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最悪の襲来

 なぜ四乃崎が?


 俺は腕を組んで考えてみる。だが、考えるまでもなかった。


「……お見舞いか」


 おそらく……昨日のことに罪悪感を抱いた四乃崎は、布道先生に俺の住所を聞いたに違いない。そして布道先生は呆気なく教えたに違いない。あの人のことだ。面倒臭いから秒で教える姿が目に浮かぶ。


 ジッとそこで考えていた俺だが、やはり居留守を発動することにした。このドアを開けるということは、十中八九彼女を部屋にあげるということだ。正直、それはあまりしたくない。というか、絶対に嫌だ。願わくばお帰り頂きたい。別に見舞ってくれなくても良い。そんなことなどしてくれなくても、体は改善へと向かっている。


 俺はそう決めて、彼女が諦めて帰るまで様子を窺うことにした。


――ピンポーン。


 もう一度鳴らされるインターホン。


――ピンポーン。


 いい加減諦めてくれ。


「あっ、あの! 郵便でーす!」


 聞こえてきた声。バレてっから。


「しっ、新聞でーす!」


 郵便どこ行ったよ……。そんなスパンで代わる代わる来るわけないだろ……。


「水道でーす!」


 払えってか? 払ってるから。主に親が。いや、知らんけどさ。


 いろいろと下手くそな手段を用いてくる扉の向こうの四乃崎。あまりにも手段を変えてくるために、むしろ居留守がバレてるのではないかとさえ思えてくる。……いや、バレてても良いのだ。ドアを開けない限りこの部屋はパンドラの箱。シュレディンガーの猫なのだから。


「いない……のかな?」


 安アパートの扉は、独り言までもを容易に貫通させてくる。だから俺はジッと無言で観察を続けた。


 そしたら。


「仕方ない。……待つか」


 嘘……だろ。


 彼女は、扉を背にしてその場に居座り始めたのである。


「まじかよ」


 思わず呟いてしまい、すぐに口を閉じる。聞こえたか……? だが、そんな様子はなかった。ふぅと息を吐いてベッドへと戻る。そのうち諦めて帰るだろう。そうして俺は三度目の睡眠を貪った。


 そうして起きたのは既に窓の外が暗くなってから。部屋の灯りを付けて時間を確認すると19時過ぎ。体調が悪かったからなのか昼間に寝すぎたせいなのか眠りは浅い。それでも、体調はほぼ戻っていた。


「腹減ったな……」


 何かつくる気力はなく、簡単なものでもコンビニで買ってこようと決意して財布片手に玄関へと向かった。鍵を開けてドアを開き――。


「うわ!?」


 え……いや、マジかよ。


 ドアを引いたら四乃崎が後ろ向きに転がり込んできたのだ。


「お前……まだ居たのか」

「うっわ。やっぱ居留守じゃん!」


 しまった……。言ってから後悔する。だが時既に遅し。彼女は立ち上がって埃を落とすと、怒気を孕んだ視線で見上げてきた。


「なんで開けてくれないの!?」

「いや、むしろなんで開けてくれると思ってんの?」

「クラスメイトじゃん!」

「ただの、だろ。別に親しいわけでもないし、部屋に上がらせてやる義理もない」

「なにそれ。ふつー可愛い子が訪ねてきたら、無条件で開けるものでしょ?」

「お前……自分で自分のこと可愛いとか言うなよ……」

「は? 言ってないけど? 例えばの話じゃん? ほら、『普通は』って言ったし。それが私とは言ってないし」


 なるほど。『可愛い子が訪ねてきたら開ける』それが普通ということは、開けなかった俺にとって四乃崎は可愛くないということだ。ひどく頭の悪い言い回しだが、結果的にこいつは「私可愛くない」と主張していることになる……つまり、彼女の言うとおり言っていない……ということか。……なるほど、わからん。


 難解な思考パズルを放棄し、俺はため息を吐き出した。


「普通、可愛い子が訪ねてきたら無条件で開けたりしないぞ。むしろ、部屋を片付けたり、その子との会話をシミュレーションしたり、いろいろと悩んだ挙げ句、結果的に開けないのが普通だ」

「なにその普通……じゃあ、今までずっとそんなことで開けなかったわけ?」

「ほら、やっぱ自分のこと可愛いって言ってるじゃねーか。無自覚かよ。んなわけねーだろ。寝てたに決まってるだろ」

「はぁ!? こんな可愛い子放っておいて寝てたの? マジありえないんだけど」


 いや、結局そこは認めるのかよ……。もはや面倒臭くなってきて、俺は結論だけを彼女に突きつけることにした。


「もういいから……お前は可愛いよ。ただ、俺が他人を部屋にあげるのが嫌だっただけだ。これで良いか?」

「……お、おう」


 なんか反応が鈍い気がしたが、それは頭の隅に追いやる。用件が『お見舞い』だと言うのなら、さっさとここで済ませてしまえばいいだけの話だ。


「お見舞いは感謝する。部屋にはあげたくない。今から出かけるので、帰って欲しい。OK?」

「わ、わかった。ちなみに何処に行くの?」

「コンビニ」

「ふぅん。てか、独り暮らししてたんだね?」

「まぁな」

「高校生で独り暮らしって凄くない?」

「別に探せば他にもいるだろ」

「そんなもん?」

「知らんけど」


 巧みに彼女を外へ追いやり、自分も部屋の電気を消して外へ出てから鍵をかける。カチャリ。これで、ひとまずひと安心。アパートの通路を歩くと、その後を四乃崎は付いてきた。まぁ、放っておけばそのうち帰るだろう。


 そう思っていたのだが……。


――カンカンカン。


 視界の先にあるアパートの階段。そこを上がってくる足音が聞こえた。それは幾度となく聞いたことのある音であり、誰かであるかなど、見なくとも俺は瞬時に理解する。


「忘れ物した」

「……ん?」

「ちょっとこい」

「は? ……え? なに?」


 俺は踵を返し、四乃崎の腕を掴んで一目散に部屋へと戻る。急いで鍵を開けてからドアを開けると、その勢いのまま彼女との共に自室へと逃げ込んだ。


「ちょっ――」

「黙ってろ」


 真っ暗な玄関で俺は身じろぎもせずに言い放つ。察してくれたのか、四乃崎は黙ってくれた。聞き耳を立てていると、その足音は……やはり隣の部屋の前で止まり、その直後ドアを開ける音がした。


 パタン、そんな音が聞こえてくるまで、俺と四乃崎は固まったままだった。


「……なに?」


 暗闇の中で、四乃崎が声を潜める。声音には少しの恐怖が混じっている。咄嗟にしてしまったことだが、俺はかなり危ないことをしてしまったことにようやく気づいた。


「悪い。ドア開けるから、こっそりと部屋から出てくれ」


 言いながら俺は、手探りでドアノブを探す。


 だが。


――カチャリ。


 探しだす前に、ドアノブのロックが掛かる音が響いた。


「お前……何してんの?」

「侵入成功」

「……馬鹿なの? おいぃ……早く出ていけって」


 必死に声を潜めるが、四乃崎はドアの前から動こうとしない。


「おい……聞こえてるだろ? 四乃崎……さん?」

「ねぇ……なんかドキドキしない?」


 何言ってんだコイツ……。俺は驚愕した。その言葉には、今しがたあった恐怖の色が薄れている。いや、なんとなく声が震えていたのだが、妙に口調がハッキリとしていた。総じて、俺は四乃崎の思考が分からなくなった。


「状況……わかってるか?」

「うん……部屋に無理やり連れ込まれた」

「解放してやると言ってるのに何で鍵かけてんだよ……」

「逃げられるから」

「逃げて欲しいんだが」


 至近距離のせいか、もろに女の子特有の甘い香りが鼻腔をついてくる。安アパートの玄関は狭く密着度がすごい。普通なら恐怖を感じてもおかしくないはずなのに、何故か……見下ろした四乃崎の瞳には狂気が揺らいでいる気がした。


『……ん……あぁぁ』


 不意に、隣からそんな声がした。それにドキリとしてしまい、身体が無意識にピクリと反応してしまう。


「……女の人?」


 囁かれた声。……まずい、最悪だ。冷や汗が出てくる。


 その声は間違いなく葉連さんであり、彼女のことは四乃崎にバレたくはない。そして、葉連さんにも俺がクラスメイトの女子と一緒にいることはバレたくはなくて、それを成し遂げるには、ここからひっそりとフェードアウトするしかなかった。


 なのに。


「……誰なの? 隣の人」


 目の前の四乃崎は、それをさせてはくれないのだ。


「……お前には関係ない」

「その言い方……ふーん」

「……なんだ」

「別に」


 取り敢えず電気を。そう考え、ドアノブに回そうとした手をスイッチがある方へと動かす。


「――んんっ!」


 そしたら、急に四乃崎が卑猥な声を出したのた。なんて声出しやがる……。


「動いたら喘ぐよ?」

「おま……頭大丈夫か?」

「さぁ? それとも隣の人には、そんな声を聞かれたくない?」


 次第に目が慣れてきて表情まで分かるようになる。


 四乃崎は……こんな状況にも関わらず笑っていやがった。


「……」


 何も言えずにいると、その歪んだ口角がさらにつり上がる。


「ねぇ? 誰? もしかして……鹿羽くんの好きな人?」


 もはや恐怖だった。動くことができず、身じろぎさえも許されず、俺は暗闇の中で尋問を受けている。冷や汗は止まらなくなり、意識を壁の向こうにも向けているせいか、思考回路はショート寸前。月に変わってお仕置きしてやりたいが、あいにく月明かりは皆無だった。


「……教えて?」


 まるで口調だけは丁寧な脅迫だった。俺は浅く空気を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。


 もはや詰み。四乃崎のしたいことが分からない以上、四乃崎がここから話を進めようとしない以上、俺に為す術はない。


「……そうだ」


 観念する。どちらにもバレたくはない。だが、どちらかに絶対バレてしまうのなら、俺はコイツにバレた方がマシだ。


「……へぇ。やっぱりそうなんだ?」

「あぁ……だからお前と居るところはバレたくない。分かったらさっさと出ていってくれ」


 だが、四乃崎は追随の手を緩めなかった。


「ねぇ? 隣に好きな人が暮らしてるってどんな気持ち?」

「……拷問」

「壁薄いよね? ここ。聞き耳立てたりしてるんだ?」

「たまにな」

「それ聞いて興奮する?」

「……しない方がおかしいな」


 一度正直になってしまえば、そこからさきは無限大。もはや気持ち的には、俺の気持ち悪さに堪えかねて出ていってくれないかな? とまで願う始末。しかし、狂気に歪む四乃崎の声は弾み、楽しげな雰囲気さえ感じ取れた。


「告白した?」

「するわけないだろ。フラれたら住みづらい」

「そっか。隣は社会人?」

「大学生」

「歳上好きなんだ?」

「よくわからん」


 淡々と交わされる会話。もはや立て続けに聞かれる質問には、脊髄反射で答えていく。思考停止を復帰させようとはせず、むしろそのままで無心を極めた。


 そうやって答えていたら、不意に四乃崎の肩がぷるぷると震えていることに気づく。


 嫌な予感がした。そしてそれは、次の瞬間的中する。


「~~ッッ!!!」


 おい……。おいおい。


 そして。


「――ぶっ! …っははははははぶモガァ!!」


 爆笑した四乃崎。その口へと咄嗟に手を移動させたが、彼女は抵抗して手を振りほどき、腹を抱えて笑いだしたのだ。


「はははははははへへへ……っひ~! ッッはははははは!!!」


 オワタ。


 部屋に四乃崎の笑い声だけが響き渡る。

 それを俺は、呆然と聞くしかない。


 きっと薄壁の向こうにも届いただろう。これを男の笑い声とするにはあまりにも無理過ぎる。


 もう、止める気にならなかった。寸前で保たれていた秘め事は決壊してしまったのだから。


 だからもう……諦めて四乃崎の笑いが収まるまで待つことにした。


 その待つ間に、これからの事を考えようと切り替える。

 目の前の四乃崎は、気持ちの良いほどに笑った。もうそこまで笑ってくれるのなら、いっそのこと心行くまで笑ってしまえとさえ思えてくる。


 その笑いが止んだのは、隣から壁を殴る音が聞こえた時。確定でバレましたね、これ。


「……お前、一体何しに来たんだ」


 電気をつけ、無様に笑っていた四乃崎に問いかける。


 そしたら彼女は涙を拭いながら答えたのだ。


「はぁ……はぁ……。ごめんごめん、昨日のこと、皆に黙っていてもらおうと思ってさ」


 腹を抱えていた四乃崎だったが、今度は俺が頭を抱える番だった。


 んなこと言わねぇよ……。いや、別に話す相手もいねぇよ。


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