面会者
獣界門を通って転送されたのは、朝に来たバスターミナルに隣接した施設の一階フロアだった。
通称トランスファー・ゲートと呼ばれるそのフロアは、直径20メートルの古びた石畳の円形の床に転送されて来た。石畳の部分を囲う様に出口へのガイドに手すりやベンチが設置された、まるで現代の空港の入国口の様な印象を受ける施設だった。
「ご丁寧に土産物屋まであるな」
おそらく、円形の石畳のゲートに合わせて、後から施設を作ったのだろう。
いったいどういう仕組みなのか、皆目見当がつかない。
「テレポートって言うから、すっごく構えてたけど、なんて事はないわね」
「うん、ただ通って、出てきただけって感じ」
女子二人はエレベーターやエスカレーター感覚で当たり前みたいな感じ出してるが、違うから!
「いやいや、理屈で考えたら恐ろしいぞ、おそらく一度俺たちは分子レベルでバラバラにされた後、次元のトンネルを抜けて、このゲートで再構成されてるはずなんだ…つまり。一度死んで、ここで蘇ってるってことになるんだぞ!」
どこかで読んだSF小説の受け売りなんだけど、俺も完全に理解しているわけではない。
「・・・・ちょっと何言ってるか分からない」
「・・・そうだろうな、言ってて途中で気がついたよ」
何百年も前から物理学者たちが追い求めていたロマンをこうもあっさり、「当たり前」にされると、ありがたみも何もあったものじゃない。
アインシュタインもさぞ無念だろうぜ。
「ええー、獣界門の転送って、空間歪曲型テレポートだと思ったけど、なるほど量子特異点を利用した方のジャンプ型のテレポートって考えかぁー、うん実に興味深い、実際どっちなんだろうな天満」
居たよ、ここにアインシュタインもびっくりのサイエンス・フィクションオタクが。
本当に、何でも知ってるなぁニヤは。
「どっちでもいいわよ」
「ほら、置いて行くよ二人とも」
女とはどこまでも現実的な生き物なのだ。
周りを見渡せば、ゲート付近は多くの飲食店やドラッグストア、アイテム換金所、武器の預かり所などが併設され、先に戻っていた生徒たちの姿が多く見られた。
なんか、連中の殆どが、テーマパークで動物の耳のカチューシャを付けて浮かれた修学旅行の学生に見えるな。
「なに、アイツら制服ボロボロじゃん」
「だれか裏返ったんじゃない?」
「なんか酷い目にあったって感じね」
転送してきた俺たちを見つけた数人の生徒たちがざわついているが、まぁ気にせず出口へと向かう。
真新しい制服姿の連中に比べて、制服があちこちボロボロに破れ汚れてしまった俺たち一団はさぞ異様に見えるのだろう。
まぁ、俺はちゃんと服は畳んでおいたので綺麗なままだが、ジャケットは安綱に奪われた。
「どうでもいいけど、疲れたわ」
「同感、身体中がギスギスする」
とにかく、疲れた。さっさと風呂に浸かって、ベッドにダイブしてしまいたい。
そんな疲弊した俺たちの前に何やら大勢の人集りが出来ていた。
「ん?なんだなんだ?」
何事かと覗いて見ると、人集りの中心にスーツ姿にサングラスを掛けた大男が立っていた。
どうやら、サインや写真、握手など求めらている様子だが有名人か?
「誰か有名どころのランカーだろうな」
「ふーん、まぁ誰でも興味無いから良いんだけどね」
疲れきってる俺たちは、その人集りを避けて出口に向かおう。
すると、その大男が大声で呼びかけて来た。
「ヘイ!ボーイ!天草天満!メガネメガネ!」
名前を呼ばれて、反射的に大男を見る。
「誰がメガネだ!!」
「お前の事、待っててやったのに無視してんじゃねーぞ!メガネ」
サングラスを取り、人をかき分けてズンズンと迫って来る。そこでこの大男が何者なのか理解した。
「ノーマン?ノーマン・ガーランド!」
だから、この人集りか!?
しかし、伝説のステアーズが俺を名指しで会いに来た?なんで?
「おいボーイ、お前に話がある、ちょっと付き合え」
白い歯を光らせてノーマンは不敵に笑うと、強引に俺の首根っこを掴んで歩き出す。
「ちょっ!ちょっと待ってください!」
足をバタつかせながら必死に抗議。
「ヘイ!ちょっとメガネボーイ借りていくぞ!」
俺の抵抗を無視して、拉致された俺を呆然と見送るニヤたちに向かって、ノーマンは大声をあげる。
「はーい!いってらー!」
「バイバイー」
「もう、帰ってこなくていいぞー」
目の前で友人が大男に捕まってるというのに、3人は満面の笑顔で見送る。
「ねぇーお腹減ったよ、何か食べて帰ろうよ」
「そうねー、私ラーメン食べたい」
「私は安綱が食べたいものでいいわ」
3人は踵を返してゲートの施設内にある飲食店のエリアに向かって行ってしまった。
「切り替え早っ!俺が拉致られてるのに!なんて冷たい奴らなんだ!」
「フンッ、ユーは相変わらず、よく喋るヤツだな」
ノーマンはそう言って、ビルの外に止めてある高級そうなアメ車のオープンカーの助手席に俺を放り投げる。
「おわっ!?」
助手席で転がってる俺を横目に、ノーマンは運転席に座りシートベルトを締める。
「別に取って食やしないさ」
そう言ってエンジンを始動させ車を走らせる。
「あの、何処に行くんですか?」
「フン、お前が行きたくて行きたくてしょうがない場所だ」
正直、ふかふかベッドにダイブするより、今の俺が行きたい所がこの島に在るとは思えないんですが…。
車は塔を背にしながら、島の沿岸部へ向けて市街地を走っていく。
夕暮れの街には人が溢れ、島に暮らすステアーズたちの活気を感じる。
さっきまで命懸けで同級生たちと戦っていた事がまるでフィクションの様の様に思いながら、流れる景色を無言で見つめる。
「やっぱりギフト持ちが獣界門くぐっても、ギフト二つ持ちにはならなかったみたいだな?」
俺の様子を見て、ノーマンは運転しながら聞いてくる。
「そうっすね、俺をはじめニヤもアリスも変化無しっす」
「ただ、あの渡辺って小娘は、二つ持ちに匹敵する能力持ちだな・・・ポテンシャルだけならSSランクってところだが、あの能力を安定させるのが当面の課題だろうな」
はっ!?おっさん何言ってんの?まるで安綱のウラガエリを見たような言いぐさだけど…。
「なんで知ってんだって顔だな?おい」
「そりゃそうでしょう!なんで知ってるんですか?10階層に居たんすか?」
「ナインのアイザックの目を盗んでよ、一部始終観させてもらっただけだ!まぁーよ、おそらく覗いてたのは俺たちだけじゃなかったぜ!」
ウインクしながら右手の親指を立てて見せる。
「アイザックの目って!?それってハッキングですか!?誰がそんなことを?ってか、そんな簡単なことじゃないはずですよ、相手は九識インダストリーの電脳戦のプロ集団っすよ!」
あのナインにハッキングとかって、アメリカ国防総省にハッキングするより難易度が高くリスキーだ。
んだな、とノーマンは悪びれることなく肯定した後、無精ひげの生えた顎を擦りながら慎重に言葉を選ぶように続ける。
「ボーイ、お前たち世代ってのは、塔を攻略するにあたって、世界規模で意図的に調整されて生まれた特別な世代なんだ、ギフトを持った産まれてきた子供たち…それゆえに各国、各企業が注目しているんだ・・・・ほら、着いたぞ」
そんなに広い島ではないので話しの途中で、オープンカーは目的地にあっという間に到着した。
沿岸部の見晴らしのいい丘の広大な敷地に白亜の巨大な建造物、潮風にたなびく星条旗。
そして見慣れたUSAイーグルのロゴマーク。
「ここは?USAイーグル・インダストリーのチーム・ラボ?」
駐車スペースへ車を入れ、ノーマンは颯爽と車から降りると、顎でついてこいと合図する。
入り口の認証ゲートでゲスト・パスを受け取りエントランスに入ると赤いスーツの黒人の美女が出迎えてくれた。
「初めまして、ミスター天草、私はエレン・クルマン。USAイーグルのCEOです」
「あっ…えっと、初めまして…って!CEO!USAイーグルの?はっ?なんで?」
パニックになった俺は、エレンさんとノーマンを思わず交互に見てしまう。
「言ったろう?各国、各企業がお前たち世代を注目してるって!お前もソレに入ってんだぞ!?」
バンッ!と豪快に背中を叩かれた。
俺のことをあのUSAイーグルが・・・・。
「うちのエースのノーマンが、どうしてもあなたをと推しますので、代表の私としましても、是非一度お会いしたいと思い、このような席をご用意させていただきました・・・どうぞこちらへ」
俺が案内されたのは、絶景のオーシャンビューの応接室だった。
出されたコーヒーに手を付ける間もなく、ノーマンが痺れを切らして切り出した。
「ヘイ、ボーイ、単刀直入言うぞ!俺たちUSAイーグルはお前が欲しい!それについて率直な意見を聞かせてくれ」
「入ります!」
「即答かよ!」
身長2m級のツッコミは豪快だなぁ。
「子供の頃からUSAイーグルのファンでいつかは自分も!って、思ってたんすけど・・・なんで、俺なんですか?俺、四席っすよ?」
どうやってUSAイーグルに入ろうか?っていう俺のささやかな悩みは、相手から誘われるというちょろい感じで叶ってしまった。
そんな俺の表情を見て、ノーマンはギョロと目を見開いて俺を睨む。
「お前今、ちょろいって思ったろ?こんな簡単にスカウト来るんだ?ってな、でもそんな簡単な話じゃねーぞ!ボーイ」
おっさんは的確に俺の心を読んできた。
「思ったけど!思ったけどさっ!なんだよエスパーかよ!?おっさん!!」
あまりに図星過ぎるので、少々取り乱しながら、この人のギフトって、エスパー能力なのか?読心術的な…なんて考えてしまう。
「フフフ、セレモニーで一戦交えただけなのに随分仲良しなのね」
「「仲良しじゃねー」」
ノーマンともろ被りで、しかもハモった。
「OK、いいわ、そういう事にしておきましょう――――――――。ただ、ノーマンが言ったように今の話はオフィシャルなものではないの。あなたが学園を卒業するまでに、我々が望む条件をクリアしたら・・・の話になります。もちろん見込みがあると我々は信じています」
「条件?ですか」
「条件は一つ!学園卒業までの二度ある昇級試験で個人ランクをSにすることです!」
「Sランクッですか!?・・しかも個人ランクですよね?・・・マジッすか・・難易度が急に高くなったぞ」
個人Sランクと聞いて、思わず立ち上がった後、そして力なく座り込み押し黙る。
進化学園入学と同時に俺たちはDランクの仮ライセンスが発行されている。
昇級試験を受けなくても卒業と同時にCランクが与えられるのだが、在学中、年に二回行われる昇級試験で単独でフロア20まで到達しないと個人Sランクにはなれない・・・今日登ったフロア10まで一人で登れるか?今の俺じゃ正直危ういところだろうと思う。
しかも、試験は在学中年に二度しかない。
たった一度の塔登でSSランクになった円華環さんは例外として、進化学園在校生でSランク所持者って5人もいないはずだ・・。
「おいおい!さっきまでの威勢はどうした?怖気づいたのか?」
バンバンと背中をノーマンに叩かれながらも、反論する。
「って!Sランクっすよ!」
ステアーズフリークだからこそ、その難しさは理解できる。
「俺はSSSだけどなぁ、ガハハハッ!!別に今すぐ20階まで行って来いって言ってんじゃねーぞ」
あんただって、フラッと行って40階まで行ってきたわけじゃないだろう!
「心配ないわ、現在、君たちの先輩にあたる新三年生でSランクは二人も在校してるわ。だから、決して不可能な話しじゃないと思います。だってあなたはギフトを得て17年のベテランなのよ」
確かに生まれた時ならギフト持ちですけど…。
「ベテランのつもりはないんですけどね、ただ、今日ギフトを得た一年に比べたら、いろいろ知ってる方だとは実感しました――――――――。でも在校生にSランクが二人もいるんなら、なんで一年の俺なんかに…」
正直、この話は泣くほど嬉しい、天下のUSAイーグルから専属契約を持ち掛けてくれるなんて・・・今朝の俺だったら号泣しながら跳んで喜んでいただろう。
しかし、今日のエボでの俺はダメだ。集中切らして何度も安綱にぶった切られ、仲間に救われっぱなしで、最後のは運が良かっただけだ。
すっかり冷めたコーヒーに、さえない自分が映っている。
俺の憧れた、エボ最高到達点ホルダーのノーマン率いるUSAイーグルに、俺は本当に必要なのか?
「・・・なんで俺なんかだと?ボーイ!――――――――、決まってるだろう、お前だからだ!」
俯いた俺の前に立ったノーマンから突然放たれた、猛烈な存在感に思わず顔を上げた。
「・・・・っ!」
ノーマンの筋肉が隆起して、デカイ身体が更に大きくなっていく。
口と鼻が飛び出でて顔面が変形し、そして身体全身に灰色の剛毛が覆い、高かった天井に迫る約三メートルの化け物が俺を見下ろす。
「デッ・・・デカい!!」
「お前は何だ!?ワーウルフ!!」
「これがノーマンのギフトッ!?」
部屋に三メートルを超える化け物が現れたのに、表情を変えずにエレン・クルマンCEOは新しいコーヒーを注ぐ。
「ライカンスロープ、タイプ[ベアー亜種グリズリー]、これが俺様のギフトだ!」
直立したスーツを着たグリズリーが、オーシャンビューの大きな応接室を狭く感じさせる程の存在感を放つ。
圧迫感が半端ない。
「希少種であるライカンスロープのギフトはパーティーの中で様々なポジションを担うことができるわ。」
エレン・クルマンCEOは新しいコーヒーを俺の前に置くと、優しく微笑む。
「限りなく不死に近い体躯を生かした《タンク》としての役割。ワーウルフならその俊敏性と鼻を生かした偵察を行う斥候も向いてるわね。」
「そして、圧倒的な攻撃力でパーティでのアタッカーも担うことが可能なうえ、ヒーラーも医薬品も必要ないから長時間の単独行動も可能だ!・・・そんな万能ギフト持ちは実際どこの企業も喉から手が出る程欲しいのさ」
やっぱり当たり前の様に、獣人の姿のまま喋ってるな。
喋りながら、グリズリーの姿から人の姿に戻りソファーにどっしりと腰掛ける。
ライカンスロープで話せないの、ひょっとして俺だけなのか?
「ああ、そう言えば新しくライカンスロープになった二人がいたんですけど」
「韓国美人と白髪のロシア人だろ?連中戻って来てすぐにロシアの国営チームと韓国のバンタンが接触してたからな、ありゃ決まりだろう」
キム・ヨンウとヴォルフ君の事も当然のように知ってるんだな。
この人たち、いったいどこまで知ってるんだ?
「これからが大変よ、私たちも世界みんなで仲良く塔を登ってるわけじゃないから、企業同士の人材の奪い合いや、ステアーズ同士のつぶし合い、産業スパイに、だまし合いに殺し合い、これは日常水面下で当たり前の様に行われてることよ。当然、進化学園内でも十分起こりうる事案だから十分に気を付けてね」
エレン・クルマンCEOは意味深んな表情で打ち寄せる白波を眼下に眺め、言葉尻で振り向き悲しげな笑顔を見せた。
鈍感な俺でも、きっとこれまでも色々あったのが容易に想像できた。
「私たちの話は以上です。最後に今日来てくれたお礼にプレゼントを用意したわ」
そう言うとUSAイーグルのロゴが入った大きな紙袋を取り出した。
「そんな一学生の俺なんかに、プレゼントなんていいですよ!」
ここに、来れただけでもサプライズだっていうのに、プレゼントなんて受け取れないって。
「ボーイ!なに遠慮してやがる!俺が着てるこのスーツと同じ素材の防刃防弾戦闘服だ。形状も性能もそのまま伸縮性は十倍まで巨大化に耐える新作だそ!戦闘のたびにいちいち服脱いで畳まなくてもよくなるんだぞ!?」
「貰います!」
思わずノーマンの手から紙袋を奪い取る。
俺にとって必須アイテム!喉から手が出るほど欲しかったアイテムだ。
「切り替え早っ!!少しは遠慮しろ!」
陽が沈み、辺りがすっかり暗くなった頃、最後に手土産までもらった挙句、ノーマンに学生寮まで送り届けてもらった。
「ほんとに、今日はありがとうございました」
車を降りて、しっかりと頭を下げる。
正直、USAイーグルがあれだけ評価してくれてるのに、実感がまったくない。
実力も経験も圧倒的に足りてないんだ。ただギフトがワーウルフだったから。
んなこと、分かってる。
「じゃな!はやく成長しろ!ひよっこ!!一人前になったら使ってやるからよ!バイビー!!」
そう言って、さっそうと走り去るノーマンの車を見えなくなるまで見送った。
「何がバイビーだよ…とりあえずは卒業までに、Sランクに絶対昇格しなくちゃだな」
そうつぶやき、寮のエントランスを通り抜け、男子棟へ向かおうとした時、エントランスの反対側の女子棟の入り口からバタバタと足音と共にアリスと安綱が飛び出してきた。
「天満君!遅い!遅いよ!」
すごい剣幕でアリスが怒鳴り込んできた。
「どっどうした!?」
「大変なんだって!ニヤがニヤが!・・・・!!」
安綱は俺の襟首を掴み、あまりにも激しく揺さぶるもんだから――――――――、聞き間違えたのか?
「ニヤが病院送りにされたって・・・今、言ったのか?」
なんで?誰に?どうして。
と言うか、あのバケモノ小僧を、どうやって?
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