潜在能力《ポテンシャル》其の二
面白い話が書けるようになりたい。
面白い人にならないと、無理なのかなぁ。
九識瑞稀のギフト《ナイン》は、いわゆるビリー・ミリガンよろしくな多重人格だったそうで、ギフトを得てから瑞稀の肉体には彼女以外に8つの人格が現れて、いわゆる共存と言う形で混在しているらしい。
そんな8つの人格を機械的に切り離し、九識インダストリー製のサイボーグに宿らせたのが彼女のギフト《ナイン》であり、彼女が巷で《ドールマスター(人形遣い)》と呼ばれる所以らしい…と云うのも、私がステアーズに興味がなかったから全然知らなかったんだけど…天満あたりに言わせれば「当たり前で、そんなものは常識」なのだそうだ。
「ギフトで多重人格になったのは解るけどさ、犬や馬は人格の一つに入ってるのはおかしくないですか? 」
私の言葉に、瑞稀は苦笑いしながら首を横に振る。
「幼少期に犬を飼っていたり、乗馬が趣味なわけでもない、ただの偶然ね」
偶然で自分の頭の中に犬や馬が現れたらたまったものじゃないわ。
それにしても彼女の頭の中では、どんな会話をしているんだろう?
コミュニケーションは取れるのかな、犬語に馬語なんて存在するの? うん、ちょっと興味深いな。
それなら他の犬や馬と話せたり意思の疎通なんかできちゃったりするのなら、なお羨ましい。
「犬じゃないよ、ヘルハウンドね、馬はスレイプニル、彼らだって自我あれば感情もちゃんと持ってるのよ、残念ながら彼らは言語は持ってはいないのだけどさ」
瑞稀はそう私に話しながら、そうそうと呟いた後何かを思い出した様で、ひとりほくそ笑みながら恐ろしいエピソードを告白した。
「ふふふ、初めて僕の身体がヘルハウンドに支配されたときは、家族もドン引きでね…。裸で屋敷を四つん這いで走り回り屋敷中のありとあらゆる壁紙を破いて回った後、屋上で遠吠えする娘の姿は今でも父のトラウマになってるのだよ」
サラッと軽く恐ろしい話を…。
想像すると父上が不憫でならないよ。
きっと想像を絶する絶望感だったろう。
天下の九識の一人娘が獣の魂に支配されて、裸のうえ四つん這いで走り回るなんて…気が触れたと屋敷で監禁されてもおかしくない案件だ。
「獣界門を潜って得たギフトが《多重人格》とか、とんだハズレを引いたと思ったんだけどね」
と笑う彼女だが、彼女の名字の《九識》におそらくは引っ張られ《9つの意識》のギフトを得てしまった…と云うオチなんだろう。
たまたま世界最先端のサイバーテクノロジーを持つ《九識インダストリー》の創業者の家系に生まれだったから、増えた8つの意識体に義体を与える事で、エボを踏破するための一人前の《ギフト》として昇華してみせたわけだ。
九識じゃなかったら、精神障害を抱えたまま無能なギフト
を抱えたままこの島で生きていかなくちゃならないって考えるとゾッとする話だ。
「でもさ、瑞稀さ、ちょっと都合良すぎる話じゃない? 上手くいき過ぎよ」
キム・ヨンウも私と同意見で、あまりの都合の良さにツッコミを入れる。
「僕もそう思う。だからさ、ギフトは偶然では無く、必然で授かる物だと僕は思うし、実感してるのさ、そうだろ? 九識の人間じゃなかったら、多重人格って何の役にも立たない全くのクソギフトだぞ!」
それが九識の企業力によって、《一人小隊》やら《人形遣い》とか二つ名持ちの一流ステアーズにまでのし上がったのは、当然彼女の鍛錬と才能の賜物なのだろうけど、確かに運命的なものは感じる。
「だからさ、一流ステアーズチーム、天下の《九識のナイン》がよりにも寄って、一学生に全滅に追いやられたなんて、僕は我慢ならないんだよ! わかるかい? 安綱くん! 悔しくて悔しくてたまらないのさ! 」
いつの間にか瑞稀は私の正面に立ち、私の首を引き攣った笑顔のまま両手で絞めてくる。
「あの、冗談抜きで…ちょっと苦しいです」
そんな剣呑な雰囲気を察してか、出された紅茶とお茶菓子に夢中だったキム・ヨンウが瑞稀に突っ込みを入れる。
「瑞稀ぃ大人気ないわよ、ナインに加えてあの場にいた全ての大人、おまけで一年首席にニ席四席が束になってやっと安綱暴走を止めたんじゃなくて? 」
大人気無いことしないの、と言いながら瑞稀の両手を掴んで私から離す。
「ヨンウくん、興味なさそうにしてた割にナニ? 彼女の味方するんだ? 」
「私はさぁ、ここで前に見せてもらったからね、私らが戻った後、あそこで繰り広げられた戦闘の記録をね」
紅茶をグイッと飲み干して。
「で、渡辺安綱って人間に個人的に興味持ったってわけよ!アンタは意識が無かったからどんな暴れぶりだったか、まぁ知らないだろうけどね…強烈だったわ。」
今度はヨンウが私に詰め寄りながら興奮しながら話す。
一体どんな暴れっぷりだったのか教えて欲しいけど…。
「いゃぁー、ある意味アレがアンタのギフトのポテンシャルって事でさ、アンタの価値って事な訳じゃん! ふふふ、実際に観れば自分から頭下げてここに通う事になるんだからさぁ、アンタも俯瞰で観てみなよ!——。という訳で・・・お楽しみのlet'sショータイム!」
一人ではしゃぎながらヨンウはコンピュータを勝手に操作する。
「こらぁ、ヨンウくん! 何勝手にコンソールを弄ってるんだ! てか! いつの間に操作覚えたのさ!? 」
瑞稀はキム・ヨンウに飛びつくように制止しようとするが、ヨンウは構わずシステムを起動する。
「もう、遅いよー、押しちゃったもん。どうせ安綱に観せる予定だったでしょ」
キム・ヨンウが階下の舞台を見下ろせる席のコンソールパネルを操作した途端、眼下の部屋が一瞬暗くなりと、中央に一人の白髪の女性のフル3Dホログラム映像が現れる。
「誰?」
「あんたでしょ? 裏返った・・・さ」
「えぇぇ、私? 」
俯いて佇む姿、頭部に生えた角と白髪、首を傾げ揺らぐ姿は我ながら不気味だった。
「アレが私…」
「下の部屋は見て分かる通り、エボのフロア10の獣界門前の武舞台を再現してある、そこに現場にいたアイザックを始め、ナインが全員が記録したあの日を3Dホログラムで再現して、裏返った生徒のパターンやデータを解析、このラボで対策を構築するプログラムの一環ってわけなんだ」
次々とグラフィックで浮かび上がるあの日の登場人物。
「これを見れば僕の中のグラムとバレットが、君を見た途端に襲った理由がわかってもらえると思う」
私の直ぐ側で倒れているレーダードームの頭部を持つアイザックに他のナインのメンバー、そして銀子たちFOXの面々にシャオロン講師。
舞台袖には天馬やニヤくんにアリスの姿が見てとれる。
「さぁ、動き出すよ———。」
攻撃開始の合図の様にバレットの狙撃で舞台の石畳が炸裂———、着弾と同時にナインの面々が示し合わせたように私に向かって飛び出した。
次々とナインをはじめ、フォックスにシャオロン、環さんにニヤくんにアリス、そして天満を巻き込んでの大立ち回り…と、状況は進み、その圧倒的な強さは俯瞰で見ていて、正直気持ちよかった。
「小娘1人相手に、まぁ大の大人たちが良いように翻弄されてるでしょ? クククッ」
面白そうにヨンウは私に意地悪な笑みをよこす。
最終局面で大暴れした私に、捨て身の天満の接吻で私の意識が戻ったところで、再現映像は終了した。
「見ての通り、ナインは壊滅、ご覧の通り瓦礫の山だね」
不機嫌な様子で白衣姿の瑞稀は、瓦礫の山と成り果てたナインの残骸のグラフィックを見下ろすと、ため息ついて映像のスイッチを切る。
確かに、あれほど一方的に破壊されると私に対する私怨が溜まるのも、無理ないかなとも思う。
でも、無意識だし。
手塩にかけて育てた歴戦の9体の義体のうち、8体が大破される事態は、今回の遠征ではまったくの想定外の出来事で、早急に対策を講じないと来年も新入生はやってくるわけで、遅れを取ってる場合じゃ無いのも、まあ頷ける。
被害総額は今回の遠征報酬で賄えないのも明白ね。
「今見た能力を君が自分の意思で全てコントロール出来たら? って考えてみて…君はもっと強くなれるはずだよね?! その伸びしろが所謂君の潜在能力値って事になるわけよ」
スピードや攻撃値の比較をナインのメンバーと対比したグラフを私に見せながら、指し棒でバンバン叩く瑞稀。
イライラをもっと隠してよね。
大人なんだから…。
「君がこの能力に覚醒してくれれば、そのデータで僕たちナインもバージョンアップ! 新生ナインとして生まれ変われるって寸法さ!! 」
「まぁ、そうなんでしょうね、きっと面子とかあるだろうし…勝つまで止めない、諦めなければ負けじゃ無いんだ的な…」
少年漫画でよくある、努力と友情と根性みたいなノリだ。
「絶対に君を超えてみせるよ! 絶対だ!っ…」
瑞稀さんはそう捲し立てながら私に宣言したところで、急に鳩が豆鉄砲を食ったように口をパクパクしながら私を見てフリーズしてしまう。
「瑞稀ぃどうしたん? 大丈夫かぁ」
キム・ヨンウが心配そうに目を丸くして固まってる瑞稀の目の前で、掌をひらひらさせる。
しばらく無呼吸で固まっていた瑞稀が我慢できなくなり、ぷはぁーと息を吹き出し、大きく深呼吸。
改めて、私の顔を見つめて。
「…って!? 安綱くん! 君、ツノをどうしたんだい? ツノだよツノ! 無いじゃん! 無くなってるじゃん! 立派なヤツ生えてたでしょ? どうしたのさ? 」
人の頭をベチベチと平手で、おそらくツノが生えてた辺りを上目遣いで叩いてくる。
「あぁ、やっぱマズかったですかね? 寝る時に枕潰しちゃうから、バッサリとしちゃいました」
人とは本来あんな物生えて無いわけだし、ツノのせいで寝返り打てないし、ツノで角度ついて首が痛いし。
結果必要ないと判断したわけで…。
やっぱりマズかった? いや、マズかったのとしても、もう遅いよね。
切っちゃったし。
だって、この人絶望的な顔してるもん。
「アンタ、伸びた前髪切るみたいに…」
「嘘だぁ!君はなんて事してくれたんだ! ツノが無いとギフトの覚醒なんて無理だ! ズルいぞ! そんなの勝ち逃げじゃないか! 」
この人はどうしても覚醒した私に勝ちたいらしい。
「やっぱ、アンタ面白いね、ふつー切らないっしょっ、ソレ」
キム・ヨンウは瑞稀とは正反対でニヤニヤしながら私を見つめる。
「ツノってのは能力の象徴みたいな物でさ、ツノがある獣人と戦う時は、相手がステアーズだろうがモンスターだろうが、まずツノを狙うのは定石らしいのよ! ツノ持ちの能力を封じ込めるって意味では、今安綱がギフトを使えてないのも、アンタが自分でツノを切り落としたのが原因じゃないの? 」
キム・ヨンウは追加注文したアイス・ラテを一気にストローで飲み干す。
「何?私が自分で招いた結果って言いたいの?あんた」
そういう大事な事は儀式の前に言っといてよね。
「切るでしょ? 寝る時に邪魔なんだよ! 眠れないし! ビーズクッション突き破るし! 切るでしょう? 普通さ」
「さぁ、アンタの普通わかんない。わ・た・し、虎なんでツノないのぉ〜」
ムカつく顔で安い挑発。
マジでイラつく。
「喧嘩売ってんなら。私がその細っそい首、斬り落としてあげようか?」
私が刀の柄に手をかけたのを見計らって、瑞稀がキム・ヨンウと私の間に入って制止する。
「まぁまぁ、状況は良くないが、君等にここで暴れられても困る!」
ワータイガーが暴れ出したら、私と瑞稀が戯れるのとは別次元の規格で被害は広がるでしょうね。
「確かに、安綱くんがギフトを使えないとなると大問題なんだが…必ず解決策があるはずだ、まずは考えよう」
ツノの生えてない私の頭部を改めて見つめて、落胆のため息を吐く瑞稀。
私ステアーズとして詰んじゃった? 終わり?
「なんか、二人とも落ち込んでるところ悪いんだけどさ? エリクサーとかハイ・ポーションとか塗ったら生えるんじゃない?ツノ」
「はっ? そんなことでツノが生えるかぁ!! しかもハイ・ポーションやエリクサーがどれだけ高額か君たち知らないだろ? 修復した成功例の噂すら聞いたことないのに! 」
「どうせ何億もする試作機を安綱と戦わせてぶっ壊す予定じゃん、だからやってみる価値あるんじゃない? なんなら韓国政府のツテで私が奢ろうか?」
「だぁー! もうわかったよ! まずはハイ・ポーションで様子を見ようじゃないか! 」
やってやる! っとヤケクソで吠える瑞稀。
後日、瑞稀が用意してくれたハイ・ポーションを塗り経過を観察したが、残念ながらツノは再生されなかった。
結局、渋る瑞稀を説得して無理やり手に入れたエリクサーを、ヨンウの提案で惜しげもなく患部に丸々一本を打ち込んだら、瞬く間に右のツノが無事に再生された。
「とっ、とりあえず一本で様子を見ましょう」
後で聞いたら、その日のエリクサーの相場は7000万を超えていたそうだ。
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