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竪琴を抱えた吟遊詩人

少年の前に謎の吟遊詩人が現れる。

彼は敵か味方か?

-宴の後始末-


マリーさんと魔術師トワイライトさんは見事なデュエットを披露して、二人は無事に和解することができました。

これでひとまずは安心です。

宴会を終えた僕たち3人は、部屋に戻ることにしました。

トワイライトさんはマリーさんの負担で『歌う大釜亭』に部屋を借りることになりました。

「今夜はトワちゃんと、ガールズトークするから、少年は一人で休んでね!」

「あんたの彼女、しばらく借りるよ〜!」

トワイライトさんはマリーさんに抱きついたまま、二人で部屋に入っていきました。

すっかり仲良しのようです。

中からは「キャッキャ、ウフフ」と楽しそうな声が聞こえてきます。

ガールズトーク…何やら気になるところではありますが、たまには一人で静かに休むのも良さそうです。

誰もいない部屋に帰り、1日の最後の記録をつけることにします。

マリーさんの二日酔いから始まり、治療師のニアさんとの出会い、魔術師ギルドへ、トワイライトさんとの出会いと和解、色々なことがありました。

いっときはどうなることかと思いましたが、終わってみれば悪くない1日だったと思います。


気がつくと夜が明けていました。

結局、マリーさんはトワイライトさんの部屋から帰ってこなかったようです。

少し様子を見に行くことにします。

「トントン」…トワイライトさんの部屋のドアを叩く音です。

「マリーさん、大丈夫ですか?二日酔いで倒れてないですか?」

するとドアが「ガチャ」っと開いて。

「おお、少年、おはよう!」

そこには元気いっぱいのマリーさんが。

「トワイライトさんは?」

「それがねえ、トワちゃん、二日酔いでダウンしてるのよ(笑)。相当重症みたいだから、今日1日は看病が必要かもね」

「は、はあ…」

ちらっと部屋の中を覗くと、ベッドに横たわり「し、しむ〜」と苦しんでいるトワイライトさんが。

「そういうわけで少年、悪いんだけど、今日は一人で酒場に行ってね。私はトワちゃんを世話して遊ぶから」

「そうですか、わかりました」…というか「遊ぶ」て。

「銅貨10枚渡しておくから、好きに使っていいよ!」

「でも一日中酒場にいるわけにもいかないので、その辺りを散歩してきます」

それを聞いたマリーさん「えっ」という表情をして。

「大丈夫?自由貿易都市を一人で歩ける?」

「大丈夫ですよ」

「都会を歩くときの心得、思い出してね」

「はい、よく存じております」

「スリに気をつけるのよ」

「はいはい」

「門限は守ってね!遠くまで行っちゃダメよ!」

「…はい」

僕だって一人で自由貿易都市を冒険して、マリーさんを助け出したというのに。

もう忘れちゃったのでしょうか。


いったん自分の部屋に戻って、支度をして、軽く酒場で朝食をとります。

カウンターに座って水を飲んでいると、常連さんに声をかけられました。

「おう、兄ちゃん、今日は一人か。珍しいな。二日酔いの姉ちゃんは一緒じゃないのか?」

「おはようございます。彼女はトワイライトさんの看病をしています」

「あー、あの紫の姉ちゃんか」

「そうです。なんでも重い二日酔いだそうで…」

「そりゃ難儀なことだなあ」

その話を聞いて店長さんが笑っています。

「昨日は遅くまで盛り上がっていたからな」

「兄ちゃんも、なかなか『歌う大釜亭』から動けないな!」

…そう言われると確かに、僕とマリーさんは『歌う大釜亭』に泊まったきりで、自由貿易都市からも動いてないですね。

マリーさんがどこに行くつもりなのか、いつ自由貿易都市を発つのか、聞いたこともありませんでした。

そもそも、なぜ彼女は帝都周辺をウロウロしていたのでしょうか?

などと考えるうちに朝食は終わり、酒場の外に出ることにしました


外は今日も快晴です。

風は爽やかで、暑くもなく寒くもなく、散歩するにはちょうど良い日です。

特に目的もないので、まずは市場地区を適当に見物してみることにします。朝早いというのに、すでにここは人でいっぱいです。

耳を澄ますと、色々な声が聞こえてきます。


「てめえ!インチキ商人!ぼったくりめ!」

「ズン!(肉切り包丁を突き刺す音)ああ?お前の腕を切り落として売りつけてやろうか?」


「あ、この宝石、俺のものじゃねえか!盗まれたと思ったら、こんなところに!」

「お客さん、言いがかりは困るねえ!」


「あれ?さっきまで私のバッグに入っていた腕輪とネックレスが、売り物として並んでる?」

「見間違いだよ、お客さん!」


「世界の七不思議の一つ、世にも珍しい地獄の番犬ヘルハウンド!手に入るのは、ここだけだよ!」

「なんだ、ただの黒い犬じゃねえか!」

「火を吹いてみろ、このワンコロ!」

「お客さん、この子の朝食になりたいのかい?」

「ガウ、ガウ、ガウ!」

「うわああああ!」

「こうなったら、この子は止められない!銀貨があれば、ああ銀貨さえあれば!」

「わ、わ、分かったよ、払えばいいんだろ!」


「どんな傷もあっという間に治る、ジャイアント・トードの油だよ!そこのお兄さん、試してみないかい?」

「は、はあ」

「この蛮刀で傷をつけても…」

「いたああああ!」

「しまった!深く切りすぎた!治療師はどこかにいませんか〜!」


「さあさあ、お立ち合い!世にも珍しい火吹き男だよ!」

「ぶー!」

「おー、すごい」

「どうなってるんだ?」

「パチパチパチパチ!」

「…ああっ!テントに火が燃え移った!」

「ヒイいい、早く消せ!」


…なんとも活気のある街です。

マリーさんが口を酸っぱくして「気をつけろ」「気をつけろ」言うのも分かる気がします。

市場地区でもコレなので、下町地区はもっと危なそうですね。

近寄らないようにしましょう。

そんな感じで見物していると、人だかりができている場所を見つけました。

なんでしょう?


「皆さん!大道芸師ウッドチャックの奇術ショーだよ!彼は砂漠の国の王宮で道化師を務めたことがある、正真正銘、本物だよ!お代はタダだ、ゆっくり見ていってくれ!」


人混みの隙間から様子を伺うと、道化師の格好をした男が、逆立ち、バック転、宙返り、玉乗り、ジャグリングなどを次々に披露しています。

彼が技を成功させるたびに歓声が起こり、拍手が鳴り響きます。

「パチパチパチ!」

「大したものだ」

「さすが本物の道化師だな」

「かっこいい!」

「ふーん、うまいものだなあ」などと考えながら見物していると、背後で突然叫び声がしました。


「おい、そこのお前、金をスっただろ!」


振り返ると、竪琴を抱えた男が、別の男の右腕を掴んでいます。

腕をを掴まれた男の右手には、僕の財布が握られていました。

「チッ!」

スリは、舌打ちしながら財布を離して逃げ出しました。

竪琴の男は地面に落ちた僕の財布を手に取って、じゃらじゃらと鳴らします。

「こんなにいっぱい入っている。危なかったな、少年!」

「いえ、実は財布の中身は…」

男は不思議そうな表情を浮かべて、財布の中身をチラッと覗きます。

「なんと、中身は全て鉄貨か!これは傑作だ!スリは文字通り『鉄貨を摑まされる』というわけか!少年、なかなか気の利いたスリ対策をするものだな!」

「いえ、助けていただき、ありがとうございます」

礼を言われた男は、照れ臭そうな表情を浮かべます。

「いや、余計なお世話をしてしまったようだ。すまなかったな」

「いえいえ、そんな」

「いやいや」

「いえいえ」

「…なんだかキミとは気が合いそうだな!」



-竪琴を抱えた吟遊詩人-


古びた金色の竪琴を持った彼は、黒いローブに身を包み、がっしりとした体格で、頭髪はやや長い黒髪、顎にはうすく髭があります。

黒髪に混じる白髪の数からして、40歳程度でしょうか。

「もしかして、あなたは、吟遊詩人さんでしょうか?」

「いかにも。私は夜闇を照らす月明かり、旅の吟遊詩人、ゼブラムーン。ゼブラと呼んでくれ!」

「あ、どうも、よろしくです、ゼブラさん。僕は物書きの修行をしながら旅をしている…名乗るほどの名前のないものです」

「そうか。事情は人それぞれ、無理に名乗る必要はないよ」

「お気遣いありがとうございます。ところで、失礼かも知れませんが、ゼブラってどういう意味なのでしょうか?」

「ゼブラは、海を越えた先、砂漠の国のもっと先に住むと言われる、白と黒の縞模様の馬のことだな」

「なるほど…。そんな動物がいるんですね」

「ははは、私も実際に見たことはないんだ。伝え聞くところによると、気性が荒くて人に懐かず、かつてこの国に連れてこられた個体も飼育できずに死に絶えたらしい」

「それはお気の毒な話です」

「悲劇の獣、ゼブラ。私のような孤高の吟遊詩人にピッタリな名前で、カッコいいだろう?」

「確かに。カッコよくて忘れられない名前ですね」

ここでゼブラさんは竪琴を奏で歌い始めました。


「黒髪に混じるは白い髪

歳を重ねたその証

恥ずかしく思うこともなし

染めて隠すこともなし

堂々と胸を張って見せて歩こう

白と黒の縞模様」


ここまで歌い、彼は僕に笑いながら言いました。

「まあ白髪が混じり始めた頃は、歳を取ったなあ、嫌だなあとショックを受けたものだけど、ものは考えようだ。白黒縞模様のカッコいい『ゼブラおじさん』だと考えれば、楽しくなるだろう?」

なるほど、歳を取ることを前向きに考える、と。

ゼブラさんは笑いながら付け加えます。

「そのうち、ゼブラムーンからグレイムーン、さらにホワイトムーンになりそうだがな!それもまた一興というものだ」

「もし、ですよ?白髪に染まる前に髪が抜け落ちてしまった時は…」

「それはもちろん…」

二人で顔を合わせて

「フルムーン!」

「フルムーン!」

やはり考えていることは同じでした。二人で大爆笑。


「いや、キミは本当に楽しい少年だな。とても他人とは思えないよ」


なんだか、彼の雰囲気って、マリーさんに似ているような…。

気のせいでしょうか。

僕の心の中に「もっと話をしていたい」「別れたくない」という気持ちが湧き上がってきました。


「あの、先ほどは親切にして頂いて…何かお礼をさせてください」

「いやいや、余計なお世話だったことだし、気にしないでくれ」

「いえいえ、そんなわけには」

「いやいや(笑)」

「いえいえ(笑)」

「それでは…今日は暇かね、少年」

「はい、特に予定はありません」

「そういうことなら、今日一日、このおじさんの話し相手になってくれないかな?」

「はい、僕でよろしければ…」


不思議な魅力を持つゼブラさんと、僕は今日一日、行動を共にすることになったのでした。

彼は市場地区の厩舎に行くと、荷馬を受け取りました。

灰色の荷馬には、多くの荷物がぶら下げられています。

その様子から、彼が長いこと旅を続けていることが伺えます。

「彼の名前は『ロシナンテ』。私の相棒だ。とぼけた顔をしているが、なかなか頑張り屋さんのいい子だよ」

「よろしく、ロシナンテ」

「ブル、ブル、ヒヒン!」

言葉が通じたのか、ロシナンテは僕に向かって挨拶をしました。

「ふむ…。ロシナンテが人に懐くなんて珍しいな。ますますキミを他人とは思えなくなったよ」

ゼブラさんは市場地区で買ったと思われる品物をロシナンテに積み込むと、僕に提案しました。

「どうだ?まずは静かな場所に行かないか?良いところを知っているんだ」

「はい、いいですよ」


市場地区の中心を離れて、僕とゼブラさんとロシナンテは町外れへと歩いてゆきます。

「私は吟遊詩人なんてやっているくせに、人の多い場所が苦手でね。買い出しのために市場地区へは来たものの、やはり静かな場所がいい」

「酒場なんかでは歌わないんですか?」

「酒場は苦手だなあ。酒は静かな場所で一人で飲むのがいい。気の合う仲間と飲むのもいいな」

「ゼブラさんは一人で旅を?」

「そうだな。昔は仲間と一緒に旅をしたこともあったが…。遠い昔の話だ。みんな別れ別れになり、今は私一人。いや、ロシナンテがいるけどな」

「そうなんですか…」

「キミも旅をしているんだったな。一人旅かい?それとも…」

「あ、僕は吟遊詩人の女性と一緒に旅をしているんです」

「なるほど、女性と旅か。華やかで楽しそうだな」

「まあ…色々な意味で退屈はしないですね」

ゼブラさんは「ふふふ」と笑い始めて。

「そうだろう、そうだろう。私も昔、女性と旅をしたことがあったな」

「どんな感じでした?」

「大変だった(笑)」

「やっぱり!分かります(笑)」

「うつろい易いは、乙女心と秋の空。キミも彼女の機嫌を損ねないように、頑張りたまえ!」

「はい、肝に銘じます!」


そんな会話を続けているうちに、僕たちは町外れの公園に着きました。

高台にあって、都市の外まで見渡せる、眺めの良い公園です。

そこは花壇で飾られ、木々も植えられ、ベンチまで用意されています。

「すごい、こんな場所が市場地区にあったんですね」

「驚いただろう?ゆったりと時間の流れる、私のお気に入りの場所だ」

ゼブラさんは竪琴を奏で始めました。

「ポ、ポン、ポロン…」

マリーさんのリュートとは、また違った音色と魅力のある演奏です。


「私はさすらいの吟遊詩人

今日も明日もあてもなく

足の向くまま

気の向くまま

風の吹くまま」


彼の歌を聞いていて、ふと気がつきました。

「風の向くまま」…「風」…ホークウィンドさん?


「あの、つかぬことをお聞きしますが、ゼブラさんはホークウィンドという名の吟遊詩人をご存知でしょうか?」

「いや、知らないなあ」

「そうですか…。僕のイメージするホークウィンドさんとゼブラさんが重なってしまったもので…。すみません」

「気にすることはないよ。吟遊詩人と言っても、この都市だけで数十人はいる。そのホークウィンドとやらは、探し人かい?」

「え、ええ。この近くにはいないことは分かっているのですが、どうしても会ってみたくて…」

「まあ、旅の目的は多い方が楽しくなるものだ。会える会えないは時の運。しかし、会えるかもしれないと思って旅を続ける方が張り合いがあるだろう?」

「そうですね、諦めずに探し続けてみることにします」


ゼブラさんの演奏が続く中、ふと気がつくと、竪琴の音色に混じって「チチチ…」と小鳥の声、「ミャー」と猫の声。

いつの間にか、公園に小鳥や猫が集まっていました。

「こ、これは…?」

「ふふふ、私の演奏には、動物たちを惹きつける何かがあるようだな」

「いつも、こうなんですか?」

「そうだなあ、だいたいは、皆が集まって来てしまうなあ」

「まるで、伝説に唄われる、動物を操る奏者のようですね」

「ははは、私は操っているわけではないよ、彼らが私の演奏を聴きに来てくれているんだ」


不思議なことがあるものです。

マリーさんに会ってからというもの、不思議なことには事欠きませんが、楽器を奏でると動物が集まってくるとは。

彼の竪琴には特別な力があるのでしょうか。

まるでトルバドールの楽器のようです。

そんなことを考えていると、ゼブラさんは僕の心を察したかのように話し始めました。


「楽器には不思議な力があるものだな。私が吟遊詩人をやっているのは、奏でることが楽しいだけではなく、楽器の力に魅せられたから…かもしれないな」

「楽器の力ですか」

「すべての楽器には、人の心に作用する力がある。中には、それ以上の力を持つものもある。キミも聞いたことがあるだろう、トルバドールの奏でる楽器のことを」

「は、はい、この辺りでは有名らしいですね」


「ひとつ目、人の心を癒やし安らぎを与えるリュート。

ふたつ目、火の神の力を呼び起こし、全てを燃やし尽くす角笛。

みっつ目、大いなる恵みと癒しの力で、身体の傷を癒やすライラ。

よっつ目、魅惑の女神が宿るという、あらゆる生き物を魅了する横笛」


トルバドールの楽器が4種類もあるとは…。

マリーさんは、あまりそういうことを話そうとしませんが、なぜなのでしょうか。

隠しておきたい理由や、話したくない理由があるのでしょうか。


「私の竪琴には、そんな力は備わっていないが、幸運だったと言うべきかな」

「幸運?なぜでしょうか?」

「大いなる力には、大いなる責任が伴う…ってやつだな。自分の奏でた楽器で他人が傷ついたり、助かったり、運命を左右したり…。我々には分からない苦労があるはずだよ。楽しく楽器を奏でることができない…それは、ある意味、不幸なことだと言えるかもしれないな」

「なるほど…。考えたこともありませんでした」

「もしトルバドールに会うことがあったら、しっかりと彼女を支えてやって欲しい」


「(彼女…?)」


「おっと、私ばかりベラベラと喋りすぎてしまったな。こういう生活をしていると、あまり人と話す機会がないもので、つい嬉しくなってしまったのかもしれないな」

「い、いえ、興味深い話ですよ」

「次はキミの物語を聞かせてくれないかな?確か、物書きを目指しているんだったな」

「は、はい。そうですね…僕は…最初は、トルバドールに会いたくて旅に出ました。彼の記録を文章として残し、世界中の人たちに読んでもらったり、後世に伝えたり…」

「なるほど、興味深いことだな。人が伝え聞かせる物語は、どうしても歪曲されてしまう。人から人へ伝わるうちに、時間が経つうちに、少しずつ内容が歪めらる。だが、文章として残した記録は、誰が読んでも、いつ読んでも、内容は変わらない」

「そうなんです!でも、僕が記録を残しても、世界中の人に届ける手段がないんです。それこそ、魔術で本を複写でもできれば…」

「うーむ、今の魔術では不可能だな。物書きが一冊一冊、手で複写していくしかない。残念なことではあるが、そのおかげで、我々吟遊詩人は生活していける…とも言えるな」

「僕と旅をしている吟遊詩人も、同じようなことを言っていました」

「まあ、我々吟遊詩人は、どうしても考えてしまうものだ。もし正確な記録や詳細な記録が、そっくりそのまま複写できる魔法でも編み出されたら、誰も物語を聞いてくれなくなるのではないか…と」

「…それでも僕は、トルバドールに会って、彼の物語を書き記して、皆に伝えていきたいです!」

「うむ!そうでなくては。自分の意思をしっかりと貫くのは大切なことだ。キミは間違っていないよ」

「ありがとうございます。何だかモヤモヤが晴れた気がします」

「まあ、我々は、良き友人であると同時に、良きライバルになれそうだな!」

「そうですね!」



-狩り-


ゼブラさんと話し込むうちに、いつの間にか太陽が真上に来ていました。

彼も同じことに気がついたようです。

「おっと、もうこんな時間か。人と話をすると時間が経つのが早いな」

「あっという間でしたね…」

「楽しい時間はすぐに過ぎる、というやつだ。さて、昼食はどうしようか?」

「どこかお店に行きますか?」

「うーむ、どうするかなあ?」

などと話をしていると、ロシナンテが「ヒヒーン」と鳴きました。

ゼブラさんは彼をポンポンと叩いて。

「おおっと、すまなかったな、ロシナンテ。お前も食事の時間か。…どうだ、少年?一緒に都市の外を歩いてみないか?」

「え?食事は?」

「ふふ、私はこう見えても、弓には自信があってね。外で狩った獲物をご馳走しよう!もちろん、うまく行くかは時の運だがな」

「な、なるほど…」

そういうことで、都市の外に出かけることになった僕たち二人と一匹。

狩りなんて子どもの頃に村の人たちについて行って見たことがある程度で、最近は全くのご無沙汰です。

たまには、こういうのも良い気分転換になるのかもしれません。

自由貿易都市の周囲は開けた平原で、時折、野生の鹿や兎を見かけることがあります。

危険な生物は、昼間は滅多に見かけません。

そんな生物がいれば、衛兵や騎兵に真っ先に狩られてしまうことでしょう。


「さて…。うまく行ったら、ワインで乾杯でもしようか」

「はい、楽しみにしています。ところで、僕は何かやることはありますでしょうか?」

「ロシナンテを頼む」

彼はロシナンテに積んであった弓と矢を取り出し、代わりに竪琴を積み込みました。

そして一人で草原を進み、姿勢を低くして、岩陰に隠れて…。

僕には、彼が何を狙っているのかすら、分かりませんでした。

彼が弓を引いて、放つと…。

「やった、成功だ!」

何を狩ったのかすら分からずに、僕がポカーンとしていると。

「少年、ロシナンテを連れて来てくれ!」


彼が狩ったのは、大きな野ウサギでした。

「すごい、よくウサギを弓で仕留めましたね」

「運が良かったんだよ。さて、犠牲になってくれたウサギくんに、感謝しないとな」


僕たちは水辺にキャンプを張り、火を起こしてウサギを焼くことにしました。

必要な道具は、すべてロシナンテに積み込まれていたのです。

僕は彼の指示する通りに、道具を出して、組み立て、見ているだけ。

まるで魔法のように彼はテキパキと準備をして、あっという間に食事の支度が終わりました。


ワインもグラスもロシナンテに積まれていて、いよいよ乾杯です。

「素晴らしい出会いに!」

「出会いに!」

青空の下で、焼きたての獲物を、ワインで口にする。

考えてみれば、初めての経験です。

ゼブラさんも満足顔。

「どうだ、青空の下で飲むワインも格別だろう?」

「はい、本当に良い経験になりました」

「ここは良い場所だ。静かで、美しくて、風も爽やかで」

「そういえば…ゼブラさんは、人の多い場所で食事するのが苦手なんでしたっけ?」

「ははは、そうなんだよな!ワインはこういう静かな場所で、キミのような男と一緒に飲むのが好きだな」

「そんな…。僕は何もしていないし、大して面白い話し相手でも…」

「いやいや、キミは自分で思っている以上に魅力的な男だ!自信を持っていいぞ!」

「あまり人に褒められた経験がないので、なんか照れ臭いですね…」


食事が進んだところで、ゼブラさんが新しい話題を切り出しました。

「ところで少年、これから先はどこに行く予定なのかね?」

「うーん、一緒に旅をしている吟遊詩人の気分次第…かな?」

「ははは、手綱は向こうが握っている…ということか」

「いちおう、帝都に向かうことになるとは思うのですが…」

「帝都か。世界最大の都市、皇帝の住う土地。いい場所だよ。色々と得られるものも多いだろう」

「僕としては、やっぱり、トルバドールのことが気になりますね。帝都は彼の聖地ですし」

「その通り!トルバドールの事が知りたければ、劇場にでも足を運んでみると良いだろう。彼の物語は定番の題目だからな」

「劇場かー。行ったことも見たこともないので、想像もつかないですね」

「あとは…そうだなあ…もし、宮殿に入れるのであれば、興味深いものが数多く見つかるだろう!」

「宮殿ですか。僕のような身分の人間には、とても…」

「ふふふ、意外とキミの近くにいる人間が、宮殿に知り合いを持っていたりするものだ(笑)」

「え〜?まさか!」

「まあ、例え話だよ。だが人の縁というのは不思議なものだ。楽器のように…ね」

「は、はあ…。ところで、ゼブラさんは、この後、どこへ?」

「私は旅の吟遊詩人、足の向くまま、気の向くまま、風の吹くまま…だよ」


こうして食事を終えた僕たちは、自由貿易都市に戻ってきました。

すでに太陽は翳り始め、少しずつ空は赤くなっています。

ここでゼブラさんともお別れです。


「それでは、少年!さらばだ!また会えるといいな!」

「今日はありがとうございました!本当に良い経験になりました。お達者で!」


晴れ晴れとした気持ちで『歌う大釜亭』に帰った僕。

マリーさんは一階の酒場で酔っ払いと戯れていました。

トワイライトさんの看病は…?


「マリーさん、ただいま」

「おかえり、少年!寂しかったよ〜!」

「え、ええ…」

「どうだった?無事だった?お金取られてない?命取られてない?五体満足?」

「…いや、見れば分かるでしょう」

「いやもう、お姉さん、心配で、心配で!」


その様子を眺める、酒場の酔っ払いたち。

めっちゃジロジロと見られています。


「二日酔いの姉ちゃん、弟が無事で良かったな!」

「いや、美しい姉弟愛だねえ!」

「感動した!」

「今夜は良い酒が飲めそうだ!」


まあ…こういう雰囲気も良いですが、ゼブラさんが「一人で静かに酒を飲みたい」と言う理由も分かる気がします。

彼のことは…マリーさんに…伝えておいた方が良いでしょうね。


「そういえば、マリーさん」

「ん?どした?」

「今日は、とある吟遊詩人さんの世話になったんです。雰囲気の良い男の人で、ガッシリとしていて、竪琴を抱えていて」

「ふむふむ」

「彼の名前は…ゼブラムーン」

その名前を聞いたマリーさん、驚いた表情で「なにー!?」と叫びました。

ええ?これは一体?

「彼のことを知っているのですか?」


「ゼブラムーン………名前、カッコ良すぎじゃない?」


あー、確かにカッコいいですね。マリーさんらしいリアクションでした。

次回はバトル。

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