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その青春は腐り始めていた。  作者: ナヤカ


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22/35

姫川との対話。そして腐食する。

更新が滞っていた理由について。


単純に、この先の展開を書くことが怖くなりました。それはこれから先、読み手に与えるであろう嫌悪感を考えてしまっての恐怖です。


私はそういった物しか書くことができません。甘い物語を書けるなら、そもそも私は文字の世界に踏み入っていませんでした。


それでも良いという方だけ、ハッピーエンドまでお付き合いください。よろしくお願いします。

 姫川(ひめかわ)雪那(せつな)。他校に彼氏を持つ四乃崎の友達である。


 そんな彼女から喫茶店にて告げられたのは、お門違いにも程があるお願いだった。


「――いや、俺別に四乃崎のこと好きじゃないけど」

「は? じゃあなんで弁当作ってもらってんの?」


 返された質問に少し躊躇してしまう。


「……四乃崎はなんて?」

「聞くわけないし。逆に何であんたなんかがザッキィにお弁当作ってもらってるわけ?」

「それは……」


 答えてしまうのは簡単だ。だが、それを彼女が話していない以上、俺が答えてしまっていいものか悩む。


 そうやっていると、目の前の姫川は頼んだラテを飲み一息吐いた。


「まぁ、そんなことはどーでもいいんだけど。あんたのせいでザッキィの評判が悪くなってんだよね」


 聞かされた噂の話。それは完全な風評被害にも近かったが、そうなってしまうのも仕方ないとは思った。


「あいつ春馬のこと狙ってるから、春馬に変な噂聞かしたくないんよ」


 言いながら、彼女はカチャカチャと残りのラテをスプーンで混ぜる。


「だからその前に……俺に諦めろってか」

「そー。ってかあんま驚かないんだね? もしかして知ってた?」

「……さぁな」

「ふーん」


 そうして彼女は、混ぜたラテの容器からそっと手を離す。


「まぁ、私が言いたいのはそれだけ。ザッキィと仲良くしてるならそれで別に良いけどさ、あいつの邪魔だけはしないでくれってこと」

「用件はわかった」


 そう答えると、姫川は不意に怪訝そうな表情をして……何も言わずに立ち上がる。


「なんか思ってたのと違うね」

「……なにが」

「あんた。もっとキショイのかと思ってた」

「もっとって……気色悪い部類には入ってるのか」

「はぁ? 当たり前じゃん。友達居ないとか終わってるから」

「そうですか……」


 彼女は平然とそういった物言いをする。そこにはオブラートの欠片もなく、悪気なんてないのだろう。


「んじゃ」


 だから、笑顔でそう言えるのかもしれない。それに俺は、手だけ上げて応えておいた。


 姫川が居なくなった卓。彼女は飲んだラテ代すら置いていかなかった。きっといつもは彼氏が払ってくれてるんだろうな、そんなことを容易に想像できてしまうほどに、彼女はあっさりと店を後にしたのだ。


 残された俺は考えてみる。


 そして、結論は確かに姫川と同じだった。


 四乃崎が好きなのは春馬だ。なのに、助けてもらったお礼として俺に弁当を作ってくれている。俺はそれに甘えていて、彼女がどんな形で噂されているかなんて想像もしなかった。


「潮時だな」


 ポロリと口から出てきた言葉に、自分で笑いそうになる。


 たぶん、俺は自分が思う以上に甘えていたのかもしれない。葉連さんに想いを悟られて傷心していた。平気なフリをしていたが、平気なわけがなかった。そうやって空いた穴をどこかで埋めようとしていたのだろう。偶然そこに四乃崎が入ってきたから……そうやって忘れようとしていたのかもしれない。


 結局、俺は四乃崎を都合よく使っていただけなのかもしれない。


 そう思えば、己が如何に下卑(げび)た存在であるかを思い知ることが出来た。


 噂は所詮噂だ。だが、それに踊らされる者はいる。火のない所に煙が建たぬと同じで、信憑性などなくとも人はその煙に巻かれてしまう運命にあった。


 そんなこと分かっていたはずだったのに……。


 俺には、姫川のお願いを断る理由がどこにもなかった。


 そして、その願いを俺が聞き届けるには方法が一つしかない。四乃崎が弁当を作ってくれるのは、あくまでも彼女の好意に過ぎないから。


 ……だから。


――翌日、そのインターホンはいつも通り鳴った。俺はドアレンズから、訪ねてきたのが四乃崎であることを確認すると、鎖のロックは外さぬままに数センチだけドアを開ける。


「あれ? まだ着替えてないじゃん」

「……あぁ、まだ支度してないからな」

「そうなん? どのくらい掛かる?」

「さぁな。先に行っててくれ」

「ふーん。じゃあお弁当だけ……」

「いらない」

「……ん?」


 溢れた疑問に、俺はハッキリと返す。


「もう止めとけ。変な噂されてるらしいぞ。俺たち」

「……噂?」

「なんでも、お前が俺を彼氏のストックにしてるって」

「ストック……? は? なにそれ? 意味分かんないんだけど」

「俺も知らねーよ。ただ、毎日毎日弁当なんか渡してたら、そう思われても仕方ないかもな」

「そうなんだ……知らなかった」

「だからもう止めとけ。お前が好きなのは俺じゃないだろ」

「……まぁ」

「だからここで終わりな。お礼としては十分だから」

「そっか。……なら、良いんだけど」

「今までありがとな。じゃあ」

「あっ、ちょっと!?」


 だが、俺は待たずして扉を閉めた。扉がドンドンと叩かれる。それでも開けることはない。その音が鳴りやんだ後にレンズを覗くと、やはり四乃崎はまだそこにいた。


 遅刻するギリギリまで家に引きこもる。それが彼女のためだと言い聞かせて。


 結論から言うと、俺はその日遅刻した。


「――鹿羽、言い訳は?」


 朝礼の途中から教室に入ると、布道先生に睨まれるが力なく「すいません」とだけ頭を下げる。


「寝不足か? テスト勉強でもしてたのか? それなら許してやるが」


 あぁ、そういえばもうすぐテストか。チラリと視線を四乃崎の席に移すと、彼女はこちらに見向きもしていない。


「……テスト勉強で寝坊しました」

「なら許す」


 露骨に与えてもらった選択肢によって、何事もなかったかのように席に着く。布道先生は、そうやって逃げ道を作ってくれる優しい一面があった。

 真実は問わず納得できる形に納める。それは社会的に見れば悪いやり方なのだろうが、それで救われる人もいる。真実って時に残酷だから。


 ……みんな我が儘なのだろう。納得できたなら真実を探ろうともしないくせに、納得できないと真実を知りたがる。そうやってたどり着いた真実を信じられなかった時、人はそこに悪を与えた。


 もう、四乃崎がお弁当を渡してくることも、話しかけてくることさえなかった。


 それはそれで良いのだが、少し寂しい気持ちになる。


 そして、そんな自分にまた(・・)笑ってしまいそうになるのだ。


――自分で拒否したくせに、と。


 改めて思う。人は我が儘だ。


 俺が四乃崎に伝えたかったことは正しく伝わったようで、その日から彼女が俺に話しかけてくることはなくなった。

 平凡な日常が再開し、日々の話題はテストの内容へと移り変わっていく。


 俺は放課後に図書室で勉強してから帰り、四乃崎はいつものメンバーで絡んでいて……。


 何もかもが元通り。


 ある日、廊下ですれ違った姫川から「ありがとう」とだけ言われた。返す言葉は見付からない。そもそも「ありがとう」が適切なのかも俺には分からない。


 まぁ、感謝の気持ちだけは貰っておくことにする。それで良いじゃないか、と俺は俺自身を納得させて(・・・・・)


 そんな日々の中、ある噂を耳にしたのはテスト期間中。



――二組の四乃崎と、一組の春馬が付き合っている。



 どうやら、四乃崎の告白は成功したらしい。


 あれよあれよという間にテスト期間は終わり、話題は球技大会へと移り変わった。


 役員である俺と四乃崎が召集されることが多くなり、顔は合わすが会話はなく。


 ただ、四乃崎が春馬と付き合えたなら、もう露骨に縁切りする必要もないだろう。


「よっ……」

「あー……、よっ」


 なんて、お互いにぎこちない挨拶だけ。それ以上は何もない。


 当たり前だ。何もなくて普通なのだから。


 それが在るべき本来の形なのだから。


 俺と四乃崎は、何かあるべきじゃない。


 これで良かったのだ。


 そして役員会議が終われば、俺も四乃崎もそれぞれの日常へ。


 期待していたわけじゃない。


 何かを願ったわけでもない。


 むしろ、これこそが俺に与えられるべき青春だと言い聞かせる。


 正解を導きだした。その実感が俺にはあった。



 なのに。



「……はぁ」


 心はひどく空虚だった。

 

 それは、甘い考えを無意識に考えていた馬鹿な自分への報いなのだと思った。


 そして、時が経てばこの感情すら薄れるのだろう。色褪せて、忘れ去られるのだろう。


 人は軽薄だ。


 他人のことをいくら口にしたところで、結局可愛いのは自分だけだ。


 自分さえ良ければそれでいい。それこそが、人の本質だ。


 なのに。



 球技大会当日、その事件は起きたのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 思春期の複雑に屈折して、何がしたいのかもよく分からないような葛藤が説得力を持って伝わってきて、知らぬうちにひきこまれてしまいます。 [一言] 特に好きな作品でしたので、ずっと更新を楽しみ…
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