布道先生との対談『後半』
「仲の良い生徒は誰か? この質問をしたとき、君たち二人はとてもつまらない回答をした」
「つまらないって……あの、もしかして大喜利でもしてたんですか? 俺、何も聞かされてないんですけど……」
「大喜利ではない。すまない。言葉が違った。回答ではなく、反応の方だ」
「反応……?」
「そうだ。仲の良い生徒が誰かを聞いたとき、大抵の生徒はこんな反応をする」
すると布道先生は軽く咳払いをし、なんとなくモジモジし始めた。
「いっ、いや……別に仲良いかどうか分からないですけど……まぁ、席が近いこともあって……最近よく話したりするのは……○○ちゃん……とか、ですかね……まぁ、しいて言えば! ですけど」
「……」
目の前でだいの大人が恥ずかしがりながら友人の話をしている。それは何故だか……見てはいけないもののような気がした。
「……という感じだ。どうだ?」
「いや、どうだと言われても」
「笑っちゃうだろ? 普通に名前だけ教えてくれれば良いのに、『向こうはどう思ってるんだろう。もしかしたら……向こうはこの質問をされたとき、自分の名前が上がらないかもしれない……もしそうなったとしたら、自分恥ずかしい奴じゃん! 自分だけ仲良いと思ってる痛い奴じゃん!』……的な思考が先行するんだろうな? みんな、物凄く良い予防線を張ってくるんだ。それがおかしくておかしくてッッ……!!」
楽しそうに話す布道先生。ダメだこの人……。
「だが、そんな質問をしてもつまらない生徒もいる。予防線を張らずに即答する生徒」
「あぁ……つまり、その例が俺ってことですね……」
「まぁ、君の場合は悲しくなってしまった。仲の良い生徒が居ないことを堂々と言えてしまう君と、他の者も一切君の名前を上げない事実にも」
「……俺の名前誰からも上がらなかったんですね」
「あっ……こいつぁ、しっかりだぁ。しっかり八兵衛」
「うっかりじゃないのかよ……しっかりしてるあたり悪意しかねぇよ……」
額を手のひらでパチンと叩き、お茶目感を出す布道先生。悪意のせいか、まったく可愛く感じられない不思議。しかも八兵衛とかネタが古すぎる。優しい水戸黄門様でも、さすがにこれは許すまい……。
「まぁ、この質問につまらない回答をする生徒でも、次の質問で巻き返してくれることが多い」
そして彼女は、満を持して言ったのだ。いや、巻き返すってなんだよ……。
「それが、嫌いな生徒は誰か? だ」
人差し指を掲げて得意げな表情。なんでこの人、生徒との面談で自分が楽しむことを優先してるんだろ……。
「本当は、こんな質問をしてはいけないんだ。だが、仲の良い生徒を聞くよりも、嫌いな生徒を聞く方がずっとクラスの相関図を把握しやすい」
「……まぁ、それは確かに」
「ただ、この質問に対してもすぐに答えてくれる生徒はあまりいない」
「当然でしょうね。答える相手が教師ならなおさら」
「だからそこで悪魔の囁きをするんだ。『今後ペア決めとかグループ決める時の参考にする』ってね? そしたら大抵すぐに教えてくれる」
「まじもんの悪魔じゃないですか……」
呆れてみせたが、反して布道先生は笑っていた。
「それでも答えない生徒はいて、そういう者たちは本当に嫌いな者がいないんだろうな? そして、そういう者たちは最終的に、どうでもいい奴の名前をあげたりするんだよ、鹿羽なんとか君」
「……下の名前覚えられていないあたり、本当にどーでもよく思われてるのがよく分かりましたよ」
「君とは言ってないぞ? 鹿羽なんとか君」
「とぼけるなら上手くやってください……いや、逆にヒントの与えかただけで言えば上手すぎるんですけどね」
「教師だからな? 答えを教えずして導いてやるのが私の役目だ」
「導いた先に全く希望が溢れてないのは何故ですかね」
なんで、この人は教師になったんだろ。そこから疑問を持つほどに今の先生はゲスい。しかも、その言い方だと確定で俺じゃねぇか。
「……ともあれ、四乃崎も君の名前をあげた。フルネームでな?」
「あぁ、その話でしたね」
最後にフルネームを強調するあたり殺意がすごい。この人は俺をどうしたいのだろうか。
「ただな鹿羽。彼女の答えは、私にとって違和感だったんだ」
「違和感……ですか? 別におかしくはないでしょう? 四乃崎『さん』にとって、陰気で誰ともあまり話さないような俺は、嫌いな奴として名前をあげられてもおかしくない」
「まぁ、端から見ればそうだろうな? そして鹿羽、君の言う通り、普通はそういう言い方をするんだ」
「普通は……?」
布道先生の言葉を、俺はよく理解できず首を傾げてしまう。
「まぁ、つまりだ。普通なら『自分はこういうタイプの人間が嫌い。だから名前をあげるなら○○くん』……みたく、嫌いな理由をあげるのが普通なんだ」
「……だからなんですか」
「だが、四乃崎はその理由をボカした。鹿羽の名前は即答であげたくせに、理由については言及しなかったんだ」
「言い忘れた……とかじゃないんですか?」
「まぁ、そうも考えられるな。実際、私は「何故?」とは聞かなかった。それを聞かなくても、これまでの者たちは勝手に答えてくれていたからな?」
「……そうですか」
それから布道先生は、話を区切るかのように一旦息を吐く。
「これはあくまでも私の想像に過ぎない。だが、多くの生徒たちとその問答を繰り返した私にとって、それはひどく違和感だった。まるで、嫌いな理由が明確にあるにも関わらず、それは言えないことのように思えてならない」
そして、布道先生の目付きが鋭くなっていく。
「だが、私の知る限り、君と四乃崎との間に、なんらかのトラブルがあった事実を聞いたことがない。それどころか、会話をしているところさえ見たことがない」
その鋭い視線に、無意識に呼吸を止めていた。
「ということは、だ。君と四乃崎との間にあった何かとは、過去にあったこと……もしくは、学校外であったことだと推測できる」
先生は完全に詰めてきていた。まるでパズルを解くかのように、ゆっくりとピースを当てはめている。
「君には、最初に質問したね? 四乃崎と何かあったのか? ……と。だが、聞き方を変えよう。仮に彼女との間に何かあったとして……それは――今後、クラスにとって問題となりうる可能性を残しているか?」
そこまで聞き、ようやく布道先生が何を危惧しているのかを理解した。
つまり、彼女は俺や四乃崎についての心配をしているわけじゃなく、担任教師として、今後クラス内で問題が起こりうる可能性を心配しているのだ。
なるほど。そういうことか。なら、答えはすぐに出る。
「仮に……俺と四乃崎との間に何かあったとしても、それはクラス内で問題になるようなことじゃありませんよ。安心してください」
布道先生の目を見て答えた。それに彼女はじっとしていたが、やがて。
「そうか……。私の杞憂ならそれでいいんだ。最近は教師も何かと大変でね? 学校内での管理能力を問われる場面が多々あるんだ」
「まぁ、そういう事件とかニュースも多いですしね」
「そういうことだ。だから、最悪を想定しておくことは悪いことじゃない。いろんな可能性を考慮し、一つ一つ潰していくことは、数学者にとっての原点でもあるしな?」
「なんか、今ので初めて布道先生が数学担当であるのを実感しましたよ」
「馬鹿にするなよ? これでも私は根っからの理系人間だぞ?」
得意げに鼻を鳴らす布道先生。
「なんだって数学に例えて考えている。たとえば、『青春を如何に謳歌するか?』という問題についても、数学を応用して考えられる」
「関係なくないですか? それ」
「分かってないな君は。例えば、数学の問題を解く際、君はどうやって解く?」
「そりゃあ……公式じゃないんですか?」
「そう、公式だ。君たちは恵まれたことに、数々の数学者たちが生涯をかけて……もしくは何世代もかけて見つけてきた数の真理、それを解き明かす手段を、授業や教科書から簡単に得ている。それらを用いれば、ものの数分で正しい回答を得られる。それと同じように、青春においても公式はあるんだ。部活動や委員会、バイトでもいい。青春を如何に謳歌するのか? その手段は、今やありふれている」
「……そうとも限りませんがね。それらに属したとしても、楽しめない奴もいますよ。むしろ、属したからこそ楽しめない奴だっている」
「ふむ。まぁ、そうだろうな? だが、そうやって謳歌してきた者たちは確実にいるんだ。正しくはなくとも、間違っているわけじゃない……違うかね?」
「……はぁ。確かに」
「うむ。では、最後に鹿羽に聞こうか」
そして、布道先生は問いかけてきたのだ。
「君は何故、それらの手段を活用しない?」
その表情は、今までのことが嘘のように……とても真剣だった。
「誰もが、青春を楽しく過ごしたいと思っているはずだ。だから、誰もが何か行動を起こそうとする。そして……時には間違えたりもする。だが、それは後で訂正すれば良いだけの話だ。間違えても、取り返しは十分に効く。むしろ間違えたことで正しさを知ることもまた、正解だとは思わないか?」
どう答えれば良いのか分からなかった。
「君の言う通り、それらは正しい公式とは言えないのかもしれない。だが、私の主張の通り間違いでもないはずだ。なのに、その問題に取り組む姿勢すら見せない奴がいる。それは、一体どういうことだろうか」
俺は、答えなかった。それは……答えてはいけない気がして。
布道先生は待っていた。だが、俺は黙秘を続けた。
そしたら……昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「……時間切れのようだ。解答欄の白紙は、何の為にもならないぞ?」
「分かってますよ。そんなことくらい」
「行きなさい」
「……はい」
俺は立ち上がり、別室から出ていこうとする。
「ひとつ、ヒントをくれてやろう」
そしたら、背後から話しかけられた。
「……ヒントですか?」
「あぁ。青春を謳歌するためのヒントだ。先ほど私が例に上げた部活動や委員会、バイト。それらには全て共通することがある」
「共通すること……」
その答えを布道先生は教えてくれる。
「自分じゃない誰かだ。友達、仲間……恋人だっていい。自分じゃない誰かと何かを共有することは、それら全ての手段に共通している」
「要は……俺にそういった存在をつくれ、と?」
「さぁな? 教師として与えられるヒントはここまでだ」
「……布道先生は教師らしくないですけどね。さっきの話も、他に知れたら案外マズイことばかりじゃないんですか?」
それに彼女はふふんと笑ってみせた。
「もしも仮にだが……先ほどの内容が君以外の生徒に知られたとしよう。噂になって、もしかしたら他の教師の耳に届くかもしれない。そして最後には、私は何かしらの罰を受けてしまうかもしれない」
彼女は立ち上がって、俺へと振り返る。そこには優しげな眼差しを向ける布道先生がいた。
「だが、同時に私は思うのだろうな? 君にも、先の内容を話せるような『誰か』がいたのだと。……だから、その罰は嬉しく受けようじゃないか」
その言葉に俺は唖然とし、思わず吹き出してしまった。
「それッッ、ひどく歪んでますよッ」
「構わんさ。それが私だ。教師だって万能じゃない。生徒たちの人生に大きく影響するはずの存在のくせに、できることや力になってあげられることは僅かしかない。むしろ、力になってやれない事の方が多いんだ。……だからこそ、私は力になってやれるかもしれない生徒を逃しはしない」
「重いですよ。耐えられる気がしません」
「なら、逃れてみせろ。私が目をかけてやるほどでもない生徒だと、証明してみせなさい」
「どうやって?」
「そうだな。まずクラス内で話せる人を見つけるといい。それを見るだけで、私は安心できる」
わりと難しい課題だった。なにせ、俺は意図的にそれを拒んできたから。
「まぁ、機会があれば」
「機会……ね。その言葉忘れるなよ?」
「……えぇ、まぁ」
最後、ニヤリと笑った布道先生に嫌な予感を覚えたが、それを追及する前に彼女から出ていくよう急かされた。
「――失礼しました」
そう言って別室を出て、職員室からも退室する。
それから無意識に吐き出したため息。気疲れが半端じゃない。にしても四乃崎のやつ……黙っていて欲しいと言いながら、自分で墓穴掘ってるじゃねぇか。
すぐにでも彼女に文句を言いたかったが、その気持ちを押さえつける。まぁ、今回に関していえば、布道先生が一枚上手だっただけ。
そう自分に言い聞かせてから、そっとその場から離れた。




