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エルフの森を護る『世界樹』。その膨大な大木は、およそ百万年前、一人の青年が種を植えたとされている。
世界で唯一無二の黒髪。四大精霊を使え、精霊魔法と剣技だけで魔女を葬った英雄エル。百万年程前の出来事で、曖昧な仮設が多い伝承だが、統一されているのは『黒髪』で『精霊魔法』を扱うと言う事だけ。
そして、今。世界樹を前に四つの勢力による会議が開かれていた。
「千年以上前から何事も無かった結界が破られましたか・・・」
若々しさを思わせる声の主は三千年以上生きる戦闘民族のエルフの長。
その歳を思わせない程の艶のある白い肌。透き通るようなサラサラとした銀髪。皺一つ無い可憐な美顔は、整っているキリッとした目つきだが、怖いと言う印象は受けず、どこか妖艶で美しい。
「そう暢気に言ってる場合じゃないぞ、レイラ」
女性の名を呼んだ男前な男性もまた、三千年を生きる長老である。レイラとは違い、顔には皺が目立つがこの人――バオンもエルフの長。
「もう、帰って良いか?」
頬杖を付き、気だるそうにしているこのエルフも、戦に出れば一騎で万もの兵を屠る優秀な戦士だ。多少皺のある顔つきは、鋭く、威厳がある。エルフの特徴とされる長い耳を好まないこの男性――フィレオットは、人間に良く似ている。
この場には、この三人しかいないが、もう一人。世界樹の頂上に住まう眠り姫、ユグドラル。説によれば、世界樹の苗を植えられてから一度たりとも起きている場を見たことが無いとされている。
「私の『魔力感知』では、ケルベロス一体しか確認出来ませんでしたが、あの獣が単独で破る何て考えられませんね」
元々は、魔物や部外者をエルフの森に入れないために張った結界だ。千や万の魔物なら有り得るが、一匹の獣が破れるはずもないのだ。
「では、魔力を持たない何者かが、同時に侵入したと?」
それこそ有り得んとバオンは鼻で笑う。
この世界において、魔力とは生命の源。それ無しでは生きていけないと言っても過言ではないほどの物だ。それを持たぬ人間はただ一人、英雄エルのみ。
しかし、その線は薄い。エルは遠い昔に屍となり、その骨までもが発見されている。幽霊になって出てこない限り有り得ないのだ。
「んなら、直接確認するしかねぇだろ。早く寝たいし」
面倒事が嫌いな性格なのか、四勢力会議を開くと毎度の事順序を飛ばすフィレオット。今から偵察するにしろ、動ける人間はこの場の三人だけ。相手の実力が分からない以上、迂闊に動けない訳だ。
「勝手言わないで。死ぬのは貴方だけで十分よ」
「まぁでも、部外者が入ってきた以上我々が動かなければどうにもならん」
収まり所の無い会話に嫌気を指したフィレオットは、横に飾ってある銀色の鎧と両刃の剣を手に取る。
「何をする気?」
フィレオットを殺す勢いで目を細めるレイラ。艶やかな銀髪が逆立ち、威圧感を放っている。
しかし、向けられたフィオットも臆する事無く、気だるそうな声で返した。
「決まってんだろ、偵察だぁ」
エルフの森を彷徨う影が三つ。木の枝を足場に、障害物の多い場所を高速で駆け巡る。
レイラの魔力感知を頼りに、目標を追うが先程から動きが無い。
「妙ね」
先程から、追いながらも魔法を使っているが、動いたとしても高く飛び上がったり木を登ったりと、意味の無い動きを見せている。
「獣一匹なら放って置いても害は無いんだがな」
魔力濃度の高いエルフの森は、他種族が踏み入れれば、『過剰摂取』による死亡が確定される。
それを知っている三人は、理解しているがどうにも不安が積もる。
「ッ――!!」
先頭を走っていたフィレオットは、突然足を止め目を閉じる。当人曰く、『気配』を感じる事が出来ると言うのだが、同族には理解されていない。
長年、人間のように振る舞い、人間のように鍛え上げた精神のお陰で成せる技だが、その気配に引っ掛かる人間がいた。
「不味いな、人間がいる」
「嘘でしょ!?」
「有り得んぞ」
レイラは、目を見開き魔力感知を何度も繰り返す。
しかし――。
「ダメね、何度やっても引っ掛からないわよ」
「となると、魔力を持たぬ人間か・・・」
三人の脳裏には、一人の人間エルの姿が浮かび上がる。信じがたい事実に水を差すかのように、フィレオットは叫んだ。
「不味い!気付かれてるぞ!!」
予想外の連発が彼らの冷静さを失わせ、調子を狂わせる。合わせていた歩調も乱れまくっている。
レイラは魔法の詠唱を、フィレオットとバオンは素早く抜刀。辺りに意識を集中させ、探り、ある一点の木に視線が収まる。
(なんつースピードだよ!クソがッ!!)
他の二人には、分からない相手の異常さ。焦りを覚え、単独で木に飛ぶ。
長年使う事の無かった愛剣で、目の前の木を両断すると、そこに現れたのは黒髪の少年。
「はっ?」
思考がぶっ飛び、頭が真っ白になった。英雄と謳われるエルの特徴の一つである黒髪。その若々しさから、当人でない事は少し考えれば分かるが、そこまで考える余裕が無かった。
空中でバク転をし、レイラの前で綺麗に着地をする。勝手過ぎる行動に文句を言われたが、それどころでは無かった。
「黒髪だ・・・」
「はぁ?」
「?」
丁度見えない位置に居た二人は、その少年の事を知らない。
同時に後ろに飛び立ったのを見る限り、相手は様子見でこちらまで来たんだろうと結論付けた。
レイラが使う魔力感知は、人間の魔法ランクからすれば初級魔法に位置する。冒険者が迷宮に入る際に使われる一般的な魔法だ。
しかし、感知出来る距離は個人の魔力量によって変わってくる。大体の人間はどんなに頑張ったとしても五キロメートルが限界だ。
大よそ、五キロ近く離れて居たにも拘らず、場所を割り出されたのは考えるに二つ。産まれながらに魔力量が多かったか、それとも修羅の道を歩んできたかのどちらかだろう。
どちらにせよ、相当な手馴れに変わりは無い。エルフの長三人で掛かれば勝率五分と言ったところだろう。
現状を手短く他の二人に話すと、軽い作戦会議を始める。
「黒髪の少年ですか・・・」
何か思う事があるのは当然。浮かない顔をしたレイラは「穏便に」と念を押すが、興奮状態にあるフィレオットを止める事は適わなかった。
「敵か味方か、分からない以上放って置くのは危険すぎる。レイラが言う通り、穏便に済ませるに越したこったねぇが、最悪の場合はしょうがない」
そう言い放つと、素早い動きで奥に進んでいった。残された二人は困惑しながらも、後を追った。