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その青春は腐り始めていた。  作者: ナヤカ


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32/35

これからのこと。

 謹慎期間は三日。


 気がつけばその期間はみるみるうちに過ぎ、明日は登校しなければならない。


 その為、アパートであるリナリア壮には前日の夕方に到着した。近くまで母さんに車で送ってもらったのだが、扉の前までは遠慮させてもらう。


 扉の前まできたら、絶対に部屋を見られるだろうから。


 自慢じゃないが掃除は苦手だ。部屋をひっくり返すが如く掃除なんかされたら、きっと死にたくなるだろう。男の独り暮らしなのだから仕方ないね。だから自慢は出来ないが落ち込むことでもない。


 特に荷物もなかったため、軽い荷物だけで部屋の前まできたとき、扉に誰か座っているのを見つける。


「……四乃崎」


 そこには、頬に絆創膏(ばんそうこう)を貼り付けた四乃崎がいた。


「……あ」


 なんて、アホ面しながら開けた口。見上げた視線がバッチリと合う。


「……何してるんだ」


「何って……帰ってくるの待ってた」


「俺を?」


「……うん」


「え……ずっと!? 今まで!?」


「ちがっ! ……その、さすがに昨日、一昨日は七時には帰ったし!」


 昨日、一昨日……。その単語に俺は苦笑い。


「鹿羽くんが悪いんだよ? あんなことして、私はもう遊ぶ友達もいなくなったし……」


 友達とは、姫川や屋久杉のことだろうか。


「周りから何か言われたか?」


「……言われた。「あんな男のどこが良いの?」って。いつの間にか私、春馬くんから鹿羽くんに乗り換えた感じになってたし……」


「それは俺が月島に言ったんだ。その方が、あの日のことを煙に巻ける」


「……うん。月島くんから聞いた。あの日……病院に行ったあと月島くんが来てて、それも話してくれた」


 月島は話したのか。


「検査は……大丈夫だったか?」


「うん。軽い打撲だって」


「そうか。……悪かった」


「ううん」


 なんとなく、気まずい雰囲気が流れる。


「春馬とは?」


「まだあれっきり。なんとなく怖くて……。春馬くんも私と会いたくないんだと思う」


「そうか……」


 仕方ないことなのかもしれない。春馬もそうとうショックを受けていたわけだし、俺なんかに女を取られたことになったのだから。


「まぁ、気にするな。今後しばらくは俺がお前の相手をしてやる。それで我慢してくれ」


 そう言って扉に近づくと、四乃崎は立ち上がって退いてくれた。


「その……あの時、鹿羽くんが言ってたことって、さ?」


「じゃあな四乃崎。また明日な」


「ふぇ?」


 俺は扉を開けると、そこで四乃崎と別れようとする。


 しかし、その扉は伸びてきた彼女の手によって止められた。


「……なに?」


「なに? じゃなくて……ずっと鹿羽くんを待ってた私を部屋にあげずに帰らせるの?」


「部屋にあげる……? なんでだよ」


「なんでって……私、その……鹿羽くんの彼女になったんだよね?」


「ん? まぁ、そうなるな。……彼女なら部屋にあげるのか?」


「あげると思うけど……」


「そうか……。お前は男の部屋なんかにはあがりたくないだろ? ……上がりたくない、よな?」


「彼氏の部屋だったらあがりたいけど……」


「彼氏……そうか」


 正直な話、実感がないというのが本音。それに四乃崎の自由を奪うという約束は、彼女が無茶苦茶しないための予防線でもあった。


 四乃崎は危ない。危ないものには監視が必要だ。だが、俺がずっと四乃崎を監視できるわけじゃない。だからこそ、目の届く範囲に置くための命令が必要になってくる。


 そして、それを実現させるためには……四乃崎が周りと隔離される必要もあった。


「ねぇ、なんで私にあんなこと命令したの?」


「あんなことって……ドッジボールのことか?」


「うん。あんなことをした意味。月島くんも分からないって言ってた」


「分からなくていいんだ……そもそも分かってたまるか」


「私には教えてくれないの?」


「教えてどうなる。それとも知りたいのか?」


「うん。知りたい」


 四乃崎は俺をまじまじと見つめてきた。


「……私が思う鹿羽くんなら、もっと別のやり方をしたように思う」


「別の?」


「うん。あの日のことを煙に巻く……。でもさ、そもそも本当にあんなことをする意味なんてあったのかな? って」


 見つめてくる視線が落ちる。言葉に自信がないのだろう。それでも、彼女はゆっくりと思考を開示し始めた。


「私は春馬くんに悪いことをしたと思ってる。告白したのは私の方なのに……彼を受け入れてあげられなかった。……あのまま私と春馬くんが別れていても、私が悪いだけで済んだと思う。なにも……鹿羽くんが悪者になる必要なんてなかった」


 自信がないというわけじゃなかった。声が沈んでいたのは申し訳なさからだったようだ。


 四乃崎は俺がしようとしたことをちゃんと理解していた。


 理解していたからこそ申し訳なく思ったらしい。


 なら、これは話してもいいのかもしれない。


「四乃崎。俺は……本気で悪者になるつもりなんてない」


「……?」


 傾げた小首。潜められた眉。


「それに……あれは誰も悪くなかった。悪者なんかいなかった。ただ、悪者がいたほうが都合が良かったというだけ」


「どういうこと?」


「悪者が必要だったんだ。だが、俺は悪者になるつもりはない」


「いや……答えになってなくない?」


 だが、それに俺は首を振った。


「なぁ、四乃崎。悪者ってのは……どこから悪者になるんだと思う? 生まれた時か? 悪いことをしたときか? それとも悪事がバレた時か?」


 唐突な悪者の定義についての質問をする。それはどこか、友達の定義にも似ている気がした。


 友達とはどこからなのか?


 生まれた時から人類みな友達なのか、誰かと遊んだ時なのか、それとも気づいたら友達だったのか。


 俺は三番目だと思う。


 気づいた時には既に友達だったからこそ、果たしてどこからが友達なのか? という命題が生まれるわけだ。


 つまり、友達の明確な線引きはなく、そしてその線引きがないことに疑問を持った時こそ、友達認定の線引きなのかもしれない。


 それを悪者に例えるのなら、やはり悪事がバレた時こそが悪者。


 逆に言えば、バレなければ悪者にはならない。


 しかし、バレなければ良いからといって悪事を働いていいわけじゃない。


 だからこそ、正しく生きなければならない、と大人たちは教えるのだ。


 ……うむ、話を戻そう。


「四乃崎、俺がしようとしていることはまだ終わってない」


「終わってない……?」


「あぁ。俺は確かに教師から罰を受けた。周りの連中はしばらく煩いだろう。俺の彼女になったお前にも、その影響はあるかもしれない」


「……うん」


「だが、まだ終わってない。俺はお前にした約束をまだ果たしてない」


「約束って」


「お前の不幸、それをまだ消してない」


「不幸……」


「そうだ。俺はそれを一緒に背負ってやることにした。だから、今度は俺が頑張る番だ」


 それでも四乃崎は不満げな表情を浮かべている。


 やはり、はっきり口にしなくては伝わらないらしい。


 だから、俺は抽象的な言葉は捨てることにした。


「今から卒業するまでに……俺は必ず周りを見返す。俺の彼女であるお前が、周りから何も言われないくらいの奴になってやる。それがどれくらいかかることなのかは分からないが、この約束は絶対だ」


 四乃崎が息を飲んだ。


「悪者になるつもりなんてないさ。俺は現在進行系で悪事を働いている真っ最中だ。俺が悪者になるのだとしたら、それを全て終えたあとの話」


 かなり強引な理論である気もしたが、もはや気にはならなかった。未遂でも罪になる、そんな返しが来ることを考えてしまいドキドキしたが、四乃崎がそんなことを言うわけはない。


 ただ……。


「プッ……! なにそれっ」


 吹き出して笑ってくれた。


「まぁ、取り敢えず成績トップでも目指すさ。それと生徒会長もな? 運動会やマラソン大会もあるし運動も始める」


 軽い口調で次々と目標を出した。だが、そこには確かな覚悟がある。


「俺一人じゃあ、そんなこと思いもしなかった。俺はそうやって生きてはいけないんだと……ずっと思ってたからな」


 俺は四乃崎と約束するときに諦めた。


 これまでやってきたこと、これからしていくべきこと、それらを諦めて頑張ることにした。


 そうしなくては、目の前にいた彼女はあまりにも壊れかけだったから。


 そのために、まずは"手にいれる"ことから始めただけ。


 そして手に入れてしまったのなら、頑張ることしか残ってない。


「生徒会長って……そんなこと本気で思ってるの?」


「思ってるさ。それに俺は、月島と春馬の弱みも握ったことになる。あいつらなら俺を生徒会長にするためによく働いてくれるだろうさ」


「……最低だ」


「だから言っただろ。まだ終わってない。これからだ」


 俺は四乃崎に一歩詰め寄る。彼女は後ずさったりしなかった。


 その華奢な首に手をやって、そっと包み込む。


「それまで……周りから何を言われようと一切気にするな。俺が全部覆してやる」


 彼女はその手にそっと触れ、静かに「うん」とだけ頷いた。


 その後、四乃崎は俺の部屋にあがりたいなどと駄々をこねたが、最後まで俺は折れなかった。


 そんな彼女は帰り際。


「――ねぇ、鹿羽くん。明日からまたお弁当つくって来てもいい?」


 なんて聞いてきた。


 無論、それには。


「堂々と作ってこい。もう文句を言う奴なんていないだろうしな」


 親指をたてて了承してやる。


「わかった! じゃあ、また明日!」


「あぁ……じゃあな」


 そうして、俺は四乃崎を見送った。


「さて、と……」


 ようやく部屋に入った俺は、そのまま机に向かう。


 四乃崎に言ったこと、それが決して簡単ではないことなど百も承知だ。


 それでも、やるしかない。


 机の引き出しから教科書を取り出す。開いたのはこれまでに習ったことではなく、これから習う授業範囲。


 点数を取らなければならないのは、これからだったから。


 これまでのことなんていつでも勉強できる。人はいつだって省みることができる生き物なのだから。


 それに……分からなくなったら必然的に過去を振り返るほかない。そうやって人は学んできた生き物でもあるのだ。


 がむしゃらなんてガラじゃない。空回りなんて四乃崎だけで十分だ。


 俺は、今できることを効率よくやるしかない。


 ページをめくる紙の音だけが響いていた。夢中で全教科の分厚い本たちに目を通していた。


 翌朝に分かったのは一つ。


 今後は目覚ましではなく、寝るためのタイマーが必要だということだった……。

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