安綱の欠点
「安綱ぁー!」
場外で倒れたまま動かない安綱に向かって俺は闘技場から飛び降りる。
「おい、医療班!何やってんの⁉︎早く!」
小柄な安綱の体を抱えた狼男の悲痛な叫び声に、試合を見守っていたヒーラーの2年生二人が慌てて担架を持って駆けつけてきてくれた。
「頭打ってるかもしれないので…動かさないで」
「そう、そっと担架に乗せてくれ」
気を失っている安綱を担架に乗せると「あとは任せて」と、言い残し医務室に安綱を連れて行ってくれた。
その姿を見送る俺の背中に、親父が拡張機で怒鳴る。
「おい!アホ天満、お前、それ場外負けだから!」
「そうよ!なにやってんの、あんた馬鹿なの?勝負より女の尻を追っかけるとか、マジありえないんだけど」
指揮台から俺の敗退を告げるオヤジ。
闘技場からはキム・ヨンウの呆れ声。
安綱の心配は誰もしてないってか?
「は?今それどこじゃなかっただろ?」
ワータイガーの姿のキム・ヨンウは、俺の言葉に大袈裟に両手を広げて溜め息をついてみせる。
「ああ興が醒めた・・・先生、そこのバカの代わりに私が渡辺さんの医務室に付き添いますわ」
ワー・タイガーから元の姿に戻ると、天満に視線を合わせることなく軽い足取りで闘技場から飛び降り、担架で運ばれていく安綱の後を追って行ってしまった。
他の闘技場では勝者が残り、次々と挑戦者が闘技場へ上がり模擬戦は継続していく。
その様子を遠巻きに眺めていると、親父が声を掛けてきた。
「天満ぁ、お前、エボタワーでも友達が倒れたら、自分の持ち場ほったらかして駆けつけるのか?…その軽率な行動が他の仲間を危険に曝してるって事、前にジェームスが言ってただろ。モチっとしっかりしろや」
俺の背中をバンっと叩くと、俺も甘ぇーなぁーと呟きながら指揮台へ戻っていった。
前にジェームスが言ってたって・・・ああ、以前スタジオ・ステアーズで密着取材を受けていたあるパーティの放送のことを言っているのだろう。
中堅ランクのとあるパーティが初めてフロア20越えに挑戦した回だ。
問題は「鬼族」が闊歩するフロア22で起こった。
鬼人数体を相手に戦闘中、前衛の女性が倒れた。
本来はその倒れた前衛のポジションをパーティー全員で埋めつつ、負傷者の応急処置と同時に敵の攻撃をいなしながら大勢を立て直すのが定石だ。
しかし、彼女と共に前衛を任されていた彼女の恋人の男性が、なりふり構わず自分の持ち場を離れ、恋人の死亡を確認した直後、失意により戦闘行動を放棄。
それが原因でパーティの連携が崩壊し、パーティが全滅する地獄絵図がそのまま放送されるという凄惨な放送回があった。
中学生ながらトラウマになりそうなぐらい、ショッキングな内容と映像だった。
『前衛の構成が崩れると、後衛から犠牲者が出る。後衛が崩れればパーティは終わりだ!誰もが知っていて、誰もが陥りやすい事例だ』
普段おちゃらけたコメントばかりしてるジェームスが、流石にこの時は真顔でコメントしてたのが印象的だった。
確かに前衛が機能しなくなった途端、後衛から先に鬼人の餌食になっていった。
『この放送の構成は、仲間に想いを寄せるタンクの男が命懸けで新階層へ挑み、無事に帰還したところで公開プロポーズって予定だったわけだ。みんなこういう物語好きだろ?…でも、現実はそうはならなかった…コレが全てだ』
予定はあくまでも予定で未定なのだ。
『この映像を放送した意味を今一度、すべてのステアーズに考えてもらいたい!』
ジェームスが言っていたこと・・・・。
オヤジが言いたかったことは、まぁ、そういう事なんだろう。
「わぁーったよ!やればいいんだろ!」
そう言って、勢いよくジャンプして、俺は再び闘技場に上がる。
「えっ…なんで?天草、お前さっき場外負けしたんじゃ…?!」
勝ち残っていた男子生徒が、俺と審判であるオヤジの顔を交互に見る。
「摸擬戦なんだ、気が済むまで何度だってやりゃーいいじゃねーか」
耳の穴ほじりながら適当に答えるオヤジ。
「そういう事なんで、悪いが、全力で潰しに行くんで、覚悟してくれ!」
口の端をワザと釣り上げ唸り声で相手を威嚇。
こんなに流暢に喋る狼男ってものさぞ不気味なものだろうと我ながら思う。
「ひっ!!こっ、降参します!僕なんかが勝てる相手じゃないよっ!」
対戦相手は慌てて闘技場から飛び降りてしまった。
数日前、この島に来るまでライカンスロープなんて化け物とは無縁な生活していた連中には少々刺激が強すぎたようだ。
「ふん、闘わずして勝つか…いいだろう、勝者天草天満!」
オヤジは憮然としながらも勝ち名乗りを挙げた。
こうして、その後挑戦者として上がってきたヴォルフには苦戦したが、模擬戦の授業が終了するまで8連勝で全員場外に落としてなんとか勝ち越すことができたのだった。
放課後。
Bクラスのアリスと合流して、急かすアリスに手を引かれ安綱が運ばれた医務室を訪れた。
保健医師は不在で、俺達は8つあるベットを順番に見て回ったがどこにも安綱の姿は無かった。
「ちょっと天満くん!安綱を何処に隠したのよ⁈」
「なぜ俺が隠すんだよ!?」
「安綱は黙って帰るような娘じゃないわよ!天満くん安綱に何かした?…彼女を怒らせるような事してない?」
アリスに詰め寄られ、小柄なアリスの圧力に押し負けた感じで、視線を逃しながら半歩下がる。
「心当たりがなくても、アイツいつも怒ってるからなぁ」
何かと、安綱には殴られたり蹴られたりしてるからな。
心当たりがあり過ぎるって言ったら、アリスはきっと怒るだろうから、余計な事は敢えて言わない。
そこに医務室のドアをノックする音。
「失礼するー!渡辺ー大丈夫か?」
安綱を見舞いにオヤジがドアを開けて入ってきた。
「おっ、なんだ天満!こんな所に女連れ込んでっ、取り込み中か?」︎
医務室にいた俺たちの姿を見つけて驚いた様子のオヤジは、嬉しそうに、そしてねっとりとアリスの容姿を舐めるように見定める。
身内としては恥ずかしい限りだ。
「しかも、いい女じゃねぇーか!お前にしてはいい趣味してるぜ、さすが俺の息子だ!感心感心」
しっかりためて言うことかよ・・・。
「彼女はBクラスのアリスだ!安綱の様子を見に来たら、安綱が居なくて途方に暮れてんだよ」
「ふふふ、噂は予々伺っておりますわ!お・父・様」
アリスは満面の笑みでオヤジに近づき手を握ると、自分の掌ごと発火させる。
「うおっ!熱っち熱っち!なるほどさすが2席アリス・リデル!大した発火能力だ」
堪らず手を離し、ブンブンと手を振って火を消し距離を取る。
焼かれて爛れた手はみるみる再生していく。
「さすが天満くんのお父様ね、この程度の火傷も秒で回復されるのね」
「頼むから生徒の手や体は焼いてくれるなよ、国際的に色々問題になるからな」
「んで、オヤジは何しに来たんだよ?」
俺は空いたベッドに腰掛ける。
「心外だな、一応担当講師なんでな?可愛い教え子が授業中に怪我して医務室に運ばれたんだ、指導者として心配だろ?」
「ふふふ、あながち渡辺家が怖いのではなくて?」
アリスの指摘に、オヤジは驚いた表情を見せた。
「ほう、アメリカも渡辺家の存在は知ってるのか?あぁ、それとも本人から聞いたのかな?」
「当然ステイツはなんでもお見通しよ、私のお友達になるのですから、私が望まなくても身元は洗わさせていただいてます…当然、あなた方親子のこともアメリカはよーく調べ上げてますわ」
アリスは真顔で俺の目を見る。
「天満ぁ、田舎の山を代々守ってきただけの一族まで調べ上げてるなんて、アメリカは怖ぇーな」
「その山を母ちゃんに丸投げして、エボで好き勝手やってた奴が言うなよな」
「かっ!違いねぇ」
「…で、オヤジはその渡辺家が怖くて来たのか?鬼切専門の一族って安綱から聞いたけどさ」
「怖いわよぉ、日本の闇社会を牛耳ってる闇十家の六番目の渡辺家ですもの」
「裏社会じゃなくて闇なんだな…しかも十家の六番目って怖いのか?」
「いまここで闇十家の話は止めておこう、誰が聞いてるかわからないからな…でだ、渡辺の欠点について幾つかアドバイスしようと思ったんだが、お前ら俺の代わりに伝えてもらえるか?」
なんか、十家の事をさらっとはぐらかしやがったなオヤジ…。
「確かに一番目、二番目あたりに聞かれると面倒ですわね…ただ、安綱に欠点って言うのは聞き捨てならないわ」
憤慨しながら胸元で腕を組んで、俺の横にドスンと座るアリス。
「いや、あの安綱でも弱点ぐらいあるだろう、現に八女兎ちゃんに負けてるんだからさ」
じゃないとあの安綱が場外に落とされ、意識まで失うなんて失態を犯すわけないだろう。
それにしても、一番目と二番目は聞かれるだけでもやばいのか…アメリカがこれ程警戒する闇十家か、留意しておこう。
「弱点じゃなく欠点だ、欠けている点…そうだな、まずは角、アレを切り落としたのは不味かったな、あれじゃ本来のギフトの能力は発現しない。本人はツノと言えば宿敵の鬼を連想して、切り落としたんだろうがな」
オヤジは保健医師のパイプ椅子に座り足を組む。
本人は枕に刺さって寝にくいって云ってたけどな。
「後は鬼を想定した戦闘訓練しかしていないから、自分より小さい相手が不得手の上、対人戦には向かない優しい性格がネックだ」
安綱のどこを押せば《優しい》が出てくるのか、是非教えてほしい。
「それに魔剣の存在ね、模擬戦では訓練用の刃を潰した訓練刀で闘ったのなら、安綱の強さはただの達人レベルよ、ギフト持ちの獣人の能力に遠く及ばないでしょうね」
「アリスさっき、安綱には欠点は無いって言ってなかったか?」
「ステアーズはエボに登るのに訓練刀なんて使わないからね、真剣を装備した安綱の強さはあなたが一番知ってるでしょうに」
ええ、一番安綱に斬られてます。
「まあいい、ここに居ないってことは意識が戻ったってことだろうしな、キム・ヨンウがおそらく一緒だろうから心配はなし・・・ってことで、あとは頼む天満」
んじゃ、とオヤジはさっさと医務室から出で行ってしまった。
「いくつかアドバイスって云ったくせに、肝心な事何も教えてくれて無ぇじゃねーか」
俺が第三者として、安綱にアドバイスするとしたらどんな言葉をかけてやれるだろうか。
ギフトの象徴である「角」を切ってしまった。
苦手な対人戦で訓練刀で全力で戦う方法?そして、ギフトが発現しても暴走しないようにコントロールする方法は?
オヤジはその答えに導く言葉を持ってるって事だよな。
「アリスは安綱にアドバイスするなら、何て言う?」
「何も言わないわよ、私は友人で、指導者でもないもの」
ウインクしながら人差し指を俺の唇に当てる。
「彼女が私達に助けを求めず、行動を起こしたのなら、私達にできるのは彼女を信じて待つだけよ」
アリスの瞳に憂いも迷いもなく、まっすぐ俺の瞳を射抜く。
「安綱の事、疑いなく信じてるんだな」
ホント嫌になるくらい眩しすぎるぜ。
ニヤの事も、安綱の事も正直…心配で、俺は不安だぜ。
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