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大火竜ファイアストーム

火炎を吹く巨大なドラゴンとのバトル。

-ドラゴンスレイヤー-


僕はとマリーさんは今、トワイライトさんと一緒に駅馬車に乗っています。

目的地は『東の岩場の砦』、そこに着いたら、ドラゴンの巣があったと言われる『火竜の穴蔵』に向かうのです。

なぜそんな場所に行くのかというと、二日酔いで魔術師ギルドに通えなかったトワイライトさんに、ハイ・ウィザードのファーさんの雷が落ちて、このままでは現在の地位が危うくなるとか何とかで、挽回のために『火竜のウロコ』を手に入れることになったのです。

マリーさんと僕は、トワイライトさんがこんなことになってしまった責任を取るために、一緒に付いてきて手伝いをすることになりました。

そういうわけで、僕たち三人は馬車に揺られているのです。


「しかしマリーさん、何度も言うようですが、本当に火竜の住処なんて行っても大丈夫なんでしょうかね?何度も言うようですが」

「何度も聞くようだけど、大丈夫だって(笑)。大火竜『ファイアストーム』が住んでいたのなんて、大昔の話だよ。だいたい、そんな危険なドラゴンが帝都の近くにいたら大騒ぎ、軍が総出で討伐に向かうはずでしょ!」

「まあ、何度も言われるように、確かにそうではあるんですが…」

僕の心配を嘲笑うかのように、トワイライトさんが語り始めます。

「何度も同じ話を聞いていて飽きてくるよ。大丈夫だって、少年くん。キミは私の後ろにいて、雑用をやっていればいいから!」

「でも、危険な場所なのでしょう?前衛とかいなくて良いのですか?」

「前衛?戦士とか?」

「そうそう、マックスさんみたいな頼りになりそうな人とか」

マックスさんの名前を耳にしたマリーさんは笑い始めました。

「少年、甘い、あまい。ギルドマスターをそんな簡単に雇えるわけないじゃん!金貨を積まないと、来てくれないよ!」

「えええ〜?そういうものなのですか?」

「そう、そういうものなのですよ」

「それじゃあ、もっとランクは下がっても良いから、戦士ギルドで人を雇うとか」

僕が心配事ばかり話していることにイラッとしたのか、トワイライトさんが少し声を荒げて口を挟みます。

「少年くん、キミの目の前にいる魔術師を、いったい誰だと思っているんだい?」

「子どもの頃は天才だったトワイライトさんでしょ」

「なんか毒のある言い方だなあ…」

「ごめんなさい…」

「まあ、許そう。私がいるからには、前衛なんて不要なんだよ」

「ええ…?トワイライトさん、オーガやトロールに殴られても平気なんですか?」

「そういう意味ではないけど、まあ、後で見てのお楽しみ!」

「はあ…」

マリーさんは「ニタニタ」と笑って僕の方を見ています。

「今日の少年は、緑ドラゴンのようだな」

「どういう意味です?」

「息を吐くように毒を吐く。なんちゃって」

「ひどい…」

「まあ、本物のドラゴンなんて、ほとんどの冒険者が一度も目にすることもなく一生を終えるもんだ」

「目にしたら殺されるから『誰も見たことがない』という意味ですか?」

「そうそう『ドラゴンの姿を見て生きて帰ったものはいない!』…って、ちがーう!」

「違うんですか?」

「ドラゴンは激レアなんだよ。その姿を拝みたくても、滅多にお目にかかれるものじゃない。第一、彼らは賢いから、わざわざ人間と争いになるような場所に出てこないし、争うようなこともしない」

「でも、帝都の近くには『ドラゴンスレイヤー』の逸話がありますよね?」

「少年!よく知ってるね!砦に着くまでの間、彼の物語を聞かせてあげよう!」

「わーい、楽しみだなあ!」…これはトワイライトさんです。


「ポロン、ポロン、ポロン」

マリーさんがリュートを奏で始めました。


「それは今から10年ほど前、帝都の北は『黒い森の都』、領主のグリムロックは勇者を募った。

『黒い森の東に住むという黒龍を討伐した者には金貨100枚を与え、領主の親衛隊に迎え入れる』と。

黒龍の名は『ダークスター』。

その姿を見たものはおらず、存在を確認したものもいなかった。

しかし彼が住むという『黒龍山』の洞窟の近くには、以前から数多くの動物の死体が並び、夜には不気味なうめき声が響き、人々は怯える毎日を送っていた。

ある日、決定的な事件が起きた。

黒龍山の近くを通りがかった商人の一行が、翼の生えた竜のような生き物を目撃した、というのだ。

直ちに討伐を決めたグリムロックは、募った勇者の中から一番の腕ききの剣士『スラッシュ』を派遣することにした。

スラッシュは英雄的な冒険の末に『黒龍山』の洞窟を見つけて、中に踏み込んだ。

そこに待っていたのは、体長18メートルにも及ぶ、巨大な黒龍だった。

『とうとう見つけたぞ、ダークスター!』

勇敢なスラッシュは、黒龍の吐く酸の息をものともせずに立ち向かい、見事その首を討ち取った。

スラッシュは堂々と『黒い杜の都』に首を持ち帰り、グリムロックと民衆は彼を英雄と崇め称えた。

黒龍の脅威から解放された都は繁栄を極め、現在に至る。

スラッシュは『ドラゴンスレイヤー』として、人々を苦しめるドラゴンを退治するために今もどこかで偉大なる冒険を繰り広げているのである」


ここで物語は終わりました。

「どう?面白かった?」

「うーん、普通ですね」

「どこが面白いのか全然分からなかった」

僕もトワさんも、出てくる感想は同じ。マリーさんには申し訳ないのですが。

すると彼女は「ニコニコ」とした表情を浮かべました。

「一見すると平凡な英雄伝。しかしこの話、裏側が面白い」

「どういうことですか?」

「実はこの物語、ほとんど嘘っぱちなんだなあ」

「ええええ?」

「まじかー!」


「まず、黒龍なんて最初からいなかった(笑)」

「なんで、そんなこと知っているんですか?」

「そりゃ少年、スラッシュの旅に同行して彼の英雄伝を広めたのは、私たちだからね(笑)」

「えー?」

「どういうことなの?」

「兄さん、私、ドロシアさん、レイヴンの4人でスラッシュに同行したの。『なんかすごい冒険を見られそうだぞ』ということで、期待に胸を膨らませていたのだけど」

「あーなるほど」

「そういうことかー」

というかトワイライトさんって、マリーさんの過去話を知っているんですね。

例のガールズトークの時に話したのでしょうか?

過去のことをどこまで知っているのでしょうか?

マリーさんも、情報共有しといてくれれば良いのに…。

そんな僕の気持ちを知らずに、彼女は話を続けます。

「黒龍山に住んでいたのは、鹿ほどの大きさのドラゴンリングだった。空を飛べるほど成長した個体だから、遠目には巨大なドラゴンに見えなくもない」

「ドラゴンリング?」

「若い小さなドラゴンのことだよ」…と、トワイライトさんが教えてくれました。

「ドラゴンリングが住んでいることを知っていた山賊がいてね、誰も近寄らないからということで、そこの洞窟を宝の隠し場所にしていたんだよ。洞窟の近くにわざと動物の死骸なんか置いておいて、不気味な雰囲気まで醸し出すようにして。ドラゴンの鳴き声も、近くを達人を脅かすために、彼が楽器で鳴らしていたに過ぎない」

「あー、なるほど」

「グリムロック卿がドラゴン退治のお触れを出したことを知った山賊は『これはいかん』と一目散に逃げ出した。ドラゴンリングを利用したことが裏目に出ちゃった感じだね。人を怖がらせるための工夫で騒ぎが大きくなっちゃった」

「それで、ドラゴンリングはどうしたんですか?」

「意見が真っ二つに割れてねえ。兄さんと私とドロシアさんは『何も悪いことをしていない若いドラゴンを殺すことには反対』、スラッシュとレイヴンは『今後成長すると人々を脅かすことになるから、始末するべきだ』と、ね」

「どっちにしたの?」

「最後は多数決で、生かすことにした(笑)。幸い、ドロシアンさんがドラゴン語を話せたので、説得は簡単だった」

「ドラゴン語なんてあるんですね…」

「そりゃあるさ。ドラゴンは知能の高い生物だからね。成長すると人間の言葉も話せるようになるよ」

と説明してくれたのは、トワイライトさんです。

「ところが困ったことに、このまま『ドラゴンはいませんでした』となると、スラッシュの立場がない。私たちが彼の本来得るはずだった手柄を台無しにする事になる。そこで適当に動物の死骸から『ドラゴンの遺体』をでっちあげて、グリムロック卿の元に持って帰ったんだよ」

「は、はあ…」

「そして兄さんは、グリムロック卿の屋敷でスラッシュの活躍を謙虚に語った。とても謙虚に。最初は『洞窟に住んでいたダークスターは体長9メートル』だった。ところが人々の噂話に尾鰭が付き、翌日には『15メートル』に拡大した。一週間後には『27メートル』になっていた。さすがにこれは行き過ぎだろう、ということで、最終的には『18メートル』に落ち着いた」

「え、ええ…。なんて、いい加減な…」

「英雄の物語なんて、そんなものですよ、お兄さん!ちなみに『ダークスター』の『死体』は、今でもグリムロック卿の屋敷に展示されているはずだよ。もうミイラになっているけど、それがまたリアルでいい(笑)」

ここでトワイライトさんが手をあげて質問です。

「はいはい、マリーちゃん!逃したドラゴンリングは、どうなったの?」

「うーん、どうなったのかなあ?大人しい子だったから、今もどこかで平和に暮らしているんじゃないのかな?」

「そっかー。まあ、下手に手を出すと、仲間のドラゴンが仕返しに来るかもしれないからなあ」

「そんなことがあるんですか?」

「ドラゴンは基本的に単独で生活すると言われているけど、中には仲間意識を持った群れがある…と言い伝えられているよ」

「そうそう、過去にはドラゴンリングに手を出したせいで滅びた国もあったとか、なかったとか」

「へえ…恐ろしいんですね」

ここでトワイライトさんが再び手をあげて質問です。

「はいはい、マリーちゃん!スラッシュって人は、どうなったの?」

「うーん、どうなったのかなあ?今でもドラゴンハンターとして良い感じにやってるんじゃない?」

「ええ…、そんな無責任な…」と突っ込んだのは、僕です。

「ちなみに懸賞金の金貨100枚は物語ではちょっと盛られていて、実際には50枚。公平に一人10枚の分配で、私たちは

大金持ちになったわけ(笑)」

「それって…賞金を楽々ゲットするために、頑張って『死体』を捏造したのでは…」


僕が今の物語をノートに記録していると、それを見たマリーさんが…。

「そうだ、少年!キミって語学に向いてるんじゃない?ドラゴン語でも習ってみたら?」

「え、ええ?」

「あー、それ、面白いかも!」

「キミには、ドロシアさんのような知恵袋的な役割を与えよう!」

「そんな、無理ですよ〜!」

「ふふふ、冗談だから、本気にしないでね」

「しかしドラゴン語なんて習っても、まず使うことがないよね」

「習っても使わない言語ナンバーワン(笑)。ドロシアさんも『まさか実際に使うとは思わなかった』と言ってたし」

「は、はあ、そうですか」

「そういや、ダークスターの『死体』を作ったのも、ドロシアさんだったなあ…」

「え?そうなんですか?」

「キミも、そういう技能を身につけたまえ!」

「そんな無茶な…」

「まあ、半分冗談だけどね(笑)」

半分なんですか。



-石のゴーレム-


駅馬車は『東の岩場の砦』に無事に着きました。

ここからは『火竜の穴蔵』まで歩きです。

トワイライトさんが道のりを説明します。

「『火竜の穴蔵』までは歩いて2時間ほど。そんなに遠くないけど、途中に検問があって、一般人は立ち入り禁止なんだ」

「ほうほう」

「でも安心して!魔術師ギルドの高位メンバーは、通ることができるから」

「高位メンバーって誰ですか?」

「キミの目の前にいる、私のことだよ!ウィザード・トワイライト!」

「あ、なるほど…」

「ひょっとして、キミ、私のことバカにしてない?」

「いえいえ、まさか」

少しムスッとしたトワイライトさんは、杖を掲げると、呪文のような言葉を唱え始めました。

「今からウィザードの奇跡の魔術を見せてあげる!」

彼女は肩掛け鞄から石を2個取り出すと、地面に放り投げました。

そして杖が眩しく輝き、石に光が乗り移っていきます。

地面の石は、瞬く間に成長を始めて、気がつくと2メートルを超える岩の大男が聳え立っていました。

それを見たマリーさんが「石のゴーレム?」と呟きます。

「その通り!こっちが『ルナムック』くん、こっちが『ルナボート』くんです!よろしく〜」

石の巨人は、僕たちに向けて軽くお辞儀をしました。

これには僕も驚かざるを得ません。

「す、すごい!ゴーレムなんて、初めて見ました。子どもの頃『天才』だった、と言うのは本当なんですね!」

「ふふん、見直したでしょ?」

「これで前衛は問題なしだね。私たちは後ろに隠れていよう!」と、マリーさんも大喜びです。

それを聞いたトワイライトさんは「チッチッチ」と指を振って。

「しんがりを決めなきゃね。少年くんとマリーちゃん、どっちがやる?」

「少年にはまだ荷が重いだろうし、私がやるよ」

マリーさんが自分から申し出てくれたおかげで、僕は安全な場所に収まることができました。おそらくは。


ストーンゴーレム2体を先頭に『火竜の穴蔵』に向けて歩きます。

僕は荷物運びです。まあ、自分で言うのもなんですが、あまり冒険の役に立つような技能は身に付けていないので、こんな形でしかお役に立てません…。

やることのないマリーさんは、後ろでリュートを弾きながら歌っています。


「石のゴーレムは石の肌

硬い硬い岩石の肌

剣で叩いても壊れない

弓で射っても壊れない

とっても頑丈

とっても頑丈

でもハンマーで叩いたら壊れるかも

巨大な腕は10人力

鉄拳を振り下ろせば、オーガも一撃

とっても強いぞ

とっても強いぞ

でもトロールは倒れないかも」


それを聴いていたトワイライトさん、後ろを振り向いて。

「マリーちゃん、なんなのその歌!ルナムックくんとルナボートくんを褒めてるの?貶してるの?」

「もちろん、褒めてるんだよ〜!」

マリーさんは歌を続けます。


「石のゴーレムは石の肌

硬い硬い岩石の肌

でも何故か膝が曲がる

股も曲がる

とっても不思議

とっても不思議

膝も曲がる

肩も曲がる

指だって曲がる

とっても不思議

とっても不思議

でもへそは曲げない

とっても良いやつ

とっても良いやつ」


「…なんなの、その歌。まあ、いいか」


みたいな感じで歩き続けて、1時間ほど。

トワイライトさんの言っていた検問が見えてきました。

道の途中に小屋が立っていて、帝国の衛兵が見張っています。

小屋から左右には石でできた塀が伸びていて、ここから先は立ち入り禁止であることが分かるようになっています。

もっとも、無視して乗り越えていく人もいるかもしれませんが。


「ここから先は一般人の立ち入りは禁止です」と、衛兵に止められました。

「魔術師ギルドのウィザード・トワイライトです。ギルドの任務により、付き人と共に『火竜の穴蔵』に向かいます」

トワイライトさんは、自分の魔導書を衛兵に見せました。

僕の小さな魔導書とは違い、随分と大きくて立派なものです。

それを見た衛兵たちは、すぐさま道を開けました。


「お疲れ様です、お通りください、ウィザードさま」


おおー、なんかカッコいい!

感心する僕の後ろで、マリーさんは衛兵に手を振って「ご苦労、ご苦労」と言っています。

いつぞやに牢獄に入れられたことは、気にしていていないようです。


「ここから先は、いよいよ危険だよ。気をつけてね」

トワイライトさんは杖を構えて身構えながら進みます。

マリーさんは後ろから僕を脅かそうとしているようです。

「少年、気をつけろよ〜。いつどこからゴブリンやオークやオーガが飛び出てくるか、分からないぞ!」

「そういうマリーさんも、後ろに気をつけてくださいよ」

「大丈夫、大丈夫。私は後ろに目をつけているから(笑)」

「まーた、そんないい加減なことを…」

などと無駄話をしていたら、突然トワイライトさんが合図しました。


「しっ!右手の茂みに何かいる!」


茂みの中に蠢く、黒い生き物。それは…。

「黒クマ?」

ルナムックくんが茂みの方向にズシンズシンと向かうと、相手は慌てて逃げ出しました。

「たぶん、黒クマだね」

「ルナムックくんにかかれば、ほとんどの野生生物は逃げていくよ」

ふと後ろを見ると、マリーさんは右手に投石器スリングを構えていました。

普段はあんなですが、きちんと武装はしているんですね…。

僕も使い方を習っておかないと…。


それからは何事もなく、山道は続いていきます。

しだいに茂みは深くなり、木々が生い茂り、危険な雰囲気が漂うようになりました。

もっと危険な生物の襲撃があるのかと思っていましたが、石のゴーレムが2体もいたら、皆すぐに逃げて姿を表さないのかもしれません。

さすがトワイライトさんが自慢するだけのことはあります。


「ついた、『火竜の穴蔵』だ」


トワイライトさんの杖が差す方向、山肌に洞窟がぽっかりと口を開けていました。

真っ暗で、奥が深く、今にも化け物が出てきそうな雰囲気です。

僕はこういう場所に来た経験がないので、正直かなり緊張しています。

「ははーん、少年、ビビってるね?」

後ろからマリーさんの声がしますが、とても気にしている余裕はありません。

「大丈夫、灯りをつけるから」

トワイライトさんが再び何かの呪文を唱えると、杖の先端が眩しく光り始めました。

その光は驚くほど明るく、洞窟の奥まで照らすほどです。


「よし、中に入ろう」

ルナムックくん、ルナボートくん、トワイライトさんが洞窟に足を踏み入れます。

僕たちも後に続きます。



-大火竜ファイアストーム-


洞窟の中、奥へ奥へと入っていく僕たち。

マリーさんが小声で後ろから話しかけてきました。

「ところでトワちゃん、火竜のウロコって、どうやって見つけるの?」

「昔ここに住んでいた火竜が落としたウロコが、まだ残っているはず…」

「もう取られ尽くしている、ということは?」

「うーん、ここに来るのは魔術師ギルドの連中くらいだからなあ…。土に埋まったり、何かの下敷きになったりしているかもしれないから、よく探してね」

「はーい」

「わかりました」

ウロコ、ウロコ、ねえ…。


しばらく洞窟を進むと、次第に明るくなってきて、大広間に出ました。

広間は直径30メートルほどの円形で、太陽の光が差し込んでいます。

天井を見ると、外まで竪穴が続いていて、そこから日の光が入ってくるようです。


「おかしい…、上に何かいる!」

マリーさんが深刻な表情で呟きました。

「え?」

「どこに?」

僕もトワイライトさんも、マリーさんの言っていることが分からず、上を見てキョロキョロするばかり。

すると突然、マリーさんが叫びました。


「いけない!『ファイアストーム』だ!みんな、来た道を戻って!」


「どういうこと?」

「早く!」

何がなんだか分からないうちに、僕とトワイライトさんは、広間から出て元の道に戻ることになりました。

次の瞬間!


「バサッ、バサッ、バサッ!………ズシーン!!」


竪穴を巨大な物体が通り抜けて、広間に落ちました。

「ゴゴゴゴ…」

洞窟の中を轟音が揺らします。

あまりもの衝撃に、天井や壁が悲鳴をあげて、今にも崩れそうです。

僕は物陰に隠れているので、広間の様子が分かりません。

分かるのは、広間の方向から「グオー、グオー」という轟音が聞こえてくることだけです。

マリーさんはチラリと広間を覗いて、冷や汗を流しています。

「信じられない…、なんでこんな場所に『ファイアストーム』が…!?」

「ファイアストームって、大火竜の?」

「そう、こんな場所にいるはずがない。いてはいけない。もし帝国に知れたら、大変なことになってしまう」


マリーさんはリュートを構えて、僕に言いました。

「少年、耳を塞いで!」

「え?」

慌てて耳を塞ぐと…。

「ポロン…」

かすかにリュートの音が聞こえてきて、一瞬、気を失いかけました。

意識を取り戻した僕ですが、トワイライトさんは壁に寄りかかって倒れています。

ルナムックくんとルナボートくんは、トワイライトさんの横で固まって動かなくなっています。

「マリーさん?どうするんですか?」

「ファイアストームを…ここで何とかしないと!少年、トワちゃんをお願い!目を覚ましそうになったら、その時は配慮して!」

「ええ?配慮?」


マリーさんは立ち上がり、広間に向かいながらリュートを奏で始めました。

一つのリュートから、二つの音が、三つの音が鳴り響き、重なり始めて…リュートも黄金色に染まり…彼女の身体が光の衣に包まれて、頭には黄金のティアラが輝き…その神々しい姿は、もちろん!


「奏でるは癒しの調べ、七色の声で紡ぐは魂の歌、我が名はトルバドール!」


「…トルバドール?」

トワイライトさんが目を覚ましました。

これはいけない「配慮」しなければ!

「ごめんなさい、トワさん!」

後ろから「げしっ」と岩で殴りつける僕。彼女は再び意識を失いました。

こんなことやるの初めてですが、トワさん、無事でしょうか…?


そんなことをやっているうちに、マリーさんは広間に歩いていきます。

彼女のことが気になって仕方ないので、チラリと大広間を覗いてみると…。

そこに居たのは、この世のものとは思えない巨大な化け物。

山のような巨体。

身体全体をびっしりと覆う真っ赤なウロコ。

鼻からは炎と煙が漏れて…と思ったら…急に轟音と共に炎と煙が吸い込まれていき…。

こ、これは、火炎の息?

そう思った瞬間、牛を二匹丸呑みできそうな巨大な口が開いて!


「ゴオオオオオオオォォォ!!」


目も眩むほどの光とともに、文字通りの火炎の嵐が辺り一面を覆いました。

凄まじい風と熱で目も開けられず、轟音で耳も聞こえず、何が起きているのか全く分かりません。

地獄としか表現できない状況です。

でも、なぜか、僕は、まだ生きていて…。

かろうじて目を開いて前を見ると、火炎の嵐を大広間の入り口で防いでいるのは…トルバドール!

左手に掲げた瑠璃水晶の盾で、炎を遮り、僕たちに届かないように守ってくれています!


永遠に続くかと思われたこの地獄のような光景ですが、ようやく火炎の嵐は収まりました。

さすがの大火竜も無限に息は続かないようです。

「マリーさんは?」

彼女が炎に焼かれて消えてしまったのではないかと、ふと嫌な予感が僕の頭を過りました。

でも…無事です!

マリーさんは、ドラゴンの前に、しっかりと立っています!

彼女は一歩前に歩み出ると、リュートを右手に持ち高く掲げました。


「ヴァレンタインの魅する横笛!」


彼女が叫ぶとリュートが輝き、横笛へと姿を変えます。

それと同時に、トルバドールの姿もピンク色に輝き始めます。

ピンク色の髪にピンク色の衣、その美しい姿に僕が見惚れていると、彼女は横笛を口にしました。


「ピイイィ…ピイイィィ…ピイイィィィィ………」


言葉に表せないような不思議な音色が、洞窟全体に響き始めます。

もちろん、トルバドールの横笛が奏でる音色です。

その音色を聴いていると、だんだんと意識が…


女神様…

トルバドール…

マリーさん…

マリーさん…


気がつくと、僕はマリーさんのすぐ近くまで引き寄せられていました。

彼女は横笛を吹き、ファイアストームと相対しています。

いや…ファイアストームと話をしています。

二人の会話の内容が、なぜか僕の頭の中に浮かび上がってきました。


「偉大なる火竜よ、なぜここに?」

「人間に呼ばれて来た」

「人間とは?」

「何者かは分からない。不思議な音色に呼ばれて来た」

「不思議な音色?」

「そう、お前が吹いている笛の音に似た音だ」

「人間があなたを?…何ということだ、どう謝罪をすれば良いのか私には…」

「お前がやったことではない」

「勝手を言ってすまないが、あなたの居場所に帰ってもらえないだろうか?偉大なる火竜よ」

「ここまで来て手ぶらで帰れと?」

「私があなたに差し上げられるものは…楽器の演奏、そして人間の物語…」

「そうか…それで手を打とう」


その後、僕の頭の中に横笛の音色が響き渡り、だんだんと意識が薄れて…。



-身体の傷、心の傷-


目を開けると、そこにはマリーさんがいました。

「…マリーさん?無事だったんですね」

「少年、良かった!長いこと意識を失っていたんだよ?」

「ファイアストームは?」

「彼の居場所に帰ったよ」

「成功したんですね」

「うん、これで彼も帝国も救われた」

大広間は、何もない元の明るい空洞に戻っていました。

ついさっきまで大火竜が暴れていたとは信じられません。

しかし壁を見ると、高熱の火炎で焼け焦げた跡が残っています。

あれは夢ではなく現実だったのです。


次はトワイライトさんを起こす番です。

彼女は僕が殴ってから気絶したままでした。

「癒やす手」で…気休めかもしれませんが…彼女の頭の傷を治療して、身体を揺らし、ほっぺを叩いて。

「…ん、んあっ?」

やっと目を覚ましました。


「あれ?何が起きたの?どうなったの?」

「トワちゃん、洞窟の天井から落ちてきた岩に頭をぶつけて、意識を失っていたんだよ!」

「え?なんかドラゴンがいなかった?」

「気を失っていた時に見た幻覚ですよ」

「トルバドールいなかった?」

「いませんよ」

「は、はあ…」

何が起きたのか理解できずに座り込んでいるトワイライトさんに、マリーさんは素敵な贈り物を渡します。

「トワちゃん、これなーんだ?」

「あ!火竜のウロコ!それも3枚も?」

「少年がトワちゃんを看病している間に、私が見つけたんだよ」

「あああ〜!何だか知らないけど、ありがとう!ラッキー!」


こうして洞窟を出た3人と石のゴーレム2体ですが、すでに外は日が落ち始めていました。

「今日は『東の岩場の砦』で泊まりだね。暗くなる前に急ごう」

トワイライトさんを先頭に砦に向かう僕たちですが、ふと後ろのマリーさんを見ると…。

彼女は暗い表情で、ずっと考え事をしています。

「マリーさん?」

僕が声をかけると、マリーさんは「はっ」と気が付いた様子で「ん?少年、どしたの?」と、いつも通りの明るい声で応えました。

「大丈夫ですか?」

「当たり前でしょ!時間も時間だし、場所も場所だし、歌や演奏を遠慮しているだけだよ!」

「………」

なんだか、マリーさん、辛いのを隠すように明るく振る舞っているような…。


砦に着いたのは、日が落ちる直前でした。

例によって『砦』とは名ばかりの場所ですが、簡単な宿泊施設を備えているため、野宿なしで夜を明かすことができます。

空き部屋は5つほど。というよりも、今日ここに泊まるのは僕たちだけです。

トワイライトさんは、ルナムックくんとルナボートくんを元の石に戻し、鞄にしまいました。

とりあえずは3人で同じ部屋に入ります。

「さて、ここは食事できる場所もないし、乾パンと干し肉で済ますかー」

トワイライトさんが鞄をゴソゴソと漁っています。

マリーさんを見ると…やはり…何というか、考え事をしているというか、辛そうというか。

彼女を良く見ると…汗?冷や汗?


「マリーさん、どうしたんですか?冷や汗を流しているんですか?」

「え?そんなことないよ?」


ここにきて僕の頭の中のモヤモヤが、具体的な形となって浮かび上がりました。

あの大火竜ファイアストームの火炎の息をまともに受けて、無事でいられるはずがない。

いくらトルバドールでも、無傷のはずがない。

彼女は深く傷ついているのではないか?

服の下の火傷や傷を隠しているのではないか?

いつもの「見ないでね」は、今までトルバドールとしての戦いで受けた傷を隠すために言っていたのではないか?

酒ばかり飲んでいるのも、身体の傷と心の傷を隠すためではないのか?

僕の見ていないところで、いつも痛みに耐えているのではないか?

わざと僕には明るく振る舞っているのではないか?


「マリーさん!身体を見せてください!」


僕は彼女が隠そうとする火傷や傷を確認しようと、服を掴み、捲り上げて、脱がそうとしました。

服の下にあったのは、焼け爛れた肌………ではなく、傷一つない乙女の柔肌?

あれ?え?


「ひいいいいいいい!」

マリーさんの悲鳴が僕の耳をつんざきました。


「はっ」と我に帰って後ろを見ると、そこには、やはり、トワイライトさんが。

僕のやっていることを、一部始終、しっかりと見ていました…。

彼女は顔を赤くして、興奮した様子で、鼻血を流しながら…。


「しょ、少年くん!そ、そういうことは、わ、私のいない部屋で、やってくれよ!」


トワイライトさんは慌てて荷物をまとめ始めました。

「わ、私は、向こうの部屋に移動するわ!あとは二人でゆっくりと、ね!」

「あっ…」

「え、ええ…」

僕もマリーさんも、どうして良いか分からず、固まっています。


「マリーちゃん、珍しくシリアスな表情してるから、少年くんがムラムラしちゃったかな?また明日ね!じゃっ!」


トワイライトさんは、あっという間に部屋から出て行きました。

「………」

二人だけの部屋を沈黙が支配します。

「………」

マリーさんは徐にワイン瓶を手に取ると、ぐいぐいっと飲み込みました。

みるみるうちに瓶は空になり、彼女は空き瓶を床にドンと置きます。


「ふう………少年!良い機会だから、ハッキリとさせておく!」

「は、はい!?」


な、なんの話でしょうか…?


「キミは、私のことを『自分の身を犠牲にして戦うヒーロー』か何かだと勘違いしてない?」

「…え?」

「根本的に違うぞ!私は自分のためにトルバドールの力を使っているに過ぎない!人助けをしようとか、帝国を助けようとか、そういうことが目的ではない!世界を面白おかしく旅して、酒場で美味しいお酒を飲んで騒ぎたいだけだ!」

「…え、ええ?」

「ファイアストームの件も、帝国を守るためにやったと思った?違うなあ!彼が帝国と戦争を始めたら、こうしてゆっくりと酒も飲めなくなる。だから争いごとになる前に帰ってもらったんだよ!」

「…ま、マリーさん?」

「トルバドールが常に勝利をおさめる理由が分かる?」

「そ、それは…」

「勝てない喧嘩はしない、これが常勝の秘密だよ!私は強い相手と戦うなんて嫌だし、痛い思いもゴメンだね!」

「………」

「ダージ?ブライアローズ?そんな奴らが近くにいるなら、尻尾を巻いて逃げるよ!」

「………」

「どう?これがキミの憧れのトルバドールの正体だよ!失望した?今はまだ会ってから日も浅い、別れるなら今が良い機会だよ!」


言いたいことを一通り言ったのか、マリーさんは口を閉じました。

しかし…これが彼女の本心だとは、どうしても思えません。

マリーさん、嘘をつくのが下手なんです。

まだ会ってから短いですが、彼女の考えていることは僕にだって分かります。

と、すると。僕が返す答えは…。


「僕はこれからもマリーさんと旅を続けます!これは僕の意思です!トルバドールが勝てる戦いしかしない臆病者でもいい。憧れの存在に変わりはない。僕は見たままのトルバドールとマリーさんを、しっかり記録するだけです!」


それを聞いたマリーさんは、穏やかな表情になり…。


「言ったね。後悔しても知らないぞ」

「後悔なんてしませんよ」

「それじゃあ、次の目的地を伝える…。いよいよ帝都に行くよ!」

「望むところです」

「そういうわけで、今夜は、キミにリュートの練習をしてもらう!」

「え?なんでそうなるんですか?」

「帝都に行くために必要なんだよ〜!」

「ひいいいいいいいいいい!」


何だか良く分からないうちに、リュートの練習をさせられることになった僕。

さっそく後悔しそうです…。

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