探索
午後になり、女子の部で行われるバレー競技のため体育館へ向かった俺だったが、やはり同じ役員であるはずの四乃崎の姿はなかった。
試合まではまだ少し時間がある。選手たちもまだ集まっていない。
なのに、布道先生だけは一足先に姿を見せる。
「――鹿羽」
彼女は俺を見つけると、名前だけを呼ぶ。
多くを語らずとも布道先生が俺に何を言いたいのかを理解してしまう。
「無理です。四乃崎は来ませんよ」
「連れてくるのが君の役目だ」
「今、どこにいるかも分からないのに……」
「それが競技大会の役員である君の仕事だろう? 試合までに選手を集める。……それは、試合までに四乃崎を連れてくることと大差ないはずだよ」
「役員って審判が仕事であって召集はあくまでも選手たちの任意のはずなんですがね」
「言い訳をするな。早く連れてきなさい」
有無を言わせぬ威圧感に、俺は反論することを諦めてしまう。
「……間に合わないかもしれません」
「その時はその時だよ。審判なんてのはルールを知っていれば誰にでもできる。だが、君にしかできないこともある」
「その言い方はあまり好きじゃないです」
「好き嫌いで仕事が務まるか。つべこべ言わずに連れてきなさい」
本気でため息を吐いてしまった俺だったが、布道先生に従うことにする。……正直、あてがないわけではなかった。
四乃崎がいるのは、おそらくグラウンドの方。連れていたのは春馬も月島。二人はサッカー部であり、エントリーしている競技もサッカー。なら、彼らを応援するためにグラウンドにいる方が自然。
俺は体育館を出てサッカーが行われるグラウンドへと向かう。
そこで周りを見渡していると、隅の方で姫川と屋久杉を見つけた。彼女たちを見つけることが出来たので、このゲームはほぼ勝ちゲー。あとは、四乃崎の居場所を聞き出し拉致するだけの単純作業。
だが。
「――あれ? 鹿羽じゃん」
「四乃崎は?」
「知らなーい」
姫川が俺に気づき、流れで質問をすると、屋久杉からはそんな返事が返ってきたのだ。
……知らない?
いや、これは嘘だろう。
俺には確信があった。
「役員である四乃崎を連れてこないと俺が怒られるんだ。居そうな場所だけでも教えてくれ」
「だから知らないって言ってんだろ? あぁ?」
屋久杉はムッとしたように俺を見る。その攻撃的な視線には竦み上がってしまいそう。
それでも、俺はなんとか堪えた。
「そ、そういうわけにもいかない。さっき俺が職員室に呼ばれただろ? あれは、役員なのに行方を眩ませている四乃崎に対してのことだった」
「知らねーよ、そんなこと」
それでもなお、しらをきる屋久杉。
本当に知らないなら、少しくらい考えるんだよなぁ。……なんで即答で「知らない」なんだよ。それは「知ってるけど教えなーい」と同じだから。
「ちなみに……春馬と月島は?」
「さぁねー? 試合なんじゃない?」
「一組のサッカーの試合はまだ少し先だ」
「そうなん? でも、知らなーい」
屋久杉が分かりやす過ぎる。彼ら二人の話になった途端、俺から視線を外してつまらなさそうな態度。
四乃崎が春馬と月島、あるいはそのどちらかと一緒にいることを俺は察してしまう。まぁ、春馬は四乃崎と恋人なのだから一緒にいたっておかしくはない。
もし、その二人が一緒にいるのなら、俺に邪魔させないよう嘘をつく理由にもなった。
なら。
「そうか。知らないなら仕方ないな? 他を探す」
「うん。がんばってー」
まったく応援する気のない頑張れに、俺は笑いそうになった。
「ちなみにだが……俺は四乃崎を連れてくるよう教師から命令されていてな? 普通の生徒が入っちゃいけない場所を探す許可ももらってる」
ピクリと反応したのは、やはり屋久杉だった。姫川はゆっくりと俺に視線を戻す。
「さっき、サッカー部の月島と春馬も一緒だったよな?」
やがて、屋久杉も俺に視線を戻してきた。
「その辺から探すのが常套句だろうな」
わざとらしく腕を組み、顎に手を当てて独り言演出。
それから。
「ただ、探し回っても見つからなかったら……それはそれで諦めるしかないだろうなぁ」
視界の端で、二人が目配せをしあっているのが見えた。
「そこで提案なんだが……」
そこでようやく、二人に面として向き合う。姫川は少し警戒しており、屋久杉には不安が滲んでいた。
「四乃崎が居そうな場所を知らないのなら、逆に四乃崎が絶対に居なさそうな場所を教えてくれないか? そこは排除して探索をする」
すぐに返答はなかった。
だから、俺は押すことにする。
「別に見つからなくたって良いんだ。俺が、一生懸命四乃崎を探したという事実さえあればな? それさえあれば、俺は怒られずにすむ」
やはり返事はない。いや、考えているというのが正しいのだろう。
俺はそれを待つことはせず、大げさにため息。
「ダメか。……俺は怒られるのが嫌だから、情報がないならないで心当たりを探すしかないな。とりあえず、心当たりがありそうな所を潰していくことにする。邪魔したな?」
そうして二人に背を向けた。
そうして、ゆっくりと彼女たちから離れようとしたその時。
「……待ちな」
獲物は、簡単に引っ掛かったのだ。
「なんだ?」
姫川の言葉に振り返る。
「居そうな場所は知らんけどさ……たぶん、サッカー部室とかには居ないんじゃない?」
「ヒメ!」
屋久杉が驚いたように姫川を見るが、当の本人はそれを制して俺を睨み付けていた。
「……そういうことなんだよね? 鹿羽?」
そこには、命令にも似たような意志が込められている気がした。
「どういうことかは知らないが、情報提供には感謝しておく」
姫川が舌打ち。だが、女子から舌打ちされるなど、俺にはわりと日常過ぎてダメージにすらならない。
「まぁ、そこは除外して探すことにする」
「ザッキィの邪魔したら容赦しないから」
「分かってるさ。お前ら親友だもんな」
「……」
俺は再び背を向ける。そして、ようやく二人から離れた。
向かう先はもちろんサッカー部室。
容赦しない? それで結構だ。むしろ、その方が良い。
俺は歪みそうになる口角を必死で堪える。
見つからなくたって良いというのは嘘だ。この世では、結果こそが重要視された。
努力した過程さえあれば、結果が間違っていても構わないなんてことはない。式が合っていても、答えが正しくなければいつだって採点はバツなのだから。
だが、正しい結果を出した者とは、必ず努力をしていた。
正しい過程こそが正しい結果を出すことを、彼らは知っているからだ。
だからこそ、俺は敢えて間違うこともできた。
そして、この世で一番強いものは正義ではなく、無論悪でもない。
正義か悪かを選択できる者。選択肢を多く持っている者こそが強い。
だからこそ、正義のために悪事をはたらき、悪のために正義を語れる者の方が強いのだ。
俺は四乃崎のことなど考えていない。布道先生が「連れてこい」と命令してきたこと、そして、連れてくることこそが、今の俺にとって正しい選択。
それはきっと今後の四乃崎のためでもあるのだろう。いや、それは偽善過ぎるのかもしれないが、それでも俺にはそう思えた。
頭は冴えていた。冴えすぎていた。
なのに。
俺は、四乃崎がサッカー部室で『何をしているのか』という所までの想像力が……このとき、圧倒的に不足していたのだ。
だが、それは屋久杉や姫川にも言えたことなのかもしれない。
四乃崎は、二人に対して『彼氏がいる』と嘘をついていた。
それを二人は……たぶん信じていた。
春馬と月島だって、それを疑っていなかったはずだ。
真相を知っていたのは俺と四乃崎だけ。
誤った情報は、常に正しい選択を見失わせる。
だからこそ、敢えて間違う俺こそが、結果的に正しくなることもあり得た。
だが、そんなことすら俺には想像できなかったのだ。
ただ、目の前で導きだした選択に、誰もが囚われすぎていた。
次は四乃崎視点。




