馬鹿な女。これはきっと……自業自得。
※エグいです。
更新を停止させていた理由の一つになります。
まさか、オッケーを貰えるなんて思ってもみなかった。
告白は失敗すると思っていた。
……勇気を出せたわけじゃないと思う。
鹿羽くんに「終わり」だと告げられてから、自分にはそれしか道がないように思えただけ。
少しだけ自暴自棄もあったのかもしれない。
だから、すがり付いた先に春馬くんがいただけ。
「――私、春馬くんのこと好きなんだけどさぁ」
「まじぃ? つーか、それ本当ならちょー嬉しいんだけど」
何となくの告白に、冗談を交えた何となくの返し。
ヒメやエリリンが、それとなく彼に私の気持ちを伝えてくれていたらしい。だから、ふわふわした言葉でもふわふわした返しでも、雰囲気そのままで両思いになれた。
それはそれでよし。
「あー、なんか四乃崎って、普通に彼氏と上手くいってるんだと思ってたわぁ。なんだよ、それならもっと早く俺からアタックしたのになぁ」
照れながらも春馬くんは嬉しそうにしていて、前に冗談っぽく私の告白を断った彼は、私と架空の彼氏のことを想って断ってくれたらしかった。
優しいなと思った。
それでいて、照れながらも少し調子に乗る春馬くんが子供っぽくて可愛いなって思えた。
だから、嬉しかった。
その気持ちに嘘偽りはない。
好きだったから。うん、それは嘘じゃない。
そのことをヒメとエリリンに報告したら「良かったじゃん」と喜んでくれた。
持つべきものは友。告白が成功したのは、彼女たちのおかげもある。
それを鹿羽くんにも報告しようと思ったけれど……何故だか、憚られた。
何となく、それを言ってはいけない気がしたんだ。
彼の恋は成就しない。そんな彼に「春馬くんと付き合えた」なんて……言えるわけがなかった。
そして、私は正式に春馬くんと付き合うことになった。
でも、ふわふわした告白のせいなのか、なんとなく実感はなくて……きっと彼と日々を過ごしていけば、そのうち実感が沸いてくるんだろうなぁ、なんて思いこむことにする。
それでも、春馬くんとデートしてみたところで、気持ちに変化はなかなかなかった。
むしろ、どうして自分がこんなにも淡白なのか不思議で仕方なかった。
付き合うってこういうことなのだろうか? 私には正直、経験がない。
ただ、これまでネットで得てきたような知識とは、だいぶ違うことだけ理解する。
春馬くんもこんな感じなのかもしれない。
私たちの距離感は、付き合う前とあまり変わらない気がした。
そんな自分が嫌になる。
あれだけ鹿羽くんを振り回しておいて、いざ付き合えたら微妙。それは……鹿羽くんにも春馬くんにも失礼だと思えたからだ。
だから、もっと春馬くんを知ろうと努力することにする。
電話やLINEでのやり取りで、いろんなことを彼に質問した。
彼のことをもっと深く知れば、こんな気持ちはなくなっていくと思えたから。
でも、なかなか気持ちに変化はなかった。
なにか、キッカケさえあれば違うのかもしれない、そう思った。
変わらない自分の気持ちに焦りと不安があって、どうにかしたいけれどどうすれば良いのか分からなくて……私はいつの間にか、そういった事が起きることをどこかで願っていたんだ。
◆
「――部室に忘れ物した。四乃崎も一緒に行こうぜ」
球技大会当日。いつものメンバーで、役員も球技すらも放棄して遊んでいたその日。
グラウンドの隅でコンビニの弁当を食べていた鹿羽くんの後ろ姿を見送った後……春馬くんがそんなことを言い出した。
春馬くんが月島くんと、何か内緒話をしていたのは知ってる。
そして、なんの脈絡もない突然の部室……。
忘れた物が何なのか分からないし、私が一緒に行く意味もない。
それでも彼は、私に付いてきてほしいと言った。
得たいの知れない怖さがお腹の底からうねり上がってくるのを感じた。
「試合までには戻れよ?」
なんて月島くんが笑っていて、ヒメとエリリンは意味ありげにニヤついていた。
「春馬大胆じゃーん」
なんて、ヒメは私に囁きかけてきて、それに上手く笑って返せたかはわからない。
「いいなぁ、校内に彼氏いるって」
エリリンも、軽い気持ちで笑いかけてきた。それにも上手く笑い返せたかはわからない。
「あとは、任せな? 楽しんでおいで」
楽しそうに言う二人に……私は何も言えなかった。
そして、何故だか……鹿羽くんが去った方向を私は視線で追ってしまっていた。
「四乃崎早くこいよー」
「あっ……うん! 今いく!」
でも、もうそこに彼の姿はなかった。
私は"これが良いキッカケになれば"と思うことにした。
なんとなくの怖さはあったけど、それを乗り越えれば……私の気持ちは変わるのだと、信じこむことにした。
――でも。
ガチャン。
汗臭くて薄暗いサッカー部室。筋トレをするものなのか、冷たくて重そうな器具が埃を被っていて、予想はしていたけれど、春馬くんが鍵を閉めたとき嫌悪感で鳥肌がたった。
「忘れ物って……なにかなー、ねぇ?」
咄嗟の話題そらし。だけど、振り向いた時に見た春馬くんの表情に……私は強ばってしまった。
「いや、もう分かってると思うけどさ……忘れ物なんて、ないからさ」
春馬くんの表情がへにゃりとして、そのことに少し安堵して、どうしようか迷ったけれど、やっぱり怖さが勝ったから私は逃げようと思った。
「えぇー? じゃあもどろーよ」
なんて、笑ったまま彼のそばをすり抜けようとしたら、手首を掴まれた。
その強さに驚いてハッとしてしまった。
「あー、なんだ。その……俺らさ、まだキスとかもしてねーじゃん?」
「……そう、だね」
「デートとかはしたけどさ、恋人らしーこと……してなくね?」
「恋人らしいこと? えー、してるくない?」
「まったまたぁ! あれ? 俺、もしかして試されてる……?」
「試す?」
「いや、そういうこと四乃崎からしてこないからさぁ。なんか俺試されてんのかなぁって」
「全然。私そこまで意地悪じゃないよー」
「あーまじ? だったら良いんだけど」
「……うん」
そこで会話が途切れる。けれど、掴まれた手首は放されない。
「つかさぁ、結構俺……我慢してるくね?」
「……なっ、なにが?」
「いや、何って言われるとアレだけど……ほら、やっぱ付き合ったら付き合ったなりのことしたくね?」
「あー、わかった……かも。だよ、ね」
「そうそう! で、さぁ」
スッと彼が近づいてきて、反対の手が私の肩に触れて……そのまま春馬くんはキスをしようとしてくる。
それに私は、咄嗟に顔を背けてしまった。
「……えっ」
もしかしたら、そのことにショックを与えたのかもしれない。
それくらい、彼の声音は驚いていた。
「ちょっと待って。違う違う。……なんか、状況違うのかな? って」
「……状況?」
「うん。ほら、ここ学校だし。球技大会って言っても授業の一部みたいなところあるし」
「大丈夫じゃね? それに、誰も来ないから。鍵もかけたしさ」
「えー。でも、初めてとか、なんかもっと、さぁ」
「まじぃ? つーか四乃崎、ぜってぇ初めてじゃないじゃん」
「初めてってそういうことじゃなくて、その、春馬くんとは初めてって意味」
「あー、なる。まぁ、でも別に良くね? これから回数重ねたらたぶん、どーでも良くなるくね?」
回数……。彼がそう表現したことに、また怖くなった。
そしたら、春馬くんは少しだけ考えるように眉を潜めたあと、何か閃いたように「あぁ……」と洩らす。
そして、掴まれた手首が強引に引き寄せられ、私は流されるままに一歩進み……気がつくと春馬くんに抱きしめられていた。
「俺、こういうの柄じゃねーんだけど……ぜってぇ、四乃崎幸せにするから」
しっかりと抱きしめられ、そんな言葉を耳元にかけられる。
その時に、私は思ったんだ。
これは自業自得だ……馬鹿な私が招いたことなのだ、と。
格好つけるために彼氏がいるなんて嘯いて……そんな自分を守るために理想的な自分を演じて……都合の良いことだけで自分を固めて、なんの頑張りもしなかったくせに、与えられた結果には満足しなくて……。
だから。
たぶん、これは私が悪い。
きっと、春馬くんは悪くない。
ここで拒絶なんかしたら、彼に申し訳ない。
罪を犯した者には、罰が下らなきゃならない。
私は……きっとその報いを受けなきゃならない。
きっと、この嫌悪感が本当だったとしても……こんな状況を作り出してしまったのは私の責任なんだ。
だから、責任は取らなきゃならない。
「……うれしい」
言った言葉は、それなりに嬉しさを滲ませられたと思う。でも、その声は私のものではないような気がした。
吐き気がした。
「じゃあ……いいよな?」
ダメなんて……言えるわけがなかった。
「あー……うん……」
もう、そこに自分はない。
それでも、そう言ってあげることしかできなかった。
きっと、全て上手くいく。そんな希望的観測は、あまりにも弱々しい。
そのまま私は……春馬くんにキスをされた。
優しくはあったのだろう。触れた感触は、押し付けられたものじゃなかったから。
鹿羽くんもこんな感じだったのだろうか?
私が強引にキスをしたあの日、私はその瞬間をあまり覚えてない。
でも……だとしたら私はなんて馬鹿なことをしたんだろう。
彼には好きな人がいたのに……私とキスなんてしたくなかったはずなのに……私は、ただ怒りにまかせて……愚かな行為に及んだ。
ふと、葉連さんという女性の恋人役をやった彼を思い出す。
それを強引に提案したのは、私だった。
そして、彼はその役を見事に果たしたけれど……同時にあの人には彼の気持ちがバレてしまった。
なんて、私は馬鹿な提案をしたんだろう。
それが愚かだなんて、馬鹿だなんて、これっぽっちも思わなかった。
ただ、私はそれが正しいことなんだって思い込んでいただけだった。
こんなにも虚しいなんて、私には想像すらしてなかった。
ツーと、頬を涙が伝った。
それを見られたら……春馬くんを傷つけてしまうかもしれないと思って……止めようとした。
けど、涙は止まってくれなくて……抑えようとするばするほどに、息すらできずしゃくりあげてしまう。
そしたら、意識が遠くなってきて、震えた声は……微かだけれど、ハッキリと私の声だった。
「――いや」
「……なに? え、つか、泣いてる!?」
「……ごめん、やっぱり無理です。ごめん、ごめんなさい」
「……は? なに、急にどうしたん?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
彼が目の前で呆気に取られているのはわかった。それでも良いと思った。
そんな自分をいつまでも晒していられなくて、強引に部室を出ようとして――。
「ちょっ……待てって!」
「いやっ! 放して!」
「なんだよ! どうしたんだよ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「なんで謝ってるのか訳わかんねーよ!」
「ごめんなさい。また、今度話すから」
「……はぁ? 今ここで話せよ」
「ごめん、今は……無理です」
そうやって逃げようとしたら、ぐいっと強引に戻された。
もう、抑えつけられなかった。
一度溢れた感情を騙すことなんてできなかった。
私が悪い。私は最低だ。
でも、それでも……それだけは無理だった。
「おい、待てって!」
体操着が引っ張られ破けた。
恐怖が増した。
「言ってる意味わかんねーし、暴れたら気付かれるだろ!」
気づいて。誰か。この先はもっと謙虚になるから……!
ちゃんと、素直な子でいますから……!
私は……まだ……ッッ!
――ガチャリ。
その時、目の前にある部室の扉から解錠の音がした。
そして、扉が開いた。
まだ眩しい午後の光。そこにあったのは二つの影。
「……或十」
春馬くんが呟く。
「春馬、やめておいた方がいい」
一人は月島くんだった。
そしてもう一人は……。
「四乃崎……」
「鹿羽……くん」
私が傷つけたもう一人の人だった。
次、鹿羽視点。




