幸運《Lucky》
カツカツカツッ
倒れたままのナインのチーフの傍らでしゃがむシャオロンに向かって、アリスはローファーの踵を鳴らし近寄る。
「先生!?」
「ん?どうした」
声を掛けられ、すくっと立ち上がりアリスを見つめる。
アリスはシャオロンに向かって、ニッコリとほほ笑んだ後。
ピシャーン!
ノーモーションのビンタがシャオロンの頬に炸裂し、乾いた音が響き一同の視線が集中する。
「・・・・・」
さえない眠そうなシャオロンの目がアリスを見つめ、冷たいものに変化する。
「先生は天満君のあの技が決まったら、安綱が無事では済まない事を知ってて、私たちにやらせようとしたんですか?」
シャオロンは面倒臭そうにため息をついた。
「はぁ・・・・そうだと言ったら、お前たちはどうするんだ?」
怒りで頬を赤らめたアリスが放った言葉に、悪ぶれた様子もなく叩かれた頬を擦りながらシャオロンは答える。
「開き直りですか、今更、私たちがどうするも無いでしょう!」
確かに、今更俺たちに抗議という形以外で何ができる?殺さず死なずに済んだ事を喜んどけよ、と言う感は否めない。
社会とは大人たちの物で、大人になりきれてない俺たちは現時点ではあまりにも無力だ。
「恨んでもらって構わない、結果オーライだ。死者も出ずこうして渡辺も戻ったんだからな・・・俺は俺の仕事をしたまでだ」
意地悪な顔して、胸まで張る始末。
「アナタは最低です」
アリスは本気で怒っているようで、軽蔑した表情で呟く。
「アリス、もういいよ・・・全部、ギフトに呑まれた私が悪いんだからさ」
ツノは残ったが白黒反転していた髪も瞳も元に戻り、意識を取り戻した安綱が、けだるそうしたままアリスを宥める。
「もういいじゃないわよ!死んだかもしれなかったんだよ!?まぁ、ニヤ君が天満君に馬鹿な事吹き込んでくれたおかげで、被害は安綱の唇だけで済んだけど・・・泣いたっていいんだよ乙女の初めてを奪われたんだからさっ!」
アリスはぐったりした安綱に駆け寄り、ギュッと抱きしめて、嗚呼、嘆かわしいと叫ぶ。
「あぁ、泣かないし、まぁ別にキスとか初めてじゃないから・・・さ・・アリス苦しいよ」
アリスの肩越しで、申し訳なさそうというか恥ずかしそうに顔を埋めた。
安綱・・・キス経験あるんだ?
なんか胸がキュッとする。
誰と?いつどこで?そんなことを脳裏に過ぎらせたと同時に、アリスが叫んだ。
「うそ!いつ!?誰と!?・・・・どこで!?アメリカ人の私だってまだなのに!?天満君は当然初めてだったわよね!?」
突然思考を被せてきたと思ったら、今度は俺を名指しでとんでもない質問をぶつけて来た。
「何で、んな話を俺に振ってくるんだよ」
「はぁ、いいから答えなさい!」
アリスは頬を膨らませて、可愛い顔して理不尽な事を言ってくる。
「で、どっちなのよ?あんた経験あんの?」
安綱までジト目で睨んでくる始末。
「あるに決まってんだろ!初めてで舌なんて入れるヤツなんているわけないだろ」
繫げた腕の感触を確かめるふりをしながら、俺は答える。
怖いから下を向いたままだ!決して安綱たちの方は見ない。
「何?ナニ決めてんの、誰とやったの?いつどこで!」
「嘘よ!天満君!ウソはダメよ!妄想をカウントしたらダメじゃない!」
二人に詰め寄られた。
「俺は十七だぞ、キスとか・・それぐらい普通だろ」
まぁ、俺の場合『した』というより、無理やり『奪われた』が正解だ。
「私・・・普通以下なの・・・」
アリスは大げさに膝から崩れる。
「アリス!アリス!俺としようよ!俺もまだだし!」
ハイハイっとニヤが名乗りを上げる。
「ダメよ、そんな打算的な、こういうものはちゃんと順序を守らないとぉ・・・」
唇を尖らせて迫るニヤを、必死に突っ張った両手で防ぐのだった。
結局、安綱がどうやって戻ってこれたかと言うと―――――――、俺が安綱に舌を入れたのがキッカケとなった。
まぁ全て、偶然が成した奇跡というか・・・。
ニヤが俺に吹き込んだ、『お姫様は王子様のキスで目覚める!』なんて、戯言は論外として、安綱は霊獣麒麟の神霊に意識を閉鎖された空間に閉じ込められていたらしい。
必死に身体の主導権を取り戻す為に、この精神牢獄の中で抗っていた所、突如、頭上に次元を超えて謎の物体現れた。
まあ、謎の物体とは、キスして目覚めないから破れかぶれで入れた俺の舌なんだが。
安綱は藁をも掴む思いで、次元を越えて現れた俺の舌を掴んで精神牢獄を脱出し、無事生還したわけなのだが…。
まさかキスして、舌を引っこ抜かれそうになるとは思わなかった。
「偶然とはいえ、あんたの機転で助かったわけだから、キスの事は不問にしてあげる」
と言いながらボディーに一発入れてくる。
安綱さん、今不問にするって言いましたよね。
「だから、朝みんなの前でシャオロンが言ってたじゃんか、今日一番大事なのは「運」だって!さ」
苦悶する俺の背中をバンバン叩きながらニヤはえらく上機嫌だ。
「まぁ、そういう事だ――――――――。俺たちはナインの再起動やら後片付けをして戻るから、お前たちは先に門を通って地上に戻っててくれ」
大破したナインのメンバーのパーツを、舞台の中央に集めている環さんとフォックスの三人たちを指し。
「正直、俺も今すぐベッドに倒れこみたいところだが、これも仕事だからな」
やれやれと言いながら、作業に取り掛かるシャオロン。
「あぁ、渡辺安綱ぁ、大丈夫だと思うが寮に帰ったら一応医務室で精密検査受けてくれ」
「うえーい、了解っす」
うえーいって、どんな返事だよ。
「それじゃあ、またね、って言っても、またすぐに会えるか」
環さんに見送りで、俺たちは獣界門前で整列する。
「今度は、自分たちだけで会いに来ますよ・・・ほれ、一番迷惑かけたんだからちゃんと挨拶しろよ」
俺の後ろで、所在なさげにしてる安綱を引っ張り出す。
「あう・・・あの・・・色々、ご迷惑おかけしました」
恥ずかしそうに環さんに一礼したした後に、ふぅーと深呼吸して。
「皆さん!今回は私の為に尽力を尽くしていただき、ありがとうございました!!」
大声を上げて、後ろで舞台の清掃とナインのパーツを集めているフォックスの三人、そしてシャオロンに向けて大きく頭を下げた。
「フン、今度は全力で戦ってやる!」
「銀子さん、二回ぐらい死んでませんでしたっけ?」
「うるさい!私はまだ本気出してないんだよ!」
こうして、俺たちの長い入学の儀式は終わったのだった。
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