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「お出迎えって言ったでしょ?君をこの世界に呼んだのは、私だよ」
「は・・・?何で・・?」
謎の一つであった事をあっさりと自白するエリスに、マコトは驚きを隠せない表情を浮かべている。
恩師であり、母代わりである師範の言う『冷静に物事を考えられる人間こそが、生き延びていけるのだよ』と言う言葉を忘れかけていた。
警戒を怠らず、言葉の続きを待つ。「そんな怖い顔しないでよ」とため息を吐くと、真剣な眼差しに戻り話を続けた。
「この世界は今にも崩壊しそうな危険な状態なのよ・・・。それも、これも魔女と魔神のせいね。『神の書庫』に導かれし魔女って・・・本当に良い迷惑だわ。それで、この魔女や魔神に対抗できる人間は膨大な力を持つ異世界の住人だけなのよ、それで今回貴方を呼んだの」
「そうかよ。此処が何処だか分からないが、俺は他所の世界を心配してやれるほど余裕は無い。それに、自衛手段すらまともに出来ない俺に世界を救えって?そりゃ無理な話だろうよ」
恐らくエリスは、マコトがこの世界に来た瞬間を目撃しているはずだ。憶測に過ぎないが、異世界から来た住人だと断言するには証拠が少なすぎる。
それに、妙な話だ。この世界にマコトを呼んだのがエリスならば、数日経って現れるなんてのは可笑しい。
どうしようか、と悩んでいる内に痺れを切らしたエリスが苛立ちを露にしていた。
「そう、でも貴方は元に帰る手段を知らないでしょう?なら、私に従っておくのは得策じゃないかしら?」
「まぁ、そうだな。だが、俺は心配性なんだ、今すぐエリスに従うってのは無理がある」
確かに元の世界に戻りたい。だが、現代日本には無い生物や風景をもう少しだけ見ていたい。
最低限のサバイバル術を持ち合わせているマコトにとっては、 森を見つけた今となっては心配無用。その為、他人の手を借りる必要はない。
「そう・・。なら、無理強いしないわ。また会えると良いわねマコト君」
『開け門よ』
謎の言葉を口ずさむと、人の背丈程ある、真っ黒な扉が現れた。開かれている門からは、気味の悪い闇が空間を漂っていた。
何事も無く、エリスが通り抜けるとそれが合図かのように共に消滅する。
「何だよあれ・・・」
奇怪な現象を前にして、呆然と立ち尽くすマコト。原理はともかく、この世界はエリスのような現象を引き起こせる人物が多数いると見て間違えない。
より一層警戒しないとな、と心に刻んだ。
「そろそろ行こうか」
「ガウッ」
返事を返す獣は、先程の怯えた様子はすっかり治っており以前の調子を取り戻していた。
マコトはと言うと、これからの事を深く考えていた。この世界についての知識は皆無、一先ずは食の確保を優先するべきだと森を歩む事にした。
草が生い茂るその森は、言わば宝の倉庫。それは、マコト目線での話しだが、暫くは食に困る事はないだろう。
と言うのも、エリスと別れた後の事。獣の鼻を頼りに、奥に進む事暫く。先程までの木には、実が無かった。まだ実る前の物を発見していたのだ。しかし、その奥には食の倉庫と言っても過言では無い程の木の実の数々。
獣が木に登り、食べれそうな物を選抜していき、マコトと共に食らう。多少、喉が渇いて食が進まない事もあったが、それも配慮した上で水分の多い実をマコトに渡しているのは、獣なりの親切心だろうか。
「少し休憩するか」
水を確保するために来た森だが、想像以上の収穫があった。食べれる木の実に、絵になるほど美しい景色。
それに、木々の隙間から差し込む、太陽の光は程よい暑さで、たまに流れ来るそよ風が気持ちいい。
休憩するには、これ以上はない絶好の場所だろう。
地面に耳を付け、軽く目を閉じる。寝なくとも、目を休めるだけで多少の疲れは取れるし、安全が保障されていない森の中で無防備を晒すのは得策ではないだろう。
それに、地に耳を付けると危険を察知しやすい。辺りが静か過ぎるせいもあってか、耳が良いマコトには人の足音さえも聞き逃さなかった。
「一人・・・いや三人か」
一人は、何の警戒も無しに地を踏みしめている。だが、あとの二人。耳に意識を集中させなければ、聞き逃してしまう程の静かな歩み。一人目の歩調に合わせ、あたかもそこには、一人だけしかいないと言う錯覚を覚えさせるリズム感。
「これは不味いかもな」
幼い頃に親を亡くしたマコトは、剣術を教える今の師範と出会い、様々なことを経験したがその中の一つ。『狩猟』を思い出させた。
実際に狩をしてみれば分かるが、被食者は案外鋭い。と言うのも、鹿や鳥等の動物は気配をちらつかせるだけで、逃げてしまう程臆病だ。その為、最低限の『気配』と『足音』を使って近付く訳だが――どうにも、向かってくる人間はその類に良く似ている。
流石に離れているため、相手側は気配を出す所かまだマコトには気付いていない。
その為、マコトが逃げ隠れすれば撒ける可能性もあるが、それも低いだろう。
仮に相手が狩猟者ならば、マコトが逃げたとしても足跡等の痕跡を消さぬ限り、永遠に終わらない追いかけっこが始まる。狩猟者じゃなかったとしても、この歩行術を使っている辺りから考えれば、同じ事になるだろう。
ならばこちらから迎えに行こうと、徐々に向かってくる足音の方面に向けて駆ける。
足場が丁度良い柔らかさであるが為に、足は快調に進んでいく。
(そろそろだな)
恐らくは次の木を交わした直後が対峙の瞬間。相手がどの程度の実力者か分からない為、直ぐに攻撃態勢に入れる状態で飛び出した。
マコトが木を避けると同時に現れたのは、全身を銀色の鎧で覆い隠した髭面のおじさん。歳は恐らく三十は過ぎている。所々シワのある男前な顔。ダンディーと言う言葉がよく似合いそうな人物だった。
視認と同時に後ろに身体をずらし、真横にある木に回りこみ素早く身を隠す。
「三十代半ば、剣士だろうな」
一瞬では合ったが、大体の特徴は見ることが出来た。身体を纏う鎧から察するに、腰に据えられた剣は本物だろう。
マコトが飛びのくのと同時に相手も同じ行動を取ったのは驚いたが、こちらとしては有難い。
「さて、どうすっかな~」
単独で突っ走っても良いが、それだと敵対する人物だと思われてしまう。その為、一旦身を引いたわけだが・・・その後の作戦は考えていなかったようだ。
戦うにせよ、体術だけでどうにかなる相手ではない。マコトが鎧を貫通させるだけの力があれば可能だが、生憎とそんな化け物じみた力は持ち合わせていない。
だが、急所とも言える首から上は装備無しでがら空き状態。狙うとしたらそこなのだが、他の二人がどう来るか分からない。故に、迂闊に飛び出せない。
(敵対する訳でもないから、出来れば俺からは攻撃したくないな・・・)
内心では、そう思ってるが。実際相手が仕掛けてきたら自衛として戦う事になるだろう。
「暫く出かたを見るか」
木陰に隠れ、暫く様子を見ることにした。