エボ・タワーに登ろう 其の一
「はいはい、んじゃ、まずは遠足に出かけるぞ――――――――。順番に表に来るカートに乗り込んでくれ、説明は、まぁー、おいおいするとしよう」
遠足って?・・・どこに連れていかれるんだよって、誰もが思っただろうけど、誰も突っ込まない。
「ハイハイ立ち止まらないで、はい移動!移動!」
シャオロン講師の号令に、みんなは無言でぞろぞろと講堂を出ていく。
なんか、従順というか、良い子ちゃんというか・・・。
全体的に冷めた感じと言うか…まぁ、一割帰って来れない理由も説明が無いし、この先の事も詳細は教えられないってのか、実に不親切だ。
さっきニヤに絡んできた連中も大人しいもので、言葉の意味わかってんのかな?シャオロン講師の指示に大人しく従っている。講師は流暢な日本語話してたけど日本人じゃなよな?名前がシャオロンだから中華系だと思ってたけど、それに生徒全員が日本語理解してるのか? 講堂に翻訳機あったけな。
無制限に湧く疑問に、戸惑っていた俺の脇腹を安綱が小突く。
「何やってんのよ、みんな行っちゃったよ、ほら早く、手足動かせっ!!ボーっとすんなデクの棒!」
「なんだよ!デクの棒って?小突くな!痛ってぇな!」
安綱は小柄な癖に力が強い。軽い突っ込みでも十分ダメージ通してくる所が実に可愛らしくない。
それにしても…何か引っかかる・・・違和感というか。
俺だけなのか、安綱も何も感じてないのか、俺の前をポニーテールを揺らしながらエスカレーターを駆け下りていく。
疑問を抱きつつ、俺も小走りで集団を追いかけた。
安綱を追っかけて屋外に出たら、停留所に停車していた十人乗りの電動カートが、ゆっくりと走り出したところだった。
あのカートは直系6キロを超えるタワーを移動するための乗り物で、上層階へ上がる《階段》までステアーズを運んでくれる。
アリスが俺たちを手招きで呼んでくれたおかげで、迷わず先頭車両に乗り込む。
どうやら成績順で先頭車両から順番に車両を振り当てられたらしい。俺たち四人は先頭車両でシャオロン講師と同席することになった。
「遅せーぞ、メガネ天草ぁ、渡辺も、そうやって輪を乱す奴が、仲間を危険にさらすんだぞー」と叱責したそばから「今日会ったばかりの俺が言っても説得力ないか?まぁ、良いんだけどさ、気をつけようや」
「みすません、気を付けます」
メガネ天草って・・・それに怒るんなら、ちゃんと叱ってくれよなぁ。
「………」
安綱は無言でシャオロンをひと睨みして着席。
そんな視線に気づいてるはずなのに、なんかやる気なさそうに、もういいから、早く座れと手をひらひらしている。
俺はニヤの隣に座ると、「怒られてやんのぉー」と嬉しそうに言う。
「うるせぇ、ニヤニヤしてんじゃねぇーよ、ニヤ」
「何それ、ダジャレ? うわっ痛いわ天満、痛いわ、おっさんかよマジでキモいんだけど…」
ニヤじゃなくて、アリスの隣にすわった安綱が反応する。それも激しい拒否反応のようだ。
ウォッホンッ
分かりやすシャオロン講師の咳払いで、俺たちはそろって黙り込む。
この電動カートは、まるでテーマパークのアトラクションように十台連なったオープンカートで、自動運行らしく運転手は居ない。
定期的にエボを周回していて、シティの右回り左回りの二種類があり、最終的にエボのフロア1の中心階段へ向かう。
まぁ、のんびりしてるというか、のほほんというか、緊張感が無くなってしまいそうだ。
今、俺たちがいる場所が宇宙から飛来した巨大構造体のエントランス部分だなんて、現実味が微塵にも感じられない。
ニヤはテンション高めで街を眺めている。
エボ・タワーの一階層部分は完全に人類が掌握し支配している。
「セレモニーの時は、ゆっくり見て回る暇も余裕もなかったからなぁ、俺たち殺されかけたし」
入口に入ったことすら気が付かなかったからな…半分気絶してたから…。
一階層の街並みは人類の手によって、近未来的な市街地化されていて、一見、最新のショッピングモールみたいだ。あの時は無人で、すべての店舗にシャッターが下りていたけど、今日は装備品の販売やアイテムの買い取りの店舗、レストランや道具屋、医院など多くの専門店が開いていて、通路には多くの人々が行き交っている。
クライムの準備をしているステアーズチームのブースでは、メカニックが装備の手入れや調整をしていて、油の匂いと金属の音が、モータースポーツのサーキットのピットに雰囲気が似ている。
エポ・タワー内だからか、行き交う人はフル装備で闊歩している人たちが大半だ。
「やっぱ、タワー内だと猫耳の人たち多いねー、まるで映画の世界に来たみたいだ」
獣人系のギフトは猫耳だけでじゃなく、あらゆる形状の動物耳の人が多く存在してる。
女性はまぁ、なんでも似合うんだけどね。男性だと何か人を選ぶというか?耳を選ぶというか?マッチョのおじさん猫耳は、ちょっと怖いな。
行き交う人々すべてが、テーマパークのキャストのように見えてくる。
「そうね。みんな馴染んでるから、制服姿の私たちの方がコスプレ感出てるわよね」
安綱が自分の制服をまじまじ見ながら言う。気に入ってないのか?
「先生ーっ!まさかですけど、私たち制服のままエボに登るんですか?」
アリスがシャオロン講師を捕まえ質問する。
「おーう、制服のまま、登るんですよー」
アリスの口調を真似して、オウム返ししたあと、しょーがねぇなと呟いた。電動カートのダッシュボードに付いているマイクを取り出す。
「あー、みんな聞いてくれー、今二席のアリスから質問を受けた――――――――。自分たちはこの制服のままエボ・タワーを登るのか!? と」
めんどくさそうに、マイクで説明を始めるシャオロン。
組んだ足を放り出し、背もたれにだらしなく寄りかかりマイク片手に説明するようだ。
「答えは、YESだ、装備無し、武器無しで、出来れば本日中にF10までクライム予定だ、OK」
「はぁー?10階層!」
後ろから誰が不満げに吐き出す。
シャオロン講師の発言に、俺たちの車両だけでなく、後方の車両からも同様に、どよめきが起こっていた。
「装備無しで10階は無理だろッ!? なんでそんな無茶するのか理解できませんっ!」
思わず興奮して、立ち上がって抗議してしまった。
「あー、メガネ天草ぁ、そんなに興奮しないの。さて、皆さんには安全にクライムしてもらうために、ちゃんと露払いと護衛を発注してあるので、ご安心いただきたい。遠足気分でエボ・タワーを登ってくれ」
「八十人を越える無防備の人間を誰一人かけることなく、10階までエスコートなんで、出来るのかしら?」
アリスは懐疑的な表情でシャオロンを睨む。
いや、さっきこの人、約1割は欠けるみたいなこと言ってなかったか?
「そんな怖い顔で睨むなよぉ、ほら、見えたぞぉ露払いと護衛チーム」
カートの行く先に、中央階段が見えた。ちょうど俺たちがセレモニーでサインした場所に彼女たちはいた。あのシルエットと忘れようがない、赤髪の狐耳にナインテール。
「シャオロンッ!!!遅いっ!!減点10だ」
そこには、仁王立ちした玉藻銀子が、複数の尻尾をパンパンと苛立たしそうに地面を叩きながら待っていた。その奥に同じような狐のしっぽのお姉さんが二人居た。
「八十八人引率してるんだ、数分の遅れは勘弁してくれよ」
「銀子姐さん、時間間違えて2時間も待ってたの」
「知らねぇーよ」
「うわ、冷た」
「はいはい、では、みなさーん、整列~、こちら本日の我々の露払いしてくださるチーム「フォックス」の皆さんでーす。SSランク銀子さんをリーダーにSランク二人を要するチームが皆さんに危害が加わる前に殲滅します」
玉藻銀子率いる「フォックス」は、現役ステアーズでありながらアイドルという異色ユニットだ。伊東刹那、豊川いづなは二人とも、狐のしっぽ4本持ちのSランクステアーズだ。
「アリスちゃぁーん、先日はよくもやってくれたわねっ!!あの爆発のおかけで、私のロッドが三本も壊れちゃったじゃない」
ジャラジャラと腰にぶら下げているフォトン・ソードの柄のことだろう。
あの爆発の中、この人無傷だったんだな。すげぇーな…俺なんか、背中丸焦げだったのに。
「あら、それはごめんなさい、えっと・・・弁償すれぱいいんでしょうか? 先輩」
カートからアリスが降りてきて、銀子さんの正面で腰に手を当てたまま仁王立ちする。
口では謝罪しているが、態度はその真反対だったりする。
「えっと、アリスさん軽々しく弁償とか言っちゃダメだよ、それ激レアの赤フォトン・ソードだから、安く見積もっても一本18万USドルはしますっ!!」
銀子の後ろから心配そうに、黒髪のショートボブの刹那さんがアリスに助言する。
「アリスさん、ホントに気にしないで、そのフォトン・ソードのドロップ狙いで私たち今回のクエスト受注したんだから、姐さんの戯言に付き合っちゃダメよ」
茶髪のセミロングを一つに束ねたいづなさんが、刹那さんとは反対側から顔を出して続けた。
「誰の戯言よっ!!?」
後ろの二人の頭を器用に尻尾で小突く。
「もっ・・問題ないわ、弁償して差し上げます」
アリスの家はお金持ちだろうが、アリスは寮暮らしが始まったばかりの学生だ。18万ドルっていくらだ? それが三本だろ? それにあれは常人では死に直結する戦闘のさなかの話だ。
俺だって治療費も慰謝料も貰ってないんだぞっ! 自然治癒した上に、俺のダメージの半分以上は味方から受けたダメージってオチなわけで。
「まぁまぁまぁ、アリスも落ち着けって、つまらないことで揉めるなよ、銀子さんにからかわれただけだって」
仁王立ちのまま、銀子さんを睨んでるアリスの前に入って仲裁する。美女同士が睨み合ってバチバチしてるのは、みんながシンドイはずだ。シャオロン講師なんてずっと見て見ぬふりしてるし。
「ちょっと、メガネ君っ!つまらないことって何よっ!?」
うお、火種がこっちに来たぞ。銀子さんは俺の腕を掴んで、自分の方に振り向かせる。
銀子さんがキョトンと、俺の顔をまじまじ見つめて、首を傾げた。
「って、君・・・・・誰?」
俺もその言葉で、死ぬほどの恥ずかしさが一気に噴き上がる。
顔が真っ赤になって変な汗が頭頂部から溢れる。
嗚呼、あの時・・・あの場所にいたのは、今の俺じゃなくて・・・狼男だったから。
「え・・・あっ・・初めまして…あの俺、天草っす」
「ぷっ・・あはははははは、何言ってるのよ天満」
思わず出た言葉に、アリスは噴き出した。
「天満、耳まで真っ赤だよ」
後ろで、ニヤと安綱まで爆笑する。
俺は気恥ずかしさで地面しか見れなくなり。
「ん?」
銀子さんは何がそんなにおかしいのか分からず、一人置き去りのまま、ずっと首を傾げたままだった。
「で、誰だったっけ?」
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