧等も盛んでね。肉等も、美味なものが多い。そうだな、小さなボートで優雅に2人で……というのも悪くない」
「はぁ、なるほど……」
そして何故か、コルクじゃなくて僕にばかり話しかけてくる。何でだ……やっぱり、こいつも気付いているのか? だから、こんなにも……。
「君は、人間だった頃はどういう?」
「あ~男性でして。地球……って言っても分からないかな? 遥か昔に、そこで亡くなったけれど、今の時代にケモナーとして蘇生されました」
「地球? なるほど、またここから遠い……そうか。そこから遺体を運ばれて、処置をされたのか。どうやら違うようだな」
「違う? いったい何が……?」
コーヒーを一口飲み、どこか安心したような、困惑もしているような表情を見せた男性は、意外な事を粒やいてきた。
「それで分かったよ。例の『DEEP計画』の犠牲者か。あの計画は、施設ごと私達が破壊したのだが、逃げ延びた者がいたのだな。先の戦闘も、これで納得がいった。可哀想に」
可哀想? それは、いったい何の基準で語っているんだ。僕にとってはどれもピンと来ないし、悲観もしていないよ。
「あのさ。可哀想ってのは、悲観している人だけに言ってくれる? 僕は悲観もしていない」
幸い、横のコルクには聞こえていない。というか、バーガー食べるのに必死で、こっちの事は気にしてもいない。
おいおい、何でそんなの頼んだんだ? 緊張していたから、適当なものでも選んじゃったのか……頼むから、こっちにも意識を向けてくれ。「こんなはずじゃ……」って言いながら、口の周りをベチャベチャにするなよ。待てよ、その手があったか。
「あ~もう、コルク。口の周りベチャベチャだよ」
「むぅ、あっ……ごめんなさい」
やっと気がついたか……口元をナプキン拭いてやったら、今の状況を思い出して、サングラスの男性を睨み付け始めたよ。でもな、まだそこまで険悪じゃないから。
「ふっ、そういうところもソックリだな。目付きは違うが、私の亡きフィアンセにソックリだ。思わず声をかけてしまって、申し訳ない」
そういう理由だったのか。それでも、こうやって声をかけて、色々と僕の事情まで聞いて、いったい何が狙いでーー
「だから、君を保護したかった。私は君に一目惚れをしてしまった。更には、例の計画の犠牲者ときたものだ。なおさら、私達の所で保護をしたい」
それが、狙いか。
僕を保護する。つまりそれは、あの機体ごと僕を手に入れるつもりだ。一目惚れだとか言って、そんなのでは、今時の乙女でもときめかないだろうに。僕は男だから、そんな言葉は寒気がするだけだ。
「悪いけれど、僕は男だったんだよ。そんな言葉、寒気がするだけだ。あなたは同性愛の気でもあるの?」
「いやいや、今の君は女の子だ。女の子として生まれ変わっている。それなら、何の問題もなかろう。それとね、私は君とは戦いたくないんだ。またあの機体に乗るのなら、私と敵対することになる。それだけはーー」
そこまで聞いた僕は、咄嗟にホルスターから銃を取り出し、セーフティを外して撃鉄を引いた。そのままサングラスの男性に突き付けるけど、相手は微動だにしない。
「浅いし若い。やはり君は、戦うべきではない。それは、人の命を奪うものだ。君に、その覚悟があるのかね? 手が震えているぞ」
「……うっ」
確かに、どうしてここで銃なんかと思ったけれど、とにかく捕まえるなり倒すなりしないとーーって思ってしまった。だってこいつが、ほんの一瞬、僅かにだけれど、僕に殺気を放ってきたからだ。無意識に、銃を向けてしまったよ。
「何しているのよ、コノエ。それ、片付けなさい。あなたもね」
「いやはや、お連れは気付いていたか。君は、気付かない程に動揺したのかね?」
「えっ……?」
良く見ると、サングラスの男性も、体の反対側、僕からは良く見えない所から、銃を構えて銃口をこちらに向けていた。
「この子は、まだ軍に入るかどうかも決まっていない。とりあえず訓練はしているけれど、まだ日は浅いのよ。護身用で持たされているだけ。あなたも、軍の関係者なのは分かったし、その子が気になるのは分かったけれど、争い事はここでは止めましょう」
「ふむ……なるほど。それならなおさら、君はあの機体に乗るべきではないな。次、戦場で君と出会ったら、私は容赦なく君を殺す。例え一目惚れだろうと、私はただの一介の兵士に過ぎない。分かったら、軍からは離れるんだ」
そう言った後、店の中に入ってきた大柄な男性が、サングラスの男性を見つけると声をかけてきた。
「お~少佐。もういいか?」
「あぁ、もういいよ。見張りをありがとう、グランツ君」
良く見ると、そいつもケモナーだった。
虎の尻尾に虎の耳。ガタイの良さからして、相当強そうだぞ。
「んぁ? ケモナー2人か? へぇ、良いもん見つけたな、少佐」
「いやぁ、保護出来なかったよ。戦場で会うかも知れない。その時は、君の前にも現れるかもね」
「お? マジか? いやぁ、そりゃ~楽しみだ」
何なんだこいつは……あからさまに、戦いたくてウズウズしている。自分にはそれしかないっていう感じで、あんまり近付きたくない雰囲気まである。
「あとそうだ。少佐。近くに潜伏している部隊を見つけたぜ。ゲリラっぽい」
「なに? そうか……ここも、か。君達も、早く戻りたまえ。ここは戦場になる」
「え?」
だけどそれだけ言うと、サングラスの男性は足早にその場を立ち去っていった。僕に盛大なしこりを残していってね。
その後しばらくしてから、外からの爆発音と衝撃が店内に響き渡った。
ゲリラ部隊がやって来ていると聞き、急いで艦に戻った2人は、早速艦長から出撃を言い渡される。ただ、教官からは待機するよう言われたコノエだったが、艦長からは意外な言葉が……。
次回「4 ゲリラ部隊急襲」




