妄想の帝国 その16 ラスト・ニホン大企業 ドヨタ世襲社長の最後の日
かつて経済大国を誇るニホン国を代表する企業であったドヨタ。しかし、今では外国資本、外国人の役員が牛耳り、最後の創業者一族出身社長が引きずりおろされるときがきた…
「ああ、会議はまだ終わらないのか」
白髪交じりの髪を掻きむしりながら男性はつぶやいた。広々とした部屋には彼一人、他にきくものもいない。
「ああ一人でいるとイラつく。しかし出席は禁止されるし、気を紛らわすものは…」
かつて、いや、つい10年ほど前、この部屋には手入れされた観葉植物や、地味だが職員が丁寧に作った座り心地のよいソファや大理石のテーブル、書籍や調度品が飾られた高級木材の本棚、そして歴代社長や会長の写真が入った額があったのだが。
「今では、机すらない、私の座っている椅子だけか。親父や叔父さん、じいさんの写真さえもっていかれた。いや、モノだけではない」
いつも自分の側に常に仕えていた秘書もいない。辞めたのだ、ずっと以前に。
「あれほど、あれほど引き立ててやったのに。くう、金の切れ目が縁の切れ目か。ニンタチの社長も、周りに誰もいなくなり、最後は…。いや考えたくもないわ。まったく薄情な秘書どもしかいないのか」
昼夜を問わず呼びつけ、無茶な要求を通させたことは棚にあげ、耳の痛い忠告をして去っていった秘書たちに悪態をつく男。
「ああ、何ということだ。ニホンを代表する企業であるはずのドヨタの社長ともあろうものが、会議室でも使われなくなった古い折り畳み椅子に座らされ、己が身の振り方を外国人の役員どもに決められるとは。まさか、私をこの会社からいきなり追い出しはしないだろうな、いくらなんでも、そんな非道なことは。いや、しかし」
と震えながら嘆く彼の耳に足音がきこえてきた。
コツコツコツ、だんだん大きくなる音はドアの前で止まった。といきなりドアが開けられアジア系の30代半ばの男性が入ってきた。
「シツレイ、ドヨタさん、アナタはCEO、いやシャチョーではなくなった」
「くそ、ワン君、あんたか。だが正式な決定文書が渡されなければ、まだ私は社長だぞ、あんたごときに命令される筋合いはない」
ワン君と呼ばれた男性は人差し指をたてて軽く振る仕草をする。
「ノー、ノー、会議ですでに決まった。これからはインターナショナルなやり方。紙の書類を渡すなんてタイムロス。ユーはもうドヨタとは関係ないね。出て行って」
「な、なんという言い方だ。私はドヨタ創業者の子孫であり、先ほどまで社長だったんだぞ!」
「あーその言い方?考え?オールド?ニホン語はメンドウね。やはり社内はイングリッシュかチャイナで統一したほうがいいね。まったく」
「ああ、ニホンを代表する大手企業、しかも最後の一社であるわが社が中国人に乗っ取られるとは」
「アー、また言い方悪い。第一、ミーはチャイニーズではない。ペアレンツはチャイニーズではあるけどね。コクセキは、カナダ。中国語を使うのは使ってる人、マジョリティだから」
「結局、外国人に乗っ取られるんだ」
「ノットリ?株主が決めたこと、会社を大きくし、リエキを増やし、それがトップのロール、役割で、ユーはそれをしなかったから、ユーアーファイヤー」
「何をいう、私は会社を守るために、頑張ったんだ。ニホン政府に働きかけ、法人税を減らさせ、内部留保を確保して、会社を存続させるために」
「それはユーのためでしょう。ニューでクールな人をいれずに、自分のマリオネットだけ。マネーの溜め込みは投資、人材確保ではナイネ、フォーユーアンドフレンド」
「私たちが使って悪いのか、たかが社員のために金を使うなんて」
「オー、ヒューマンリソースを軽く見すぎね。クールなヤングマンもエクセレントなウーマンもクレバーな留学生もいたのに、彼らお金払わずに、オミウチ?フレンドとファミリーだけビッグな地位とマネー」
「若い奴等なんて理屈ばかりならべたて、会社のやり方を無視しるような未熟者だし、生意気な女どもは“セクハラ、パワハラを見逃し、女性の昇進を阻むのを助長”などと私を非難するようなことを言うし、外国出身の奴等なんて“ドヨタ方式は時代遅れだ”などといって我が社のやり方を否定するし」
「オー?そんなことすれば、人材は逃げテクネ、当然。ドヨタメソッドはもうダメね。だいたいシタウケ?もチャイナとコリアンとの取引だし」
「あいつらー、今までの恩を忘れて」
「バット、ユーがマネーを出し汁、だしいぶり、出さなかった。膝の元?のドヨタ市の企業ですらやっていけなくなった。だから彼ら、外国と商売しないといけなかった。それでも潰れてホームレスいっぱいですよ」
「ちょっとくらい、買い叩いてもいいじゃないかああ」
「マネー下げすぎね。マネーないと商売、やっていけない。生活すらできない。資本主義では普通。社員もマネーなければ辞めるの当たり前」
「長年雇ってきたのにい」
「ホワイ?正社員を減らす、給与上げない、早期退職、リストラ、ラストは終身雇用廃止ね。これではニホン人、生きていけない。他の国に行くか、田舎でサバイバル生活ね」
「ううう、あんなこと言わなければ」
「ニホンの大手の社長ホントーにゴーマンね。自分たちがそうしていられたのは、ニホン特有の制度である結婚、住居、退職後までオセワする新卒一括採用終身雇用のおかげなのにね。おまけに消費税もあげたしね、輸出戻し税で税金のカンプ?税金を払いたくないどころか、もらいたいためにね。それで戻しすぎてドヨタ市も潰れちゃったというのに、ハンセーなしねえ。おまけにアメリカにも”輸出戻し税は企業の不当な利益になる”ってニホン国は怒られて散々ね」
「ま、まさか、本当に金のためにわが社についていたのだとは、ニホンの誇りとか、そのために働いてるのではなかったのか。ニホン政府もドヨタがニホン企業の代表だからこそ、守ってくれたのでは」
「ユー本当にフール。さすが前政権の総理、マイティフールの信者ねえ。低賃金で熱心に働く旨味なんて、正直、クビにならずに働けなくなるまで会社にお給料もらっていられることぐらいデショ。ポリティシャン?政治屋の前総理だって献金もらってパーティ券かってくれたから、ニホンのオミウチ大企業贔屓にしたんデショ。だから多少おバカな世襲社長でも持ち上げてもらえたんですケドネ」
ドヨタ社長はハッとした。
「ワンさん、あんた、ニホン語、片言のふりしてるが、終身雇用なんてそんな単語使えるとは」
「やっと気が付きましたか。もちろんフツーに話せますよ。ワイフの友人がニホン出身でね。いやニホン政府、あなた方と癒着した政府のフェイク政策、見かけだけの人権尊重、女性重視がいかにくだらなく、本当はニホンの一部の男性のみにしか利益にならないか語ってくれましたよ。彼女にニホン語もあなた方ニホンのオッサンのやり方も教わりましたよ、ウィークポイントもね」
「わああ、ニホン語わからないと思ったのに」
「私がすべて理解しているとも知らず、いろいろとしゃべってましたしねえ。情報管理もITセキュリティも甘い甘い。ああ、別に違法なやり方を使ったわけではないですよ。私はきちんと国際的ルールにのっとって株を取得し、ドヨタの一員となって海外においても業績をあげましたし」
「私だって、アメリカにいけば」
「はあ?イングリッシュもろくに理解できないのに?本当にニホンのトップは勉強しませんねえ。最新の科学技術の成果はおろか、基本的なことはすべて秘書や外部にまかせきりですか。だいたいパソコンもろくにいじれない、メール連絡すらおぼつかないようではワールドワイドな経済の動きをつかむのは無理ですよ。目まぐるしく変わる世界情勢も知らず、次々と出される新技術についても学ばず、怠惰に昔ながらのやり方に固執していたのに高額な役員報酬をもらっていたというのですから、図々しい」
「わーん、秘書さえいればメールぐらいやらせるのに」
「子供ですか、それぐらい自分でやりなさい。本当になんでも人頼みですね、あなた方は全くニホンのオッサンは全員マザコン、実のママかワイフに頼り切りというのは嘘ではなさそうですね」
「くそ、これでもケイダンレンでは会長もやっていたのに」
「ニホンのオジサン社長のサークルのことですか?ロクな経済的理論も思想も何もなしによくもまあ、あんな大口を叩けたものです。オミウチでしか通じないメソッドなど、グローバル社会では無意味。G20にすらとどまれませんよ」
と、あざ笑うワン新社長。ドヨタ元社長は半泣きでパイプ椅子にしがみつく。
「ううう、う、動かないぞ、最後の抵抗だ。私は、私は栄えあるニホン企業の最後の純粋ニホン人社長なんだー」
「ニホン人ならブシドーにのっとって潔く退任なさい。だいたい社員にまともな給料も払えない社長なんて存在意義ゼロ、民を貧困にあえがせる政権など必要ないどころかマイナスなのと同じです」
と、椅子からドヨタ元社長を引きはがすワン新社長。あっけなくドヨタ元社長は床に倒された。
「さあ、部屋から出て行ってください。もちろん社の敷地内からもです」
「嫌だー、ここは私の会社―」
「大損失を出し、不利益をだして解任されてもそれですか」
「株がー私の資産がー」
「前政権との癒着で逮捕されるところを、ご家族が手を回したときに株は全部手放したんでしょう?他にもニホン国自体が貧困に陥りつつあるというのに、国外に資金を溜め込んでましたよね。そういった金はすべて国外に逃げたご家族が保有しているようですが」
「うう、なんであいつら金の亡者か、しかも最後には私を見捨てるとわ」
「金と地位にしがみつく夫や父親に影響されたんでしょうね、きっと。金と地位しか価値ないとおもってるらしいですし。それならば金も地位もなくなった男を見限るのも当然でしょう。もっともご家族が持ち逃げした資産も回収させていただきますよ、本来はドヨタの資産ですし。当然、社や地元にも還元すべきなんでしょうね。まあ今のニホン国、とくに貴方のような世襲社長が幅をきかせてきたドヨタ市を救い上げるには、その金があっても難しいでしょうけどね」
いいながら、ワン新社長はドヨタ元社長をドアの外にひきずりだし、警備ロボットに引き渡した。
「この人物を会社の敷地内から出せ」
「イエス」
合成音で短く返事をして警備ロボットはドヨタ元社長を担ぎ上げエレベーターに乗り込んだ。担がれた元社長はぶつぶつとつぶやいた。
「なんということだ、我が社が開発した警備ロボットに追い出されるとは」
「アナタが開発シテナイ。開発者イナイ」
「ちょっと研究費を削ったからって出ていきおって。ドヨタなんだぞ、うちは」
「ウチ?アナタハ、モウ他所ノ人間」
「創業者の子孫だー」
「関係ナーイ。会社、血縁集団デハナイ」
「屁理屈を言うなー」
とはたから見たら八つ当たりの言いがかりでしかない文句をいうドヨタ元社長を警備ロボットは門から外に放り出した。高い壁に囲まれた敷地と外界を隔てる、その門はやはり高い鉄の柵。その鉄柵には電気が所々に流れ、外から容易に侵入できないようにしてあるのだ、なぜなら…
「わー何をする」
鉄柵にすがりつこうとしたが、電気ショックをあびて尻もちをつくドヨタ元社長。後ろを振り返りつつ、震えながら必死で叫ぶ。
背後には廃墟と化しつつあるドヨタ市の町なみと貧困にあえぐドヨタ市民の群れ。ニホンの大企業があった市や町では今や当たり前となった光景だ。ニホン大企業の恩恵をうけ、そういった大会社に依存していた市や町は、大企業の凋落とともに衰退の一途をたどっている。沈みゆくニホン国に見切りをつけたものも少なくはなかったが、ニホン大企業の栄光に浸っていた企業城下町の人々は変化する世界に適応できずに取り残されていた。
やせ細り疲れ切った顔して、すでに外資企業となったドヨタの敷地から出るゴミ、残飯などを漁っていたドヨタ市民たちはさっそく敷地内から追い出されたドヨタ元社長をみつけた。
『あれ、ドヨタの社長だぜ、追い出されたのか、やっぱりな』
『へえ、ホームレスの仲間入りか、ならば歓迎してやらなきゃな。リストラのお礼をたっぷりしてやろうぜ』
『無一文か、いい気味。あいつのせいで父さんの会社はつぶれて、私も』
『外国にいいようにされてんのは前政権とそれを支えたアンタたち阿保な親父のせいよ』
『ドヨタの町だから大丈夫だと思ったのに見捨てやがって。やっぱり友達と一緒に中国か、せめて韓国にでも出稼ぎにいけばよかった』
ドヨタやニホンの大手企業への恨みを口にしながら、人々はゆっくりとドヨタ元社長に近づいてきた。
『おう、ニンタチの奴等のように思い知らせてやろうぜ』
一人の若者がさび付いた配管を取り外し手に持った。周りの人々も落ちていた石や刃物などを手にする。小型の冷蔵庫を抱え上げるものもいた。
「い、入れてくれー」
ドヨタ元社長は必死で叫ぶが、ロボット警備の姿はもう見えない。迫りくる人々から逃げようとドヨタ元社長はあたりをキョロキョロしていたが、人々に取り囲まれた。ギラギラした人々の目がドヨタ元社長に集中する。もはや逃げ道はない。
「た、たすけてー」
ドヨタ元社長を囲む人の輪は次第に小さくなる。
ボコ、ボコ。ブス、ブス。ドスン、ドスン
「ぎゃあああ」
ドヨタ元社長の悲鳴が聞こえてきた。
グシャ、ベチャ、バンバン
「ああ、ぐうう」
しばらくして悲鳴すら聞こえなくなり、人々もさっていった。あとに残ったドヨタ元社長の肉片や内臓をどこからかやってきた野犬やカラスがつつき、やがて骨すらもなくなった。
驕るなんとかは久しからずといいますが、先人の失敗に学ばず、謙虚さや他者へのいたわりを忘れると手痛いしっぺ返しをうけるようです