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不気味の谷現象という名の進化


 不気味の谷現象という言葉がある。

 エボの出現によってテクノロジーが飛躍的に進歩し、近年ではロボットやアンドロイドなんてものが、エボ・シティーには当たり前のように闊歩している。

 俺たちの護衛をしてくれているナインの面々もそうだが、最新のテクノロジーによる彼らの挙動は確実に現実の生物を凌駕していると言っていいだろう。

 軍馬スレイプニルなんて、俺たちが知っているサラブレット以上に馬なのである。人口知能を搭載した馬型ロボット〈ドローン〉とは、思えないほど荒々しい野性味のある軍馬なのだ。

 しかし、外見はというと、ナインの面々は揃ってSFチックなサイバーな仕上がりで、実在する生物を完全に模しているわけではない。

 小学生男子が憧れる、メカであり、ロボであり、マシンなのだ。

 何が言いたいのかといえば、彼らの外見はまぁ、かっこいいとか凄いという部類に入る。

 

 しかし、フロア6から出現し始めたマネキンと呼ばれる、人型兵器は人の姿をしながらも、四つん這いで移動し、光子剣を口で咥えて攻撃してくるという、極めて非効率で不気味で謎な兵器はまさにナインの面々と比べたら対極の存在だ。


 とにかく凄く不気味で気味が悪く、不快だ。

 おまけにちょっと怖い。


 フロア7では、そのマネキンが昔のホラー映画のゾンビのような緩慢な動きで、カタカタと震えながら二足歩行で現れた時は、四つん這いにも勝る不気味さで、俺たち生徒を大いに震え上がらせた。


 人間というのは、人間を模したロボットの忠実度が増していくと徐々に好印象を持っていくが、忠実度がある特定値まで達すると、人間は途端に嫌悪感を抱くようになる。

 人に近づけは近づくほど、気味が悪く、恐怖を感じるのだ。

 しかし、さらに忠実度を上げて、実物と見分けがつかないほど精巧なものになると人間は再び好印象を抱き始める。

 この関係性をグラフで表すとV字型の谷を示すことから、不気味の谷現象と命名されたそうだ。

 ちなみに、これはさっきアリスから聞いたばかりの知識なんだけどね。

 

 そして、フロア8、マネキンたちは光子剣だけでなく、重火器を装備し編隊を組んで攻撃を仕掛けてくる。動きも機敏でマネキン型兵器は不気味というか、単純に恐怖の対象へと進化していた。

「まるでハリウッドのSF映画観させられてる気分だわ」

 激しい銃撃戦を横目に、アリスが腕組みをしながら、ナインの面々とマネキン部隊を掃討していく様を目の当たりにして呟く。

 俺はゾンビ映画のある時期を境に、緩慢な動きしかできなかったゾンビが、シリーズを経て急に走り出したときに受けたあの衝撃と同じ感覚になった。ゾンビが進化してるっ!?ってさ。だってあれ死体だぜ、進化しちゃダメだろ。

 

 そもそも、進化の塔ってさ、ステアーズだけでなく、フロアを闊歩するガーディアンも進化してるってことになる。

 スタジオ・ステアーズの放送でも、上層階の放送の場合、必ず出演ステアーズはSランク以上のチームで、敵であるフロア・ガーディアンの強さも階層と比例して強くなったり、数が増えたりしてたはずだ。

 四つん這いやブリッジしながら襲ってきたマネキンが二足歩行になり、さらに武器を持って走り出したとなったら、次はどうなるんだよ?想像しただけでも恐怖を感じる。


 意思の疎通ができない、人型のモノと対峙する恐怖。今一人じゃないって事だけが唯一の心の支えだ。ひとりなら失禁ものだ。

 ちなみに俺たちには携帯トイレが手渡されている。

 催したらナインに一声かけて、簡易トイレに護衛されながら入るって寸法だ。


 にしても、この薄暗く湿った巨大迷宮に、有象無象のマネキン集団が俺たちに押し寄せてくる。

 このルートが一番楽で護衛しやすいって聞いたけど、他のルートはどうなってんだ?恐ろしすぎて考えたくないの。

 おそらく次は俺たちだけの塔登になるはずなんだけどさ、今は考えるの止めよう。うん、思考停止。


 恐怖と戦慄の中、俺たち生徒はナインが築いた瓦礫の山を避けながら進む。

「狐のお姉さんたちが先行してるのに、これだけマネキン部隊が湧いてくるって、このフロアにどれだけマネキンがいるんだよ」

 フォックスのメンバーが囮になり、大量のマネキンを引き連れて先行しているはずなのに、後方から追いかける俺たちの隊列に、前から、後ろから、はたまた横から無尽蔵に現れるマネキン部隊に襲われ続けている。

 マネキンの大群の猛攻に、生徒たちの恐怖に身をすくめながらも隊列を乱さず行進する。

 そんな側、ナインのメンバーは一糸乱れない連携でマネキンたちを丁寧に駆逐していく。

 

 さっきまで俺たちと雑談する余裕があったナインのメンバーだったが、フロア8に上がった途端、彼らもまったく余裕がなくなった様で、彼らから発せられる言葉のほとんどは、敵を探り、殲滅する号令だけだった。

 俺たちは身をかがめて、頭を抱えながら通路を進んで行く。

「ねぇ、天満、なんで俺たち武装させないで連れてこられたのかな? このフロアの場合さ、少人数の班に分けて、個々で武装して進んだ方が効率的じゃない?」

「そう言うけどよ、俺たち素人が参加したらナインの連携の邪魔にしかならないぞ」

 それほど、ナインの連携は精密でしかも手馴れていた。

 

「お前たちっ!!!そこで何しているっ!!!!」

 突然、シャオロンが後方に向けて叫ぶ。

 反射的に先頭の俺たちも、後方を振り向く。

 シャオロンが向かった先には、例の韓国組とその他数名の生徒がナインが倒したマネキンの残骸から光子剣のロッドを漁っていた。

「だって、これ宝の山ですよ、一本何百万もするんでしょっ!?」

「何勝手なことやってんだ!死にたいのか!」

 あのシャオロンが真剣に声を荒立てて叱ってるって事は、やっぱり守る方もそれだけ余裕が無いって事なのだ。


「呆れた、金と命を秤にかける、バカな連中」

 アリスはあきれた様子で腕組みしたまま、ため息と一緒に吐き捨てた。

 案の定、瓦礫を漁っていた生徒たちの足元からマネキンが数体這い出てきてふらふらと立ち上がる。

「ひっ!!?」

「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 まるで自己修復機能でもついているのか、マネキンは瓦礫の中でそれぞれ生きてるパーツで組み合わさり、まるで人形の死霊の様に再起動したのだった。

 立ち上がったボロボロのマネキンが生徒たちに襲い掛かろうとするが、動きが緩慢だ。

「ゾンビだ、ありゃあ」

「でも、ちょっと、数多すぎない?」


「全員、屈め!!、なるべく頭を低くしろっ!!」

 シャオロンが両手を広げて、再起動したマネキンの群れに向かって進む。

 俺たちは素直に屈んで様子を見守る。

「ああ、めんどくせーっ!!」

 フロア全体を覆っていた霧が天井付近で雲のように形成されていく。

「轟雷っ!!!」

 轟音と共に形成された雷雲から雷の雨が降り注ぐ、立ち上がったマネキンゾンビの群れに直撃する。

 ボンッ ボンッ と次々とマネキンが煙を上げてショートしていく。

「おっぐぅぅぅっ!!!」

 伏せている俺たちの身体も、まるで地面に押し付けられるほどの重力に当てられる。

「ぐぐぐっ、この雷っ!!やっぱり彼がが雷公レイゴンよ!昔のママとパパのチームメイトだった雷使いの雷公なんだわ!」

「うそ、シャオロン講師って、アリスの両親の知り合いなのっ!?」

 落雷が発生させた重力で地面にうっぷしたまま、完全に身動き取れないのに、余裕だなあの二人。


「湿度が高いこのフロアの空気中の水分を凍らせて、身体から発生させた電気を帯電させて雷雲を作ったのね」

 アリスは何事もなかったように立ち上がり、制服の汚れをチェックしながら解説する。

「痺れたというか、強い力で押さえつけられた感じだったね」

 ニヤも足の反動で、ひょいと立ち上がる。

「いやいや、痺れたぞ、全身の筋肉が異常にこわばって身動き一つできなかったぞっ!?」

 電気マッサージをマックスで全身に食らったような、あの感覚だ。

  

 数十秒経過して、やっと痺れが収まって、俺はゆっくりと立ち上がり、周りを見渡す。

 列の後方の連中は落雷の衝撃に巻き込まれることなく一部始終を見守っていたようだが、瓦礫を漁ってた連中は、まだ倒れたままで立ち上がることができない。

「馬鹿野郎っ!!!! 状況を見ろっ!! そして、物事をもっと俯瞰で観察しろっ!!」

 イライラしながら頭をガシガシと掻き、倒れている生徒たちに怒号を飛ばすシャオロン。

「あっぐぁっ・・」

 キム・ヨンウは苦悶の表情で倒れたまま、手を差し伸べるシャオロンを見上げる。

 他の連中も泡を吹いて気絶しているのか身動き一つしない。

 死んじゃった?とニヤが俺の耳元で縁起でもないことを呟く。

 講師が生徒を殺すかよっ!?思わず突っ込みを入れるが、ホントに死んでないよな?


 シャオロンはひとりひとりの頬を叩いて、生徒たちの無事を確認すると、いつものようにめんどくさそうな態度に戻る。

「お前らなぁ、物事をよく見ろっ!!お前らが命がけで漁ってたガラクタをよく見ろったんだ!」

 生徒たちは手にしていた光剣の柄を、講師に言われたまま観察する。

「フロア6で手に入るロッドとは比べ物にならないぐらい、フォトンソードとは名ばかりの粗悪品だ。素人目で見てもわかるだろっ!?」

 シャオロンの言葉に、俺たちも足元に転がっているロッドと、フロア6でソードのグラムにもらったロッドを見比べる。

 立ち上がったキム・ヨンウは光子剣を展開すると、まるで切れかけの蛍光灯のように点いたり消えたりする始末。

「何よ…コレ‥」

 キム・ヨンウは悔しそうに、粗悪品のロッドを投げ捨てる。


「重火器も酷いもんだぞ、生産スピードだけを重視した簡易な設計、質より量を重視した生産ライン、そして、破損したマネキンは互いを浸食することでまるでゾンビのように再生する・・・」

 講師はイライラを隠そうとせず、力任せにガラクタを蹴り上げる。

「このフロアよ、只々物量で敵が押し寄せてくるフロアなんだって事ぐらい分かるだろ?ここは進化の塔だぞ、前のフロアと今のフロアの状況から次のフロアを想像しながら登んだよっ!!」

 講師の言葉に、俯いて聞いていた生徒たち。

「すみませんでした。今後気をつけます」

 キム・ヨンウが素直に頭を下げた。

「すみませんでした!」

 他の生徒たちも釣られて頭を下げる。


 すると、やがて霧が晴れて周りの景色がハッキリ見えるようになった。

 そして気が付くと、フロア9へ上がる階段が目の前に現れた。


「まったく、一から十まで説明させんなって」

 と吐き捨てて、シャオロンはスタスタと階段に向かって振り返ることなく行ってしまった。

 


「なるほどね、ステアーズの進出によって、このフロアのマネキンロボットの生産が工場のキャパを越えつつあるのね、不良を改善しないで生産を続けるなんて、まるで人間の歴史をなぞってるのかしら?」

 アリスがつまらなさそうに、ガラクタ中からマネキンの顔面パーツを拾う。

「次のフロアは、リコールされて改善されたバージョンが出てくるって、考えられるわね、そう思わない安綱ちゃぁぁぁぁぁぁぁっん!!」

アリスはマネキンの壊れた顔面をお面のように顔に当てて、安綱に向かって走り出した。

「ちょっ・・・やめてよっ!!分かってても怖いんだよっ!!!」

 安綱は悲鳴を上げながら、アリスから必死に距離を取る。

 「もう、いいかげん不気味の谷の化け物は嫌なのぉぉぉっ!!!怖いの嫌なんだよぉっ!!」


「なんか安綱が普通の女の子に見えるね」

 ニヤ、それ聞かれたら、安綱に輪切りにされるぞ。





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