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『しょうもない』

作者: 天道凍士

「しょうもないな。」

夕焼けが支配する空っぽな教室の中で、僕の声だけが虚しく響いた。机や椅子は日中騒いでた疲れからか一切の音を発しない。ギィともガタリともうんともすんとも言わない。

「でもよお前、しょうもないって言ったって、俺たちは男で、更に言えば男だ。健全な男子高校生が同級生とヤリたいと思うなんて当たり前のことだと思うぞ。」

「ふん、くだらないな。ヤリたいと思うのが普通だとして、それは人間としてどうなんだ?『普通』という言葉を盾にして、仲良くしてくれる無垢なクラスメイトをそういう目で見て、そんなことが人間として正しいのか?」

「それはたしかにその通りさ。でも、思ってしまうのはしょうがないだろ?お前だってあるんだろ?そういうこと。」

訴えかけるような友人の説得を、僕は鼻息で一蹴した。

「ないね。可愛いなとか美人だなとか思うことはあっても、それが直接セックスしたいとかってことには繋がらない。仮にも三年間同じ学び舎で勉学に共に励もうという人に対してそういう劣情を抱くことは、なんだか申し訳ない気がしてしまうんだ。そういう感情は家に置いてきてる。」

僕の意見に、はぁと友人はため息をついた。

「負けたよ、お前には敵わないな。」

競っていたつもりはないのだが、友人は勝手に負けを認めた。何にしろ勝つのは嬉しいことだ。

「俺も自分で言っててやべえなって思ったんだ。これからは同級生をそういう目で見るのはやめることにするよ。」

「それがいい。愛だ恋だというのは俺達にはまだ重すぎる。自分の尻も親の手がないと拭けない俺らがいくら真剣になったって、それはおままごとの延長でしかない。親に内緒で、無断でクソをしたって、ろくなことにならない。」

「喩えが汚いな。もっと他に言い方はなかったのか?」

僕の比喩表現を聞いて心底嫌そうに、頬杖を付いたまま友人は僕を睨みつけた。

「それくらい醜いものだってことが伝わってくれたみたいで何よりだよ。」

「お前のそのクソみたいな恋愛観、どこから来たんだよ…。」

どこからか来たわけじゃない。ただ自分の内から湧いただけのものだった。


俺はこう思うんだ、と帰り道で友人は口を開いた。

「本当はお前の中には、素敵なものが埋まってると思うんだ。とっても素敵な、穢れなんて考えられないような純白のダイヤモンドがさ。」

「ほう。」

「だけどその美しさそれ自体を表現する方法をお前は知らないんだ。だから、『それじゃないもの』を否定し続けることで徐々にその正体を見つけようとしている。」

「なるほど…。」

思わず感心してしまった。自分でもそんな考えには至らなかったが、言われてみればそうかもしれない。

「消去法の究極形だな。言葉狩り、っていうと違う意味になっちゃうけど、ひたすらその周りにある言葉を狩り続けて最後に残ったのがその『素敵なもの』の正体なんだ。」

「たしかに、その通りかもしれない。」

僕は否定しながら、それを発掘しようとしているのかもしれない。外堀を埋めるのではなく、外堀を更に掘ることで。とても興味深い考え方だった。

「面白い考え方だよ。帰ったら考えてみる。」

友人に微笑みかけると、「おう」と微笑みが返ってきた。


高校生特有の、稚拙な言葉遊びだった。それこそおままごとのようなちゃちな。ちょっと本が好きで、哲学的な分野にも興味が出てくる年頃の僕達が考えたしょうもない放課後の遊び。だけどやってみるとかなり面白いもので、僕と友人は毎日のように、部活の声に紛れて教室でそんなことに興じていた。


家に着くと、ベッドの上に鞄を放ってワイシャツを脱いだ。僕の身体から離れたそれは驚くほど薄っぺらく、どこか僕達の遊びを彷彿とさせた。中身のない、しょうもない会話。

「しょうもない、か…」

しょうもない。いい言葉だ。ネガティブな言葉がデフォルメされてゆるキャラになったような単語だ。否定的、というよりも堕落的。惰性で生きているという印象が露骨に出る。

こんな言葉を使う人間にはろくな奴はいない。きっとこの世には『しょうもない』ことなんて一つもないのだ。それを「しょうもない」と一蹴するのは、価値を見つけることを諦めた証拠だ。価値を見出すことを諦めた人間にとってそれは無価値で…。

つまりしょうもないなんて言うやつが一番しょうもないのだ。僕がその一例であるように。

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