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素晴らしき魔法の世界

吟遊詩人と少年が、魔術師ギルドで大はしゃぎ。

-治癒魔法-


『笑う大釜亭』の酒場で楽しい夜を過ごした僕は、一足先に部屋に戻りました。

店長さんのご好意で、風呂付きの大きなお部屋に泊めてもらえることになったのです。

風呂に入って、鼻血で汚れたハンカチや服を洗って、今はひとりで1日の記録を書いています。寝る前に必ず記録をつける、これが日課なのです。

今日はマリーさんの意外な一面を垣間見ることができて、僕の気分も上々です。今夜は気持ちよく眠れそうです。

そんなことを考えていると、部屋のドアが「ガチャ」っと開きました。

「あ、マリーさん、おかえり…」

「どうも!踊り子マリーです!今夜のお相手いたしまーす!」

やたらとハイテンションのマリーさん(踊り子の衣装を着たまま)が、部屋の中に飛び込んできました!

「ぶっ!」

「少年!また鼻血出してる!酒場の乱闘で強く打っちゃったんだね!」

もう、誰のおかげで、こんなことになっていると…。

「大丈夫!私に任せて!」

鼻の付け根を押さえて上を向いている僕の隣にマリーさんは座りました。

椅子を「ずりずり」と擦りながら、どんどん彼女は近づいてきます。

ま、マリーさん、身体が近い、近い…。

「ピタッ」

とうとう僕の身体にピッタリと。柔らかな感触と温もりと、香水と汗の入り混じった香りが漂ってきて…。

「ぶぶっ!」

さらに大量の血液が、僕の鼻の穴から吹き出してしまいました。

このままでは僕はミイラになってしまいます。

「かわいそうに!こんなに怪我しちゃって!でも安心して!鼻血の治るおまじない、したげる!」

彼女は僕の鼻に手を当てます。

『癒やす手!』

マリーさんが念じると、彼女の手が僕の目の前で青く輝きました。

ああっ!なんだか、鼻の中が、すーっと気持ちよくなってきて…。

「どう?鼻血止まったでしょ?」

え?まさか?本当に?と疑いながら顔を下に向けると…おおー!確かに血が垂れてこない!

「止まりました。マリーさん本当に魔法が使えるんですね!」

「ふふん、『吟遊詩人は百芸に通じる』って言ったでしょ?私が嘘をついたことある?」

「いつもついているような気もしますが…」

「やだ、もー!少年は冗談が下手ねえ!」

笑いながら、僕の方をポンポンと叩くマリーさん。

気がつくと、僕の顔の隣に彼女の顔が、すぐそこに、間近に。

「へえ、少年、今日も記録つけてるんだ。えらいね」

「そ、そりゃ、僕は、トルバドールの記録だけではなく、日常の、全てを…」

「文字を書いて文章を記録できるって、すごいことだよ。憧れちゃう」

耳元で呟くマリーさん。

あっ…なんだか、心臓がバクバクしてきました…。

「ま、マリーさんは書かないんですか?」

「私の頭の中には無限のノートがあるんだ!そこには毎日の出来事や、世界中の伝説や伝承が、正確に事細かに記録されているのさ!」

マリーさんは得意げです。

「じゃあ、一昨日の夕食は覚えていますか?」

「………」

「無限のノートはどうしたんですか?」

しばしの沈黙。

「…あ、そうだ!少年も魔法を覚えたらいいよ!旅に役立つし!明日、魔術師ギルドに行こう!」

「話を誤魔化しましたね」

「君は読み書きが得意そうだから、きっと魔法に向いてるよ!」

「…マリーさんは他にどんな魔法を使えるんですか?」

すると突然、彼女は僕のほっぺを触って…。

うわ、冷たいっ!

「これが『冷やしの手』!」

「もう、何するんですか!?これが何の役に立つんですか!」

「少年を驚かしたり、暑い夏にビールを冷やしたり」

「………」

「あとね、『温めの手』てのもあるんだよ!これは寒い冬にワインを温めたり」

「…マリーさんの言う魔法って、お酒に関係するものばかりですね」

「え?魔法って、そういうものでしょ?」

「いやいや、例えば『火炎の球!』とか『稲妻!』とか、そんなのが魔法ではないんですか」

「はっはっは、そんな、魔族じゃあるまいし」

「でもマリーさんだって『パイロの燃える角笛』で炎吹いてましたよね」

「え?なんで角笛のこと知ってるの?話したっけ?」

「え?賊から駅馬車を守るために使ったじゃないですか!僕の目の前で!」

「そっか。そうだっけ」

「もう、マリーさんの頭ってどうなってるんですか!」

「でも『パイロの燃える角笛』は破壊のための兵器だよ。好き好んで使うものじゃない。なにしろ全力で吹くと都市が一個消し飛ぶほどの代物だからね」

「目の前の酔っ払いがそんなことを言っても、全然信じられませんが」

「私は『パイロの燃える角笛』よか『ケイクの癒やすライラ』の方が好きだなあ!トルバドールの姿も、こっちの方が可愛いし!君はどう思う?」

「何ですか、その何とかのライラって?初めて聞いたんですけど。見たこともないんですけど」

「え?そうだっけ?」

「そうですよ」

「…まあ、いいや。とにかくわたしゃ、風呂に入る!」

マリーさんはカゴに入れて持ってきた、洗濯済みの服を、部屋の中に干し始めました。

ロープを張って、上着をかけて、ズボンをかけて、下着を……え?下着?

「ちょっとマリーさん、こんなところに下着を干すんですか?」

「そうだよ?」

「若い男のいる部屋に下着干すんですか?」

「だって、ここしか干す場所ないんだもん」

「……」

そう言われると反論できません。

できませんが、皮肉の一つも言いたい気分。

「マリーさん達と旅をしたドロシアさんって、大変だったでしょうね。こういう場合、どこに下着を干したんでしょうね」

僕は少し嫌味っぽく言いました。

するとマリーさんは「ニター」っとして。

「知りたい?」

「…いえ、知りたくありません」

「そっか」

残念そうな表情を浮かべて、彼女は着替えを持って風呂場へ向かいます。

扉を開けて閉める前に、いつものあの言葉を残して。

「見ないでね」

「見ませんよ!」

人前で平気で下着を干すくせに!


ベッドに入った僕は、目を瞑ってもなかなか眠れず、ぼーっと考え事をしていました。

するとお風呂から上がって戻ってきたマリーさんが隣のベッドに横たわり、ボソッと呟きました。

「ねえ、君の書いているような記録や文章を、帝国中の、世界中の人たちが自由に読めるような世の中が来たら、吟遊詩人はどうなるんだろう?廃業するしかないのかな…?」

突然のことに僕は驚いてしまい、どう返して良いか分からず、しばらく黙り込んでしまいました。

「あ、あの、マリーさん…」

彼女の方を振り向くと…

「すぅー、すぅー」

すでに夢の世界の中に旅立ってしました。



-治療師ヒーラー-


そこは豪華な食堂でした。

周囲は金銀財宝で飾られ、天井にはシャンデリア。真ん中には大きなテーブル。

その上には肉、スープ、野菜、ワインなどが隙間なく並べられています。

テーブルを囲むのは、僕とマリーさん。

「少年、おめでとう!君が旅の中で残した記録が、世界中の人々の手に渡ったよ!今や皆、文字を学び、文章を読める時代になった!世界で初の快挙だよ!」

「あ、ありがとうございます」

「君にご褒美をあげないとね。ほら、力を抜いて…」

気がつくとそこは寝室で、上にはマリーさんが覆い被さっています。

い、いつhの間に?

「ご褒美だよ、少年!」

彼女は突然、僕の口を塞ぎ…く、苦しい!

「何をするんですか、マリーさん!」


そこで目が覚めました。

夢だったようです。

僕の顔の上には、干してあったはずのマリーさんの下着や上着が落ちて覆い被さっていました…。


昨晩は夜遅くまで散々騒いでいたので、僕もマリーさんも寝不足です。

特にマリーさんは深刻です。

ボサボサの髪は寝ぐせだらけ。

青白い顔。目の下のクマ。

上着はダボダボのシャツ。下はダボダボのズボン。足にはサンダル。

重たそうにリュートを抱えて「のっす、のっす」と、今にも倒れそうに、ゆっくりと酒場に向かいます。

それを眺めて呆れる僕。

「まったく、こんなのが『踊り子マリー』の正体だと知ったら、みんな、さぞガッカリするでしょうね。100年の恋も覚めますよ」

「あ、ああ…それなら、心配、いらないから…」

目の前のゾンビは、掠れた声で答えました。

心配する僕たちの前に、昨日の酒場で一緒になった男達が二人で歩いてきます。

「おはようございます」と僕は挨拶しました。

「お、…おはよ…」これはマリーさんです。

「おう、おはよう、モヤシ男!」

「おはよう若造!……と、隣は誰だっけ?…まあ、とにかくおはよう!」

すれ違った二人の会話を聞き耳を立てて伺うと…。

「おい、モヤシと一緒にいる姉ちゃん?は誰だよ?」

「知るかよ、俺に聞くなよ」

良かった。『踊り子マリー』の正体はバレていないようです。皆の夢を壊さずに済みました。

僕の心配をよそに、彼女は唸り声を上げながら、ゆっくりゆっくり歩いています。

「あー、うー」

サンダルをペタペタさせながら歩く彼女を見ていると、とても昨晩の華麗な踊りと戦いを見せてくれた女性と同一人物だとは思えません。


そんなこんなで無事に酒場についた僕たちは、カウンターに座りました。

「おはよう、マリーちゃんと少年!」

店長さんが声をかけたのを聞いて、酒場全体が一瞬、静まり返りました。

後ろを見なくても、周囲の視線がグサグサと突き刺さっていることが分かります。

彼らが何を考えているのかも、手に取るように分かります。

「マリーちゃん?」

「リュート?」

「どこに…?」

数秒の間を置いて、酒場は再びガヤガヤと活気を取り戻しました。

彼らがどう思ったのか、僕には全て分かります。

「なんだ、人違いか」

「なんだ、勘違いか」

「なんだ、聞き違いか」

カウンターに座っているリュートを抱えたアンデッドが『踊り子マリー』だとは、誰も認識できないようです。

「お、お水、くらさい!」

マリーさんが力を振り絞って叫びます。

店長さんは笑いながら水の入ったグラスを出して…。

「ははは、これは二日酔いだね。昨日は遅くまで盛り上がっていたからなあ」

「ま、まはか、このわらしが、二日酔いなんて、するはずが…」

水をガブガブ飲むマリーさん。

僕は二日酔いの経験がなくて分からなかったのですが、なるほど、飲み過ぎたダメな大人は、こうなってしまうのですね。

実に参考になります。

見かねた店長さんが、彼女に一言。

「外に行って吐いてきた方がいいんじゃないかい?」

「ら、らめれす。吐くと、お酒の神様に嫌われまふ!」

「ははは、そりゃ難儀なことだなあ」

さすがマリーさん、変なところが義理堅い。

こりゃ、今日は一日どこにも行けずに看病でもしないといけないのかなあ…なんて思っていると、後ろから男性の声が。

「おお、お嬢さん、二日酔いだね?私に治療させてもらえないかな?」

後ろを振り返ると、そこには白いローブを身に纏った髭面の中年男性が立っていました。

中肉中背、黒い頭髪には、まばらに白髪が混ざっています。

彼は右手を掲げると、マリーさんにの体に当てました。青い光が輝き始めます。

「え?あ、あの…」

僕が慌てて静止しようとした、その時。

「邪悪な意思で操られし不浄なものよ、去れ!『ターン・アンデッド』!」

「ぐわあああ!浄化される!浄化されてしまうううう!」

マリーさんが苦しみ始めました。

「ああああ!…ガクッ」

意識を失ったかのようにうつ伏せになった彼女を見て、思わず僕は焦ってしまい…。

「な、何をするんですか!確かに彼女は青白いし目の下はすごいクマだし、アンデッドに見えたかもしれませんが、れっきとした…」

「ははは、すまん、すまん。ちょっとしたジョークだよ」

ゲラゲラ笑う謎の男。

するとマリーさんは、突然起き上がり…。

「あー、スッキリした!楽になった!」

「どうだ、私の『二日酔い治療』は効くだろう?私は治療師ヒーラーのニアというものだ。おどかして悪かったな」

すっかり元気になったマリーさんは、立ち上がり、ニアと名乗る男に向けてお辞儀をしました。

「どうも、ありがとうございます!本当に助かりました!ぜひ、お礼をさせてください!」

「あ、僕も、さっきは疑って申し訳ありませんでした…」

それを聞いて、ニアさんは高笑い。

「はっはっは!それでは、お言葉に甘えさせてもらおうかな!」

酒場でお礼といえば…もちろん。

「私におごらせてください!なんでもお好きなものをどうぞ!」

「じゃあ、蒸留酒にオレンジを添えて。あとはワインを瓶で。牛の串焼きにジャガイモのスープを」

「私はワインを瓶で!鶏肉の串も!」

やっぱり、こういう展開になってしまいました。

「ちょっと、待ってください!朝から宴会ですか?」

「そうだよ?」

「魔術師ギルドはどうするんですか?」

「食べてから行こう!」

「………」

こうして朝っぱらから、酔っ払い吟遊詩人、治療師、僕の宴会が始まったのです。


「しかし、さっきまで二日酔いで苦しんでいた人が、よくお酒を飲めますね」

「ふふふ、ここが私のすごいところ。もっと褒めていいよ」

「呆れているんですよ」

僕たちの会話を聞いて、蒸留酒で上機嫌になったニアさんが続きます。

「はははっ!私がいるから、遠慮なく飲んで大丈夫だぞ!」

「ニアさんは治癒魔法の専門家なんですね」

「そうだな。この道20年、自分で言うのもなんだが、かなりの使い手だな」

「魔法には6つの学問があるんですよね?なぜ治癒魔法を?」

「そうだな…。敢えて言えば、金を稼ぐのに一番便利だから、だな。治癒魔法はどこに行っても引く手あまた。現に、今日もこうして酒と食事にありつけているし、な!」

「は、はぁ…そうなんですか」

随分と現実的な理由で治療師をやっているものです。

なんか、もっと、崇高な理由や背景があるのかと思っていましたが…。

「はいはい!魔法の6つの学問!」

蚊帳の外だったマリーさんが突然割り込んで、得意げに話し始めました。

「治癒魔法、破壊魔法、召喚魔法、変化魔法………あとなんだっけ?」

「ははは、なんだっけなあ?」

「知らないんですか?魔術師なのに?」と僕は突っ込みました。

「自分の専門外の学問はなあ。そんなに気にしないからなあ」

「………」

ここでマリーさんが「思い出した!強化魔法!」と叫びました。

「そんな学問はないなあ」とニアさん。

「えー、じゃあ、力を強くしたり、素早くしたりする魔法は?」

「それは『治癒魔法』の領域だな」

「そうなんですか?」

「そうだぞ!兄ちゃんみたいなガリガリ君も、私にかかれば筋肉ムキムキだぞ!」

「…それはどうも」

またマリーさんが「思い出した!超常魔法!」と叫びました。

「はははっ、それは大昔に廃れて、他の学問に吸収されちゃったやつだなあ」

「え?魔法の学問って、今と昔で違うんですか?」

と驚いた僕を見て、マリーさんが「ふふん!」と得意げな顔をして話し始めました。

「そうだよ、少年!もともと魔法の学問というのは、魔族が操る術を人間が分類・体系化したもので、唯一絶対のものではないのだよ。過去には何度か統廃合や追加を繰り返し、今日に至るんだ」

「そうなんですか。そこまで知っていて、残り二つの学問は分からないんですね」

「だって私は魔術師じゃないし」

「…じゃあ、昨晩、僕に使った『冷やしの手』は、どの学問に属するんですか?」

「使ったっけ?」

「使いました」

「それは『破壊魔法』だね(笑)」

「そんな物騒なもの、僕に使ったんですか?」

僕たちのやりとりを聞いて、ニアさんが笑い転げています。

「ははは、大丈夫だよ少年!『冷やしの手』は『破壊魔法』の初歩の初歩だ、いくら触られてもキミの体は破壊されないから、安心したまえ!」

「…でも、あまり気分はよくないです!」ぷくーっ!



-魔術師ギルド-


無事に朝食を終えた僕たちは、ニアさんと別れて、魔術師ギルドに向かっています。

もたもたしていたので、もうすぐ正午を過ぎそうです…。

マリーさんはいつもの服に着替えていますが、洗濯済みのため、今日は臭くありません(笑)。

魔術師ギルドへの道は広く、灰色の石で舗装されていて、道の脇は街灯が完備されています。もちろんゴミなど落ちていません。

自由貿易都市で今まで訪れた地区の中で、一番きれいというか、アカデミックというか。

道ゆく人々にも、なんとなく知的な雰囲気が漂っています。


「おお、道よ灰色の道よ、そなたはなぜ道なのか?我々を知の砦に導こうと言うのか?ならば行こう、我が目的は…」


知的な雰囲気が漂う街を、知的じゃない酔っ払い吟遊詩人が、知的と言うには程遠い歌を大声で歌いながら歩いています。

「マリーさん、やめてください!僕まで恥ずかしいです!」

「そうなの?退屈な道のりを盛り上げようと思ったのに」

マリーさんの歌を止めるために、僕は彼女の興味のありそうな話を振ることにしました。

「トルバドールの楽器の力は、魔法とは違うんですか?」

「うーん、あれは魔法というより、魔族の術に近いなあ…」

「そうなんですか、違うんですか」

「そうだ、一つ注意することがある。魔術師ギルドでトルバドールの話は厳禁だぞ」

「なんでですか?」

「トルバドールの力は、魔術の学問を逸脱しているからな。例えば『パイロの燃える角笛』にしても、彼らが何百年もかけて到達した『破壊魔法』の領域を超えている。彼らにしてみれば、トルバドールの存在そのものが異端なんだ」

「…はあ」

「絶対に話をしちゃダメだぞ!」

「マリーさんに念押しされると、少しムッときますね」

「え?なんで?」


などと話をしているうちに、着きました、魔術師ギルド。

お、大きい!知らずにこの建物を見た人は、お城と見間違うことでしょう。

青く輝く石で形作られた建物は5階層にも及び、6つの塔を備え、よく見ると物理的に有り得ない組まれ方をしています。

よくあれで崩れないものです。さすがは魔術師ギルド、建物の作りも摩訶不思議です。

「よし、入ろう」

大理石の門の前に、門番さんらしき人が立っています。

「ようこそ、魔術の道の入門者よ」

門が「ギィ」と開き、僕たちに道を作ります。

「入門者って誰のことですか?」

「あ、私だね」

「マリーさんって魔術師ギルドの構成員だったんですね」

「いちおうね。一番下っ端だけど」

さて初めての魔術師ギルド、僕はちょっとドキドキです。

お邪魔します…。

扉をくぐった先は、ギルドホール。そこから見える景色は、まるで別世界。

あちこちを謎の光が飛び交い、人は宙に浮き、10段にも積み重なった本棚を吟味して、テーブルの上の薬瓶や本を彼らは数メートル先の椅子に座ったまま、手をかざして取り寄せています。薬瓶や書籍が、ポーンと、宙を切って彼らの手のひらに飛んでいくのです!

すごい!こんな世界があったとは!

「ふふふ、驚いただろう?キミも頑張れば、あんな感じに魔法を自由自在に操れるかも、操れないかも」

なぜかマリーさんが得意げに語り始めました。

「そういうマリーさんは、頑張らなかったんですか?」

「だって、私は魔術師じゃないし」

「………」

「さあ、まずは入門の審査だよ。ここで落とされれば、ギルドには入れない。魔術師への道は諦めるしかない」

「何だか緊張します」

「大丈夫、キミが何かやるわけではないから」


入門の審査は、ギルドの高位の魔術師が、入門希望者の魔力を推し量ることで行われます。

審査の部屋に僕は案内されました。

広い部屋の真ん中はアーチで飾られ、その中央には魔法陣が描かれています。『魔術の6つの学問』を表す六芒星です。

魔法陣の隣には、長身で、青い三角帽とローブに身を包んだ魔術師が立っています。

「私はアーク・ウィザード(最高位の魔術師)のファー。そなたの素質を調べさせてもらう。魔法陣の中に入りなさい」

「はい」…言われた通りに入ります。

彼は杖を僕の方向に向けて「むむむむむ!」と叫び始めました。

いや、あれが魔法の呪文なのかもしれません。

魔法陣が青い光に包まれて…。

特に何事もなく光は消えて、元の景色に戻りました。

「おお、これは…」

魔術師さんが、驚いたように声をあげました。

「どうされましたか?」

内心「僕にはものすごい魔力や才能が秘められていた!」なんて話になるのではないかと、期待してしまいました。

ところが彼は…。

「いや、キミは極めて普通だ。普通に魔術の才能があるし、普通に魔力もある。特に優れているわけではないが、劣っているわけでもない。紛れもなく普通だ。頑張りたまえ!」

「は、はい…そうですか。ありがとうございます」

僕の心を見透かしたかのように「普通普通」繰り返す魔術師さん。

まあ「才能がない」と言われるよりマシですが。


ギルドホールに戻ると、マリーさんが「ニター」っとした顔で僕に手を振りました。

「やあ、おかえり!魔術の才能が普通にある、普通の魔力の、少年くん!」

「…聞いてたんですか?」

「聞かなくても分かるよ。みんな「普通」で済まされるからね。才能があるのは、一握りの人間だけさ」

「…はあ」

「落ち込むことないよ。努力すれば私みたいに魔法を自由自在に使えるようになるから」

「マリーさん魔法得意じゃないでしょ…」


次は、いよいよ入門の儀式ですl。

ギルドマスターの前に僕は赴き、跪きます。

「ここに新たな入門者を迎える。汝、ギルドの掟を守ることを誓うか?」

「はい」

「魔術の発展と探求に生涯をかけることを誓うか?」

「はい」

「己の技術を磨き続けることを誓うか?」

「はい」

「ならば、誓いの証として、この指輪に口付けを」

「はい」…ちゅっ!

「よろしい、では共に魔術の道を極めようではないか、同志よ!」

「はい、ありがとうございます!」

最後に僕専用の魔導書と手のひらサイズの小さな杖を渡されました。

マリーさんが言うには、杖は昔の名残で、今は実際には使わないそうです。

魔導書は最初は小さいのですが、高ランクになると大きく豪華な魔導書がもらえるようです。

その度に書き写し作業があるそうですが…。


という感じで、入門の儀式は終わりです。

それを見学していたマリーさん「パチパチ」と拍手をして。

「おめでとう、入門者くん!先輩は君を歓迎するよ!ともに魔術の道を極めようではないか!」

「…魔術師ギルドでは、僕はマリーさんと同ランクなんですが」

「まあまあ、細かいことは気にしない」


僕たちの前に、黒いローブに黒のとんがり帽子、紫色の髪の不機嫌そうな女性が現れました。

「あなたが新しい入門者ですね。私はウィザード(魔術師)のトワイライト。ギルドを案内するので、ついてきてください」

「はい」

「私もついて行こう」と、マリーさんが後ろから付いてきます。

トワイライトさんがまず案内してくれたのは、魔法売り場です。

「ここではギルドの魔術師が作成した魔法を販売しています。購入すれば、すぐに使うことができます。ただし試用は、そこの広場で行ってください」

彼女が指さした先には、広々とした何もない部屋がありました。

壁の石は焼け焦げたり、砕けていたり。確かに、ここならば存分に試すことができそうです。

「私はここで待っているので、必要な魔法を買って試してみてください」

トワイライトさんは売り場の入り口の椅子に腰掛けて「ふあ〜」とあくびしました。

「お金は昨日いっぱい稼いだから、少年の好きな魔法を買っていいよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて…」

売り場のカウンターには、カードや魔導書の類が並べられています。

初歩的な魔法はカードとして売られていて、高度になるほど大きな魔導書になるようです。

僕が使えるのは、カードの魔法ですね。

『癒しの手』を購入します。銀貨1枚です。購入したカードは魔導書に挟むことで、自動で書き込まれます。

最近の魔法は読み書きができない人でも簡単に扱えるように進歩しているのです。

もっとも、魔導書の書き写しが必要なほどのランクの魔法は、そんな簡単にはいかないようですが。

他にもいくつかの魔法を購入して、自分の魔導書に書き込みます。

魔導書は僕の精神とリンクしているとか何とかで、自然と使い方が分かるようになるのです。


「お待たせしました」

椅子に座ってうつらうつらしていたトワイライトさんが「ハッ」と起きて「あ、では、次に行きましょう」と案内を続けます。

廊下を歩く三人。マリーさんが、こそこそと話しかけてきます。

「どう、少年、どんな魔法買ったの?」

「『癒しの手』と、あとは…」

「あとは?」

「ちょっと耳を貸してください」

「ふむふむ」

マリーさんの顔が近づいてきたところで…。

『冷やしの手!』

「うわ、冷たいっ!」

「昨晩のお返しです!」

「やったな、このう!…『温めの手!』」

「あちっ!やりましたね!」


「こっちも『温めの手!』」

「あちっ!それじゃあ、私は、右手で『冷やしの手』、左手で『温めの手』だ!」

「あちち冷たい、あちち冷たい!」


「ちょっと!あなたたち!ギルドの中で『キャッキャ、ウフフ』するのは、やめてください!」


突然、トワイライトさんが振り向いて怒鳴りました。

「す、すみません…」

「ごめんなさい…」

怒られてしまいました。

トワイライトさんは「これだから新人の付き添いは嫌なんだよ」とブツブツ言っています。

たぶん、わざと聞こえるように言っています。


「ここは魔法具の販売所です。危険な品が多いので、試用は厳禁です」

トワイライトさんが次に僕たちを案内したのは、魔法具売り場でした。

見るからに高そうな道具ばかり、ショーケースの中に並んでいます。

価格を見ると…「金貨5枚」「金貨10枚」中には「金貨50枚」なんて代物まで!

「うわあ、とても僕たちには縁のないものばかりですね…」

「でも少年、あっちは大丈夫そうだよ」

マリーさんが指さした先は、魔術師のローブや帽子の売り場です。

「あ、そちらの品物は試着も自由です」

「わーい、着てみようっと」

嬉々としてマリーさんは黒いローブを纏い、三角棒を被りました。

僕の目の前でくるくる回ってポーズを取るマリーさん。

「どう、少年!似合う?(ビシッ)」

「わあ、すごい!魔法使いのおばあさんみたい!」

「そう、私は意地悪魔女さ!お前をカエルにしちゃうぞ〜!」

「おたすけ〜!」


「ゴホン、ゴホン!」


後ろからトワイライトさんの咳ばらいが、大音量で聞こえてきました。

あ、またやってしまった…。

「用がないなら、次に行きますよ!」

「すみません…」

魔法具売り場を後にする三人。

「まったく、魔術師ギルドはバカップルのデートスポットじゃないっての…!」

トワイライトさんは、またブツブツ言っています。

絶対に聞こえるように言ってします。


これは気まずい…。

「マリーさん、ちょっとふざけ過ぎましたね。ここからは真面目に行きましょう」

「おお、それなら任せてくれたまえ!何しろ私の子ども時代のあだ名は『真面目のマリーちゃん』だったからな。真面目は得意なんだ!」

「それじゃあ、マリーさんの故郷の方達が不真面目みたいじゃないですかー」

「いやいや、私が特別真面目なんだよ。何しろマリーちゃんの『マ』は『真面目』の『ま』だからね」

「まじですか?」

「そう、真面目な話だよ」


「ブッ!…ごほ、ごほっ」


突然、トワイライトさんが吹き出して、咳払いを始めました。

「ごほ、ごほ、…ふ、ふう。…そこ、バカな会話は謹んでください!」

また怒られてしまいました…。

というか、彼女、笑ってました?

「ほんと、なんなの、この芸人バカップルは…」

またブツブツ言ってます。

わざと聞こえるように言っています。確実に。


次に案内されたのは、何やら怪しい器具が満載のテーブルが置かれた部屋です。

「ここが『スペルメーカー』です。自由に魔法を作ることができる、魔術師ギルドの自慢の施設です」

それを見て目を輝かせるマリーさん。

「わーい、スペルメーカーだ!遊んでいいの?」

トワイライトさんがギロリと睨みます。

「遊ぶじゃなくて、実験する、です!…まあ、自由に使って頂いて結構。もちろん、それに見合うお金は払って頂きますが」

「やった!少年、早速使ってみよう!」

「え、ええ…」

何だかよく分からないうちに、スペルメーカーとやらを試すことになってしまいました。

テーブルの上には、水晶玉、カード、蝋燭、燭台、フラスコなどが所狭しと並べられています。

マリーさんは、ウキウキで説明を始めました。

「これ面白いんだよ!自由に魔法を作れるんだ!私も昔、色々と作ったなあ…」

「どんな魔法を作ったんですか?」

「えーとね『腐りかけの蒸留酒の旨味を2倍に増す魔法』とか」

「何ですか、それ?」

「私は昔、蒸留酒が口に合わなくて、どうにかして美味しく飲めないかと試行錯誤していたんだ。でも『蒸留酒を美味しくする魔法』だと私には高度すぎて使えないから『制約』を付加したわけさ」

「はあ…」

「『腐りかけ』と『旨味』が制約ね。これを付けたおかげで、私でも難なく使える魔法になったんだよ」

「…で、その魔法、使うことあったんですか?」

「それがねえ…なかなかなくてねえ。というか一度もなくてねえ」

「そりゃそうだ。だいたい、腐りかけの蒸留酒に出会うことなんて、まずないでしょう」

「そうそう、仮に見つけたとしても、旨味を2倍にしても、腐りかけは腐りかけ」

「飲んだらお腹壊しますね(笑)」

「お花摘みが大変になっちゃう!」


「ごほ、ごほ、ううん!」


また後ろから、トワイライトさんの唸り声が。

「そこ、下品な会話は謹んでください!」

「…………」

しばしの沈黙の後、マリーさんが切り出しました。

「少年は、どんな魔法作りたい?」

「そうですねえ、マリーさんの二日酔いを治す魔法がいいですね」

「名案だ!」

「でも…二日酔いを治す魔法って、随分と難しいんですね。僕の魔力では使えないようです」

「制約の出番だな」

「どんな制約にしましょう?」

「『眩しい朝を二日酔いで台無しにしそうな乙女の気分をスッキリさせる魔法』なんて、どう?」

「僕はどちらかというと『青白いゾンビのような顔でやっとのこと歩く女の二日酔いを治療する魔法』の方がいいですね」

「やだ〜!そんな魔法、いつ使うのよ(笑)」

「今後いくらでも出番はありそうですが…」

「で、どう?使えそう?」

「うーん、だめですね。意外と制約にならない制約ばかりで、効果薄いです」

「もっと思いっきり絞らないとダメかー」

「逆転の発想で行きましょう。二日酔いになる前に、お酒が飲めなくなる魔法とか」

「いやいや、そんなのおかしいでしょ」

「じゃあ、お酒が口に合わなくなる魔法なんてどうでしょう?」

「キミ、喧嘩売ってるのかね?」

「いいと思ったんだけどなあ」

「よし分かった!どっちが面白い魔法を作れるか勝負しない?勝った方が、好きな二日酔い治療の魔法を作るということで!」

「面白いですね!」

「ふふ、想像力が試される勝負になりそうだな!」


数分後。


「僕の魔法は『泥酔して深夜に大いびきをかきながら飲酒する夢を見る女の目を覚ます魔法』!」

「やるな!私のは『少年と旅するワイン好きの女の吟遊詩人が小便に行く回数を減らす魔法』!」


「お前ら、魔術を何だと思っているんだー!」


トワイライトさんの怒鳴り声が辺りに響き、彼女は杖を構えてこちらに「ズシっ、ズシっ」と歩いてきます。

「丸焼きにしてやる!跡形も残らないほど、丸焼きにしてやる!」

「ひ、ひいいい!」

「ごめんなさい、もう2度としません!」

ガクガクブルブルの僕たち。

ところが!。


「ウィザード・トワイライト!いったい何をやっている!?お前は新人の付き添いも満足にできんのか!」


今度はアーク・ウィザードのファーさんが現れて、僕たち二人とトワイライトさんは、突然、見えない力によって体を掴まれました。

そして、そのまま、ギルド内の廊下を猛スピードで引っ張れて…。

「ポーン」と外に放り出されてしまいました。


「お前たち三人は、丸一日ギルドへの立ち入りを禁じる!よく反省しなさい!」


どこからともなく、ファーさんの声が響きます。

魔術師ギルドから追い出された、僕、マリーさん、トワイライトさん。

すでに外は薄暗くなっていました。


「あ、あああ…」

呆然とするトワイライトさんの肩を、マリーさんはポンと叩きます。

「その…なんだ、すまなかった。お詫びと言っては何だけど、今夜はおごるよ。一緒に行こう」

「あ、ああ…」

「本当にすみません。気を落とさないでください」

「ああ…」


僕たち三人は『踊る大釜亭」に向けて、とぼとぼと歩くのでした。

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