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フロア10 獣界門其の一 茶屋の美女と冷蔵庫


「おいおい、ウソでしょーっ!!そこ、冷蔵庫になってるのっ??」

 ナインのシールダーの二体?二人?の装備している巨大なシールドの前面部が取っ手で開いたと思ったら、内部から白いモクモクとした冷気が溢れ、キレイに収納された飲料やら食材がびっしりと詰まっていた。

 まるっきり業務用冷蔵庫だ!…これで銃弾弾いてたよな?


「いつもナインは護衛任務のついでに、この茶屋に食材や物資の搬入も担って貰ってるのよ」

 この茶屋と旅館を取り仕切っている、環さんって呼ばれてた若女将が俺とニヤに教えてくれた。

 エプロンを着け黒髪を組み紐で結ったポニーテールの美人が店の奥から現れて、ナインが運んで来た荷物を受け取りの領収書を受け取った時は驚いた。

 

 エボの内部に宿泊施設がある事にも驚いたが、責任者は当然山男の様な屈強な髭もじゃなオッサンを、勝手にイメージしていたからだ。


 環さんは、上半身は黒いノースリーブに下半身は作務衣と草履というラフな姿だが、その大人の色香がムンムンだ。


 ―――――――ムンムンとか、なんか変態っぽいな。間違って口に出さないように気を付けよう。


「やあ、環さんこんにちは!今日はこれだけだよ」

 チーフがヘルハウンドとスレイプニルを連れてやって来たと思ったら、軍馬と狼の胴体が開き、冷気とともに大量の肉と野菜が現れた。

「俺たち、動く冷蔵庫に護衛されていたわけ?天満ぁー!スゲェーショックなんだけどっ!!」

 ニヤはスレイプニルとヘルハウンドが、冷蔵庫に変わり果てた姿にショックを受けてうなだれているが、俺は環さんに視線を奪われたまま動けない。


 思考停止中。

 

 その溢れる色香とか悩ましいボディーラインに目を奪われた訳では決して無い。


 違和感と言うか、知人に出会った様なこの感覚。

 俺、この人知ってるぞ。


 ちょっと待てよ・・・えっと・・。

 頭のステアーズ名鑑のページを超高速でめくる。

 ……。

 …。


 該当者発見!


「おおー!!思い出した!!えっと…環さんって!SSランカーの陰陽師 円華環まどかたまきっ!!…さん…ですよねっ?噂では引退したって聞いてたんですけど…こんな所で何やってんすか?」


 京都の陰陽寮のナンバー2、円華家の当主であってステアーズ、十年前突如ステアーズとしてデビュー、初クライムで単身フロア30まで踏破し個人SSランカーに最短で昇格した伝説のステアーズ。

 当時めちゃくちゃ話題になったけど、その後の活動はあまり報道されてない、謎の多いステアーズのひとりだ。


「あらあら、私ってそんなに有名人だったっけ?私の事知ってるって、君かなりのステアーズオタクでしょ?」

 環さんの横で、巨体のサイバーボディのチーフが可愛らしく首を傾げる。

「あれれ、環さん、ステアーズとしてクライムしたのって、数えるほどですよね?確か公式チームにも所属して無かったよね?……いやぁ、天満君はホントに凄い知識です!」

 

 ちーふの感嘆の声に、思わず口角があがってしまう。

 フリークとして、ありとあらゆる手段を使って、それこそ業界しか流通してなかった《ステアーズ名簿》を闇で入手したり、オヤジの友人や仲間なんかにも話を聞いたりで、ステアーズ初期から有名どころはしっかり押さえてあるのだよ。

「フリークとして当然っすよ、Aランク以上のステアーズは頭に入ってますから」


「あははは、凄いねー」

 あ、環さん少し引いてるなぁ。

「ホントですねー」

 チーフも引いてんな。


 オタクだからさ、分かるんだよね、この空気感や、温度の違いみたいな…。



 そんな間も、ナインの面々が次々と搬入した食材を茶屋の厨房に運んでいく。

 

 いつの間にかニヤが手伝いを買って出たのか、チーフの後ろを段ボールを抱えて通って行く。

 デカいサイボーグが段ボール抱えて、純和風の茶屋の店内を所狭しと練り歩く姿のギャップがエグイ。

 凄くミスマッチで奇妙だ。

 他の作務衣を着た従業員も、その様子に圧倒されて働きにくそうだ。


「それにしても、なんでSSランカーの環さんが茶屋なんかで働いてるんすか?」

「なんか?君!なんかって言ったね!?」

「は…はぁ」

「エボの中に茶屋宿がある!コレがどれだけ凄いか分かってないね?こんな場所に茶屋宿だよ!?」

 グイグイと環さんが迫ってくる。

 ちょっ…近いっす。

「この宿、S Sランカーの私だから作れたんだからねっ!!」

「S Sランクになると、エボに建築出来る権利とかあるんすか?」

「そうよ!って言っても、別に私が建てたわけじゃないけど!私がオーナーなのだよ!」

 なんと、出店許可的な物が発行されるのか?

「はっ……はぁ?それは知らなかったっす」

 

 今日一日で、今までの常識を覆す様な経験をし過ぎて、完全に感覚が麻痺してるな、特にこのフロアは異質だ。

 エボの中層階に人工的に茶屋宿を建築?資材は今日みたいにナインみたいな連中が何往復もして建てたのか?

 


 宇宙からの飛来物の内部に、普通、誰がこんなもの作ろうと考えるか?

 やろうと考案する。

 で、実行する。

 ある意味、人間の逞しく厚かましい行動力には頭が下がる。

 

 ここは我々人類の所有地でもなんでもないのに、「私のもの!」って言ったもの勝ち。

 早い者勝ちなんだろうなぁ。


「私がここに来た時に、お腹が減ってさ、ここでキャンプしたんだよね――――――――。その時困ったのがトイレ!男どもはどこでも平気で撒き散らすけどね。女の子はそうは行かないでしょう?」

 環は店の奥に目線を送る。

 その先にピクトグラムだっけ?見慣れたお手洗いのマークがあった。

「なるほど…確かに、で、ゲートのあるフロアはガーディアンも居ないから、登山の山小屋みたいなステアーズの休憩所を作ったってことですね」

 富士山の登山道にも、山小屋は多数存在するもんな。

「そっ、そう言う事。で建築許可にS Sランクが必要になってね、取ったのよー」

「そんな簡単には取れないっすよね?」

 取れてたまるか!って感じた。

 才能の塊、天才気質そんな神々しい後光が輝いて見える。


「まぁねー、それより、もう獣界門を見たかい?私はここであの千本鳥居を見た時に京都伏見稲荷を彷彿とさせるものを感じたの! だからさ、建てるのならオシャレなカフェを併設したペンションより、断然、茶屋宿でしょ!って思ったんだ」


「やろうと思ってやれるもんなんですね・・・」

「ずっと壊すのを生業にしてきたからねぇ、何かを生み出す事をしたかったんだと思う。」

ここでなら憩いと安らぎを提供できるだろ?」

 環さんは腰に手を当てて、誇らしそうに形のいい胸を張る。

 アリスといい、自信に満ちた女性ってのは姿勢がいいよな。

 

「どこ見てるのよっ!!あんた鼻の下伸びてるわよ」

「おおっ!ええっ!?」

 突然、背後から安綱に声をかけられて、とっさに口を手で押さえた。

「スケベッ!」

 突然現れた安綱に、膝裏を激しく蹴られた。

「オマエ何しに来たんだよっ!?」

「あんたこそ、何してるのさ?」

「ふふふ、まあまあ若い男の子なんて、みんなそんなモノだよ~ホレホレ」

 減るものじゃないでしょうと、膝に手をあてて前屈みのポーズまでして、これ見よなしに、その完璧でしなやかなその肢体を見せつけて来るわけで、流石に直視できず目を逸らす。


「そうだ!ねぇ、君ここで働かない?毎日美人のお姉さん見放題だぞ」

 逸らした俺の顔に回り込んで、いたずらな表情で覗き込んで来る。

「うっ!」

 無条件でその笑顔に心を持っていかれそうになる。これは完全に確信犯だっ!この笑顔の被害者は絶対に俺だけじゃないはずだ。


「一緒にお団子焼いたり、たのしいぞぉ」

 殺人的な大人の女性のいい香りが、鼻腔をくすぐる。

「まっマジっすかッ!?」

 突然の申し出に、心臓が止まりそうになる。


「ハイハーイ!遠慮しますお断りしまっす!前途ある若者を勧誘しないでください」

 安綱が俺と環さんの間に強引に割り込んで入って、ピシャリと言う。

「なんで!お前が断ってんだよ」

 お前は俺のマネージャーかよ。

「うるさいわねっ!私は集合時間だから呼びに来ただけですよーだ!」

 バシッンと俺の背中を力一杯叩いて、早歩きで出て行ってしまった。

「なんなんだよ?あいつ」

「ふふん、仲良いのねぇ」




「おーし、十分休憩したかっ!?――――――――。まず、ギフト持ち36名から先に獣界門をくぐってもらう、その後、成績下位から順番に行くから整列してくれっ!」


 休憩を終えて、茶屋の前で整列する生徒たち。

「安綱ぁ、また、後でね、どんなギフトもらえるか楽しみね」

「ウソ!私、一番最後じゃん、マジか…今更だけど緊張する」

「俺一番最初だけど待ってるよー安綱ぁ」

 アリスとニヤとの別れの挨拶をすませた安綱は、俺のところにやってきて、突然上目使いで見つめてきたかと思ったら、腹に一発パンチを入れてきた。

「おぐぅっ」

 身体をくの字に曲げて、苦悶のうめき声を漏らしている俺の耳元で、安綱は緊張した顔のまま。

「私はどんな結果でも、後悔しないからさ」


 どんなギフトになるのか?そして帰れない一割に自分が入ってしまわないか…色々思うところはあるだろう。

「俺は何にも心配してないからな、期待してるぜ、安綱の猫耳ッ!」

 小柄な安綱の猫耳姿はさぞ萌えるだろうな。本気で期待しちゃうよ。

「期待すんな…バカ」

 恥ずかしそうに背を向けると、列の最後尾に向かった。


 千本鳥居の朱色のトンネルを進む。

 獣界門まで約500メートルを俺たちは無言で進む。

 そして獣界門の手前で整列したまま停止。

 

 巨大な鳥居の向こう側は。石畳の敷かれた直径30メートル程の円形の舞台。

 その舞台袖にはフォックスのお姉さまたちに、ナインのメンバーが取り囲むように立っていた。


「まるで、何かを待ち構えてるみたいね」

「ああ、あの様子はただ事じゃないよな、さすがにここで何かが起こるんだろうな」

 アリスは露骨に不快感を表す。

 銀子さんたちの表情も気になるところだ。あの顔は獲物を目の前にした猛獣みたいに上機嫌だ。

 

 悪い予感しかしないぜ…ただ、ステアーズになる為の必須イベントなら前に進むしかないよな。


「それでは、進化学園入学儀式の最後のシメだっ!何が出るかは運次第だ、猫柳二夜からひとりずつ進んでくれっ!!」

 シャオロンの号令でニヤが一歩前に進む。

「んじゃ、天満、お先ー」



 全員が固唾を飲んで見守る中、ニヤは平然と巨大な鳥居をくぐり抜けて石畳の舞台に立った。

「ん?」

 ナインのアイザックの頭部のセンサーが回転しながらニヤをスキャンしている。

 あらゆるセンサーでニヤの変化をチェックしてるんだろうが、ニヤにまったく変化はなかった。

「バイタル変化無し、ギフトの発現確認無し!その他異常ありません」

 アイザックの言葉に、銀子さんが明らかに残念そうに舌打ちした。あの人何期待してるんだ?

「ホント…嫌な予感しかしない…」

 

 しかし、その予感は当たることなく、ギフト持ち36名は獣界門を抜けたところで誰一人、何の変化も起きなかった。


「なんだぁ、ギフトふたつ持てるかと期待してたのにっ!」

 ニヤだけが残念がり、俺とアリスは予想通りという様子だ。

 他のメンバーは、何も起こらなくて良かったと胸を撫で下ろしている。


「まぁ、何事もないのは、いいことさ――――――――。丁度いい、ひと区切り着いたから、ギフト持ちグループはここで下まで戻ろうか?お前たちの入学式はこれで終了だ」

 シャオロンが舞台の外で整列しているギフト持ち36名に向かってそう言う。

「終わりっすか?…なんか入学式というより修学旅行みたいだったな」

「なんか、呆気なかったね」

 拍子抜けした半面、また、あの道のりを今度は下ると思うと、さすがにため息が出る。


「帰り道は、今通った獣界門をだな、舞台側から逆側に通るとエボの一階に戻れるから……正確には、今朝来た西口前のターミナルに飛ぶから、各自、学生寮行きのバスで帰宅してくれ」

 シャオロン講師がサラッと言った、飛ぶ?とは?


「門が転送装置になってるんですよ。ここに来るまで誰ともすれ違わなかったでしょう」

 チーフが指を立てて、解説してくれた。

「マジかよ!そんな事、誰も教えてくんなかったぞ!」

 両親もその仲間も知り合いも、みんなステアーズなのに!

「あぁ、これも例の機密事項ってヤツですか?」

「まぁ、そうだね」

 俺たち、このエボの事何にも知らないんだな、と再認識。



 そんなわけで、式を一時中断し、俺たちギフト持ちのグループが先に戻ることになった。

「すっげぇー、天満天満!ワープ装置は存在したんだ!次元波動超弦励起縮退半径跳躍重力波超高速航法だよっ!」

「お前、それ言いたいだけだろう」

 それにしても、異様な光景だ。講師とナインのメンバーに促され生徒たちが、順番に一人ずつ獣界門に吸い込まれるように消えていく。


 映画やアニメでよく目にした、一方通行の転送ゲートが目の前に存在しているのが、にわかに信じられない。

 マジで今日は色々ありすぎて、頭がパンクしそうだ。


「すごいわね、ホントに転送されてるのね」

「ずっと疑問だったんだよな、ステアーズたちって、下りはどうしてるんだろう?ってさ、ステアーズフリークの長年の謎が、まさかこんな形で解けるとは思わなかったよ…」

 スタジオ・ステアーズではエボを下るシーンは、俺の記憶の限りでは一度も放送されてない…はずだ。


「じゃぁ!天草くん、私たち先行くね」

 波際さんたちがわざわざ挨拶しにきてくれた。

「良かったじゃない、みんな仲間が欠けることなく帰れるわね」

「うん、よかった」

 アリスが手を振り波際さんを見送る。

「フン…とりあえず、今日を生き残っただけさ」

 シェーンはばつが悪そうな表情のまま、獣界門に消えていった。


「あの…講師、私たち安綱が終わるの待ってていいですか?」

 最後に舞台に残った俺たちを代表して、アリスがシャオロン講師に申し出た。

「ん?ああ、構わないが、そのかわり何を見ても手を出すな!その約束が守れるんなら…だが、お前たち守れるか?」

 頭ごなしに断られると思ってたのに、意外な回答だった。


「「「守ります!」」」

 うお、三人で被るとか恥ずかしい――――――――。


 そんなわけで、俺たち三人は最後の安綱が終わるまで式を見届ける事になったのだ。




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