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その青春は腐り始めていた。  作者: ナヤカ


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26/35

勝手過ぎた解釈

「――やぁ」


 俺がサッカー部の部室前に着いたとき、何故か月島が建物の壁に寄りかかっていた。


 そんな彼は、軽く俺に挨拶をしてくる。


 こいつは、何故こんなところにいるのだろうか……?


「四乃崎を借りていいか?」


「四乃崎さん? ここにはいないけど?」


 いや、もういいからそれ。


「分かってるから。どうせ中で春馬とイチャイチャしてんだろ? 仕事だ。そちらを優先させてもらう」


「あー……、姫川さんたちにはバレてたのか。まぁ、露骨過ぎたのはたしか」


 そう言って、月島はやれやれと肩を竦めた。


「お前ら全員グルじゃなかったのか?」


「僕と春馬だけだよ」


「お前と春馬……だけ?」


 その答えに、俺は違和感を覚える。


 だが、その違和感の正体を突き止める時間さえ惜しかったために考えることをやめた。


「……とりあえず通してくれ。邪魔して悪いが、俺も教師から四乃崎を連れてくるよう命令されてるんでな」


 そうやって部室への扉に向かおうとしたら、スッと月島は通せんぼ。


「何の真似だ」


「今は邪魔しないほうがいいよ。たぶん、二人やるところまでやっちゃうかもしれないし」


 やるところまでやっちゃう? こいつは何を言ってるんだ。


「お前、ここどこだか分かってる?」


「学校だね。正確に言えば、学校のグラウンドにある、サッカー部の部室前」


「部室でやっちゃうとか、本気で思ってるのか?」


「春馬次第かな? 四乃崎さんは春馬を試してる(・・・・)みたいだし」


「試す? 四乃崎がか?」


「あぁ」


 それから月島は言いにくそうに頬を掻いた。それから「まぁ、仕方ないか」と小さく呟く。


「……春馬から相談があったんだよ。付き合ってるのに四乃崎さんと恋人らしいことをしてない、ってね? 男として試されてるんじゃないかって」


「なんだよそれ。それとこれとが、どういう関係あるのかさっぱり分からん」


「まぁ、そうだよね」


 そして月島は苦笑い。


「……春馬はさ、誰とでも軽く絡むけど本人には自信がないんだ。やれば大抵のことはできるし成績だって悪くない。けど、自分がやりたいこととか、目指したいものがないから常に誰かに便乗するしかない」


「薄いってことだろ?」


「それ言っちゃうのか……。まぁ、端的に言えば……」


「オブラートなんかに包んでんじゃねーよ。あれ、本来は食べやすいようにする調理法だから。言葉なんか包んだら伝わりづらくて仕方ない」


「ははっ……まぁ、春馬はそういう奴なんだ。だから僕みたいな奴がいないと行動に移せない」


 さっきからコイツは何を言っているのだろう。


 俺は無意識に首を傾げてしまう。


 まず第一に、春馬と月島がグルだという点。


 これには四乃崎も混じってなければおかしい。


 何故なら、四乃崎が混じっていないと、おそらく今部室内で行われているであろうイチャイチャは、四乃崎の意志が含められていないことになるからだ。


「四乃崎から逢い引きを持ちかけたんだろ? じゃないと、お前と春馬が四乃崎を部室に拉致った形になるぞ?」


「まぁ、表現は悪いけどそれが近いかな? でも、四乃崎さんも分かってたと思うけどね? ……それで僕が、見つからないように見張りをしているというわけ」


「……見張り? いやいや、どこに見張り立ててイチャイチャする恋人がいるんだよ。それならそれで止めさせるぞ。ここは神聖なる学舎(まなびや)だ」


「おっと。だからダメだって。もう始まってるかもしれないしさ?」


「いやいや、そういうのは二人きりの時にさせろよ。家に親がいて出来ないっていうのなら、親の前でやらせればいいだろ」


 それに月島は顔をひきつらせた。


 それから、浅いため息を吐き出す。


「春馬と四乃崎さん……二人きりの時にそういうことがないらしいんだよ。自信がない春馬は強気に出れず不安がってる。……だから、こうして僕が協力しているんじゃないか」


「……ちょっと待て。それが二人の問題なのは分かったが、そこにお前が関わってる意味が理解できない」


「言っただろ? 春馬は自信がない」


「自信もなにも、二人は付き合ってるだろ」


「付き合ってるのに、そういうことがないから不安がってるんだ。四乃崎さんが春馬を試してるらしい(・・・)


「……らしい?」


「四乃崎さんに直接聞いたわけじゃないからね。でも、春馬はそう言っている」


 なんとなく違和感の正体がわかってきた。


 そして俺は、その正体が恐ろしい事である可能性に気付いてしまう。


「……なぁ、今お前と春馬だけがやってることって、四乃崎の了承は得てないんだよな?」


「そうだね。言質は取ってない。けど、普通は密室に男女二人きりって、想像つくと思うけどね?」


「それはお前の価値観だろ。知りたいのはお前じゃなく、四乃崎がどう思ってるのか、だ。……言質取ってないってことは、彼女が何も知らない可能性もあるということだよな?」


 月島の表情に、にわか不審な色が帯び始めた。


「……まぁ。でも……いや、これはただの押し問答になるね」


 反論しかけた月島だったが、寸前で降参。


「確かに……四乃崎さんが何も知らず部室に入った可能性はある」


「だろ? それと、さっきお前が言ってた"試す"ってなんだ」


「言葉の通りだよ。四乃崎さんは入学当時から恋人がいたらしいけど、その恋人さんとやっていたようなことを春馬にはしてこないらしい。……だから、四乃崎さんが春馬を試してる。春馬はああ見えても優しい性格で奥手だから、強気にでれるよう二人きりにさせてあげた」


 なんとなく読めてきた。


 あれか……四乃崎に恋人がいたという事実が、春馬を不安にさせているわけか。いや、だとしてもだが。


「そのためにサッカー部室?」


「ここなら僕が見張ってる限りバレることはないからね?」


「四乃崎が春馬を試してる根拠は?」


「根拠はないけど、春馬がそう言ってるんだから、そうじゃないかな?」


「……はぁ?」


 なんだ今の無責任な言葉は。一瞬聞き間違いかと思ったほど。


「四乃崎に全然その気がなかったらどうするんだ」


「告白は四乃崎さんからだと聞いてる。その気がないなんてことはないと思うけどね」


「お前……告白したから、恋人だから、で何でも許してたら世の中おかしくなるぞ?」


「でも、鹿羽くんは付き合ってる人がいたなら、その人に何かしらの期待はするだろう?」


「期待したとしても、こんな真似はしない。もし、四乃崎が嫌がったなら犯罪だぞ?」


「嫌がるかな? もし、仮にそうだとしても……春馬なら無理やりなんて――」


「お前、馬鹿だろ」


 俺は吐き捨てるように言った。それに月島はムッとした表情をするだけ。


「部室に連れ込まれて、外にはもう一人の男が見張ってて、強気に出られてなお、四乃崎が嫌がらないなんて確証がどこにある? 端から見たら普通の人間かもしれないが、その内面に悩みすらないなんて確証がどこにある?」


「……それは」


「恋人だから何していいわけじゃないし、付き合ってるから何でも許されるわけじゃない。お前は春馬のことしか考えてないから楽観的かもしれないが、四乃崎はそうじゃないかもしれない」


「だけど、二人は恋人だよ……?」 


 なんだその反論は。現実的じゃなさ過ぎてプリキ◯アかと思った。


「話にならないな。そもそも……春馬に自信がないからといって、お前が協力してること自体が間違いだ。そして、それを学校で行ってることも、今の時間にやってることも間違いだ。それを全部恋人だからで済ませられるのなら、俺はとっくの昔に童貞なんか捨ててるんだよ」


「童貞……なのか」


 その時、サッカー部の部室から声がした。


 それは聞き間違えようのない四乃崎の声。


 そして、彼女の声は明らかに拒絶を発していた。


「……おい、どけよ」


「……いや、そんな馬鹿な」


 俺は月島を押し退けて部室へと駆け寄る。


 だが、扉は開かなかった。


「お前ら……なんで鍵なんかかけてんだ」


「待ってくれ。鍵なら持ってる」


 月島が慌てたようにきて、ポケットから鍵を取り出した。


 ようやく状況が理解できたのか手が震えてる。中では四乃崎の声と春馬の声が争っていた。


 月島がなんとか鍵を差し込んで回すと、ガチャリと音が鳴る。そのまま扉を開いたとき視界に飛び込んできたのは……春馬と体操着が破けたまま泣いている四乃崎の姿だった。


「……或十」


「春馬、やめておいた方がいい」


「四乃崎……」


「……鹿羽くん」


 まずは話をしなければならない。


 経緯や原因を突き止めるのが先だ。


 だが……そんな光景を見せられて正気でいられるほど、俺の精神は熟していなかった。


 四乃崎は……俺が知る限り危ない女の子だ。


 簡単に身を投げるし、簡単に男の家の中に押し入ってくる。


 理想の自分を維持するためにあり得ない嘘を友達について、それを隠すために斜め上すぎる努力をしていた。


 そして……それら全てが彼女の空回りに終わる。


 それでも、彼女が望んだものはあった。


 身を投げるほどにショックだったことも、これまで突き通していた嘘を捨てたのも、すべては……春馬明次という男を好きになったからだった。

 

 なのに……なのに、だ。


 俺はもう一度春馬という男を見た瞬間、頭の奥でプツリという音を聞いた。


 まずは話をしなければならない。


 だが、それよりも、俺の頭の血管が切れる方が……何倍も早かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 長文すみません。気づいたらすごい長さに……((。´・ω・)。´_ _))ペコリ 何に対する誰の感じるえぐさなのか、もう数話進んだらちょっと振り返ってみたいです。 四乃崎さんの後悔か、 春…
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