海と陸との繋がり(3)
夜中、聖は久しぶりの自分の家の自分の部屋で寝返りを打っていた。
この家は今は聖しかいない。
聖の親は他の家に住んでいた。それは、今も昔も同じこと。
静かな部屋で、うっすらと目を開け。聖は考えていた。
クリスは、いつからそうやって考えていたのだろうか。
いつから……あんな顔をするようになったのか。
今も人を襲ってるのだろうか。いろんなことが頭の中を駆け巡る。
布団に入ってから、もう数時間が経過していた。
それなのに、疑問はひっきりなしに聖の頭の中に浮かび上がっては消えていく。
だから、寝付けなかった。
「〜〜〜っ…」
幾度目かの寝返りを打ったその時、微かに聖の耳が音をキャッチした。
すぐさま飛び起きる聖。そのまま、上着を手に取ると家から飛び出した。
聖の家は、海からそう遠くない場所に位置していた。
少し坂道を駆け下りれば、海が見えてくる。
小さな明かりが聖の目に入ってきた。数人の男が何かを喚いている。
聖の心臓が大きく鳴り響く。
もしかしたら。そんな言葉が彼女の頭の中を繰り返し駆け巡った。
荒い息をしながら、それでもスピードを落とさずに聖は走る。
明かりが段々と大きくなる。
次に目に入ったものに、聖は心臓が止まりそうになった。
「っ……嘘。嘘、ウソ、うそうそうそ!!」
小さくウソと連呼する。
やっとのことで、明かりの近くまでやってきた。
もう、肩で荒く息をして、喉がカラカラに渇いている。
クリスが、漁をするための縄に捕らわれて岸に上げられていた。
魚のような尻尾が松明と月明かりで照らされている。
その周りにいる男達。
何もかもが自分が想像したとおりで、聖は腰が抜けそうになった。
「クリスっ。」
小さく彼女の名を呼んだ。クリスはゆっくりと顔を上げる。
涙目で、それでも聖を見るとにっこりと笑った。
「やっぱりね、私。人間の考えることがわからないよ。聖ちゃん。」
クリスは声は出さずに、口だけをそう動かした。それをわかったのは聖だけ。
「あんた達、クリスを離しなさいよ!!」
息を整えて、叫ぶ。しかし、駆け寄ろうとした聖を二人の男が捕まえる。
「なんだ?聖。お前、この化け物の仲間か?」
嘲笑うかのように一人の男が言った。聖はそいつをキッと睨みあげた。
「違うっ。友達よ!化け物なんかじゃないわ!!」
「はは、頭おかしいんじゃないの?化け物が友達だってよ。」
聖を掴んでいる男が、彼女を見下しながら言う。
それに聖は一生懸命に横に首を振った。
「化け物じゃないっ。クリスは、クリスは良い子なのっ!
私を助けてくれたんだから!!」
「化け物だよ。お前、妄想じゃないのか?
こんな奴が人を助けるわけないだろ。」
「そうさ、助けるどころか食われちまう。」
「美味しく食べるために肥やされてたんじゃないの?」
聖の必死の訴えに、男達は口々に罵りの言葉を投げる。
聖は絶句した。
自分がどんだけ訴えても、こいつらの考えることを変えることができない。
そう思ってしまったから。
しばらく固まっていたが、助けを求めるように視線を動かした。
目に付いたのは、弱弱しく自分を見るクリスだった。
それと同時に心の中で何かが弾ける。
「離して!!!」
必死にもがいて男達の手から逃れる聖。
そして地を蹴ってクリスに駆け寄った。
近くで見ると、クリスの肌には無数の痣や切り傷が目に付く。
彼女を助けなければ。その想いが聖の心の中でこだまする。
しかし、それは既に遅いことだった。クリスの身体が段々と透き通っていく。
男達は聖の覇気に蹴落とされ、呆然と二人を見ていた。
「馬鹿っ。陸になんて上がったらあんた。死んじゃうじゃないっ!!」
聖はクリス抱きかかえようと手を伸ばす。
しかし、クリスはその手を払いのけた。
それに聖は小さく声を出し、目を見開いてクリスを見た。
そして。なんで?と小さく呟く。
もう、クリスの身体は段々と泡になっていた。
「いいの。もう遅いもん。
これで少しでも海を汚さないで。っていう想いが伝わればいいなぁ。」
いつもみたく、あどけない笑みを浮かべるクリス。
その笑顔から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
聖は、無意識のうちにもう一度手を差し伸べて、クリスを強く抱きしめていた。
聖の目からも涙がこぼれ落ちる。
何かを言いたいが、言葉にならなくて。聖はただ嗚咽をもらすだけ。
「聖ちゃんの心にも残れてよかった。ありがとう。大好きだよ。」
小さく耳元で、クリスは聖にそう言った。
その瞬間、聖はクリスの温かみを感じることができなくなっていた。
聖の手にある感触は、冷たい泡だけ。
「クリス!クリスティーーナーーッ!!」
聖は叫んだ。涙がとめどなく溢れて自分では止められない。
胸が痛い。
何かが突き刺さってるみたいで。また締め付けているみたいで。
呼んでも返事は返ってこなかった。
聖は、ぎゅっと残った泡を握り締める。
クリスはもう戻ってこないんだ。と頭の中で鳴り響いた。
「クリス……生きてて欲しかったのに……。」
誰にも聞こえないほど小さな言葉で、聖は呟いた。
そして、嗚咽を噛み殺し、涙を拭うと、すっと立ち上がった。
男達が何かを言っているが、それは聞こえない。
ただ一言。聖は男達に言った。
「化け物なんて、本当はいないのよ。」
冷たい印象を与えるくらい、彼女の言葉は軽蔑に満ちていた。
男達は絶句し、それ以上彼女に何も言わなかった。
それから聖は、自分のうちへ早足で帰っていった。
もうすぐ日が昇に帰る時間だ。
けれど、聖にはそんなこと関係なかった。頭の中はただ、クリスのことばかり。