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魔王軍を壊滅させられた最弱の四天王は、神への復讐を誓ったようです。

作者: 凡仙狼のpeco


 ーーー本来いるべき社会に馴染めないヤツってのは、どこにでもいるもんだ。


 そう、自分のように。

 オメガは皮肉っぽく思いながら笑みを浮かべ、城の中から眼下の迷宮に目を向けた。


 侵攻してきた大軍勢が、この魔王城を目指して中に入り込んでいる。


 数の暴力で迫る人間たちを見ながら、オメガが無精ヒゲの生えたアゴを撫でていると、不意に後ろから声がかかった。


「どう?」


 美しく澄んだ声だが、声音にはどこか不遜な色がにじんでいる。


「順調に踏破してきてるよ。が、罠に引っかかりまくってる」


 笑えるよなぁ、と目を向けた相手は絶世の美貌を持つ同僚だった。

 

 赤い髪に、ゾクリとするような色香を放つ同色の瞳。

 細く尖った顎に、抜けるような白い肌。


 彼女は、頭以外の全身を覆う漆黒の鎧を身につけているオメガと違い、スカート丈の短いゴシックドレスを身につけていた。


 が、人ではない。


 羊のようにねじくれたツノと、背中から生えたコウモリの羽と黒い尾を持つ悪魔族である。


「あなたはいつでも呑気ね」


 呆れ顔の美女は、桜色の唇から牙を見せつつ形良く盛り上がった胸を張った。

 そのまま腰に手を当てて言葉を続ける。


「今、私たちが壊滅の瀬戸際にいるって分かってる?」

「そりゃ勿論だ、ツヴァイ。が、面白いモンは面白いだろ?」


 人生(・・)何事も楽しまなきゃな、と笑いながら、オメガはヒジを窓枠に置いてふたたび眼下に目を向けた。


 横にきたツヴァイは同じようにそれを見下ろした後に、鼻を鳴らした。

 そのまま興味を失ったように目をそらし、こちらの顔をマジマジと見つめてくる。


「何だよ? そんな見つめられたら欲情するだろ」

「場所を弁えなさいよ」


 オメガは目を細めたツヴァイに……自分の恋人である悪魔に対して、おっかねぇ、と肩をすくめた。

 彼女は真っ赤なマニキュアを塗った指先で自分の唇を撫でながら、ふぅ、と細く息を吐く。


「そうなのよねぇ。あなたって人間なのよね……」


 彼女は、自分の胸元辺りにヘリのある窓枠にヒジをつくと、頭をこてんと寝かせた。

 気の強そうな目でこちらを見上げて、少女のような美貌に笑みを浮かべる。


「ねぇ、向こうにつかなくていいの?」

「俺が?」


 オメガは、ツヴァイの言葉に面食らった。

 今さらそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。


「何の冗談だよ。魔王軍四天王の1人だぜ、俺は」

「一番弱いけどね」

「そりゃドラゴンや魔族に比べりゃなぁ……」


 ツヴァイのからかいに、口をへの字に曲げてみせる。


 最弱の四天王、オメガ。


 暗黒の剣技を使えはするものの、あくまでも人間として強いだけの存在でしかない自分に対して、口さがない連中が与えた蔑称だ。


 使うのは主に四天王の連中と、魔王に不満を持つ人間たちだ。


 オメガは戦災で両親と住んでいた村と双子の弟を含む家族を失い、魔王に拾われた。

 はるか昔の話だ。


 それから勇者を倒して征服を成し遂げるまでの間、ずっと人間らと敵対し続けた。


「今さら戻れるはずもねーなぁ……」


 オメガが戦乱を生き残り、また四天王にまで成り上がったのは、参謀としての力を魔王に認められたからだった。

 自由奔放なほかの四天王に代わって魔王軍全軍の指揮を執り、世界征服の後は治世の実務的な部分を担ったのだ。




 しかしーーーオメガの属するその魔王軍は、今まさに壊滅しかけていた。




 勇者を殺し、世界征服を成し遂げて手に入れた100年の平和。

 それをもたらした魔王による統治は、終わりかけている。


 それも他でもない、魔王が恵みを与えたはずの人間の手によって。


「まさかなぁ……勇者が死んだからって、今度は神が出張ってくるとは思わなかったよなぁ」


 参った参った、とオメガは笑うが、ツヴァイはその美貌を逆に憂いの色に染めた。


「人間たちを富ませるために、あなた頑張ってたのにねぇ」

「別に見返りが欲しかったわけじゃねーけどな」


 魔王の魔力によって歳を食わずに生かされてこき使われていたオメガだったが、別に魔王も、今敵対している人間たちも嫌いなわけではない。


 魔王は世界を征服したが、決して人間を虐げはしなかった。


 人間に狩られる魔族の苦境に立ち上がって逆に支配はしたものの、別に優位に立とうとしたわけではなかったのだ。


 ただ、平和を。

 そう望んだ魔王によって行われる統治が非情であるわけもなかった。


 だが、支配されることを良しとしなかった信仰者の願いを受けて、神はこの世界に顕現した。


 たったそれだけのことで、瞬く間に人間たちは神に呼応し……そして、この状況だ。


「まったく虚しい話だよなー」


 100年の善政も、ぽっと出の相手に潰されてしまうほどちっぽけなものでしかなかったのだ。

 それでも、オメガは笑った。


「ま、あいつらがそれで納得してんなら良いだろ。俺らも最初は支配権を奪い取ったわけだしな」

「……それで納得するの?」

「俺ら四天王と魔王以外の魔族連中は逃したし、今迷宮にいるのはお前の作った死霊兵団と、ドライの作ったゴーレム兵団だけだ」


 三人目の四天王の名を口にして、よっこいせ、と窓枠から体を起こしたオメガは大きく背中を伸ばす。


「後は、俺たちがここで殺されてやりゃおしまい。そうだろ?」

「良いのかしらね」

「良いも悪いも、魔王がこれ以上の争いを望まなかったんだから仕方ねーだろ?」


 これ以上魔族を傷つけたくはないと、秘密裏に魔族のために作り出した地下世界へと彼らを逃し、魔王はここで死ぬ決意を固めてしまっている。


「しっかしまさか、勇者の仲間だったヤツが今になって仕掛けてくるとは思わなかったな」

「あのクソ女ね。最後の最後まで、泣き叫んでいたものね」


 勇者イクス。

 人々の期待を一身に受けてオメガの前に立ちはだかったのは……生き別れた双子の弟だった。


 ーーー敵対する勇者として再会した彼を殺したのは、自分自身だ。


 弟……イクスは、自分の語った魔王の心を理解し、それでもオメガとの一騎打ちに臨んだ。

 そして破れた彼は『必ず平和を』と願いを託して死んだのだ。


 敵味方ではあったが、望んだことは同じだった。


「俺はあいつの気持ちに応えたつもりだったが、あの女にはイクスの気持ちは届かなかったんだろうなぁ」

「もともと、憎しみに凝り固まりそうな性格してたじゃない」

「違いない」


 笑い合うと、ふと今さらながらに気づく。

 もしかしたら、オメガとツヴァイのように、彼女はイクスの恋人だったのかもしれない、と。


 時の秘術により若さと命を繋ぎとめていたらしい賢者との直接の対話が叶わない以上、それはもう知るべくもないことだったが。

 

「……また、争いだらけの世界に戻るのかしらね」


 ツヴァイも起き上がりながら、赤い瞳で人間たちを見下ろす。


 罠に引っかかりまくっているとはいっても、人類側が団結して結集させた軍勢である。

 勢いは止まらない。


「結束した集団の力は強ぇね」

「あなたが昔、世界征服の時に証明したようにね」


 そもそもこちら側は向こうを傷つけるつもりもなく、罠は床がネバネバした落とし穴だの、転移魔法の魔法陣だのといった程度のものである。


 死霊兵やゴーレム兵も、抵抗していると見せかけるためのものでしかなかった。

 仮に全力で戦ったとしても、そもそも長寿で個体数の少ない魔族やドラゴンたちでは多勢に無勢だっただろうが。


「後は、奴らが城に来るのを待ってるだけでいい。今までで一番楽な仕事だわ」


 そう言いながら無精ヒゲの生えたアゴを掻いてアクビをした時、魔王の伝令としてガイコツ兵が現れた。

 オメガは恋人の顔を見下ろして、口のはしに笑みを浮かべる。


「お呼びだぜ。いよいよかな?」

「でしょうね。私も逃げたら良かったかも」

「今からでも遅くねーぞ?」


 わざとらしくため息を吐くツヴァイに、オメガはニヤニヤしながら言い返す。

 それを見て、ツヴァイは頬をひねってきた。


(いへ)ぇ」

「何よ、その顔は?」

(べふ)にぃ」


 しょせんは、自ら真っ先に、死ぬ役目を負う決死隊に志願した女のザレゴトである。

 連れ立って魔王の元へ向かうと、すでに決死隊の他2人が揃っていた。


 ゴーレム兵団を作り出した傀儡魔法の使い手である吸血鬼、ドライ。

 そして魔王城の門番であり、同時に魔王軍最強の魔龍、フィーアだ。


 ドライはフチのないメガネをかけた冷徹な面差しの美しい女吸血鬼で、フィーアも浅黒い肌のエキゾチックな美女の姿を取っている。


「揃ったかの?」


 壇上で、まるで威厳のない……片田舎で隠居している好々爺のような顔をした魔王、アインがニコニコと玉座に座っていた。

 白く長い髭を持ち背筋の曲がった彼は、足の間に杖をついている。


 しかし、彼の姿はあくまでも仮のもの。

 その本性は神に匹敵するとも言われる力を持つ、太古の昔より生きる混沌の巨人である。


「これほど迅速に揃うのは、なかなかに珍しいことじゃ」


 魔王軍四天王は、揃いも揃って時間にルーズである。

 しかし魔王アインの言葉に、ドライとフィーアが口々に答えた。


「茶番はすぐにでも終えてしまいたいですから」

「手加減抜きで暴れちゃダメ、ってのが面白くないよネ」


 二人とも緊張した様子はない。

 命のやり取りから久しく離れているとはいえ、魔王軍破竹の進撃の先頭に立ち続けた猛者たちである。


 平然としている四天王に、魔王がにこやかにうなずく。


「では、これより愚かな神との最終決戦……と、言いたいところじゃが」

「じゃが、なんだよオヤジ」


 ゼロは笑みを崩さないアインがこちらを見るのに、首をかしげた。


「先ほど、おぬしらを待つ間、少しドライやフィーアと話をしての」

「おう」


 なんかまたイタズラでも思いついたのか、とかなり茶目っ気のある魔王に、やれやれと内心で思っていると。




「ーーーおぬしを、この場から逃がそうという話になっての」




「……あん?」


 あまりにも予想外の言葉に、オメガが間抜けな声を上げるのと同時に、トン、とアインが床を杖先で軽く突いた。


 一瞬にして自分に対する束縛魔法が組み上げられ、さらにその周りに複雑な術式が立体魔法陣として編まれていく。


 時空転送魔法。


「てめーーー!?」


 オメガが顔を引きつらせると、さらに声が聞こえた。


「ついでに」

「お前もナ、ツヴァイ」

「な!? あが……!!」


 体を拘束されたまま、ツヴァイに目を向ける。

 彼女も、ドライとフィーアの魔法によって肉体を縛り上げられていた。


 しかも、彼女に掛けられているのは。


「封印魔法……!」

「うむ。前途有望な怠けも……働き者を、やはりこんな事で死なすのはどうかという話になってな」

「ちょっと待て、今怠け者っつったか?」

 

 働かない他の連中の代わりに、治世に粉骨砕身したというのに魔王の目には怠けているように映っていたらしい、と知って青筋を立てるが。


「冗談じゃ」


 魔王は、行動と裏腹に非常に軽い調子で片眉を上げた。

 口と瞳だけは動くが、全力で抵抗しているのに体は全く言うことを聞かない。


 すると、相変わらず冷たい顔のドライと、明るく頬に手を当てるフィーアが口々に言う。


「で、その怠け者と恋仲の悪魔も、大概目障りでしたし」

「ついでに力を封じて人間にしちゃおうかナ、って思ってさ☆」


 その二人に、赤く燃えるような瞳を向けて、奥歯を噛み締めながらツヴァイが呻いた。


「ふざけんじゃないわよ……!!」

「ワシらは大真面目じゃとも」


 うんうん、とうなずくアインに、オメガは怒りを抑えながら尋ねる。


「一体、何が目的だ? オヤジ……」

「別に大したことではないがの。どーせおぬし、ここにおっても役に立たんじゃろ?」

「役に立てようのしなかったのはテメェだろうに」

「そもそもおぬし人間じゃしのう。そろそろ親離れしてもよい頃合いではないかの?」


 どこまでも人を食ったような表情のアインの顔からその真意を探り出そうと、オメガは魔王の顔を鋭く見据える。


「笑えねー冗談だなぁ。子離れできてなかったのはテメェの方だろ? あんま調子に乗ってるとブチ殺すぜ?」

「おぬしが手を降さんでも、どうせすぐに死ぬわい。ひょひょひょ」


 揚げ足を取るような言葉と裏腹に、魔王の笑みは優しく、目は静かな光をたたえていた。


「今までご苦労じゃったのう。これからは、ツヴァイのお嬢と面白おかしく生きるが良いぞ?」

「オヤジ……」

「こんなの、あんまりです! 魔王様ァ!!」


 転移の魔法陣が完成し、ツヴァイの絶叫が辺りに響き渡る。


 どれだけ力を込めようと、拘束は外れない。

 分かっている。

 

 魔王が本気になれば、オメガに対抗する術などないのだ。

 ツヴァイも、同格の四天王二人の束縛からは逃れられない。


 ーーーだが、今こんな決断をするくらいなら、なぜ最初から全員で生き残ろうとしない?


 オメガの、状況を判断する頭だけは怒りで沸騰していても健在だった。


 それも、分かっているのだ。

 神に従う人々は、魔王を殺さなければ収まらない。


「……いいぜクソオヤジ。お望みどおり生きてやろうじゃねぇか」

「ほう?」


 どうあがいても、この場に留まることはできないーーーそう判断したオメガは、今まで全身に込めていた力を指先に集中し。


 魔王アインに対して、中指を立てた。


 情に脆く、常に自分の周りや世界を憂いていたこの甘いジジイは、最後の最後に必要のないところにまで情けをかけようとしたのだ。


「せいぜい、できる限り、面白おかしくーーー」


 拾われてからこっち、親代わりだった相手の遺言だ。


 が。

 『自分が殺されてでも平和を』と望んだご本人(魔王)がこの世に遺そうとしている男《自分》は……あいにくと、アインほどお人好しではない。




「ーーーテメェを殺した神を、始末するために生きてやる」




 魔王の作った安寧の上で生きていた人間どもが。

 どれだけ巻き込まれて悲劇を生もうが。

 その屍の上で、面白おかしく神を踏みにじってやる。


 ーーーだから先に、地獄で待っとけよ。


 その最後の言葉が、アインに届いたかどうかは分からなかった。

 転移魔法によって周りの景色が歪み……オメガは、ツヴァイとともに魔王城から追放された。


※※※


 転移によって閉ざされた視界がひらけた後。


 オメガが立っていたのは、寂れた小さな建物の中だった。

 広くはないが天井だけは高く、ひっそりとした静けさと、湿り気を帯びた人気(ひとけ)のない空気が漂っている。


 床には赤い絨毯が敷かれ、その上に等間隔に並んだ木製の長イスがあった。

 建物の奥にある三段ほどの丸階段の上には、天窓からの光を浴びて墓標のように一本の剣が立っている。


「聖堂、か……?」


 真っ白な柄に金の縁取りを持つ神聖な印象の剣は、緑の宝玉が埋め込まれていた。

 一番特徴的なのはその両刃の刀身で、乳白色の不可思議な材質でできている。


 柄と同色の鞘が、その脇にある支えに斜めに立てかけられていた。


「こいつはオヤジの采配か、あるいは単なる偶然か、どっちだろうな?」


 枯れた花輪のかかるその剣には、見覚えがあった。

 聖堂そのものは、誰かによって定期的に手入れはされているように見える。


 人は近寄らないが、朽ちてはいないその場所は。


「なぁ、イクス……」


 オメガは皮肉な笑みを浮かべて無精ひげを掻きながら、剣を見つめた。


 全人類の期待を背負い、戦い、そして破れた勇者の墓。

 墓標がわりの剣にかかる光が揺らぎ、問いかけに応えるように剣がきらめいた。


「敗者の末路なんてこんなもんか……」


 負けたとはいえ、人類の希望を背負って戦った勇者が眠っている場所なのに、それはあまりにも寂しい光景だった。


 不意に、横で呻くような声がして目を向けると、そこに華奢な少女がいた。


「う……」

「お目覚めか? ツヴァイ」


 顔を上げた彼女の、赤く艶めく長い髪の間にねじくれたツノはなかった。

 気配を抑えきれないほど身にため込んでいた強大な魔力も、同時に消え失せている。


 服装まで、強大な力を秘めた装備でなく村娘のようなものに変わっていた。

 そこでふとオメガが自分の体を見下ろすと、同じように強大な力を持つ装備が全て失せて、ただの黒い服だけを身につけている。


「参ったねぇ、どうも……」


 本当に、ただの人間になったようだ。

 オメガ自身は力までは奪われていないものの、魔王に下賜された装備もなく、指揮するべき軍勢すらいなければ、自分はただの暗黒騎士である。


 頭の後ろに片手を当てて、オメガはまたツヴァイに目を落とした。


「しっかし、えらく若くなったなぁ」


 20代前半の容姿にメリハリの効いた体をしていた彼女は、その少女のような美貌こそ健在だったが、10代半ばにしか見えない姿に変わっていた。

 腕や足もより細く華奢きゃしゃになり、胸元も膨らみも慎ましやかになっている。


「……こんな時まで、そんな軽口しか叩けないの?」


 彼女は冷たく目を細めた後、怒りと絶望をたたえながら拳を握りしめた。


「アイツら……本当に私を人間に……魔王様まで……!!」

「そうだなぁ」


 正直、ツヴァイはオメガの巻き添えを喰ったと言ってもいい。

 もし自分と通じ合っていなければ、今頃彼女も魔王と一緒に戦っていたはずだ。


「オヤジたち、死んだだろうなぁ……」


 この聖堂がどこにあるかは知らないが、おそらくは元々、オメガとイクスが住んでいた村があった王国だろう。

 魔力を封じられたツヴァイには転移魔法は使えないだろうし、自分はそもそも才能がない。


「ま、過ぎたことはしゃーねぇ」

「それで、いいの!?」


 起き上がったツヴァイは、オメガに掴みかかってきた。

 襟首を掴み上げる手には震えるほどの力がこもっているが、四天王の一角であった彼女本来の力に比べて……あまりにも、弱い。


「なんであなたはいつも通りなのよ!? 皆死んだのに! 殺した奴らの中で仲間としてのうのうと生きていけっていうの!?」


 だが彼女の瞳を輝かせる怒りは、その気の強さは健在なようだ。

 オメガはツヴァイの頭を撫でながら、微笑みかけた。


「誰もそんな事は言ってねぇよ、ツヴァイ。それにいつも通りに見えてるなら、俺サマも大人になったもんだ」

「……何ですって?」


 オメガは、力の緩んだ彼女の手を優しく外し、勇者の剣を示した。

 笑みを軽く自虐を込めたものに変えて、ツヴァイに対してさらに言葉を重ねる。


「過ぎたことはしゃーねぇのさ。俺サマが弟を殺したことも、神に従う人間にオヤジたちが殺されたことも、何もかも自らが望んだことだ」


 勇者の剣に向けて歩み出しながら、オメガは大きく両手を広げた。


「だが……ここから先俺サマがどう振る舞うかもまた、俺サマの勝手だ」


 魔王と弟が望んだ平和を、作り出すために働いた。

 そして人は、奴らの思いを踏みにじった。


「俺サマは今からオヤジの遺言通りに、面白おかしく……」


 振り向きながら、ニィ、と牙を剥くような笑みを浮かべて、オメガは弟の墓前に立つ。




「ーーー神への復讐に、生きるんだよ」




 そう、いつだって大事なのはこれから。

 どうせ過去なんざ、時間を超える魔法でも使わない限り変えられやしないのだ。


「その手始めに……俺サマは、勇者になる」


 オメガはそのまま、勇者の剣を握った。


「ちょっと!?」


 ツヴァイが焦った声を上げ、剣がカッと光を放つ。


「ぐぅ……!!」


 選ばれし者以外は手に出来ない、と伝承に伝えられる剣は、予想通りにオメガを拒絶し始めた。


 光が身を焼き、圧すら伴うそれが服の裾をはためかせて自分を吹き飛ばそうとしてくる。


「やめなさい! 死ぬわよ!?」

「俺サマは……もう、二回死んだんだよ……!! ぐ、ァア……!!」


 一度は、魔王の配下として生きると決めた時に。

 そして二度目は、魔王に従ってその生を終えると決めた時に。


 どっちも死にぞこなって、今、生きている。

 オメガは苦痛に呻きを上げながらも、意地で笑みを作り続けた。


 面白おかしく生きてる奴は、苦しい顔なんかしない。


 今、この瞬間を愉しむのだ。

 死の間際まで、足掻いて足掻いて、その果てに笑って死ぬ。




 ーーー俺サマが死ぬのは、ここじゃねぇ。




 死ぬならば、2度死にぞこなったどちらかで死ぬべきだった。

 まだ、生き抜かなければ。


 その為の、先を見据えた第一歩が。

 弟を死地に追いやった、この剣を従わせること、だ。


 ーーーそうだろ、イクス?


 強かろうが弱かろうが、関係などない。

 無力な子どもとして、最弱の四天王として、いつだってオメガは弱者の立場だった。


 ほんの少し力があろうが、周りにはもっと強い連中が常にいたのだ。


 そんな中でも生き抜けたのは、諦めない根性と、少しだけ先が見える小賢しい目と……仲間がいたからだ。


 ーーー強い仲間を集めるにゃ、ハクがいる。


「俺、サマ、に……」


 ーーー神を殺した後に。


「そいつを、寄越せ……!」


 ーーーオヤジとテメェが望んだ平和を作るにゃ。


「平和を、砕いた、神を、ニセモノだったと、思わせる……!!」


 ーーーそれが、必要なんだよ。だから。


「俺サマに、応えろ……イクスッ!!」


 言葉を発すると、剣の宝玉に別の光が浮かんだ。

 神聖な緑の輝きに、赤い色が混じって徐々に宝玉を侵食していく。


 同時に光の圧が弱まり、金の縁取りが銀と赤に変わっていった。


 そして、脳裏に一人の男の笑みがよぎる。

 自分そっくりの、しかし無精ひげのない顔。


 精悍な雰囲気を持ち、勇者の証である真銀の髪を持つそいつは、音のない声で語りかけてきた。


『出来るなら、やってみなよ。オメガ』


 光が止み、シュゥ、と自分の全身から白煙が上がる。

 グラリと崩れ落ちそうになる体を根性で踏ん張って支えたオメガは、ゆっくりと、勇者の剣を引き抜いた。


 視界にかかる伸ばしっぱなしの前髪の色は、変わらず黒だ。

 しかし銀と赤に縁取られ宝玉の色を赤に変えた勇者の剣は、もう、オメガを拒絶しなかった。


「やってやるよ、イクス……見てな。俺サマは、神に勝つぜ」

「オメガ、あなた……」


 振り向くと、青ざめて呆然としているツヴァイが唇を震わせていた。


「無茶ばっかしないでよ……信じられない、本当にもう……」


 安堵したのか、目じりに涙を浮かべたツヴァイは、それでも憎まれ口を叩いた。


「確かに無茶だったな。だが、手に入れたぜ?」


 剣を肩に担ぎ、全身を襲う火傷の痛みに苛まれながらも、オメガはへへへ、と笑みを浮かべて見せた。


「俺サマは、偽りの勇者イクス」


 ーーー弟の魂とともに、そう名乗る。


「テメェの恋人は……たった今、ニセモンの神から世界を救う使命を持つ男になったんだ」


※※※


 これは、やがて神への狂信から暴走し始める人々を駆逐することになる者が、生誕した時の話。


 後世に『復活の勇者イクス』として語り継がれる、しかし本当の経歴を闇に葬った最弱の四天王の、誰にも知られざる物語。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] ぜひ連載版も見てみたいと思いました。
[一言] 読んでとても楽しかったから、この先がダメだったのかな?
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