球技大会当日。
球技大会といっても、俺は役員であるため競技に参加することは殆どない。
仕事は競技における審判なのだが、選手たちをタイムスケジュールに沿って集めるのが実質の内容。
人気ある競技なら勝手に集まってくれるのだが、如何せん人気のない競技だと集まりがすこぶる悪い。
というのも……その競技は、やる気のない生徒たちが逃げ込んだ競技であるため。
そして、そんな競技の名前はドッジボール。
普段運動などしていない生徒が強制的にエントリーさせられるドッジボールは、もはや勝利を期待されることすらなく「どうせ敗けるなら早めに不戦敗でいいじゃん?」的な思考が先行するためか集まりが悪かった。
しかも、他の競技は決められた人数が揃わねば試合を始められないが、ドッジボールは最低限の人数がいれば始められてしまう。
それこそが、集まりの悪さに拍車をかけている原因でもあると思う。
俺と四乃崎は、そんな競技にエントリーしているやる気のない選手たちを学校中駆け回って集めなければならない。
その現象は他クラスでも同じであり、球技大会におけるドッジボールの勝敗とはもはや、役員が選手を集められるかどうかにかかっていると言っても過言ではなかった。
そして、役員であるはずの四乃崎は開会式から一向に姿が見えず、午前が終わったときに勝ち残ってる女子の競技は『バレーボール』しかなかった。
あいつ……。
ちなみにだが、男子では『バスケットボール』『ドッジボール』の二種目が順調に勝ち進んでいた。バスケットボールに関しては、クラス内にやる気を見せる男子が多くいたためにギリギリで体育館に向かって大丈夫。なんなら、選手である野郎共が待ちきれずに隅っこでワンonワンをやっているまであった。
こういうとき男って良いなぁと思う。目の前にあることだけに熱中できる馬鹿野郎な思考は、図らずしも周りを大いに助けてくれるのだから。
対し、女子はだいたい輪をつくって雑談をしているか、好きな男を応援するために別の場所にいるかの二択。
捜すことは男よりも容易なのだが、雑談に夢中になっている女子の輪に入ることも、応援に熱狂している女子に話しかけることも、男である俺には難しい。
そう。男だから難しいのであって、俺だから厳しいというわけじゃない……。
同じ役員である四乃崎が全然仕事をしないものだから、別の役員である女子生徒から「あの、代わりに選手呼んできてもらえますか?」などと頼まれ、見つけたクラスメイトの女子に話しかけたら「は? お前誰?」なんて辛辣を浴びせられたのは俺が男だからだろう……。決して俺がぼっちだからではないはずだ。そうだろう、そうなのだろう……そうであって欲しい。いや、そうであるべきだ!
その競技では集めることを諦めて不戦敗。その後も何度か四乃崎の代わりとして召集を頼まれたものの、全て集めるふりをして不戦敗とさせてもらった。
結果、午後になって勝ち進んでいる女子の競技は『バレーボール』だけだったのだ。いや、役員が機能してないのによくバレーボールだけ勝ってるよなぁ。むしろ凄い。
一仕事終えた俺は、校庭の隅っこで登校時に買ったコンビニ弁当を食べていた。
そんな時である。
「あれ? 君はたしか……」
一人の男子生徒が前を通りかかり、俺はそいつと目が合う。
月島だった。しかも、よく見ればその隣には春馬がいて、その隣には……。
「鹿羽じゃん」
呟いた姫川と屋久杉。そして、四乃崎の姿があったのだ。
「一人で何してるんだい」
月島の質問。それを俺は『みんなは友達と昼食を取っているのに、こんなところで一人なの?』という悪意的な質問へと脳内変換してしまう。
「見れば分かるだろ……」
「あぁ、ごめんごめん。弁当が見えなかったから」
できれば俺のことも見えなくて良かったのに。そしたら、俺だって気づくことはなかった。
会話を早く終わらせるために箸を動かす。『俺は昼食に夢中だから話しかけるな』という雰囲気を意図的に出す。
なのに。
「鹿羽くんは何の競技に参加してるん?」
空気が読めなかったのか、読む気がなかったのか、春馬が陽気に聞いてきたのだ。
「選手を召集する競技……だな」
我ながら寒かった。だが、春馬には刺さったようで「それ役員じゃね? うけるー」なんて大げさな反応をしてくれた。
月島は苦笑い。まぁ、それは許せた。何故なら、姫川と屋久杉が「こいつ何言ってんの?」的な冷たい視線を送ってきていたからだ。
「つーかさぁ、うちらのクラスって今どーなっての?」
そんな姫川が心底どーでも良さそうに聞いてきた。
「優勝じゃないのー?」
それに屋久杉が適当に答えた。まだ全試合終わってねぇよ……。というか、四乃崎いるのにクラスの勝敗知らないってどういうことだよ……。
チラリと彼女を見たら視線が合って、四乃崎はサッと逸らす。
本人にも罪悪感があるのだろう。だから、俺はそれには触れずに答える。
「女子はバレーだけ勝ち進んでるな……」
「すげーじゃん! あれ? てか、ドッジは? うちとエリリン選手なんだけど? まだ呼ばれてないんだけど?」
選手お前らかよ……。姫川が興味もないくせに発言し、屋久杉も「だよねー」なんて同意している。もちろん、興味なさげ。
そもそもの話をすれば「呼ばれてない」というのは間違っている。選手は試合時刻になったら集まってくださいと開会式で言っていたはずだ。だが、競技大会における選手たちは、役員に呼ばれてから集まるという風習があるために、彼らは時に役員に対して文句を言ってくるのだ。これが、役員が嫌われている大きな理由の一つでもある。
「つか、ザッキィが役員じゃね? うちらの出番はー?」
いや、もうドッジボールはないって言ったばかりなんだが。
「さ、さぁ? もう負けたんじゃん?」
「まじ? まぁ、別にいいんだけど」
もういいや……。俺は何か言うことも諦めてため息を吐いた。
彼女たちにとって、この球技大会というのはどうでも良いことなのだから。真面目に受け答えする俺こそが間違っているのだろう。
「ちなみに俺ら一組のサッカーは、順当に勝ち進んでっから」
隙あらば自慢話。あぁ、知ってますよ。サッカーの試合、初戦一組とでしたからね。
「春馬と月島くんいるのに他のクラスが勝てるわけないじゃん」
姫川の言うとおりだ。しかも一組のサッカー選手には、二人以外にも数人のサッカー部がいる。
点差はみるみる開き、試合後半などもはや遊びになっていた。
「俺と或十がいる時点で優勝確定だから! つーか、相手が弱すぎて咲夜に全然良いところ見せられてねーわぁ」
春馬はそう言い、隣にいた四乃崎の肩に手を回した。付き合っているという噂は知っていたから何とも思わない……はずなのに、少しだけイラッとした。それはきっと、俺がリア充ではないからなのだろう。
恋人という関係性に嫉妬しているだけなのだ。
「あー、でも、春馬カッコいいよ? ゴールも決めてたし」
「いやぁー、あれは或十のアシストあってだから! なっ? 或十!」
「決めた方が偉いよ」
「やっぱそうかぁー」
「ザッキィ跳び跳ねて喜んでたから。春馬にも見せてやりたかったなー」
屋久杉がニヤニヤしながら言った。
「えっ! うっわ、マジ?」
「う、うん」
はいはい。熱い熱い。謙遜するフリして自慢気な春馬。冷やかす姫川と屋久杉で、それに照れる四乃崎。
そして、そんな四乃崎に春馬も照れて、いつの間にか俺の目の前では、リア充集団の下手くそな茶番劇が開演。
見てて腹が立ったが、それに怒ってしまえば、みすぼらしいのは俺の方だ。だから俺は何も言えない。くそ下らないそれを見せられているだけしかできない。
「……お前ら、もしやる気あるなら男子の競技にも来てくれ。人数が揃わなきゃ最悪女子の参加もできるから」
それでも、俺はこの茶番を終わらせるために発言した。
「男子は何が残ってんの?」
「バスケとドッジ」
「あー、まぁ、気が向いたら行くわ」
来ないな、これ。……まぁ、別に良いんだけど。
そんな時である。
『――ザザッ。二年二組の鹿羽栄進は職員室まで来るように』
布道先生の声が校内放送で流れたのだ。
何かはわからないが、正直助け船。
「……なんか呼ばれたから、じゃあ」
食べ掛けの弁当を片付けて立ち上がる。この場から去る理由が出来てホッとしていた。
俺は彼らの挨拶などろくに確認もしないままに背を向ける。
そうやって職員室に向かえば、扉の前で先生は待っていた。
背後の扉には『生徒立ち入り禁止』の張り紙。中では、先日あったテストの採点が行われているのだろう。
そんなことを思いながら先生の表情を見ると……何故だか少し、怒っていた。
「君と四乃崎には、罰として役員を与えたはずだが?」
あっ……これ四乃崎が全然役員してないのバレてるや。
その言葉だけで察した俺は、次に「なら何故、俺だけを呼んだのだろうか?」という疑問を覚えた。
「四乃崎に直接言ってください。俺を呼んだのは間違ってますよ……」
「四乃崎が素直に応じると思うかね?」
「……さぁ」
肩を竦めて見せる。布道先生の表情は変わらなかった。
「……午後からは私も応援に行ける。その時に、四乃崎の姿が見えなければ、君にも追加で罰を与える」
「いや、なんでですか」
「連帯責任だよ。それに私は、仲間外れが嫌いでね」
「なら、俺が仲間外れにされてる普段の教室をどうにかしてくださいよ」
「む? 君が仲間外れ……? 冗談だろ? 君は仲間外れにされてるわけじゃない。自分から外れにいっているんだよ」
都合が良すぎる解釈。しかし、それは間違っていないために反論が思い浮かばなかった。
彼女は性格の悪い人ではあるものの、現状に関しては良く見えているらしい。……まぁ、だからこそタチが悪いのだが。
「これは命令だ。絶対に守りたまえ」
「あいつ捕まえるの、選手集めるよりも大変なんですけど……。それで不戦敗になったら本末転倒ですよ?」
「そちらの方が優先だよ。それで不戦敗になるなら、なってしまえばいい」
「応援するんじゃないんですか……」
「もちろん応援するぞ。……君をな」
もはや呆れるしかなかった。そして、何か言い返すことさえ出来なかった。
本当にタチが悪い……。
「言いたいことは以上だ」
「……はい」
「女子の部はバレーボールが勝ち進んでいるそうだからね。それは絶対に応援に行く」
「わかりました」
諦めて従う。まぁ、そこに四乃崎を連れていけばいいだけの話。
ただ、それだけ。
俺は職員室を離れ、近くの教室にある時計を見ると、もはや残りの弁当を食べてる時間はなかった。
午後一番に、二組男子のバスケの試合があったからだ。
俺は、食べ残した弁当をその教室のゴミ箱に捨てた。勿体なかったが、不思議と罪悪感はない。
たぶん、あまり美味しくなかったからだろう。
食べ物なんて腹を膨らませるだけのもの。
いつからか、ずっとそうだった。
そして、これからもそう在るべきだと思っていた。
だが……一時ではあったが、四乃崎の手作り弁当なんていう贅沢をしてしまったせいで、舌は肥えていたらしい。
350円ののり弁当。
それは、これまで食べた同じのり弁当のどれよりも不味かったのだ。




