フロア5 バベルの門
フロア5に上がった俺たちは思わず声を上げてしまう。
「おおー、これはっ!」
まさに壮観の一言の光景だった。
遮蔽物がない、だだっ広い空間に一直線に敷かれた石畳、その先には直立巨石で組石された五つの門。イメージで言えばイギリスのストーンヘンジ【環状列石】を直線に並べたような印象だ。巨石に向こうには高さ20メートル以上の石材で作られた階段が聳え立っている。古代の遺跡のような神々しさを放っている。
「綺麗ね、これはちょっと感動モノだわ」
アリスの言葉は、きっとこの場にいた誰もが思った感想だろう。
この地球上にこんな空間があるなんて、にわかに信じがたい…まるでテーマパークのアトラクションの様に現実味がない。
「それにしてもさ、進化ギフが門をくぐると得られるって、なんで公表してないんすか?」
「こんなこと公表したら、駅前留学気分で、エボに語学留学に来る馬鹿どもが増えるだけだ。各国の要人やセレブたちがこぞって押し寄せてきたら、誰が面倒みるんだ?お偉いさんのお守するのがステアーズの仕事じゃねぇーからな」
辟易しながら吐き捨てるシャオロン講師。
「私たちのお守はしてくれるのにね」安綱がアリスに同意を求める。
「口ではめんどくさいって言うくせにねー」アリスと安綱二人でいたずらな表情でシャオロン講師を見つめる。
「小娘が大人をからかうんじゃないの、そんな簡単な問題じゃないだよ、本来は俺の仕事じゃ――――――――いや、何でもない」
そう言ったところで、シャオロンの言葉が詰まった。何か言おうとしたが首を振って、言葉にするのを止めてしまった。
「・・・ハハハハッ、君たちはまだ仮ライセンスだけど、ステアーズだからね、僕たちからしたら身内なんだ。だから守る価値がある。そして君たちが一人前になったら、今度は君たちが若いステアーズたちを守ってやってくれればいいんだ」
シャオロンの続きを埋めるようにチーフが付け足す。
「まぁ、そんなわけだ」とシャオロンが続けたが、何を言おうとしてたんだろう。
俺たちは、二列に整列して五つの門を順番に潜っていく。直線の石畳の通路をぞろぞろと進んで行くのだが、身体的に何か刺激があるかと思いきや、何も感じない。
一度門を潜ればギフトは授けられ、二度目からは何の変化ももたらさない…らしい。
「頭が痛くなったり、めまいがしたりするものだと思い込んでたけど、何にも感じないのな」
「本当に共通語が話せるようになったのかしら?」
「ねぇねぇ、アリス、なんか英語で話しかけてっ!!」
巨石の門をくぐり終えて、アリスの袖をつかんで、また子供みたいなことを連呼するニヤだが、俺も興味があったので、あえて止めないし、突っ込まなかった。
後ろにいた連中も同意見だったらしく、興味深くアリスに注目していた。
「そんなに、みんなでまじまじ見られると話しにくいわよ・・・・何を話せばいいのよ……」
俺たちだけではなく、後方から追いついてきた着いて日本国籍の生徒たちも、「俺も、私も」と集まってきていた。
外国籍連中は何事が始まるのか?と冷ややかな視線で見つめている。
アリスはそんな人だかりを見つめて、小さくため息をついて、いいわと始めた。
「えっとね……」
考え込むよいに、一度下を向く。
そして顔を上げて、深呼吸して。
「アンタたち!人のギフトを妬んでるんじゃないわよっ!!」
アリスは後方で冷ややかな視線を見つめていた外国人グループに指差して、大声で言い放った。
「はぁっ?」
いきなり外人集団に指さしながら放った一言に全員困惑した表情。
アリスの視線は真っ直ぐ、俺たちの背後の多国籍の生徒たちに向けてだった。
アリスのその声で、他所を向いていた生徒たちの視線が一気にアリスに集中する。
「OK上等よ!…」
再び深呼吸。
「あんたらさ、生物として二本足で立っている時点で、進化のギフトを手に入れてるのよ。分かる?」
相手の反応とか無視して一方的に話し続ける。
「その足を使って歩いて走って、自由になった手で何をするかなんて、個人の学習と修練以外何もないでしょうっ!?誰よりも絵がうまい人は、感性とそれを表現する修練を、誰よりも速く走れる人は、走る練習を怠らなかったから、その高みに立てたの。常識よね?」
「あんたたちは人に文句言う前に考えたかしら?ニヤや天満がギフトを使いこなすのに、どれだけの労力と時間を費やしたか?考えてないでしょ? 自分たちもここだギフトを得て同じ事をしなくてはならないのに…。いい?私たちに正面切って文句言えるのは、ギフトを持たないで、私たちと同じ場所に登り詰めた渡辺安綱ただひとりよ。欲しがるだけの人間がこの島で生きていこうなんて、少し考え甘くない?私はそんな甘ちゃんは、そうそうにこの島から立ち去るべきと思うんだけど、誰か反論あるっ!?」
一気に捲し立てて、い言い放った後、またまた深呼吸して。
みんなにニッコリと笑顔を見せる。
「なんて、イキって言ってみたけど・・・・・意味わかったかしら?」
言うだけ言ってスッキリした様子で皆に視線を送った。
「・・・・・・・・・・」
皆がきょとんとして、アリスを見つめ返す。
「んっ?伝わってない?あれ?おかしいな」
急に恥ずかしくなったのか、周りの反応に赤面して慌てる。
お前、そんな事思ってたのかよ。
というか、いつの話だよ。
エボ・タワーに入る前、バスを降りる時に、他の生徒たちに言われた言葉を思い出す。アレはニヤだけに向けられた言葉じゃなかったっけ?いつの間にか俺もそこに名を連ねていたのか。
アリスの熱い気持ちが胸に染みる。なんか無性にアリスを抱きしめたくなる。んなことしたらセクハラだって、ビンタ喰らいそうだけど。
「アリス、今英語で言ったのっ!!全部わかったし伝わった!! スゲー嬉しかったっ!!」
ニヤは迷わず、アリスを抱きしめる。
「ちょっ…っ!? ニヤくん、みんな見てるんだから!! 安綱ぁ、見てないでニヤ君を何とかしてっ!!恥ずかしくて死ぬ!」
ニヤに抱きしめられて、恥ずかしがった様子のアリスは安綱に助けを求めるが、安綱はというと、目をウルウルさせながらアリスに近づくと、両手を広げてニヤとアリスを抱きしめる。
「あんたサイコーかよ、アリスー大好きっ!」
「ねぇ、くだらない、友情ごっこは止めてくんない?」
「ああー、先頭でギャーギャー騒いでると思ったら、つまんねぇー」
「当たりのギフト持ってるからって調子に乗ってるけど、どうせお前らの母親は手当たり次第優秀なギフト持ちの精子を、毎晩毎晩ベッドで搾取した結果が、お前たちなんだろう?ぎゃはははは」
背後から、そんな辛辣な言葉でヤジられた。
「あぁ?」
こめかみの血管がブチッと切れたような気がした。
「誰だっ!!今言ったヤツっ!?噛み殺されたいんなら前出て来いよ!」
「天満ダメだよ」
俺よりも十分殺気立った顔してながら、ニヤが俺を制止する。
「嗚呼、悲しいねぇ、奇跡のような進化の力で言語が共通化したってのに、出てくる言葉は感動じゃなく争いかよ――――――――。キム・ヨンウ、パク・シフ、あとはリ・ミンソンか、言葉が通じるようになった途端、韓国勢が威勢がいいな。確か十二席、十五席、十七席、まぁ悪くないが出てくる言葉が妬み嫉みじゃ、言語進化した意味あるんかね?」
相変わらずやる気なさそうな表情だが、シャオロンがつらつらと三人の名前を挙げる。
「・・・・・・」
さっきまでざわついていた生徒たちが、一斉に押し黙る。
「なんだ、身バレしたとたんに委縮か?別にやめろとは言わんが。どうしても今言うべきことか?発言は自由だが時と場合を弁えろっ!!――――――――。それに天草天満、猫柳二夜っ! お前らも安い挑発に乗ってるんじゃねぇーよ、青臭いガキか?あぁ?」
おっさんにガキ扱いされて、カチンと来た。
「まだ未成年なんで、俺たち、当然ガキっすよ」
ガキがガキで何が悪いっていうんだ。仲間や家族を愚弄されて頭に来ない奴なんていないだろ。
「天草ぁ、あのさ、そういうのはガキの屁理屈って言うんだ」
シャオロンはそう言うと、背を向けてフロア6への階段を登り始める。
「怒るべきところで怒らないのが大人なら、大人なんてなりたくないっすよ」
シャオロンの背中に吐き捨ててみたものの、シャオロンは振り向かずに階段を登っていく。
「おうおう、青春だねぇ、青臭いこと言うじゃん天満」
安綱は上機嫌で俺に「うりうり」と肘で脇腹を小突いてくる。
「お前はギフト持ちじゃないから、腹立たないクチか?」
「違うわよ、シャオロン講師も言ってたじゃない、妬み嫉みよ、まじめに耳を貸すだけ馬鹿らしいわ――――――――。十二席、十五席、十七席よ、そんなの雑魚じゃん、小物が何吠えたところで私の記憶にも残ってない連中の戯言に付き合うつもりは無いわ。帯刀してれば刹那の瞬間に肉塊に変えられる相手の言葉なんて、雑音でしかないもの」
本気で怒ってんじゃんか、こいつ。
尋常じゃないない量の殺気を意図的に後方連中に放つ。
安綱の殺気に圧され生徒たちの集団が割れる。その中心に韓国人の3人が取り残される。
その3人を見つめて、アリスは悪戯に微笑む。
「やぁ、キム・ヨンウ、パク・シフ、リ・ミンソン、取り合えず、フロア10で君たちがギフトを得るまで休戦しようじゃないか、私たちの学生生活も始まったばかりよ。いずれこの問題は白黒はっきりさせましょう」
アリスもキッチリ名前を憶えて、彼女らに報復するつもり満々らしい。アリスと安綱のガチの殺気に当てられて三人の表情がこわばる。
「わっ、わかったわ」
おそらく、キム・ヨンウだろう、藍色の髪の女性が気丈に答えた。後ろの二人も背が高くてイケメンなのだろうが、怯えて実際の身長よりも小さく見える。
「天満、行くよー先生たち行っちゃったよ」
と言うか…。ニヤの切り替えの早さについていけねぇー。
ニヤはさっさと、階段に二段飛ばしでシャオロンとチーフたちの後を追っている。
「ちょっと、待てって!!」
俺たちも慌てて、ニヤの後を追って階段を登り始めた。
「どうやら、騒動も収まったみたいですね」
チーフがシャオロンの後ろについて、そのサイバーな外見に似合わない女性らしい動きで、首をかしげながら話しかけていた。
「若いからな、すぐに落としどころを見つけて前に進むさ」
大人の確執は簡単には解けねぇけどな…と、自虐的に呟く。
「それよりもぉ、シャオロンは生徒さんの名前と成績全員覚えてるんですか?凄いですねぇ、臨時とはいえ講師の鑑です」
「うるせーよ」
彼は振り返らずに、そう呟きフロア6へ向けて階段を登るのだった。
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