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邂逅

 五月某日。時刻は午前1時過ぎ。人通りは少なく、車さえも通らない静かな夜の(とばり)


 当てもなく彷迷った末にたどり着いた鉄橋。等間隔に並ぶ古びた街灯の一つ、その下にポツンと彼女はいた。


 黒いパーカーのポケットに両手を突っ込み、ガードレールにもたれ掛かり、うつむいてただ、スニーカーの先で固いコンクリートを小突いている。ミニスカートから伸びる白い太ももがやけに目立った。


「……鹿羽(かばね)じゃん」


 ゆるふわショートから見上げた顔は、ひどく儚げに映る。


「こんな時間に出歩いていいのか?」

「別に。君には関係ないし」


 淡白な返し。興味無さげに視線は外された。


「そっちこそどうしたの? ジョギング? ……って、格好でもないし時間帯でもないか」


 改めて自分の格好を見れば、全身スウェットにサンダルという部屋着姿。まぁ、無理もない。もう寝ようとしていたところだったからだ。


「寝れなくてな」

「……私と一緒じゃん」


 呟かれた声音には、どこか悲壮感が漂っていた。嫌なことでもあったのだろう。なんだ、俺と一緒か。


「失恋でもしたか?」


 あてずっぽで聞いた質問に小さな肩がピクリと動いて、もう一度向けられた顔には苦痛が歪んでいた。その瞬間、図星を引き当ててしまったことを察してしまう。


「……悪い?」

「いや……その……」


 焦ってどもってしまい、それでも謝罪を口にしようとして、大きく息を吐き出される方が先だった。


「はぁぁぁぁ……。最悪……まじで最悪。もう何もしたくない。はやく消えたい」


 自暴自棄な言葉。なんとか励ましてやろうかと考えたが、残念ながら今の俺も同じ気持ちだった。


「奇遇だな? 実は俺も失恋してきたところだ」


 だからこそ、その気持ちは痛いほどわかる。


「……はぁ? 君なんか好きになる奴いるわけないじゃん。何期待してんの」


 なのに、返ってきたのは辛辣だった。


「……ひでぇ」

「ひどいって現実でしょ? 目を背けんな」

「なら背けたくなるような言葉を浴びせるなよ。夢でも何でも優しい言葉くらいかけてくれ。そんなことすらできないのか」

「チッ……どうせ私は優しくないよ」


 舌打ちの後、彼女の視線に悔しさが混じった。どうやら、また地雷を踏み抜いてしまったらしい。優しくないのがフラレた理由か。まぁ、そりゃそうだよな……。外見だけなら、コイツは抜群に良い部類に入る。


 彼女は四乃崎(しのざき)咲夜(さくや)。俺と同じ学校に通うクラスメイト。性格は快活、外見の可愛さもあってか、去年の入学当時の男人気は高かった。……ただ、口が悪く躊躇なく吐き出される舌打ちや容赦ない罵詈雑言など、女の子に対して持っていた純情な印象を砕かれた者たちは多くいて「女の子とは奥ゆかしさこそが正義!」なる主張を広めた張本人でもある。


 彼女の周りには同じ系統の女子が集った。平気で胡座をかき、恥ずかしげもなくゲラゲラと笑い、もはや女の子らしさなど捨て去った彼女たちの輪を、悲しげな瞳で見つめる男たち。それでも彼女たちと言葉を交わす男たちというのは、それを享受して接するおちゃらけた面々ばかり。


 学校内における恋愛など皆無。それもその筈、彼女たちが恋愛をしているのは別の学校の男たちだったから。ませている、とでも言えばいいのか、彼女たちには高校入学前の中学時代から既に彼氏がいて、彼らの前だけ『乙女』で居れば良いだけの話。だからこそ、普段の学校生活で彼女たちが『乙女』になることはない。


 四乃崎も、そんなグループの一人だった。



「……夜更かしは肌に悪いし、さっさと帰って寝ろよ」


 彼女との会話を諦めて背を向ける。所詮俺とは交わることのない人間だ。そう自分を納得させ、その場から立ち去ろうとした。


 だが。


「……ねぇ。だったらさ、君が私と付き合ってみない?」

「……はぁ?」


 振り返ると、ガードレールから腰を離して自虐的に笑う四乃崎がいた。自暴自棄極まってんなコイツ。


「ここから飛び降りて死のうかと思ってたの。そしたら君が現れた。これって運命だと思わない?」


 しかもかなりヘラっていた。目に力はなく、一種の恐怖さえ感じさせる。おそらく彼女の言葉を変換すると『かまってくれないと死ぬから』という感じなのだろう。はっきり言って面倒臭い。死ぬ勇気も覚悟もないくせに。


「断る」


 だから、今度は俺が辛辣を発した。差しのべた手を先に振り払ったのは彼女だ。なら、そんな言葉にいちいち構っていることもない。そう返して再び背を向ける。


 そしたら。


「……あっそ」


 聞こえた言葉の数秒後、橋の下の川から大きな着水音が聞こえたのだ。


「……は?」


 思わず振り返った視界に四乃崎は居なかった。驚いて橋の手すりに駆け寄って下を見る。だが、真っ暗で何も見えない。水面(みなも)さえも視認できない。俺の記憶が正しければ、この川の水深はわりとあったと思う。


 救急車。


 そんな単語が頭に過ったが、あいにくスマホは家に置いてきていた。いや、むしろ連絡したとして、それを待ってる時間などあるのだろうか?


 答えはNO。彼女を助けるのなら、そんな時間などあろうはずもない。


 一瞬躊躇う。だが、すぐに迷いを捨て去る。サンダルを脱いで、手すりに登り、俺は深淵のごとき闇を見下ろし――。


「……南無三」


 意を決してその中にダイブした。

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