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潜在能力《ポテンシャル》其の一

仕事に追われる日々、一ヶ月に一度は更新したいところ。

毎日少しずつ書き溜めてます。

 

 午後の西日に照らされながら、シャトルバスで島の南側に向かって走る。

 エボ・シティを抜けて、やがて沿岸部の見晴らしのいい停留所に停まると、キム・ヨンウに促されて私たちはバスを降りた。

「何処なのよここ? 」


 バス停の横には巨大なゲートと警備員の詰所が見える。

 数人の戦闘服を着た屈強な男性が、遠巻きに私たちの姿を訝しそうに眺めていた。

 広大な敷地を囲う壁の奥に巨大なビル。

 《九識industryーLabo》


 あの入学儀式のときに私達と一緒にエボに登ったロボット? サイボーグ? 集団の・・・

 そう九識の《ナイン》だっけ。

「ちょっと、ここ九識のラボ? なんでこんな所に私を連れてくるのよ? 」

「うっさい! ここまで来て何ごねてるのよ! ほら! 行くわよ」

 私の腕を引っ張って、キム・ヨンウはゲートに向かって歩き出す。


 胸ポケットから九識のIDを提示して、顔馴染みらしい警備員に挨拶をかわす。

「アンタはこっちのゲスト用のゲートで進化学園のID翳して!」

 キム・ヨンウに促されたまま、自分の生徒IDを翳してラボのゲートを通る。


 エントランスで私たちを迎えたのは、九識が手がけるサイバーテクノロジーの結晶の様な様々な義体や兵器の数々だった。

 まるでSF映画の様な近未来的なエントランスに圧巻されてしまう。


「ここ、日本の地方都市の島よね? 天満が見たら狂喜乱舞しそうな光景ね…」

 そういえば、天満に何も言わないで来ちゃったけど、アイツ心配してくれてるかな。

 


 そんなわけ…ないか…。


「そうそう天草天満は私がぶっ倒すんだから、アンタ邪魔しないでよね」

「勝手に倒しなさいよ、私はもう入学前に済んでるから、どうぞご自由に…」

「あら、随分と余裕だこと、それはいつの話をしてるのかしら? 今の天草が本気出したら多分アンタ勝てないわよ。セレモニーの時も、こないだの獣界門の時も中心で活躍してたのは、アイツだったでしょ」

「随分、天魔のこと買ってるじゃない」

「冷静に評価してるのよ、私もアイツと同じライカンだからね」

 確かに、彼女の言う通り。

 天満のライカンスロープの能力は万能だと思う。

 認めたくはないけど、天満が居なかったらセレモニーの時もあの赤いキツネ女を出し抜く事なんて出来なかった。

 獣界門の時も、この女が虎女になって大暴れした時、なんか必殺技みたいなの出して元の姿に戻してたっけ。


 そして、私が暴走した時も…天満が私を連れ戻してくれた…わけで。

「アンタ、ナニ赤くなってんのよ」

 ヨンウのツッコミに焦りながら平静を装う。

「なっ!… 何でもないわよ」

「アナタこそ…」

「私がどうしたって? 」

「…なんでも無いわ」

 そうなのだ、この女も天満のことを語る時、ちょっと頬赤らめて遠く見てなかった?


 なんか特別な感情でも持ってるわけ?


 モヤモヤした気持ちを抱きながら、広大な敷地のラボを迷いなくズンズン歩いて行くキム・ヨンウに早歩きでついて行くのだった。


 エントランスを抜けて迷路みたいな無機質な白い廊下を進むと、巨大なエレベーターに突き当たった。

 彼女は手慣れた感じでIDカードを翳すと、ドアが開く。

「アンタも通うことになるんだから道覚えなさいよ」

「はぁ、私ここに通うの? なんでよ? 」

「序列最下位のウサギちゃんに一発KOされたの忘れてんの? 」

「うっ…嫌な言い方するわねアナタ」

「本来ならさ、アンタは猫柳二夜や天草天満を凌駕するポテンシャルを持ってると思うんだよねぇ、あぁ、お世辞じゃ無いわよ」

「評価してくれるのは嬉しいけど、買いかぶり過ぎじゃない? 」

「瑞稀も同じこと言ってたからさ…まぁ騙されたと思ってついて来なさいな」

 そう言ってエレベーターに乗り込むと、慣れた手付きでB8のボタンを押す。

 《瑞稀》って誰?

 九識の関係者?

 


 地下8階で私たちを迎えたのは、エボで見たガードボットと同系のセキュリティボットだった。

 先行するボットのエスコートで案内されたのは、フロア10の獣界門と闘技台を模した空間を見下ろすガラス張りの部屋だった。


「やぁ、来たね来たね、渡辺安綱くん! 待っていたよ」

 ミニターに囲まれたデスクで小柄な白衣の女性が、私たちの姿を見つけて声を掛けてきた。


 えっと、初対面だよね? 誰?


「えっと、初めまして…渡辺安綱です。何も聞かずに彼女について来てしまったので、ここで何するのか全く理解してないんですが…」

 彼女は、私の言葉に苦笑いしながらヨンウを見る。

「ちょっとぉヨンウくん、ちゃんと説明して連れてきてって言っただろ? 」

 ヨンウは「あれ? してなかったっけ? 」と舌を出す。

「全然聞いてないし…」

 ペロリじゃないわよ…まったく。



「まぁ、いいわ、僕は九識瑞稀、このラボの責任者であり九識インダストリーの副社長をしてる者だ。改めて宜しく、渡辺安綱くん」

 白衣の下に着ている作業つなぎの胸ポケットから、デジタル名刺を取り出すと、丁寧にお辞儀して両手で名刺を手渡してくれた。


 九識瑞稀、九識の次期社長って云われてる九識の一人娘よね? でも…アレ、この声、聞き覚えが…あるような…。


 ガラス張りの部屋のモニターに映し出されているのは、様々なサイボーグの設計図や3Dグラフィックだ。

 その中に見覚えのあるサイボーグのシルエットを見て、ふと思い出した。

「あっ!……」

 エボを一緒に登った。

 あの可愛らしい声がギャップの大きなサイボーグ!

 天満とニヤくんが大はしゃぎして喜んでた、サイボーグ集団のリーダーの声だ!


「えっと…貴女、もしかしてナインの?」

 私の問いに、九識瑞稀は一瞬驚いた表情を見せた後、満面の笑顔で私を見つめた。

「あら、流石ね。早々にバレちゃった? …うん、そうだよ、僕は九識の副社長でもあり、ナインのチーフでもある…んだけど、まぁその話は置いといてだね、このラボの局長として渡辺安綱くんにはちょっとした仕事の依頼をしたくてわざわざ来てもらったんだよ」


「私に…仕事の依頼ですか?」

 Aクラスで現在最弱の私に何をしろと、…この人は言うのだろう?

「君にとっても悪い話では無いと思うよ、九識と限らずステアーズ関連の企業と進化学園の生徒が繋がるメリットは大きいからね」

「装備にエボの情報、訓練場所に後進の指導と…いろいろメリットがあるわけよ」

 ヨンウも身を乗り出して、本格的に勧誘に加わる。


「そんなに全面にメリットを語る分、私にデメリットは無いのですか?」

 うまい話には裏があるってね。


「うっ! メリットの話を聞く前にデメリットの話を振ってくるあたり、渡辺くん! 君いい性格してるね!用心深いっていうか…誰かとはえらい違いだ」

 お姉さんびっくりだよ! と、大袈裟に驚いて見せる。

 なんか、ワザとらしい。


「ちょっと待ってよ!? ナニ?デメリットあるの? 私聞いてないんですけど! 瑞稀どういう事よ!? 」

 ディスプレイされてるロボットのフィギュアで遊んでいたキム・ヨンウが、それどころではない様子で慌てて元の位置に戻す。


「僕はヨンウくんにもちゃんと説明したけど、聞いてなかったのかい? 」

 ブンブンと首を横に振っているヨンウに、やれやれと呆れ顔で手を広げる。 

「まったく、しょうがないな…じゃあ、リクエスト通り二人にデメリットから説明しようか…」


 コレを見てくれと、目の前の大きなディスプレイに長々と難しい文言が表示される。

 おそらく九識と個人契約を結ぶ為のデジタル契約書なのだろう。

 表示されているのはキム・ヨンウの物だ。

 文末にきっちり自筆のサインがしてあるもん。

「あなた話を聞いてないのに、易々とサインしちゃダメじゃん」

「うっ…うるさいわね! アンタと違って、そんな細かいこと私は気にしないの! 」

 誓約書、契約書の類はキッチリ読まないとね。

 どんなに個人的に強くても法を違えば社会に抹殺されかねない世の中なのに、この虎女は無防備というか、無頓着というか…。


 鬼切を裏社会で生業にする家の生まれだからか、そのあたりはキッチリ叩き込まれてきたんだ。


 前にこんなこんな話を聞いたことがある。

 

 ある寺に深夜に、境内に三体の鬼が現れる様になって参拝者を襲ったそうだ。

 その寺の住職は《鬼切》に依頼し、《鬼切》はこの三体の鬼の討伐を受理した。

 しかし《鬼切》が現場で目撃したのは、四体の鬼だったのだ。

 討伐依頼は三体、では四体目は討伐しなくていいのか? と現場ではそういう話になり、大いに揉めたのだった。


 契約時に《鬼》の《殲滅》と依頼するか、依頼を受ける側は鬼一体の報酬を明記すれば、この問題は起きなかったのだ。


 こんな風に契約問題で、仕事がひょんな事でで難航するケースは、どの業界も少なくない。


「あなた《聞いて無い》は、プロになったら通用しないからね」

「うぅぅっ…正論ばかり振りかざすなぁ! 」

 脳筋のキム・ヨンウあたりがこのままプロになったら、こういう社会の洗礼を受けるんだろうなぁ。

 すごい悪条件でチームと契約して奴隷のようにコキ使われたり、社畜よ、社畜。

「そうだよ、ヨンウくんに関してはもうサイン済みなので契約の変更はできないからね」

「嘘・・・どうしよう」

 瑞稀の言葉に青ざめるキム・ヨンウ。

「冗談だよ、学生の君たちに直接不利益になる事案は現時点ではないはずだ。まぁ、体重やスリーサイズとかあらゆるデータが画像つきでラボのデータベースで保管され、九識の社員がみんな閲覧できるぐらいさ、まっ今後の商品開発に大いに活用させてもらうよ」

「ナニ!嘘! 男たちみんなで私のこの身体をどうするつもりよ!? 」

「めんどくさい奴ね! あんたは黙ってて! 」

 胸を隠すようなジェスチャーで身震いするキム・ヨンウを脇に追いやって、私は瑞稀さんに詰め寄る。

「解りました、私達のギフトのデータ収集がそちらのメリットで、こっちのデメリットってところでいいですか?」

 卒業して正式にチームに所属したら、個人情報は当然秘匿される。

「・・・・・・・・・」

 私の問に瑞稀はうつむいたまま、反応しない。

「・・・・・・」


「あの…九識さん?」



「安綱っ!!」

 鬼気迫る表情のキム・ヨンウが叫ぶ。


 小柄な瑞稀から途端に剣呑な雰囲気が溢れる。

「グダグダと問答を垂れてないで、我と今一度死合え! 娘よ! 」

 瑞稀は、雑多に積まれた金属のパーツの山に手を突っ込み、サイボーグ用のロングソードを軽々握ると、私に向かって一歩踏み込み横薙ぎ一閃。

 なんだ!?

 考えるよりも先に身体が動く。

 剣戟をバックステップを躱して、魔刀を呼び出す。

「髭切っ!!」

 二撃目の打ち下ろしが迫る。

 召喚した魔刀を鞘から出した数センチの刃で受け止める。

 再びバックステップ。

 堪らず距離を取る。

「おおぉ! さすが! いい反応じゃん」

 キム・ヨンウは何か知ってるのか、ニヤケ顔で私を見る。コイツ何か知ってるな?


「キサマの相手は一人では無いぞ!」

 さっきと声が違う!

 瑞稀は作業台の上に置いてあったハンドガンを握ると、躊躇う事なく引き金を連射する。

「膝切っ!」

 2本目の魔刀を召喚。

 二本で交互に弾丸を弾いたが拳銃の連射が速い!乱雑な室内の障害物を利用して、とにかく射線から必死に逃れる。

 

 銃弾を躱しながら、思考は冷静さを取り戻してきた。

 恐らく試験か何かのつもりだろうが、訳もわからず連れてこられこの扱い、、、って酷くない? 

 当たり所が悪かったら死んでるじゃん。私に超再生とか無いし…。

 うぅぅ〜段々と腹が立ってきたぞ。

 

 イラッとした私は、ステンレスの作業台を蹴り上げ、宙に浮いたテーブルをそのまま蹴り付けて瑞稀に向かって飛ばす。

 コレだけのことしてくれたんだ、手足の一本ぐらい切り落としたところで文句は無いよね?九識なんだハイ・ポーションやエーテルも常備してるでしょう。

 って事で、本気で戦闘モードにスイッチする。


 派手な音を立ててすっ飛んでいく作業台の影に隠れて、私は瑞稀に向かって、大きく踏み込む。

 パンパンパンと乾いた銃声が響いたが、大丈夫!被弾はしていない!

 歯を食いしばり、瑞稀にぶつけた作業台ごと袈裟斬りで二刀振り下ろす。

「はい!安綱!そこまでよ!…バレット!アンタも銃を降ろしな!」

 突然私と瑞稀の間に割って入ったワータイガー。

 

「あんた、いつの間に…変身したの?それに…その腕」

「あぁ、コレね、真狼師匠に教えてもらった《筋肉白刃取り》、ぶっつけでやってみたけどやれるものね」

 二本の刀を二の腕の半ばに食い込ませ、鮮血が垂れる丸太の様に太い腕を上げてみせる。

 私は切断するつもりで振るったのに…だ。

 ワーウルフに変身した天満の四肢を、何度も切断してきた斬撃を安々と受け止められたのは、正直ショックだ。

「それだけじゃない、あんた銃弾も…」

 瑞稀が構えるグロックの銃口からは硝煙が立ち上っている。

 彼女も飛んでくる作業台ごしに私を狙って発砲したのだ。 

「9ミリぐらいなら、掴めると思ったんだよね」

 そう言って、銃口に突きつけていた右拳を開くと、パラパラと三発の銃弾が手の平から溢れる。

 普通、掴めると思ったんだよね…で掴めるものじゃない、掴めるわけ無いはずなのだ。

 しかも、私の斬撃を受けながら同時に銃弾を掴むなんて芸当をやってのける、ライカンスロープのポテンシャルの底知れなさに身震いが止まらない。

「あんた…いつの間に…」

 ナニ食わぬ顔で、腕に食い込んだ刀を引き抜く。

 超回復で開いた傷はたちまち塞がる。


 身体に斬り込んだ刀を筋肉の締め付けで挟むなんて…出鱈目すぎる。

 この子、もう天満を超えてるんじゃない?


 ギフトを得て僅か数週間で、キム・ヨンウはSランク以上の化け物に成長している。

 天満のお父さん、真狼の指導の賜物なのか?九識(ここ)で何かした成果なのかわからないけど。


「こほんっ!いやぁ~すまなかったね、ふたりとも」

 瑞稀は人が変わったように纏っていた殺気を解いて元に戻った…っという印象だ。

 彼女は攻撃の加える意思は無いと、グロックの引き金から指を離し、私達に見えるようにゆっくり机の上に置く。

「瑞稀、戻ったのかい?」

「ん?ああ、すまない…よっほど悔しかったんだろうね、グラムとバレッタが暴走しちゃって抑え込めなかったよ」

 今さらっととんでもない事言ったよこの人!?

「えぇ!?グラムとバレッタって、ナインの?」

「そうそう、アンタにぶっ壊された恨みつらみで出てきたんだよ!」

 ワータイガーから人の姿に戻ったキム・ヨンウが嬉しそうに言ってくる。


「僕、九識瑞稀のギフトってのが、僕の中には僕を含め得て9つの人格が存在してる。その9つの人格に9つの義体を与えて構成したのが《ナイン》であり、僕のギフトというわけさ」

 そう言って、私に手を差し出す。

「僕たちは、君たちの様な新人をフロア10でギフトを授かるのを見守るのが仕事だ。だからプロとして学生に負けたままだとカッコつかないだろ?」

「だから、私のギフトのデータが欲しいんですね?もう負けない為に…」

「ギブ・アンド・テイクさ、安綱くんはギフトの訓練相手を、我々はそのデータから義体を改良してブラッシュアップしていく」

 願ってもない申し出だ。

 キム・ヨンウにつけられた差を少しでもここで詰めておきたい。

 正直、悔しかったのだ。


「今の私にどれぐらいの潜在能力があるかわかりませんが、どうぞよろしくおねがいします」 


 会話の間、終始私に向けられ続けた彼女の右手を、私はぎゅっと握り返した。



読んでくださってありがとうございます。続きが気になった方はブックマーク、広告の下の☆☆☆☆☆から応援していただければ励みになりますので、よろしくお願いします。

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