現実主義とロマンチスト
「なんでそんなに楽しそうなの?」
メガネのせいで波際さんの表情はイマイチわからなかったが、この質問は俺たち四人に投げかけられたものだろう。
「えー、すっげぇー楽しいじゃん」
はやっ!脊髄反射的にコイツは答えてんじゃん?
「ニヤ、もう少し考えて答えてやれって!」
と、言ったものの俺自身、この質問の意味が解らない。
だって、俺も楽しいからな。
子供の頃から夢に焦がれたステアーズの舞台に立ってるんだぜ、興奮しないはずないだろ。
「天満くんの言う通り、きっとちゃんと意味がある質問なのよ、しっかり考えないとね」
「ウソぉ、意味あるんだっ!?まじか…うーん」
アリスと安綱はどっしりと縁台に腰掛け、お茶をすする。ふたりの渋い顔、まるで将棋で長考に入った棋士のようだ。
「安綱、このお茶渋い」
「うん、渋い」
「お茶かよっ!!!」
思わず、空気読まないで二人で突っ込みを入れる。
「そういうところ」
少し冷めた表情で、波際さんが下を向いたままで呟いた。
「他のみんなを見てみてよ、みんな恐怖と緊張で縮こまってるでしょ?」
俺たちの背中合わせに腰掛けているワンさんが振り返り、奥の縁台を視線で示す。
彼女が言う通り、雑談する余裕があるグループはあまり居ない、むしろ皆うつむき加減で、湯のみを手で包み茶をすすってる。
例の韓国組ですら顔に緊張が伺える。
「君たちは、今朝講師が言った、この中で一割は帰れないって言葉の意味考えなかった?フロア10まで大変だったけど、まだ私たちは誰一人欠けてない、この意味わかるよね」
確かに、ワンさんの言うとおり、ここまでの道中軽傷者は僅かに出た程度で、誰一人死者は出ていない。
「知ってる、このフロアで約十人が脱落するって事でしょ?」
また、ニヤが反射で答える。
脊髄でしゃべってんのかって思うほどの即答だが、内容は的を得ているわけで…ちゃんと考えてたんだなぁ。俺ちょっと感動だよ。
「でっ?」
だから何?と言わんばかりに、ニヤは振り返り、背中合わせのワンさんの耳元で呟く。
「ニヤくん、そのでっ?は意地悪だよ」
ニヤの顔をぐいっと掴むと、アリスはニヤを嗜める瞳で睨む。「でもさっ」ニヤは食って掛かるがアリスは「でもさじゃない!!」とニヤの頭部にチョップ。
「ハハハハハハッ、ホントに君たちは不思議だな、ここにいる生徒の中でも、成績上位の君たちは国や家柄に企業、それに野心や夢、きっと多くの思いを背負ってきているのに、その気負いを微塵にも感じない」
ロシアのザハールは少し緊張がほぐれたのか、巨漢の肩を揺らしながら笑った。
「一割減の話は、おそらくアレ…獣界門でしようね」
アリスは千本鳥居の奥にそびえる巨大な鳥居を指す。
「そうなんです、私たちもそう結論付けました…しかも、私たちはギフト持ちです、先天性のギフト持ちが獣界門を通過することでどのような変化があるか?その前例がないんですよ、いわゆる私たちはかなり実験的な意味を持つモルモットと同じわけで…私は恐いんです」
波際さんはうつむきながらメガネの位置を直す。俯いたままだけど、たぶん凄い不安そうな顔してるんだろうな。
「ゲートには、俺が一番初めに入るから、その結果見てから、みんな入るか決めたらいいじゃん!」
ニヤには恐怖心がない。どうしてかは分からないが、ことエボに登るということに対して迷いがない。
「まぁ、俺もニヤに賛成だ。獣化門を通らなくちゃステアーズになれないのなら、何が起ころうとも通るべきだと…まぁ、思うんだ」
その意見には同感と、言わんばかりに頷く。
「我々も初めはそうだったさ、たけどね仲間ができたのは君たちだけじゃない、初戦敗退組の私たちもあの模擬戦の後から、それなりに切磋琢磨して親交を深めてきたんだよ」
ワンさんは、横に並んで座っている三人を見つめた。確かにこの四人に何か強い絆を感じる。
「天満君、君じゃなくてそうだな…君の仲間…例えば、渡辺安綱君が獣界門で死ぬ確率が一割あると考えたら、どうだい?」
シェーンがいたずらな顔して、話を俺に振り戻す。強烈なリターンエースだ。
「安綱が死ぬっ!?」
思わず、隣に座っていた安綱を見る。
「おっ!?」
「うっ!?」
安綱も俺の方を見ていて、お互いの視線がぶつかった瞬間に、安綱が目をそらした。
「私は…死なない」
向こうを向いてるから、どんな表情をしているかは分からないけど、こいつが簡単に死ぬようなタマじゃないことは俺はよく知ってる。この女には散々切り刻まれているしな。
「殺しても、安綱は死なないよ、うん」
「なにがぁぁっ!!! うん、だぁぁぁぁぁぁっ!!!」
安綱の力いっぱい振りかぶった拳は俺の頬に直撃した。
「なっなんでぇぇぇぇぇっ!!!!!?」
鼻血を噴き出しながら、派手に吹っ飛ばされた。
「もし仲間が死んだら? それはエボに登るという事に常にかかわってくることだ。未熟な我々なら、その確率はプロのステアーズと比べれるまでもなくダントツに死亡率は高い、去年の進化学園一年の進級率は知ってるか?」
シェーンは安綱に吹き飛ばされて、玉砂利の上に大の字になって倒れている俺の横でしゃがんで笑顔で質問をぶつける。コイツもいい性格してると思う。
「進級率? すまん勉強不足だ、知らん」
「天満、去年は三割だよ、だから今年の2年生の在校生は24人しかいないよ」
また、即答だ。ずっと遠くを見るような瞳で、ニヤは俺とシェーンを見つめながら言う。
その目を見て俺もシェーンも一瞬たじろいぐ――――――――。煌々と輝く青い瞳が無言で俺たちを見据えていた。
「死亡一割弱、残りの六割は仮ライセンス返却したのち、秘密保持のためGPSと監視チップを埋め込まれて、島外追放という名の自主退学、自国に戻ったとしてもギフト持ちは死ぬまで当局の監視下に置かれて自由とは無縁の生涯を送る・・・らしいわね」
アリスの補足。これは知ってるぞ、入試テストでも出たな。
ステアーズ法の極秘事項の漏えいと罰則について、少なくとも、今日俺たちは既に、一般公開されていないフロア3からフロア10までの機密情報に触れてしまっている。この事について他人に情報を流す行為は禁止されている。
俺たちが両親や政府から最低限の情報だけでここに送り込まれたのも、その秘密事項関連のせいだ。
辞めるタイミングは、シャオロンが朝のミーティングで説明してくれた時に「リタイヤ」を宣言しておけばよかったのだ、おそらくあの時が制限なしで帰国できた最後のチャンスだったわけで、今更辞めるのも遅すぎる気がする。
「六割はヒビって国に帰ったって事でしょ?―――――――。で、今、君たちはビビってるわけね」
安綱、なんか怒ってるな…いや、苛立ってる?のか。
俺以外に安綱が他人に対してこういう空気を露骨に出すのは珍しい。普段の安綱自身は誰に対しても適切な距離というか、間合いを取っていると思う。
「いや、ビビってるわけじゃないんだ・・・その」
「ああ゛っ!?」
「その・・・なんだ・・・つまり」
ザハールが訂正しようとするが、小柄な安綱が二メートルの巨漢を威圧感だけで圧倒する。
「だって、高校の入学式で、まさかこんなデタラメな所に連れてこられるなんて、思ってなかったじゃんっ!!私ら未成年だよっ!!なのに、あなたたちは楽しそうで、こんなのおかしいよっ!!」
波際さんが勢いよく安綱の前に立つ。ちょっと泣いてない?アレ。
波際さん、エボがどんな所か知らないでこの島に来たのか?
「あんたらさ、仲間が死んだら?って、最初から人のせいにしてようとしてるでしょ?それさズルくない?」
一番小柄な体形の安綱が、一番上からモノを言っているよ。
みんな小さくなって、まるで怖い先生に怒られている生徒みたいに見える。
「まだ韓国三人組の方がギラギラしてて、よかったよね」
ニヤが俺の耳元でささやく。
「ああ、ああいう奴らのほうが単純で分かりやすい」
隣りの縁台に座っていた韓国勢に視線を送ったら、キム・ヨンウと目が合った。
「あんた達、今私たちの悪口言ってたでしょっ!!!」
こっちに指さしながら、湯飲み片手に立ち上がる。
「言ってねぇーって」
立ち上がった勢いそのままで、俺のとニヤの方にズカズカと湯飲み片手に歩いてくるキム・ヨンウ。
「言いたいことがあるなら、直接言いなさいよっ!!」
「はいはい、言います、ちゃんと直接言うから、席に戻れってっ!!」
「ホント、なんでそんなに楽しそうなの?」
メガネで三つ編みの波際さんは、ホントに理解できないと呟き、諦めた表情で仲間を見渡した。
彼女の仲間も、彼らとは根本的に違うんだよ。と納得したような顔を見せた。
「あのさ、ギフトってさ、一つの才能って考えられないか?アリスもさっき言ってくれてたけど、絵が上手いとか?足が速いとか?そう考えたらラッキーって思えないかね?」
俺はステアーズでも上を目指せる稀有な能力を手に入れたと思っているし、その事については両親に感謝もしている。
「人を傷つけたり、人に傷つけられたり、未知の怪物と戦ったりにしか使えない才能なんて、正直迷惑よ…絵や歌が上手な才能の方が人をより豊かにするわ」
波際さんは、真摯な表情で俺を睨む。
湯呑みを持つ手は小刻みに震えていた。
「世界中に類い稀ない《ギフト》を持って生まれてきた事を誇りを持ちなさいな、この学園はそんな安い場所じゃないわよ!」
アリスがドンッと立ち上がり、胸を張る。
堂々と波際さんの前に仁王立ちする。
「アンタたちの代わりはいないのよ!そのギフトはアンタたちしか持ってないの!そんなとびきりの武器貰っといて使わないのはバカよ!」
熱いなアリス。
聞いてるだけで、コッチの体温がグッと熱くなってくる。
「ギフトで人や怪物と戦う…じゃなくてさ、冒険する仲間を守るって考え方変えれないかな?だいぶ印象が変わると思わないか?」
思わず俺も語ってしまう。
進化学園に入学しただけで、ステアーズとして半分成功した様なものなのだ。
無事に卒業できれば、並のステアーズよりも高位な状況からデビュー出来るからな。
「進化の5、6、7、8席なら胸張っていいのよ、アリスみたいにさ、誰も文句言わないわよ」
安綱も優しい表情で四人を見つめる。
俺たち1、2、3、4席は文句も悪口も言われたけどな。
「そもそも、こんな塔に登ろうってのがクレイジーなんだよねー!でも、誰かがやらないとさ?この星全体の問題じゃん!それに、ほら夢も希望もここにはあるじゃん!きっと楽しいぞー!」
ニヤも立ち上がり走り回る。
その様子をシャオロンたちは一瞥したが、咎める事なく静観していた。
「さて、クレイジーなロマンチストと、ビビりの現実主義者は、どっちが生き残るだろうね?」
アリスは着席して、湯飲みに視線を落としながら呟いた。
「そんなことは知らん、まぁ、クレイジーなロマンチストの方が俺は好きだけどな」
「ねぇ、天満くん、これって縁起がいいジンクスよね?四葉のクローバーみたいな」
ゆっくり両手で包み込んだ湯飲みを差し出した。
「おおーっ、茶柱立ってるなっ!!」
「しかも二本よ!凄いわよね安綱!」
クレイジーなロマンチストだって、げんを担ぎたいんのだ。
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