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その青春は腐り始めていた。  作者: ナヤカ


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16/35

修羅場

 日曜日。葉連さんが待ち合わせの指定をしたのは、とある駅前の広場。

 今日は葉連さんに言い寄っているという先輩に会うのだ。


 四乃崎の助言もあり、結局葉連さんの彼氏役を引き受けた俺は少し緊張して待っていた。彼女は引き受けた俺に対して驚いていたが、嬉しそうに「ありがとう」だけを言ってきた。


 二人は大学で待ち合わせてから来るらしく、独り待つ俺は心細……くはないのか。


 ポケットのスマホが振動し、おそらくLINEの通知であることを察する。取り出してみれば予想的中。


――まだ来ないの??


 それは四乃崎から。文面からイラついてるのが分かる。まぁ、葉連さんから指定された13時を既に5分もオーバーしていた。彼女は待たされるのが嫌なタイプらしい。ふっと少し離れた場所を見れば、ハンチング帽を目深に被りサングラスをした怪しげな少女がいる。無論、それが四乃崎。変装などしなくたって、葉連さんもその先輩も四乃崎のことなど知らないだろうに……。


 俺が葉連さんの彼氏役を引き受けたことを話したら、四乃崎は「見たい」と言ってきた。ただの好奇心に違いない。それ以外考えられない。本当は断ってしまいたかったのだが、先日一緒に授業をサボったことで、彼女はクラスメイトから「鹿羽とヤッてたんじゃねーの?」とかイジられている所を見てしまい、罪悪感からか断りづらかった。


 ちなみに、俺も一度だけからかわれた。「証拠でもあんの?」って返したら、なんか舌打ちされてそれっきり。たぶん面白い返しすれば良かったんだろうなぁ……。まぁた友達になる機会を自ら潰しちゃったよ。別に良いけど。むしろ、良いけど。


 正直、四乃崎へのイジりは俺から見ても酷いとは思った。


 彼女をイジっていたのは、大抵四乃崎と同じ系統の女子なのだが、「鹿羽卒業させてやったんでしょ? 他の可哀想な童貞も救ってあげなー」なんて笑いながら言われていて、四乃崎も笑いながら「だから違うって~」などと返していたが、額はぴくついていた。


 ああいう女子同士のいじりって本当怖い。何が怖いって、俺が勝手に童貞扱いされてたこと。風評被害もほどがある。


 そういった経緯から俺は、四乃崎の申し出を断ることができず今に至っていた。このことは葉連さんも知らない。彼女に言ったことは一つだけ。


 絶対にバレるなよ。そしたら、めっちゃ変装してきてくれたのだ。むしろ、目立っているほどに……。


 そんな想いにため息を吐いていると、すぐ近くから聞き覚えのえる声がした。


「――ごめん。ちょっと遅れちゃった」


 顔を上げるとそこには葉連さん。


 そして、その隣には灰色に髪を染める男がいた。


「……へぇ、君が」


 俺を一目見ただけで不快な笑み。耳にはピアス。スタイルは良くて、自信あり気な面持ちがモテそうな雰囲気を醸し出していた。


 一瞬で劣等感が身体を駆け巡る。それをさせてしまうほど、彼はイケていた。


 だが、それに悔しくはならない。むしろその感じを俺は楽しんでさえいる。


「……どうも」


 気後れはしない。そんなことをするのなら、最初からここにはいない。


「拍子抜けかな。もっとレベルの高そうな奴を想像してたんだけど。こんなんじゃ、トッキーの株が下がんじゃん」


 とっきー? なんだそれ。そう思った時。


「彼の前で悪口は止めてください」


 葉連さんが彼をジロリと睨む。なるほど……葉連時雨、その『時』の字でトッキーか。細長いお菓子の事かと思った。


 どうやら彼は、彼氏でもないくせに親しげなアダ名で葉連さんの事を呼んでいるらしい。となれば、俺も彼氏面して親しげな呼び方をせねばなるまい。


「ジウ、別に気にしてないから」

「……じう? ……あっ、ダサっ。」


 なのに、葉連さんは即答で切り捨てた。いやいや、時雨(しぐれ)でジウ。可愛くね?


「いっ、いやぁ……その呼び方止めてって言ったよねぇー?」


 そんな暴言を取り消すかのように葉連さんは言ってくる。彼には見えていないが、笑顔の中には怒りが滲んでいた。


「……取り敢えずさ、そこの喫茶店入ろっか」


 そうして、今のを無かったことにするかのように話題逸らしをしてきた。それには素直に従っておこう。俺たちは険悪な雰囲気のまま彼女についていく。その後をこっそり、四乃崎もついてきていた。


「――取り敢えず、自己紹介からしとこうか?」


 喫茶店に入り、空いていた椅子に座った彼が最初に放った一言。合コンかな?


「自己紹介要ります? 別にあんたと仲良くなるつもりないんですけど?」

「うっはぁ、それ人としてどーなの? つか、マジでお前がトッキーの彼氏なん? 信じられないんだけど」


 あからさまな態度に、向こうも嫌悪感を隠しはしない。葉連さんは三人分のコーヒーを注文するためにカウンターへと向かい、残されたのは俺と彼のみ。


「"信じたくない"の間違いでしょ? 受け入れてくださいよ? そしてもう二度と時雨に近付かないでください」

「まだ高校生でしょ君? 歳上に敬意とか払えないわけ?」

「あぁ、そういう文化に胡座をかいてるような人には敬意なんて払いませんよ。むしろ、時雨に言い寄ってる時点で払う敬意なんて皆無でした。すいませんね」


 彼の顔がひきつる。だが、別に構いはしない。向こうは葉連さんが嫌がるほどに言い寄ってる奴なのだから、容赦するつもりもない。前提としてこちらが勝っているのだ。それを利用しない手はない。下手に出て調子に乗せれば、彼はまた葉連さんに付き纏うのだから。


 実際のところ、俺は『歳上に敬意を払わなければならない』という日本特有の文化に疑問を抱いている。大切なのは『なぜ歳上に敬意を払わなければならないのか』という所。つまり、敬意を払うべき条件を歳上の人たちは満たしていることが多い。だからこそ、敬意とは払わねばならないのだ。


 その条件を、俺は『人間的奥行き』と呼んでいる。


 この奥行きとは、様々なことを経験することでしか得られない。自分よりも長く生きている人は、結果的にその奥行きが深く、いろんな知識を持っていた。だからこそ、俺はそういう者に対して敬意を払いたい。なのに、そういった事柄をすっ飛ばして『歳上を敬う』という結果論だけが蔓延している。それを俺は、好ましく思っていない。


 逆に言えば、その奥行きが深いのであれば、俺は歳下にでさえ敬語を使う。奥行きを得るのは経験だが、たくさん本を読む者なども恐るべきZ軸を持っていたりする。


 X軸とY軸しか持たぬ薄っぺらい人間に、払う敬意などない。


「お待たせー」

「トッキー、こいつとは別れた方が良いって。こいつ、トッキーが彼女だからって調子に乗ってるし。付き合い続けるのはこの子の為にも良くないと思うけどね」


 帰って来た葉連さんにそんなことを宣う彼。俺とでは話にならないと感じたらしく『大人の意見』ですり寄りを始めてしまう。葉連さんは何食わぬ顔で俺の隣に座り。


「でも好きだから仕方ないんですよ」


 と、呆気なく打ち返した。もはや彼には苦笑いしか出来ない。


「つかさ、たかが高校生に何が出来んの? 金もそんな持ってないでしょ? デートとかどうしてるわけ?」


 それでも、俺が歳下の高校生という点だけを突いてくる。他に突くところあるでしょうに……。その言葉が己の首を絞めていることに何故気づかないのだろうか。


「金なんかなくても愛がありますから」


 ブッ! と、後ろの席で飲み物を吹き出す音がした。見なくても誰か分かる。やめろよ、バレるだろうが……。


「それにお金のことなら、私がバイトしてますし」

「ヒモじゃん……トッキーはそれでいいわけ?」


 葉連さんの一言でヒモにされる俺。まぁ、金銭面のことを言われると確かにこの返ししかないだろう。俺も甘んじてそれに乗っかることにする。


「あんただって、好きな女に金使うでしょ? それと一緒ですよ」

「お前さぁ……男としてのプライドないの?」

「プライド? ありますよ? だからこうして、ここに来てるんじゃないですか。彼女に言い寄ってくる男を許せる彼氏なんていませんからね」

「……」


 もはや言葉すら失う彼。ふと気づけば、葉連さんの口元がピクピクと動いていた。ヤバい……これは笑いを堪えている時の表情だ。


「おっ、お前さぁ……そんなんじゃあ、トッキーのこと幸せに出来ないよ。金もないし、イケメンでもない。その上性格も最悪。正直、お前のどこを好きになったのか謎なんだけど? なんか開き直ってるみたいだし、自分がクズだってことも分かってんだろ? ならさぁ、せめてお前が出来ることを彼女にしてやれよ? そこまでは言わなくても分かるっしょ? 彼女のことを考えてやれる奴なら、なにをどうすれば良いのか分かるっしょ?」


 なのに、彼は『まだ』そんなことを言っているのだ。これは笑ってしまっても葉連さんに非はない。


 俺は、だんだんと目の前の男がわかってきた。


 葉連さんは言い寄られることに嫌悪しているのではなく、言い寄るのがコイツだから嫌なのだろう。


 何も分かってない。分かったふりをして、無知な言葉を重ねる。自分が正しいのだと信じて疑わず、だからこそお門違いが容易に出てくる。


 あぁ……そういうことか。


 俺は察する。そして、そんな可哀想な彼にしてあげられることを考えてしまった。


「あんた……何を言ってるんだ?」


 つい口からそんな言葉が出てしまう。その声音は自分で思うよりも低く、そのことに驚いてしまう。


 それでも、一度口を突いて出てしまったら止めることなどできなかった。


「なんだよ、その『俺だけが彼女を救ってやれる理論』は? 救ってやれんのかよ? あぁ?」


「……あ?」


 阿呆な返しに血管がぶちギレそうになる。それでも努めて冷静を装う。


 葉連さんは男を愛せない。同性である女性にしか興味を持てない。そんな彼女は、定期的に彼女をつくろうとしていた。だが、その度に独り酔って帰ってくる。もちろん、そんな事実を目の前の男は知らない。知らないからこそ、そこに関しての発言はない。


 それでも。


 そうだとしても、彼の言葉には真に葉連さんを想う気持ちはなかった。

 そこには、自分の欲だけを満たしたいという願望しかない。


 だから簡単に『葉連さんの彼氏』である俺を罵倒できる。俺を下げたら、葉連さんが簡単に寝返るような尻軽な女としか見ていない。


 その気持ちが、発言の随所に見てとれる。


 それこそが、害悪だと知りもしないのだ。


 そういった無意識が、誰かを傷つけることを何故分からないのだろう。

 そういった発言が、自分を貶めていることに何故気づかないのだろう。


 それでなくても人は無自覚に誰かを傷つけるのに……どうしてそれを分かろうとしないのだろう。


「幸せに出来ない? 馬鹿なの? なんでお前が葉連さんの幸せわかっちゃってるの? 神様か何かなの?」

「は?」

「幸せにしてやれるかどうかなんて、葉連さんが決めることだろうが。あんたがとやかく言う立場ではないんだが」

「いや、女性を幸せにしてやるのが男の――」


「男だから幸せにしてやれないんだろうが!!」


 思わず怒気を混ぜて叫んでしまった。シンと周囲が沈黙し、カランと氷が溶ける音だけが妙に響く。


 それでも……止まれなかった。


「あんたに何が分かるんだよ? 葉連さんの何が分かるんだよ? 俺だって分かんないことを、何分かったような口調で並べてんだよ。近くにいたって……傍にいたって気づけないことは確かにあって、その確かにあることこそが、本人を苦しめていると何故思考できない?」


 それは、もはや葉連さんだけのことじゃなかった。まったく関係のない……俺の私情まで挟んでしまっている。


 それでも言わずにはいられなかった。


「それを理解する(すべ)なんかなくて、あっても理解はできなくて、気づいた時にはいつだって遅いんだ。だから……それを想像すらしないあんたには言われたくない。自分の常識を偏見とも思わず、自分の考えだけを真理として生きているあんたみたいな奴に理解されたくもない」


 見たままがこの世界だと信じていた。

 あるがままの光景が真実なのだと思い込んでいた。

 

 だが、それは見えていた物事の一面体に過ぎなかった。


「俺は"もう"……あんたみたいには生きれないっ」



 静まり返る店内。気づけば従業員の女性がオロオロしていた。迷惑をかけてしまった。その事を正しく把握してその場を離れようとする。まだ一口も飲んでいないコーヒーが微かな湯気を立てていた。


「……鹿羽くん!」


 葉連さんが名前を呼ぶが、戻る気にすらならなかった。


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