最低なドッジボール
※胸糞です。
言わずもがな更新停止理由の最後になります。
ここまで書けたことに感謝します。そして、ごめんなさい。
そしてできるなら、あと数話だけお付き合い頂けると嬉しく思います。
ドッジボール競技における本質は、人の取り合いだと俺は思う。
小学生の頃、昼休みに行われていたドッジボールでは、そういった本質が如実に出ていた。
まず、チーム決めの時点からそれはあって、チームのリーダーが集まった人の中から好きな人を選出していくサバイバル式。
運動ができる者は早くに選ばれ、運動が出来ない者は残されていく。
後半では、彼らの押し付けあいにも似た選出になり始め、残される者たちは惨めな思いをする。
俺は運動神経が良かったから、そんなサバイバルからすぐに脱出していた人間だ。そして選出された俺が真っ先にチームに引き入れていた奴がいる。
悟だった。
悟は成績が良かったが運動神経は良くなかった。だから、俺が参加しないドッジボールでは、常に押し付けあいの一人になっていたのだ。
周りは彼を引き抜くことに不満を洩らしたが、俺は頑として譲らなかった。
あの頃は何も知らず、相手の事すら思いやれず、ただ、自分の我が儘だけを通していた。
そんな懐かしい気持ちになったのはきっと……久しぶりにドッジボールのコートに立っているからなのだろう。
◆
始まった一組とのドッジボールだが、コート内の味方がみるみるうちに減っていった。
二組の選手を見るが部活動生徒はほぼいない。際立っているのは月島くらいだろう。
なのに、こちらはボールを占有することすら出来ない。
やはり数の問題か。ボールはほぼ二組の内野と外野でやり取りされた。
そんな中、俺は四乃崎を盾にして生き残っていく。
女子に対して本気でボールを投げてくる男子はいない。もし本気で投げようものなら、周りからバッシングを食らうことが目に見えているからだ。
それでも、試合を終わらせるためには投げざるを得ない。
ただ、だいたいの女子は男子の投げるボールが怖くて逃げ惑うしかしないうえに恐怖からか背中を向けてしまう。
まぁ、だからこそ当たり判定は背中だけというハンデが通ってしまうわけなのだが。
そして、そんな四乃崎は決して避けようとはしなかった。ただ、ボールに向かって構えているだけ。
これは事前に俺が命令していたからである。
どれだけ味方の数が減ろうと、俺は彼女の後ろに立ち続けた。
それさえ怠らなければ、俺も四乃崎も絶対にコート外に出ることはなかったからだ。
そして……とうとうコート内には俺と四乃崎だけが残ってしまった。
「――頼む! 避けてくれ!」
相手の一人がそう叫び、威力高めのボールが飛んできた。だが俺は微動だにせず、やはり四乃崎は避けない。
「うわぁ……」
どこかから、そんな声が聞こえた。四乃崎がボールを取れず、彼女の顔面に直撃したからだ。
ボールは勢いが殺されてコート内に転がり、俺はそれを拾うと思い切り相手の一人に当ててやった。これでも中学生の頃は野球部だった。投げることに関しては、自信がある。
そして、顔を抑えてうずくまる四乃崎の背後に陣取る。
「四乃崎、ボールは向こうだぞ」
「……う、うん」
彼女は立ち上がって構え直す。
応援の声はなく、辺りは静寂に満ちていた。
誰もが悲痛な表情を四乃崎に向け、誰もが軽蔑の視線を俺に向ける。
誰も何も言わない。
だから……コート内に放置される選手たちは、試合を続けるしかなかった。
目の前で行われていることが如何に非道であったとしても、それを止められる者は少ない。
「おい、誰か止めろよ……」
「反則だろ、あんなの……」
呟かれる声は善のくせに、自分から行動にまで移せる者など殆どいない。
それでも、良心の呵責はあるのだろう。
「――わたし、先生呼んでくる」
名も知らない女子生徒が、どこかへと走り去っていく。それを俺は視界の端で見ていた。止められないから、止められそうな人を連れてくる。それが精一杯なのだろう。
目の前に立っている四乃崎は、ボールを取れず何度も取りこぼした。
足に当たったボールが、外野に転がることもあった。
上手く取れず顔面に当たることもあり、それでもガバガバなルールが彼女をコート内に縛り付けた。
上手く転がったボールは、俺が拾い確実に相手に当てた。
淡々と進んでいく試合。その時間の経過と共に、四乃崎はボロボロになっていく。
もはや、それは球技とは言えなかったかもしれない。
それを球技として成立させてしまっていたのは、止めようとしない周りの奴等だった。
なぜ、こんなことが起きているのか誰も理解できない。
なぜ、彼女が俺の前に立ち続けているのかを誰も知らない。
それを理解していたのは俺と月島と四乃崎だけ。
そして、彼らは『納得するために』こじつけるはずだ。
あとで知り得た情報を、都合よく解釈して。
そのために、俺は徹底的に四乃崎を盾にした。
こじつけた内容に悪人が登場できるように。
悪人は、強大であればあるほどに良い。
その方が、多くの者たちを被害者にできるからだ。
そして被害者には、優しくあるべきだと誰もが思う。既に傷ついた者に追い討ちをかける者は少ない。たとえそれが天罰だったとしても……自業自得の結果だったとしても……彼らは自分達の残虐性を棚にあげ、必ず優しく在ろうとするはずなのだから。
そのために、俺は悪人であり続けたのだ。
そんな最低なショーが終わったのは、生徒が連れてきた男性教師が介入した時。
ことのあらましを周りから聞いた男性教師は、躊躇いもなく俺を生徒指導室へ連れていく。
あとから聞いた情報では、四乃崎はそのまま検査のため病院に連れていかれたらしかった。何度も顔面にボールが当たっていたのだから当然の話だろう。
生徒指導室では、何故そんなことをしたのか執拗に問い詰められたものの、俺は「勝ちたかった」で通した。
途中、指導室に現れた布道先生は、事情を聞き悲しげな視線を俺に向けてきた。それでも感情に任せて怒ることはせず、最後に「自宅謹慎処分」だけを告げた。
俺は親元を離れていた為、電話で話を聞いた母さんが遠方から二時間ほどかけて学校にきた。
その車を俺はパトカーみたいだなと呆然と思った。犯人がパトカーに乗せられるときも、こんな気持ちなのだろうか?
車はそのまま実家に向かう。
その間、母さんとの会話はない。親との会話の仕方を俺は忘れてしまっている。それはたぶん、父さんと母さんも同じなのだろう。
神無月悟の死体が発見され、死因が自殺であったと分かり、一番仲の良かった俺は悪い噂を立てられた。そんな俺の親である父さんや母さんも、少なくない辛辣に晒されたはずだ。
そういった様々から逃げるように親元を離れたのに、やはり、俺は自ら囚われることを望んでしまう。
もはや病気にも近い。
「――栄進」
長い沈黙の車内の中で母さんが呟く。
「神無月さんからね、栄進が帰省したら家を訪ねるよう言われてるの」
「……家に?」
「渡したいものがあるんだってさ。あと、謝りたいとも言ってた」
神無月家には悟の葬式以来行っていない。あのとき、確かに悟の両親は俺に対して冷たかった。それまで何度も神無月家には遊びに行っていて、少なくない付き合いがあったのに、その時の態度は明らかに違っていた。
渡したいものとは何だろうか?
だが、それを考えることを俺は止める。
疲れていた。今日だけでいろいろなことがありすぎたのだ。
それでも、やれることはやりきった気がした。
心残りは四乃崎のことだけ。……さすがにやり過ぎただろうか。それでも、あとは月島が上手くやってくれるだろう。
彼女が今後、どう転ぶのかは分からない。
ただ、彼女もまた俺という悪人の被害者であり続けた以上、あまり責められることはないかもしれない。
最後の仕上げはまだ残っていた。
それを仕上げるには、短くない時間が必要だろう。
だから、今だけは休んだって良い。そうやって目を閉じていると車内の揺れが心地よく、いつの間にか俺は眠りについてしまっていた。




