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踊り子マリー

路銀を失った吟遊詩人が、踊り子として働いて資金調達します。

-銀貨1枚の使い道-


帝国の衛兵に捕まって投獄されていたマリーさんは、ナイトホークさんのおかげで無事に解放されました。

しかし「報酬」として所持金を全て持って行かれたマリーさんは、呆然としています。

「…お金、スられた。あなた、お金どれだけ持ってる?」

青ざめた顔で彼女は僕に尋ねます。かわいいなあ。

「銀貨1枚と銅貨5枚」

「そんなに少ないの?」

「自由貿易都市の情報屋さんで4枚ほど使いましたから」

「キャプテン・モーティ?」

「そうです」

「…どこまで聞いたの?」

「ドロシアさん、ホークウィンドさん、ナイトホークさんと彼女への接触の方法…」

「そっか。…ナイトホークは兄さんとドロシアさんについて、何か言ってた?」

「いえ、何も」

「そっか」

「これからどうします?」

「残りは銀貨1枚、銀貨1枚…」

シラフのマリーさんは、深刻な顔で悩んでいます。

普段はいつも酔っ払って上機嫌なだけに「こんな表情もするんだと」と、彼女の意外な一面を見て僕は少し嬉しくなりました。

「銀貨1枚で……ワインを買おう」

どういう判断なのでしょうか。シラフだと思っていたのは勘違いだったようです。

「もうワインのストックは、水筒半分未満。このままだと半日も持たない」

「ワインが無くると、どうなるんです?」

冷や汗を流しながら、彼女はつぶやきます。

「マリーさんが役に立たなくなる…」

どこまで本気なのか分かりませんが、表情は深刻です。

「得意の演奏と歌で小銭を稼ぐというのは?」

「人前で歌うなんて恥ずかしい…」

まじですか。この人、全然だめだ。


宿場の酒場でワインを3瓶購入。

「水筒の中にも詰めていこう」

「今入ってる分はどうするんですか?『トロールの鮮血』ってやつ…」

「ここで飲む!」

ぐいっと口に流し込むマリーさん。あー、もったいないなあ。

「瓶は重いし、かさばるし、荷物を軽くするための工夫だよ」

などと言っている間にも、みるみるうちに彼女の顔は赤く染まっていきます。

「ふうー、2日ぶりのワインは、五臓六腑に染み渡るわ!」

その様子を最初から眺めていた店員さんが苦笑いしながら声をかけます。

「姉ちゃん、酒の力で、どん底から復活したな!」

「どうもどうも、ありがとう!ここに酒場があって命拾いしました!」

「呑気なこと言ってる場合ではありませんよ。所持金は銅貨6枚。安い宿にも泊まれるか…」

少しキツく言ったつもりでしたが、マリーさんは全く意に介さず。

「ものは考えようだよ、少年!私たちは今や金なし。自由貿易都市に行っても、スリの被害にあう心配がない。つまり『無敵の人』になったも同じ」

「めちゃくちゃな理屈ですね」

「来るなら来てみろナイトホーク〜、盗めるものなら盗んでみろ〜」

とうとう訳のわからない歌まで歌い始めました。


「行こう、自由貿易都市へ!」



-踊り子-


自由貿易都市についたのは、その日の夕方のことでした。

日が沈む前、門が閉まる前に、何とか滑り込みセーフです。

最後はかなり早足というか、ほぼ走ってました。どうしていつもこうなるのでしょうか。

「どうだい、これが、かの有名な自由貿易都市だよ!大きいだろう?腰を抜かすなよ!」

マリーさんは「ふふん!」といった表情で得意げに語りました。

「一昨日来たばかりですよ…」と返す僕。

「あー、そうだったね。しょんぼり」

「この酔っ払いの記憶って、いったいどうなっているのだろう」などと思いながら、先のことがふと心配になりました。

「マリーさん、今晩はどこに泊まるんですか?」

「適当な酒場で金を稼ぐ。なあに、私がちょっと歌えば、あっという間に金貨銀貨の山だよ」

「で、その金で宿に泊まると」

「そうそう、いいかげん身体を洗って、この臭い服も何とかしたいからね…」

マリーさんの表情が暗くなりました。あ、気にしていたんだ。ナイトホークさんにも散々バカにされていましたし。

「歌を歌うなら、例の『魔神の酒樽』は?」

その名前を出した途端、彼女の足が「ピタッ」と止まりました。

「『魔神の酒樽』、『魔神の酒樽』……だめだ、今、私が行ったら、殺される…」

「ええ〜?何を言っているんですか?」

「とにかくダメだ。他をあたろう」

「……」


薄暗い市場地区をあてもなく漂う、僕とマリーさん。

マリーさんは小声で話かけてきました。

「あいつの家、すごかっただろ」

「あいつ?」

「あいつだよ、あいつ!『帝国中の金銀財宝は私のもの、おほほほ〜』って、あいつ」

最初は小声だったものが、いつの間にか怒鳴り声に。

「あー、あの人ですか」…もちろんナイトホークさんのことです。

「あいつの家には高い服もいっぱい揃っているからなあ。あ〜あ、私もたまには、かわいい服を着てオシャレして…」

「それなら、あれはどうでしょうか?」

僕は宿屋『歌う大釜亭』の入り口の貼り紙を指さしました。

『踊り子募集。衣装支給。報酬は出来高払い』

それを見たマリーさん、手を「パン」と鳴らし、「いいね!」とガッツポーズ。


早速、宿屋の中に入って「募集の紙を見て来ました!踊り子やらせてください!」と迫るマリーさん。

店長が出てきて審査が始まります。

「うっわ、汚いな。まあ、衣装はこちらで支給だから問題ないか。とりあえず踊ってみて」

「はーい!」と満面の笑みを浮かべるマリーさん。

タンバリンを渡された彼女は、ノリノリで踊り始めました。

「タン、タン、タン、やあっ!」

「ほう、これはうまいものだな」

「タン、タン。タタタン!」

「少し歳は行っているが、軽く化粧すれば大丈夫だろ。採用!」

「ありがとうございます!」

女性店員がマリーさんの周りにやってきて、衣装合わせを始めます。

「くさっ!」

「先に体洗ってきて!」

「今来ている服も洗濯ね!店が臭くなる!」

「……」


マリーさんが支度をしている間、当然僕は蚊帳の外。

宿の一階の酒場の空きテーブルに腰掛けて、ボケーっと待っています。

しかし油断はしていません。マリーさんが命の次に大切にしているリュートを預かっているのです。

「キミを一人前の男と見込んで預ける!」と渡されたリュート。何としてもお守りします!


外が完全に暗くなった頃…。

「ギィ…」と扉が開いて、奥からエプロンドレスに身を包んだ可憐な女性が現れました。足にはヒールのついた靴。

「もしかして…マリーさん?」

太陽のように眩しい彼女は、スカートをつまんでお辞儀しました。

「踊り子、マリーゴールドです!よろしく!…なんてね」

眩しくて直視できません…。

女性の雰囲気って、衣装と化粧でここまで変わるものなのでしょうか。

「どう、少年、似合う?」

マリーさんは、踊るようにクルクルと回ります。

スカートがひらひらと舞い上がって…・

「あうっ!」

「おい、小僧が鼻血を吹いたぞ!」

「大丈夫か、お前!」

危うく意識を失いかけました…。


マリーさんは酒場の舞台に上がりました。

「踊り子、マリーゴールドです!今日は私の踊りで楽しんでくださーい!」

店の中全体に歓声が湧き起こります。

「かわいいぞ、姉ちゃん!」

「待ってました!」

「俺のために踊ってくれー!」

奏者が奏でる曲に合わせて、彼女は踊り始めました。

「タン、タン、タン、タタン、や、タン、タタン、やあっ!」

「うまいぞ!」

「いいぞ、姉ちゃん!」

「かわいい!」

その様子を遠くの席から凝視する僕。

マリーさんって、思っていたより、ずっと、すごい人なのかもしれません。

ただの酔っ払いでも、酒がないと何もできない人でもなく…。

しかし、それにしても…彼女を見ていると、胸が…。


客はマリーさんの舞台に、次々に銅貨を投げ入れます。

中には銀貨を投げる人までいます。

店長さんは「ウヒョ、ウヒョ、こりゃあすごい!大儲けだ!」と鼻息を荒くしています。

しまいには、店の外にも評判が伝わり、続々と新しいお客さんが入ってきて、マリーさんの踊りを眺め始めました。

店長さんは「すごいぞ!店の売り上げがいつもの3倍だ!」と、興奮で顔を真っ赤にしています。

僕は、相変わらずボーッとマリーさんを眺めています。

「小僧、マリーちゃんに惚れたな?顔が真っ赤だぞ」

見知らぬおじさんが、僕を見てからかいました。

そ、そんなに赤くなっていますか?


ところが、楽しいひと時も、唐突に終わりを迎えるのです。

興奮した一部の客が、マリーさんの舞台に入ろうと人混みを押しのけて来ました。

「マリーゴールドちゃん、チューしてくれ!」

「抜け駆けするな、てめえ!」

「お前ら、踊り子に手を出すとは何事だ!」

「恥を知れ!」

あっという間に騒動は店全体に広がり、辺りは無秩序な大乱闘に!

僕はテーブルを横に倒して裏に隠れて、様子を伺っています。

マリーさんは大丈夫でしょうか?

客の一人が、人混みを抜け出してマリーさんに抱き着こうと迫ります。

「危ない!」

僕がそう思う間もなく、マリーさんは舞台を蹴って宙に舞い上がり、ヒールのついた靴で相手の顔を蹴りました!

「お客さん、お触りは禁止ですよ!」

蹴られた男は、気を失って倒れます。その表情は何故か「我が人生に悔いなし」って感じの満足げなものでした。

男を蹴ったマリーさんは、近くのテーブルにふわりと着地します。

「いいぞ!マリーちゃん!」

「面白くなってきた!」

「マリーちゃんは俺のものだ!」

「いや、俺のだ!」

前と後ろからチンピラが迫ります。

スカートをつまみ上げて「タンッ」とテーブルを蹴った彼女は、体を回転させながら二人のチンピラの顔を蹴り、再びテーブルに着地して、観客に向けて戯けたようにお辞儀してみせます。

もちろん、チンピラは幸せそうな表情で伸びています。

「つ、強い!」

テーブルの裏に隠れて様子を伺っていた僕は、マリーさんの華麗な戦いっぷりに興奮を抑えきれませんでした。

「どうした兄ちゃん?鼻から血が出てるぞ?何か当たったか?」

同じテーブルに隠れていたおじさんが、僕を見て気遣ってくれました…。そうではないです。



-ギルドマスター-


乱闘は続きます。

酒瓶が、食器が、店内を飛び交っています。

飛んできた酒瓶をマリーさんはキャッチして「お客さん、お酒を粗末にしてはいけませんよ!」と叫び、栓を「ポン」と開けてグイッと飲み込みます。

「残りはあなたが飲んで!」

近くの客に瓶を投げ渡すマリーさん。受け取った男は「やった!」と言わんばかりの歓喜の表情。

不意に彼女は飛び上がり、宙で前転し、客同士が投げ合った2つの瓶を見事にキャッチ!

「すげえ!」

「神業だ!」

と、客は大興奮。

「お酒を粗末にする悪いお客さんは、マリーが許しません!」

近くの男に瓶を投げ渡し、彼女は飛び上がると、瓶を投げた客の頭の上に片手逆立ち。

そのまま片手の力で宙に舞い上がり、相手の背中に見事なキック。

蹴られた男は、瓶を投げたもう一人に直撃し、両者は見事にノックダウン!

さらに宙に舞った皿をマリーさんは1枚、2枚、3枚と受け止めて、上に乗っていた料理まで元に戻してテーブルに乗っけます。

酒場全体が大興奮、拍手喝采!

「マリーさん、強い、強すぎるッ!リュートがなくても、トルバドールじゃなくても、強いッ!」と、僕の興奮も最高潮に。

「小僧、鼻血が止まらないようだな!これを使って押さえとけ」と、隣のおじさんはハンカチを渡してくれました。

そんなマリーさんの独壇場は、ある人物の登場によって、突然終わりを告げました。


「バシーン!」…店の入り口が力一杯開けられる音です。

「お前たち、乱闘はそこまでにしろ!店に迷惑だぞ!」

轟音が響き、色黒の男が巨体を震わせて店の中に「のっしのっし」と入って来ました。

店内がシーンと静まり返ります。

「…マックスだ」

「ギルドマスター…」

「剛力マックス…」

観客は固まったように動かなくなり、彼の前に道を開けます。

「踊り子さん、すまなかったな、とんだ騒ぎになってしまって…ん?」

マックスと呼ばれる大男とマリーさんの目が合います。

「あ、ああ〜、嬢ちゃんか!?」

「マックス!そうだよ、嬢ちゃんだよー!」

「久しぶりだな〜、この街に来てたのか!」

ポカーンとする客や僕をよそに、二人は盛り上がっています。

いったい、彼はマリーさんの何なのでしょうか?


「相変わらず、ごっつい身体してるな!(バシッ、バシッ)」

マリーさんは大男の胸を拳でバシバシ殴ります。

「はっ、はっ、はっ!」…大男は笑っています。

「バシッ、バシッ、バシッ!……あ、いたっ、骨が折れた」

マリーさんは殴るのをやめて手を押さえて痛がりました。

もう、ふざけているのか、本当に折れたのか、僕には判断がつきません。


何だかモヤモヤした感情が湧き上がってきた僕は、テーブルの裏から這い出て大男に尋ねました。

「あなたはどなたですか?マリーさんのお知り合いですか?」

「おうよ!俺は昔、嬢ちゃんの兄貴の世話になった、マックスってもんだ」

「昔話は、後で、後で!」

「そうだな、まずは…『お前ら、店内を元通りにしろー!!』」

マックスと呼ばれる大男が号令をかけると、固まっていた客がビシッと動き出し、テキパキとテーブルを元に戻して、散乱したビンや食器を片付けました。

あっという間に店内は元通りになり、何事もなかったかのように営業再開です。

「さすがはギルドマスター、いつもながら見事な手並みだ」

「いいってことよ。これも我々の仕事のうちだ」

「今日はマリーちゃんのおかげで大儲けだったし、君たちは好きなだけ食べて飲んでくれていいぞ!」

「わーい、ありがとう!」

そういうわけで、僕とマリーさん、マックスさんの3人は、同じテーブルで時間を共にすることになりました。

まずはマックスさんが口を開きます。

「しかし本当に久しぶりだな、嬢ちゃん。リュートはツレが持っているようだな。彼が次の後継者か?」

「やだ、そんなわけないでしょ!踊りの間、預かってもらっていただけ」

「なんだ、そうか」

ん?リュート?後継者?何のことでしょうか?

興味津々の僕の期待を裏切るように、二人の会話は別の話題に移ってしまいます。

「街に来たのはいつだ?」

「今日の夕方に着いたばかり」

「それはすまなかったな。着いて早々、あんな騒ぎに巻き込まれてしまって」

「私は楽しかったよ!ほら、傷一つないし、衣装にだって汚れひとつない。…骨は折れたけど(笑)」

「それは自分で折ったんでしょ!」…と心の中で突っ込む僕。


ふと後ろが気になって振り返ると、男たちがマリーさんの後ろに集まって、ジロジロと眺めています。

しかしマックスさんが一緒なので、手が出せないようです。

するとマリーさん、ワイン瓶を手にとって

「みんなー!飲んでるー?今日は私のおごりよ!楽しんでいってね!」

と、後ろの連中にワインを注いで回り始めました。

「さすがマリーちゃん!」

「気前がいい!」

「結婚してくれ!」

と、彼らは大喜び。

というか、このお酒は店長さんが振る舞ってくれたもので、マリーさんのおごりとは違うのでは…。

「少年も飲んでる?遠慮しなくていいのよ!」

マリーさんが隣に戻ってきて、ワイン瓶を差し出しました。

遠慮するも何も、これは店長さんが振る舞ってくれたお酒…。

それはともかく、彼女がくれたせっかくの機会なので、僕も何か話題を振ってみることにします。

「あの、マックスさんって、ギルドマスターと呼ばれていましたよね?」

「おう、俺は戦士ギルドのマスターをやっているからな」

「ええ〜!すごいお方なんですね!」

それを受けてマリーさんが補います。

「そうだよー。この辺りでマックスは有名人だからね。怪力無双、剛力、英雄、色々な二つ名があるんだよ」

「おい、そんなに言われると、照れるじゃねえか!」

色黒のマックスさんの顔が赤くなります。

そんな凄い人が知り合いだなんて…。マリーさんの交友関係って、良くわかりません。

なんて考えていたら「戦士ギルド」という言葉に引っかかりを覚えた僕。

「戦士ギルドって…レイヴンさんが所属していたギルドですよね?」

「レイヴン?…ブラックバードのことか?」

「ブラックバード?」

「レイヴンは名前を何度も変えた…と言っただろ?レイヴンという名前は弱そうだということで、ナイトバードという名前に変えたんだ」

「ところが、ナイトホークと名前が被るという理由で、ブラックバードにまた変えたんだよな!」

爆笑しながら話すマックスさん。

「あ、あの、その名前は口にしないほうが…」…先日の記憶が蘇った僕。

「いいの、いいの。マックスは特別だから!」

「そういうものなのですか?」

特別ってどういう意味でしょうか?

せっかくなので、もう少し踏み込んでみましょう。

「ブラックバードさんって、どんな方だったのでしょうか?」

「うーん、そうだなあ。若い頃は血の気の多いヒヨッコだったが、弓の使い手として名を馳せるようになった。本業の射手も舌を巻くほどだったな。最後はあんなことになって…」

と、そこまで言いかけたところで、マリーさんが口を挟みます。

「大丈夫、どこかできっと生きてるよ。あのクソ生意気なやつが、そんな簡単にくたばるはずないだろ。案外、今も、その辺りで私たちのことを見張ってるかも知れないよ」

「あ、ああ。確かに、そんな雰囲気はあるやつだったな」

「何を考えているのか良くわからないやつで。人付き合いも苦手で…」

「でも、ドロシアを『おばちゃん』と呼んだことで、一部の人間からは熱狂的に支持されたな」

マックスさんは「ゲラゲラ」と笑っています。

「どういうことなんです?」

思わず僕は尋ねました。

「ドロシアのことを『なんであんな年増がチヤホヤされているんだ』と快く思っていない連中がいたんだよ」

年増て…。

「そうそう。カトレアさんとか」

「それな!カトレアはブラックバードのことをベタ褒めして!『よくぞ言った!』て(笑)」

「ファンクラブ作りそうな勢いだった(笑)」

「まあ、でも、結局は、あいつもドロシアに懐いていたからな…カトレアはガッカリしたようだけど」

「そりゃ、いちおう、ドロシアさんの弟だったからね」

「弟?どういうことですか?」

勝手に話を進めていく二人をぶった斬って、質問を挟みます。

「ドロシアはブラックバードの姉として旅に出たんだよ。知らなかったか?」

「話してなかったっけ?」

「話してませんよ!その辺り、聞きたくてもなかなか聞かせてくれなかったじゃないですか!」

「そうだっけ?」

「そうです」

マリーさんは苦笑いしながら…

「ごめん、ごめん!とっくに話をしたものと思ってた」

こ、この酔っ払いめ!

その話題を切り出したくても切り出せなくて、どれだけモヤモヤしていたことか!

「それじゃあ、今から、ドロシアさんの話の続きをしてくれますかー?」

ちょっとスネたように僕は言いました。

「うん、いいよ。どこまで話したっけ?」

「覚えてないんですか?」

「ごめん…」

「ホークウィンドさんが『真紅のハイエナ団』をやっつけて、酒場に平和が戻ったところ、です!」



-魔神の妃の隠し財宝-


リュートをマリーさんに返します。

「お、久しぶりに嬢ちゃんの物語が聴けるのか。楽しみだな」

「そっか、マックスに聴かせるのは久しぶりか。せっかくだから、後ろのみんなにも聴いてもらおう!」

彼女は後ろの観客の方を向いて叫びます。

「マリーがこれからリュートで弾き語りやります!お題は『魔神の妃の隠し財産』です!みんな、この物語知ってる?」

「もちろんだぜ」

「今でも俺は探してるぜ!」

「おー、マリーちゃん、楽器も弾けるのか!」

「結婚してくれー!」

「あのモヤシ野郎は、何でマリーちゃんと一緒にいるんだ」

と好き勝手言っています。もちろん、モヤシ野郎とは僕のことです。まったく失礼な。

マリーさんが「ポロン、ポロン」と奏で始めました。

「それじゃあ、始めます!腕の骨が折れて痛いけど、頑張って弾くから、じっくり聴いてね!」


「今から10年昔。酒場『魔神の酒樽』を訪れた吟遊詩人。

店を襲った悪漢から、見事オーナーのドロシアを守った。

泊まる宿もない彼と、妹と、弟分は、しばらく『魔神の酒樽』にお世話になった。

吟遊詩人はリュートの演奏。

彼の妹は歌と踊り。

弟分は、酒場で一人ふてくされ。

ドロシアは、彼らの事情を察していた。

弟分の年齢が若くて、関所を越えられいこと。

弟分が帝国系民族のため、吟遊詩人の弟と偽れないこと。

そしてこれが一番大事。旅費が尽きていること。

そこである日、彼女は吟遊詩人に意外な提案をした。

『私が、あなたたちの旅に同行する』と。

それを聞いた吟遊詩人は、目をまわして真意を問う。

『弟分の姉としてあなた達に同行する。同じ帝国系民族だから、疑われずに関所を越えられる』

これはすなわち『魔神の妃と吟遊詩人は夫婦関係になる』ということを意味していた。

祝福するものもいれば、嫉妬するものもいた。

ところが真の問題は他にあった。

『魔神の酒樽』のカリスマだった彼女が店を離れる!

これはちょっとした騒ぎになった。

当時はドロシア目当てで酒場を訪れる者も多かったのだ。

その一方で喜ぶ者もいた。

『魔神の酒樽』の店長を任されていたカトレア、実質店のナンバー2だ。

ドロシアばかり注目されるこの状況を、彼女は快く思っていなかった。

『魔神の酒樽』は、ドロシア派とカトレア派に二分されそうになった。

そこでドロシアは考えた。

『私が旅から帰って来た時、魔神の酒樽が今より繁盛していれば、自分の財産を全て店の関係者に分け与える。皆で力を合わせて店を盛り上げてほしい』と。

この宣言に『魔神の酒樽』は色めきだった。

なぜならドロシアの財産は金貨10000枚を軽く超えると言われ、あまつさえ秘蔵と言われるワインコレクションまで含まれていたからだ。

こうしてドロシアは旅立ち、後のことをカトレアに任せた。

『私が5年経っても戻らなかったら、あなたがオーナーだ』という言葉を残して。

当然、カトレアはドロシアの財産の在処を聞いているはずだった。

ドロシアが戻らなかった時の財産の扱いは、彼女に任されているはずだった。

『魔神の酒樽』はドロシアの期待通り、より大きく、より繁盛し、5年経った。

だが、ドロシアは戻らなかった。

カトレアはドロシアの財産を分け与えず、その在処についても口を噤んだ。

こうしてカトレアは『魔神の酒樽』から追放され、店は分裂し、衰退を始めた。

吟遊詩人、その妹、弟分は、『魔神の酒樽』を分裂に導いた『戦犯』として、今でも語り継がれている。

なお『魔神の妃の隠し財産』の在処は、いまだに謎に包まれたまま…」


なるほど、ホークウィンドさんやマリーさんの名前は伏せてありますが、謎がだいぶ解けた気がしました。

ドロシアさんは、ホークウィンドさんの妻として旅に出た…。

『魔神の妃』の物語を聞いて涙していたマルクスさんやエンゲルスさんが、この話を聞いたら、さぞ悔しがってガッカリしたことでしょう。

マリーさんがあの時に話さなかったわけです。

マリーさんが『魔神の酒樽』に行きたがらない理由も分かりました。

彼女は店を分裂に導いた「戦犯」の一人なのです。


観客は、マリーさんの弾き語りを聴き終えて、涙したり怒ったり悲しんだり。

「いい話だなあ!」

「まだこの街のどこかに隠し財産が残ってるはずだ!」

「感動した!」

「カトレアと吟遊詩人、地獄に堕ちろ!」

「まったく泣ける話だぜ!」

色々な感想はあると思いますが「感動」する要素はないし、「いい話」でもないでしょう…。

酔っ払いの言うことは良くわからないです。


最後にマリーさんが、みんなに一言。


「みんなー!楽しんでくれた?夢がある話っていいよね!まだ金貨10000枚と幻のワインコレクションが、この街のどこかに眠ってるらしいよ!頑張って探してねー!」


いや、マリーさん、煽ってどうするんですか!?

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