表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

[10分で読める小説]雨の日とボロボロの教科書

作者: さくらとももみ

その日、私は入学する高校の、教科書や道具を買いに行く日でした。


あいにくの天気で傘を差していましたが、ずっと降っているかというとそうでもなく、降ったり止んだりするうっとうしい天気でした。


学校へは電車に乗って3駅ほどしてからバスに乗り換え、6つめの停留所で降りて10分歩くという道のりです。バスの中は混んでいて、閉じた傘が他の人に当たらないように注意していました。


バスには私と同じように学校へ行く人が乗っていましたが、みんな制服が違うので、ちょっと「ヘンな感じ」と思いました。


違う制服というのは、まるで住んでいる国が違うような印象があります。なんとなく知らない、それも友好的ではない国の人という感じです。


顔見知りでもないし、どんな人なのかもわからない。別に面と向かって文句を言われたわけではないけれど、一触即発の雰囲気を勝手に感じて身構えていました。


なにが争いの種になるかわかりません。閉じた傘から滴る水が、その人たちの足に掛からないようにするので精一杯です。


ふと、車内を見渡してみると、友達と一緒に来ているグループがいくつかあるのを見かけました。


私は「うらやましいな」と思いつつ、そのうちの1グループになんとなく目を向けてみます。彼女らの発しているひそひそ声が響いてくるので、無意識に気になったのです。


すると、こんな話をしていました。


「特待生ってマジでいるんだね」

「ああ、武澤(仮の名前です)センパイでしょ? 理事長の親戚の子らしいじゃん」


「しかも主席でしょ?」

「へ、そうなの?」

「らしいよ。どんだけ頭良いんだって感じみたい」


「私が聞いてたのは、陸上部の短距離で期待の星だって話なんだけど」

「マジー? じゃあ頭良くって運動神経バツグンってわけ? やばくない?」


「いや、同一人物なのかはしらないけど」

「でも、特待生で理事長の親戚ってそう何人もいないんじゃない?」


どうも私が行くことになる学校の話のようでした。


成績が中の中、運動神経もない私には雲の上のような存在で、夢の世界の住人といった印象を受けました。


この科学が跋扈ばっこする現代で、中世の貴族と貧民ほどの絶対的な開きを感じた私は、その話をすぐに記憶から消し去ってしまいます。あまりに自分に関係がなさすぎて、現実味がなかったからです。


そうこうしていると、目的の停留所にバスが止まりました。


私以外の違う制服の人たちも次々降りていきます。その中にはさっき会話していたふたり組もいました。


私は扉が閉められるような気がして、慌て気味に車両の前部に向かい、小銭入れを取り出しました。


えっといくらだっけ、なんてパニくりながらも小銭入れをジャラジャラいじります。私の後ろにも人が並んでいました。


「料金は降りる前に用意しておいてもらわないと」

運転手のそんな言葉が突き刺さります。


私は反射的に「すみません」と答えて、頭を下げながら小銭を投入口に入れました。


「バスなんて乗ることあんまりなかったんだから仕方がないじゃない」


そんな反論を頭に過ぎらせながらステップを降りていきます。


雨はあがっているようです。空を見上げてみると、まだどんよりとした雲があちこちに残っていました。


「なるべく早く済ませて帰ろう」と思った私は、足早に学校に向かうことにします。これまで受験の日と、合格通知の日の2回しか通ってない道でした。


うろ覚えでしたが、制服がバラバラのみんなが同じ方向に向かっていたので、私もその後をついていくように歩くことにします。見たことのある景色が映り込んでくる度に、だんだんと道を思い出してきました。


ようやく道を思い出しきったぐらいで、見覚えのある校門が視界に入ります。


なんとなく校舎を見上げて、「ここにあの頭脳明晰、運動神経バツグンのセンパイがいるのかあ」と思い出していました。


「どんな人なんだろう」とすこし興味が沸いてきたのは、目的地に辿り着いて、余裕が出てきたからかもしれません。


みんなについていくように校舎の中に入っていくと、案内用の即席看板が置いてありました。看板に書かれている矢印を辿っていけば、必要なものはすべて揃うようです。


よく看板の文字を読んでみると、まず2階に向かうように書いてありました。看板上の簡易地図を目で辿っていくと、職員室の隣にある会議室が目的地のようです。


看板に従って会議室に辿り着いた私は、そこで書類の束を渡されました。


「新入生の手引き」といったタイトルの、薄っぺらいパンフレット類です。その中に挟み込むように、何枚かのざら紙が入っています。


入学費用のことを書いた紙、今日買える(買う必要がある)もののチェックシート。他に簡易的な見取り図も入っていて、図面上にどこで何が買えるのかも書いてあります。


私のように不安で仕方がない者にとっては、ありがたいアイテム群でした。


特にチェックシートは誰かの手作りのようです。クマのようなイヌのような可愛いキャラクターが、案内棒と吹き出しで説明してくれています。


漫画風なつくりに思わず見入ってしまいます。他の書類はお母さんが持たせてくれた紙袋に突っ込んで、チェックシートと見取り図、シャープペンシルを手に持って職員室を出ることにしました。




職員室を出たあと、案内看板は階段を降りるように指示していました。1階に降りたあと、玄関から表に出て、回り込むように歩いて中庭へ行くように書いてあります。


1階の玄関に辿り着いたとき、再び雨が降り出してきていました。傘を差して外に出ます。だんだんと強くなる雨足に、紙袋が濡れないよう注意を払って歩きつづけます。


そして同時に、周囲への注意力が散漫になっていきます。視線を紙袋からじわじわと濡れてきた靴下に向けたとき、どすんと、なにかにぶつかってしまいました。


「すみません!」

反射的に頭を下げて謝ります。


顔を伺おうとゆっくり頭をあげると、そこに立っていたのは水が滴っている大きな植木でした。顔や体中が火照り、恥ずかしくなった私は、慌てて周りを見回していました。


幸い、誰にも見られていないようです。そうしてしばらく歩き続けて、ようやく中庭に辿り着くことができました。


中庭では白い屋根のテントがいくつか張ってあります。テントの下でさまざまな人が行き交っていました。


チェックシートに目を通すと、教科書や体操服、上履き、学校指定の関数電卓、家庭科でつかう裁縫道具、美術でつかう絵の具や彫刻刀などのさまざまな道具を買わなくてはいけないようでした。


お母さんに渡されたお金だけで、本当に足りるのかと不安になりました。


しかし、チェックシートには、それぞれの値段まで記載してくれています。本当にこのシートの作成者には頭が下がる思いです。


チェックシートに書かれているアニメキャラたちは、デジタルデッサンのようで、とても綺麗なものでした。


パースがつかわれていてキャラに立体感があるので、とてもリアルに感じられます。この作者が絵の勉強をしていることがわかり、親近感を得ました。


そんなチェックシートと見取り図にならって、最初に辿り着いたところが主要科目の教科書を販売しているテントでした。


分厚いものから薄いものまで、全部で二十冊近くはある教科書群です。


持ちやすいようにビニル紐でくくりつけられていて、このまま古紙回収に出せそうなぐらいしっかりしています。


係の人から手渡されたそれはズッシリと重くて、これを持ってウロウロするのはちょっと大変だなと感じました。


ゆっくり紙袋に入れていきますが、少々頼りないです。ビニルでもどうかと思う重量なのに、紙製の袋ですから。


「お嬢さん、それ大丈夫?」

なんて係の人に心配されました。


「いいえ、大丈夫じゃありません」なんて言えるはずもなく、苦笑いだけを返して別のテントに向かうことにしました。


破れないように底を手で支えたいところですが、あいにくの雨です。


傘で片手がふさがっている以上、余計な負荷をかけないように歩くことぐらいしかできません。


「ウソ……なにこの量」

副教科のテントにきたあと、係の人から手渡された教科書とさまざまな道具の総量を見た私の言葉です。


雨だろうが晴れだろうが、私ひとりで持って歩いて帰るのは無理っぽいぐらいの量です。当然、頼りない紙袋には、文字どおり荷が重すぎます。


係の人も私の袋を見てアイコンタクトを送ってきたぐらいです。


「どうする?」って。


袋はいくつか持ってきていますが、なぜかどれも紙袋です。仕方がないので、重量が掛からないようになるべく小分けにして入れます。


なんとか袋の中に入ってくれました。ですが、それを持つ私の力は、また別の問題です。二の腕が張って、とても痛かったです。


グダグダ言ってても始まらないので、副教科のテントを後にして、足早に備品のテントに向かいました。


上履きや体操服などを購入し紙袋に入れます。私はもう、一歩も歩けないような荷物になりました。


これからバスや電車を乗り継いで帰るのは、狂気の沙汰です。幸いにも教科書類を買ったあとのお釣りがすこし残っていたので、タクシーで帰ることにしました。


そう決めた私は、そそくさと校門に向かいます。それが行けなかったのです。


いよいよ本降りとなってきた雨が、紙袋に浸透していたようです。手提げ部分が、イヤな音を立てて根本から破れてしまいました。驚いて引き寄せた反動で、次々と他の袋も破れていきます。


その場に、買った物が散らばっていきました。すこしのあいだ呆然とそれを見つめているだけです。どんどん濡れていく教科書を見て我に返りました。


拾おうとしゃがみ込んだとき、スッと視界の外から手が伸びてきます。色白でキレイだけど、私より大きな手は男性のものでした。


「あっ……」

と声を漏らして頭をあげると、そこにはひとりの男子生徒がしゃがみ込んでいます。

「手伝うよ。拾うの」


「あ、ああ、あっ……すみません。ありがとうございます」

そう言う間にも、次々教科書を拾っては軽く土を払ってくれていました。


彼は自分のスラックスが汚れるのを気にも留めない様子で、拾った教科書を膝の上に載せていきます。


「正直、いつかやるんじゃないかなって思って、テントからずっと見てたんだ」

バカにするような感じじゃなく、可愛い笑いを漏らした彼に、私は恥ずかしくなりました。


同級生かな。でもちょっと大人っぽいし、制服もちょっと使用感があるし。


「悪いかなと思ったけど、心配だったからちょっとだけ様子を見ようとついてきたら、ぶちまけててさ」


「いえ! 助かりました。本当に。ありがとうございます」

ドキドキと高鳴る胸を抑えて、なんとか声を出します。


すこし裏返ったのが恥ずかしくて、肌や制服が濡れて肌寒かったのがどこかに飛んでいきました。身体の芯からポカポカしてくるような気持ちです。


そんな中、私は自分の手に握られている紙を見て思わず、

「あーっ!」

と叫んでしまいました。


彼は驚いて私の手元に目を向けます。


可愛いキャラが書いてあった私の虎の巻「チェックシート」が濡れてヨレヨレになっていました。


ここまでその愛嬌のあるキャラと適切なアドバイス、わかりやすい表で私を助けてくれましたが、どうやらここまでのようです。


叫び声は愛着と残念加減のために出たものでした。想い出にとっておこうと考え、丁寧に折って大切に制服の胸ポケットに忍ばせました。


「そこまで大切に扱ってくれると、やっぱり嬉しくなるね」

そう彼は言いました。


「え?」

「それ、作ったの僕なんだ」


ウソー!! その日一番のオドロキです。


目の前の優しい彼が、こうして手助けしてくれてるだけではなく、見えない場所から助けてくれていたのです。


「ああ、申し遅れたね。2年……いや、次から3年か。武澤って言うんだ」

一通りの教科書を、膝の上に積み終わった彼がそう言いました。


「ああ……たけ……ざわ?」

どこかで聞いたことがある名前です。


「うん、あれ。どこかで会ったっけ?」

「いえ、なんか聞いたことある名前だなあと」

「ああ。ここの理事長が僕の親戚だから、それでじゃないかな?」


ああ。そっかそっか。


って、えっ! あのスーパーマンが、雲の上の人が、私の目の前に!


とりあえず何を言えばいいのかわからなくなった私は、咄嗟にお礼のような言葉をフガフガと言いました。


「いいって。さすがにこんな状態の人をスルーできる人って、そんなにいないと思うんだ」

確かにそりゃそうだ。


「とりあえず、職員室においでよ。代わりの袋ぐらいあると思うし」

「え? いいんですかね……?」

「当然だよ。袋ぐらい気をつかう物でもないし」


そりゃそうだ。いちいちごもっともです。

「濡れた服も乾かさないと。職員室ならエアコンも効いてるから、しばらくゆっくりしていきなよ」


そうして彼の好意に甘えることにしました。


よく見れば、背が私の頭ひとつ分ぐらい高く、スラッとしています。無造作すぎず、整髪すぎない髪型が似合っていて、キレイな顔立ちの人でした。


結局、水を吸ってすっかり重くなった教科書は、すべて彼が持ってくれました。私はそれ以外の細々した物を持って、再び校舎内へ足を運ぶのでした。




出された温かいお茶を、ふうふう吹きながら飲んで人心地つきます。芯まで温まっていくのを感じていた私は、ボーッと彼のことを見ていました。


私は丸椅子に座って、熱い湯飲みで手を温めています。その間に彼は、職員室中の先生に掛け合ってくれていました。そして、ナイロン製やらビニル製で、ちょうど良い大きさの袋を、いくつか確保してくれています。


そっか。特待生だし、理事長の親戚だから普通の生徒とは違うんだ。なんて漠然と考えながら彼の所作を眺めていました。


やがて、彼がこちらに向かって歩いてくるのがわかったため、ふと視線を反らしてしまいます。


「ちょうどよさそうなのが見つかったよ」

差し出されたいくつかの袋は、どれも大きさも耐久性も十分そうです。


これらを集めるのに、あちこちで先生と掛け合ってくれていたのを私は見ていました。


「本当になにからなにまで、すみません。センパイ」

「いいって。気にしないで」


ニコニコと笑みを浮かべて、私の正面の椅子に腰を掛けました。


一冊ずつ丁寧に、時折残っていた土を払いながら袋に教科書を詰めていってくれます。慌てて湯飲みを机の上に置いた私は、別の袋に教科書を詰めることにしました。


「そういえば、センパイって絵が上手なんですね」


沈黙になりかけていたので、何かを話さないと、と思って口から出たのがそんな疑問でした。

「ああ、ありがとう。趣味というか、ちょっと好きな分野なんでね」


「絵がお好きなんですか?」

「うん。あ、でも芸術とか絵画じゃなくって、アニメイラストとか書いたりするのが好きなんだ。ああ、アニメって言っても萌え系じゃなくって」


「はい、わかります。あのチェックシートの絵をみてても、ちゃんと技術を磨いている人なんだってわかりましたし」

「へえ、わかるの?」


「ええ。私も好きで、ちょっとかじってるんです。将来もイラストデザイナーとかになれたらなあって」


そこまで言うと、彼は袋に教科書を詰める手を止めてこっちを見つめてきました。

「同じ趣味の人がまわりにいなかったから、うれしいよ」


キラキラとまぶしい笑顔で彼は言います。散々お世話になった人が、こうも喜んでくれると私も嬉しくなってきました。


「もうちょっと早く出会えたらなあ。ゆっくり話もできたのに」

そういえば彼は3年になります。卒業まで1年しかないし、受験でゆっくり遊んでる暇もないのでしょう。


もうすこし早く出会えたら、もっといろいろと充実した高校生活が過ごせたのかなと思うと、悔しい気持ちになりました。


反面、あと1年もあるという気持ちもあって、これからのモチベーションにもつながりそうです。


「そういえば、頭が良いんですよね?」

「んー、どうだろうね。成績は悪くないと思うけど、頭が良いとは違うと思うんだよね」


一瞬、彼が言っていることが理解できませんでした。ついこの前まで、偏差値や成績がどうこうと責め立てられていた私には特に。


「記憶力が良いってだけで、頭が良い人ってのは回転が早かったり、芸術的センスがあったりとか……そういうことじゃないかな」

ああ、なるほど。確かにそう考えることもできる。


「勉強、勉強ばかりじゃつまらない人間になっちゃいそうでさ」

成績が良い人が言うと、普通ならカチンときそうです。


しかし、私はこの短時間で山のようにお世話になっているので、相当な武澤教の信者になりつつありました。


紳士的とでも言うのか、彼にはいやらしさのない、落ち着きのある優しさがあります。それまで、そんなものを異性から受けたことがない私は、十分に舞い上がっていたでしょう。


「ちなみに、彼女さんも頭が良かったりするんですか?」

つっこみすぎないように気をつかいながら、聞きたかったことを尋ねます。


「ん? 彼女なんていないよ。それどころじゃなかったしね。この時期に彼女は作れないよ」


それどころじゃないというのがどういうことかはわかりません。ですが、これから受験で忙しくなるときに、恋愛なんてしている暇はないのでしょう。


しかし、これは私にもチャンスがあるという風に解釈しました。1年あれば、なんとかお近づきぐらいには……きっと。


すっかり身体も温まり、丈夫な袋ももらえたのでそろそろおいとますることにしました。彼に感謝と別れを告げて、職員室を後にします。


これからの高校生活が楽しみになる出来事でした。


そうして新学期が始まり、何日か経ちました。


何度か3年の教室に足を運ぶものの、教室に足を踏み入れることはおろか、誰かに質問することもできずにいました。


仕方がないので仲良くなったクラスメートに尋ねることにします。

「ねね、3年の武澤センパイって知ってる?」


「当たり前じゃん。超有名だし」

「どこのクラスかわかる?」

「いやあ、わかんないなあ。ユリが詳しいと思うけど、聞いてみる?」


ユリというのはクラスメートです。しかし、引っ込み思案な私と、社交的な彼女を繋ぐものは特になく、席も遠かったので仲が良いというわけではありません。


「あ、うん。お願い」

そう言って彼女はユリの名前を呼びます。しばらくしてユリが私たちの机まできました。


「あのさ、武澤センパイってどこのクラス?」

そう友達が尋ねます。

「ん、3年の?」

「そそ。理事長の親戚の」


そうして返ってきた言葉に、私は耳を疑いました。

「留学したよ? 確か絵の勉強をするとかで。ドイツだったかな」

「マジでー! 留学とかマジやばくない」


と言ったのは友達で、私は頭の中が真っ白になってしまいました。


私とじゃ釣り合いもとれないし、彼女なんて大それたことは思ってなかったけど、せめて同じ趣味を持った友達として、というイメージを膨らませていました。


そりゃあ、あわよくば……という魂胆がなかったと言えばウソでもないけど。付き合うとかそういう感情はまだなかったし、単純な憧れが強かったと思います。


それからと言うもの、せめて、ちゃんとお別れが言いたかったなあという思いが、頭から離れたことはありませんでした。


先生に事情を話して、お礼の手紙を出したいと伝えると、理事長経由で連絡先がわかりました。


中身はともかく、宛名はドイツ語で書く必要があるので、なんだか見慣れないスペルを一生懸命に書いて手紙を送りました。


それから、手紙の返事はありません。

確かにちょっと会っただけですし、わざわざ手紙でお礼を書くことではなかったかもしれません。


そもそも私のドイツ語が読めなくて、ちゃんと送れていない可能性だってあります。でも、やれることはやったんだからと後悔はありませんでした。


あの日以来私は、いちど濡れてシワシワになった教科書を見る度に、センパイのことを思い出してしまいます。


私の小さな小さな恋のお話です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ