1 こんにちは、未来
いつか人は、銀河の外に行ける。僕はずっとそう思っていた。僕の生きている間には無理だろうけれど、その時はいつか来るのだろうと、夜空を見上げて思っていた。
それが、最後に考えていた事。その後は、何か強い衝撃を受け、全身の痛みと共に意識が途絶えた。
◇ ◇ ◇
「バイタル、戻りました」
「了解。細胞の動きと、脳の動きに注意して。起きるわよ」
「……え?」
ずいぶんと長い間寝ていたような……そんな気がする。
そして眩い程の光は、この目にずいぶんと光を入れていなかった事を伝えている。
僕、どれだけ寝ていたんだ?
「おはよう。え……っと、凍結記録では、鈴原幸太君ね。お目覚めの所悪いけれど、身体の確認で驚かないで」
「いや、その前に何が……」
「あぁ、そこからか。君、記憶は?」
淡々とした口調で、女性が喋っている。大人の女性みたいだけれど、いったい何があったんだろう。頭がぼうっとする。
「記憶……コンビニ行って、家に帰る途中で、何か……衝撃に。まさか、僕は事故で?」
「記録ではそうなっているね。君は死んだ」
「……はっ?」
えっ? それじゃあ何で、今ここでこうして喋って……いや、身体がおかしい。
僕は男で、ちゃんとそれを示してくれるモノがついて……ついて……ない。
「えっ? えっ?」
「あ~慌てるな慌てるな。脳がオーバーヒートする。順を追う。良いか」
「……は、はい」
間違いなく、僕の身体は変えられていた。
死んだから? だからなんだ……いったい、何が起きているんだ。とにかく、景色も何とか分かってきた。
何もない。真っ白な部屋に、ベッドが1つ。あとは周りに、医療系の器具があるだけ。
その横に、白衣を着た女性が立っていた。何かを書きながらも、こちらをチラチラと見ている。
落ち着かないな。裸なんだよ、こっちは。
ピンクのボサボサした髪に、隈のある目。太ぶちのメガネから覗く瞳は、凄く眠たそうだ。
「先ず、君は死んだ。居眠り運転のトラックに跳ねられた。遺族は悲しんだ。政府は提案した。身体を一気に凍結保存し、遥か未来に蘇生のチャンスを残せる、と。その代わり、その未来でどんな研究に使われるかは、その時の科学者、医学者に全て委ねる事。遥か未来の今、君は生まれ変わった。終わり」
「はいはいはいはい!」
端的過ぎて色々と飛んでいるよ。
政府? 遥か未来? どんな事に使われるかは、その時の人達次第?! ふざけないで欲しいよ。
「眠たいんだ……長々と説明させるな。はい、幸太君」
「いやいや、大雑把過ぎるんだよ! 先ずさ、なんで政府がーー」
「ランダムに抽選で選ばれた」
こんな所で、一生分の強運を使ったのか?! いや、死んでいるんだよな……。
それじゃあ、家族の誰か……は、ないか。あの家族では。
「それにしても、あの家族が良くお金をーー」
「……? えらく他人行儀だな。いや、逆に君の身体を渡せば、葬式もそれっぽく出してくれて、色々と誤魔化してくれるようだった。ただ、香典やら君の貯金は、全部渡す必要があったようだがね。古い凍結記録だったから、読み込むのに時間もかかり、一部破損もしていたからな。だが、間違いない」
そっか、あの家族なら仕方ない……けれど、どこか残念で、寂しい気持ちになってしまった。
そうなると次は。
「それじゃあ、何で僕は女の子なんだ? しかもーー」
「可愛い尻尾と耳だろう?」
「そうじゃない」
問題はそこじゃないんだよ。何でケモミミだって事だ。
いきなりこんな美少ーー美少女……。
「ふふ、なかなか可愛いだろう? 狐娘だ。それが一番適応したからな」
姿見に写った今の自分を見て、思わず見とれてしまった。
髪の毛は、狐色の肩までのセミロング。切れ長の目が、驚いた様子でこっちを見ている。
胸は……そんなに無いけれど、ちょっとは盛り上がって、あるのは分かった。スラッとした体型だから、少し幼い感じに見えるけれど、10代半ばくらいにしては、少し大人びているような雰囲気もあった。
これが……僕?
「身体に関しては、追々慣れていってくれ。あとに関しては、これに書いてある。目を通しておくんだ」
「いや、まって。あ、あなたは? ただの医者にしてはーー」
「まぁ、私はどちらかというと研究者だ。一応、医者としても活動出来るよう、医師の資格はあるが」
そう言って、その人は何かを書き終えると、部屋に入って来た軍服の人に渡した。
ここって……どこか別の国の、軍事施設か何かってところか。
「ここはいったい?」
「ん? それだな、問題は。それに目を通してくれたら、ある程度は分かるが、如何せん量が膨大だ」
そうなんだよ。辞書みたいに分厚い本を渡されてさ、読めと言われても。そこは端的に説明して欲しいよ。
「はぁ……眠たいのに。ここは5000万年後、地球のある天の川銀河外、太陽と似た恒星「ロキ」の惑星、ハピタプルゾーンに存在するスーパアース「ユグドル」だ」
「…………」
「そりゃ、突然宇宙の話を振られた人みたいに、目が点にもなるな。いや、実際宇宙の話になってるからな」
そうじゃなくて! 僕が驚いたのは、人類が天の川銀河から飛び出した事。そして、人間の住める惑星を見つけた事。その事に驚いているんだよ。
5000万年だから、可能性は十分にある。それまで、人類が滅ばなかったのもビックリだよ。
それだけの技術があれば、死んだ人の肉体の蘇生。いや、別の肉体にしてしまうのも、可能なのだろう……けれど、それに関してはどう足掻いても、不可能だったはずじゃ……それも、ここに書かれているのかな? 読みたいけれどーー
「ちなみに、それ一巻ね。残りは別の部屋にあって、計五十巻だから」
「…………」
そうだと思った。5000万年の出来事、様々な分野の事を記すなら、これ一冊じゃーー
「あれ、待って。そこまで進歩しているのに、未だに紙?」
「ん? データでは保存されている。しかしな、結局物質化した方が、送るのは簡単だということだ。クラウドに纏めて、データで地球から持ち出そうとすると、どうしても様々な問題点が浮き出てな」
「あ~その辺りは良いです。とりあえず、今はどういう状況で、僕はどうしたら良いのかを」
渡された分厚い本を床に起き、慣れない女性の身体を凝視しないよう、前に立っている女性に聞いた。
そうしないと、ここで延々と話されてしまいそうだよ。話が進まないのだけは避けないと。
「ふむ、そうだな。人類は相変わらず、戦争をしている。そして君は、アレに乗って戦いたまえ」
「……はい?!」
そう言って、その女性は窓まで歩いて行き、シャッとその窓のカーテンを開けた。
そこには、4足の動物がお座りをするかのようにして座っている、大きなロボットの姿があった。2階にあったこの部屋の窓と、同じくらいの所に顔の部分があって、本当に犬みたいな顔だ。
「あれは、特殊機動戦闘装具。通称『ビースト・ユニット』だ。あれを扱えるのは、命を落とした後、特別な処置を施され、身体に獣の血と細胞を混ぜて蘇ったケモ耳、そして同期する為の尻尾を持った、獣人戦闘員『ケモナー』にしか扱えない」
銀河の外に出たと思ったら、こんなとんでもない戦闘ロボットを作り、また戦争をしていたなんて。
しかも、僕もその「ケモナー」とやらにされてしまったのなら、僕が死んだ時代で既に、この構想は出来ていたのだろう。
だからこそ政府は、不慮の事故か事件に巻き込まれて死んだ人を、ランダムに集めていた。
「これも、君の家族が政府と約束した事だ。どう扱われようと構わないという。死んだ本人の意思とは関係ない、人類史上最低最悪の、身勝手な行いさ」
そこに怒りがあるかと言われたら、そりゃ少しはある。しかし、文句を言える人はもう居ないんだろう。
居ても居なくても一緒。
帰る場所も無かった。
やっと仕事が出来るようになり、一人暮しを始めて、だけど友達も居なくて、何の為に生きていたかも分からなかった。
だから、生きて何かをする意味をくれたのなら、最後にちょっとだけ、感謝はしておく。
おかしいと笑うなら笑ったらいい。
僕は何も与えられず、ただ生きているだけの人間だった。何かをしたいと思えなくなった人間の考えなんて、普通の人には分からないだろうから。
だからーー
「分かりました。それに乗って戦ったら良いんですね」
こう答えるのも、僕にとっては違和感もなかった。
突然、美少女の狐娘に蘇生されてしまった鈴原。ビースト・ユニットに乗って戦う事になるが、その訓練は大変だった。
次回「2 動かせない」