フェネクス
すっかり秋めいてきて肌寒いですね。
コタツを出そうと思ってたら夏日になってエアコン付けました。
コタツのタイミングを見計らっております。
アリスはスタートラインに立ってゆっくりと深呼吸する。
白と赤を基調とした耐熱繊維の戦闘服姿で、両手をラインの上に置いてクラウチングスタートの姿勢で正面を見据えた。
1キロ先に潜むスナイパーの姿は、あの場所からは僅かな点でしか捉えきれない。
アリスはスクっと曲げていた膝を伸ばし、お尻を突き出す。
それを合図にキーンと耳を劈く轟音と共に耐熱パネルの噴射口のついた踵から炎がジェット噴射している。
「全員!少し離れてろ!」
シャオロンの号令で生徒たちが一斉にアリスから距離を取った。
その様子を横目で確認したアリスは火力をさらに上げる。
「行きます!」
そのタイミングでロケットスタートした。
上体を起こしながら飛び出した。
両手を振りながら数メートル走り、十分な加速を得た瞬間、突然前方にダイブする様に飛び込んだ。
アリスの身体はそのまま地面に落下する事なく、逆にまるで戦闘機の様に武力を得て飛行姿勢となり、爆音を残して、急加速で私たちの前から飛び去った。
「凄い!あんなふうに人が飛べるなんて!」」
私は思わず声に出して立ち上がり、彼女の後ろ姿を見送っていた。
「ハハハ、まるで戦闘機の離陸シーンだな」
シャオロンの感嘆の声に振り返ると、他の生徒も同様に立ち上がって、呆然とアリスの姿を見つめていた。
そして、モニターには太陽に挑むフェネクスの様な姿が映し出されていた。
「さぁ、後はどう射撃を処理するんだ?」
シャオロン講師は例の意地悪な笑みを浮かべながら、モニターのアリスに呟いた。
あの日。
寮の食堂で、この試験の攻略法をみんなで話してた時のこと…。
居残った私たちにアリスが教えてくれたのは、アメリカが入手しているスナイパー・ボットの性能についての情報だった。
まず、ライフルの有効射程距離に、弾丸の種類、弾速に連射速度、それに加えてボットのいわゆる眼にあたるセンサーの種類、赤外線、熱源を含む光学センサーの数値化されたスコープのスペックだった。
ポンポン、ポンポンと、私たちの端末にアメリカの機密情報を、暗号化もしないで添付ファイルを送り付けてくるアリス。
「おいおいおい、このファイル…やたらと重要とか機密みたいな事が書いてあるんだけど…大丈夫か?」
「FBIとかCIAに捕まったりしない?」
アリスは心配する私たちを見て、クスクスと笑う。
「ふふふ、こんなのここじゃぁ、ゴミよ!ゴミ!プロのステアーズなら当然誰もが知ってる常識よ!まぁ、島の外にこの情報を漏らしでもしたら、当然、機密情報漏洩って事で即逮捕でしょうけど」
「えぇーやっぱり捕まるんじゃないですか!?」
「そうよ、だから憶えたら、それは消去しなさい」
「ハハハ、そうだな、そうさせてもらうよ」
リ・ミンソンは少しホッとした表情で胸を撫で下ろした。
「でも、問題はスナイパーの性能を知ったところで、私たちの能力でどう対処するか?ですよね」
スペックを知ったところで、私には何をどう対処するべきか?具体的な対策が思いつかない。
前年度の昇級試験の様子を観たところで、私と同じレベルの水系のギフト主は登場しなかったから、あまり参考にならなかったわけで…。
「確かに、サイコキネシスで弾丸を受け止めたりはできないもんな」
赤い髪のパク・シフが頭を掻きながら呟く。
「俺なんて盾が何枚か出せるってだけで、攻撃手段がないからなぁ、やっぱり銃か剣の購入を検討しないとマズイよな、スナイパーはやり過ごせたとしても、その後がな…」
金髪のリ・ミンソンも胸の内を吐露する。
「私も水が操れるって言ったところで、ただの水芸だし…入試の時、変身してない天草くんにも全く通用しなかったから…自信ないんです」
「それでも、みんなはAランクに昇格したいんでしょ?」
俯く私たちに、アリスは笑顔で力強く尋ねる。
「…なりたい…私、Aランクになりたいです!」
「俺も!なるよ!Aランクに!」
「だよなぁ、キム・ヨンウが目指してるのはもっと上だもんなぁ、俺たち負けてられないぜ!」
私だけじゃない、みんなそれぞれ思いや期待を背負ってこの学園に入学したんだ。
「いいんじゃない、そうね、なら攻略を考える前にそれぞれのギフトについて考えてみましょう」
まるで、講師の様にアリスは振る舞い、私たちの顔を生徒を見る様な瞳でそう呟いた。
「まず、奈美から…、アナタは私と同じ二世よね?ご両親のギフトの能力はどんなものなのかしら?」
アリスは真剣な表情で、私の目を見つめる。
その青い瞳にドキドキしながら、私は自分の両親について説明する。
「えっと…、私の両親は二人ともサポート系のギフトで母は自製で回復薬を精製する《力水》ってギフト、父のギフトは《水質浄化》のギフトでどんな汚れた水分を浄化するギフトで、水だけでなくて血液の浄化…つまり毒消しの能力もあって…、でも、二人ともステアーズとして塔登するには向いてないギフトなので、シティ内の製薬会社で回復薬の精製を生業にしてます…」
私の言葉に目を丸くして驚くアリス。
「素敵なご両親じゃない!《回復》と《浄化》なんてレア中のレアなギフトよ、そんな二人から生まれたあなたのギフトをただの水芸だなんてご両親に失礼よ!」
「あぅ、ごめんなさい」
「ふふん、謝ることではないけど…、奈美は水に対して少し敬意と理解が足りないわ、天満君との模擬戦ではあなたは水弾を放って戦ってたけど、他には何ができるの?」
「えっ?他にって…大きな水の玉を作って相手を溺れさせたり…水が無いところで水を出したり、水浴びできたり…えっと…」
「水浴びとか、戦闘に関係ないじゃん」
ニヤニヤしながらパク・シフ。
「でも、エボの中で戦闘で汚れた身体が洗えるってアリかもな」
リ・ミンソンも身を乗り出して提案してくるけど、絶対私のことからかってる顔だ。
「二人が言う様に、毒を浴びたり負傷したキズを洗ったりっていう応用はできると思うけど、私が言いたいのはそうじゃないのよ」
アリスは立てた人差し指を左右に振りながら、ノンノンと呟いて。
「大事なのは、水って物の特性の応用ね、温度を下げれば個体に、逆に温度を上げれば気体になるし、水のままでもどんな形にでも変化させられるでしょ?水を出すにしても出し方でウォーターカッターにもなるし、ジェット噴射で飛び上がったりもできるのよ!」
あぁ、そうか…、水を出すことしかできないって、私を決めつけていたのは、私なんだ。
「水っていろんなことができる可能性があるって事?」
「水だけじゃなくて、貴女もよ、奈美」
私自身にも色々出来る可能性があるって、この青い瞳の同級生は真っ直ぐ私の瞳を見て言ってくれた。
「私にそんな可能性秘めてるのかな?」
「もちろんよ!後はイメージして、できるまで特訓する!モノになるまで何度も何度もよ、じゃないと可能性は秘めたまま眠ってしまうから」
まるでお日様みたいな笑顔でアリスが言ってくれると、なんか自分でも何とかなるんじゃないかと思えてくるから不思議だ。
「ありがとう!なんか色々考えてみる」
「よかったじゃん!」
「可能性見えてきたんじゃねー」
はしゃぐ二人の男子の頬に両手で人差し指を突きつけるアリス。
「アンタたちもよ!パク・シフとリ・ミンソン!」
高身長の二人を見上げたまま、アリス講師は韓国男子にも熱弁を振るう。
「へっ?」
「俺たちも?」
「そうよ!」
アリスは持参した筆記用具を取り出してノートを開く。
「念動力って万能で優れたギフトよ!大事なのは何をどう動かすか?今回の課題だと盾と矛よね、防御できて攻撃もできるモノを操れば課題のクリアは見えてくるんじゃない?」
ノートにイメージのイラストをスラスラと描いていくアリス、可愛らしいディフォルメされた男の子はパク・シフの特徴を捉えていて可愛らしい。
って言うか、イラストが凄く上手なんだけど!
ナニ?クオリティ高すぎない?
「なるほど!そこにあるモノを動かすだけじゃなく、動かすモノを事前に用意すれば良いってことだな!」
「そうね、装備として持ち歩く事前提なら、今後のエボでの立ち振る舞い方が見えてくるんじゃないかしら」
続いてパク・シフの隣にリ・ミンソンのイラストを器用にアリスは描いてみせる。
ナニ?ホントに上手いんだけど!?出来れば、私のも描いて欲しかったなぁ。
「で、リ・ミンソンのシールドだけど、アレはシールドであってるのかしら?花弁の盾は使い方では武器にもなるのではなくて?回したり飛ばしたり出来れば立派な武器じゃないかしら?」
「そうか…俺、アレがずっと盾だと思い込んでたけど…確かにアレが何なのかはギフトの持ち主の俺が決めていいって事だよな?」
「そうよ、決めつけるのではなくて、選択肢を増やしていくのが良いと私は思うの」
「なるほどな、防具ではなく武器とも考えれば、やれる事の幅が広がるな!」
パク・シフも納得した様に頷く。
今の話で、今回の課題についての出題者の考えが見えた気がする。
「今回の課題は、自分のギフトについて十分理解した上で、足りない部分を他所で補えって事なんですね」
アリスは満面の笑顔で返してくれた。
「私はそう睨んでるわ!」
自分に何が足りないとか、きっと足りないモノだらけなんだけど、出来れば両親に代わって私がエボを登るんだ!と、そんな自信が少し湧いてきた様な…そんな気がした。
エボを塔登するにあたって、実戦に向いてないギフト主はこの街では少々肩身が狭い思いをする。
私の両親もその類で、塔登には向いてないギフトのお陰で、現役の時は随分差別的な扱いを受けたそうだ。
近年はエボから得た技術と共に街が活性化して、塔登するステアーズをサポートやバックアップする施設が増え、塔に登れないサポート系のギフト主の居場所がそれぞれ確立され、そういった差別は今ではかなり少なくなったけど…でも、やっぱり、私の両親はエボに登りたかったと思う。
故郷を離れ仕事を捨てて、この塔に賭けてきたのだから…。
なんて思い考えていた私に向かってアリスは見透かした様に、彼女の両親について話し出した。
「Aランクの昇級試験の時、私のママは優雅に歩きながら、1キロ先のボットに向けて火球を放ち続けてクリアしていたわ、破壊したボットの数は20機以上って聞いたわ」
「炎帝の名前は伊達じゃないって感じだな」
リ・ミンソンが感心しながら頷く。
「ふふふ、実はこのAランク試験の時にその二つ名がついたみたい」
「で、お父上は?確か風使いだったよな」
パク・シフの問いに、アリスは思い出した様に笑う。
「パパもこの時に二つ名がつけられたの…、あの通路に逆巻く二本の竜巻を作り出して、竜巻に仕込んだ鋭利な金属片で銃弾を防ぎながらボットを破壊したわ」
「それで二つ名が《竜巻トルネード》なんですね」
二つ名なんて遠い夢だけど、私たちにもつけられたりするのかな?
「なんかトップランカーは後衛でも、やっぱりスゲェんだな」
「そう思うでしょ?でもね、前衛ギフトの試験見ると正直、反則じゃないって思うわよー!」
腰に手を当てて、胸を張って憤慨する。
アリスのいつものポーズだ。
「あぁ、確かに獣人系の連中は防御も考えずに真っ直ぐ敵に向かって簡単にボットを撃破するって感じだったな」
パク・シフは頷く。
「そうなのよ、彼らは人間離れした視覚、聴覚を持ってる上に発射された銃弾を易々と避ける脚力も持ってるのよ、それこそ万年Cランクの獣人でもね」
イラついた表情で、キュッと唇を結ぶ。
「だから、私は絶対に負けたくないの!」
アリスはなんでこんなに勝ち負けにこだわるのだろう?
授業を中断させて、講師を捕まえて自分をトーナメントに出場させろ!と噛みついたり。
「アリスはなんでそんなに、負けたくないの?」
「仲間に置いていかれたくないでしょ?」
口を尖らせて、拗ねた様に言う。
「仲間って、渡辺さんとか猫柳君や天草君?」
「そうね、あとアナタたちもよ!前とか後ろとか関係なしに、私は誰とでも対等でいたいの!好きな人なら尚更ね、安心して背中を預けられる存在でいたい!守られる存在で居たくない!そんなの対等じゃないもの………」
仲間に負けたくない。
大好きだから————。
対等でいたい…そう言っていた彼女。
隣ではシャオロン講師が私の隣でニヤニヤとモニターを見つめている。
「アレだけ大見栄を切ったんだ、どうやって銃弾を捌いて見せてくれんだアリスよ」
講師の言葉に、思わず唾を飲み込む。
私もそう思っていた。
無策で飛び込む様なことは絶対に無いアリスだ。
でも、彼女の能力でどうやって銃弾を防ぐつもりなのだろう?
不安や心配よりも、私の胸は何かを期待してドキドキしていた。
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