魔力供給と乙女
私は笑ってなんかいない。
笑ってなんかいないのに、さっきから聞こえる臓腑の奥からこみ上げてくる、この声は何?
「あは・・・・あははははははははは」
蹲る天満を、ただただ乱暴に刀を振るい、切りつける。
斬って斬って切りつけるのは、私?
アレ?
なんで私、自分を見下ろしてるんだ?
まるで幽体離脱して、自分を俯瞰で見ている状態だ。
これは・・・いつの間にか二刀に意識を持っていかれた?。
いつ?
なんで?
うわぁ、軽くパニックだよ。
刀を振るう度に、下半身から押し寄せるエクスタシーに必死に耐えてたのは憶えてるんだけど・・・。
妖刀に魅入られて、自我を失うみたいなやつ?
それにしても、客観的に見ても全然ダメじゃん、型も剣筋もなってない、ただ乱暴に刀を振るっているだけ、侍でも剣士でもない、あれじゃただの《発狂した少女》だ。
「いい加減にしろっ!!」
蹲っていた天満がしびれを切らしたように立ち上がり、ヒビの入ったメガネの奥に赤く光る瞳と、長く伸びた猛獣の牙が野性を剥き出して口から飛び出す。
グルルルルと獣の様に喉を鳴らし、刀傷でボロボロになった戦闘服を引きちぎり、服の下から隆起した筋肉が現れる。
毛むくじゃらに伸びた獣毛に、四肢の先からは鋭く尖った爪が現れる。
何あれ?
変身?天草天満は変身できるの!?
私の目の前に黒く艶やかな体毛に覆われた、逞しくてしなやかな巨躯の狼の姿が現れた。
・・・美しい・・・・。
思わず見惚れてしまうほどの野生的な美しさに、我を忘れてしまう。
ヴァンパイアに匹敵する不死性を持つ、夜の眷属ワーウルフ、それが天満のギフトだったのだ。
ニヤ君との一回戦の時、はじめから変身してたら勝負はわからなかったのに、なんでギフトを出さなかったのだろう?隠しておきたかったのかな?出し惜しみだろうか?
なら、なんで、私には試し斬りを申し出たり、ギフトを顕現させたの?
負けたって入学が取り消されるわけじゃないんだから、さっさと降参すれば良いのにさ。
私には、見せてもいいって思ったの?
さっきから自問ばかりだけど、当然答えは返ってこない。
まぁ、そりゃそうだ。
ある程度、推測はできるけど、推測は推測なのだ。
狼男はその巨躯に似合わず俊敏で、刀に支配された私の攻撃をことごとく躱し始める。
まるで影踏みをしているように、ワーウルフは黒い影となり、ひらりひらりと刃をすり抜ける。
『ゴラッ!! 髭ぇ!! 動き合わせろ!!』
『うるせぇ!膝ぁ!! そっちこそ呼吸を合わせろって!!』
私を操ってる二刀の足並み(笑)が乱れ、私はでたらめな二刀流の操り人形の様に、みっともなくバラバラな動きでワーウルフを追いかける。
滑稽だ。
あんなの私じゃない。
私を傀儡にして鬼を斬るとか宣ってたけど、笑わせないで。
無防備だった人間ひとり斬れず、変身されたらまるで着いていけてない。
『ガハハッ!確かに髭のやつと共同でお主の体を支配するのはいささか無理があったようだ のぉ』
『俺様のせいじゃ無いからな!魔力供給の快感に失神してた誰かさんの代わりを、俺様たちがやってやったんだ!感謝しやがれ!』
嘘、私肉体を乗っ取られたんじゃなくて、快感で失神してたの?
中学卒業したばかりの乙女を失神させるなんて、なんて事してくれたのよ!もう、 お嫁に行けなくなるじゃん!
そもそも魔力供給って何?――――――――。そんなもの勝手に人の下半身に流さないでよね。
『魔力や気と云うのは、そもそも丹田に溜まるのだから致し方あるまい』
丹田?どこよ、へそ下五寸って?
子宮?はぁ? じゃぁ男の人はどこに溜まるの、ちょっと意味わからないんだけど。
『俺たちと魔力を共有することで、非力なお前はやっとこさ鬼と対峙する事が出来んだって!そんなもん早く女になっちまえば、こんなの屁でも ねぇーっての、ギャハハ』
「誰が女になるのよ!私、そういう下ネタ嫌いなんだけど!」
突然、精神が肉体に戻る。
私が心で発した言葉は意識とは裏腹に声帯を揺らし、そのまま空気を伝波して狼男の天満の耳に届いたようだ。
「ギャオ!?」
俯瞰で見下ろしていた私の視点が主観に戻り、目の前で意味不明の言葉を発した私に驚いた狼男が素っ頓狂な表情の見せた。
「クスッ」
あまりにも見事な狼狽ぶりに、思わず吹き出す。
嗚呼、狼狽するってこういう状態を言うのね。
字面的にさ・・・。
変なことを突然言い放ち、そしてクスリと笑う私を見て首をかしげる狼男。
嗚呼、その姿だと話せないんだね。
着ぐるみみたい。
「なっなんでも無いわよ!」
ちょっと!なんで、急に身体を私に戻すのよ!突然カミングアウトしたみたいじゃない!
『ガハハッ!主人が目覚めたのだ、道理であろう』
『ギャハハッ! 御託は良い、早く魔力を練れ!狼男を倒し、鬼にも勝ることを証明せよ!』
好き勝手なこと言ってるけど、事実、今の私の強さの根源はこの二刀ありきだ。
刀が無ければ、ギフト無しの普通の剣士なわけで、一回戦の様に試合を一瞬で終わらせれば魔力供給が無くても戦えるのだろうけど、二回戦のアリスみたいに火炎の壁で守りに入られると、正直打つ手が無い。
あの時は攻撃に転じても私は当然全身に火傷もするし、燃焼で奪われていく酸素不足で窒息もしてしまう。
戦う事すらできずに負けたから、魔力供給も何も必要なかった。
お手上げだわ、あんなの。
でも、アレがギフトなのだと、まざまざ見せつけられた。
だけど、エボを登るのはこういう試合形式の戦闘ではないのだ。
戦闘が連続したり、同時に複数の敵と戦う事を前提としている分、ここで魔力供給を受けながらの戦闘を経験出来たのは良かったと考えよう。
パーティーでエボに登頂途中に、しかも敵と交戦中に魔力供給の快感で失神して、下着を汚した挙句に我を忘れるなんて失態・・・
想像しただけで恐怖で震えるわ。
嫁に行けなくなるレベルじゃない、生きていけなくなるレベルよ。
死だわ。死。
「ちょっと、あんた達の魔力供給に私の身体が慣れちゃったら、私、不感症になっちゃりしない?」
思わず、私の最大の危惧を口に出す。
『『ならんわっ!』』
二刀が揃って、私に突っ込みを入れる。
そんな私たちのやり取りを、狼男が首を傾げたまま見つめていた。
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