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青い太陽が空高く昇った頃、マコトは目を覚ました。
昨日、辺りが明るい内に少し休むつもりで目を瞑っていたが、どうやら丸一日寝ていた様だ。
座った体勢で寝ていたせいか、足腰が凄く痛い。腰を反対側に軽く捻ると『ボキッ』と連続して間接が鳴る。
立ち上がろうと、地に腕を付くと違和感を覚えた。
「――あれ、腕?」
確か昨日、ケルベロスに似た獣に食われ、右腕の大半を失ったはずだ。しかし、今は何ともなく昨日の出来事がまるで嘘だったかのように機能している。
「わからねぇ・・・」
何がなんだかさっぱりだ。砂漠で寝ていたと思えば変な獣に腕を食われ、起きたら元通り。
やっぱり、此処は夢の最中なのか?――と、そんな疑問を打ち消すかのように、目の前に現れた『それ』は飛びついてきた。
「――ッ!!」
その一蹴りの移動で、間合いを一瞬にしてゼロにした。身体を横に流し、回避するも髪を掠める。
染めた事のない綺麗な黒髪が宙を舞い、間一髪で直撃を免れた。
その攻撃は、一度に留まらず二度三度続けて襲ってくる。四速歩行の犬と同じく、腕のリーチが短い為、冷静に交わせば当たる事は無い。
一度距離を置くために、緩くバックステップを踏む。しかし、ケルベロスは襲ってくる事は無く様子を見ている。
――好機
即座にそう判断し、逃げの一手を出す。獣を背後に全力で岩を登る。ロッククライミングなんて初めてだが、凹凸のある岩のお陰で難なく登る事は出来た。
距離は天と地。岩の頂上に付くと、下を見下ろす。夢中で登ってたせいか、途中怖気付く事はなかった。だが、こうして見てみると思わずぶるっと来る。
「何だあれ・・・」
遠目に見えるケルベロス。その身からメールで見た魔法陣が浮かんでいる。円形の淵に六角の線。その周りには子供の落書きの様な汚い文字がある。
その魔法陣は、白い光を放つとケルベロス諸共消し去った。
「――冗談だろ?」
後方から聞こえる唸り声に、マコトは顔を引きつらせた。
背筋が凍る感覚を覚え、咄嗟に屈むとお得意の鋭い爪から繰り出される攻撃が空ぶる。
振り向き様に左脚から繰り出す廻し蹴り。生物である以上、脳や首は急所だ。
丁度、良い位置に居た真ん中の頭を踵で蹴り上げると身を沈め、軽く脚を払う。
同時に繰り出された蹴りと払い。痛みが来るのもほぼ同時。ケルベロスは、屍のように体を地面に倒すとビクンと痙攣していた。
やはり、この種も急所が通じる。形態を調べようと獣の近くに寄ると二つの頭が動いた。
蹴りを喰らわせた真ん中以外の二つの頭。紅と蒼の子だ。
「オッドアイが主体か?」
真ん中の頭は恐らく脳震盪の症状で倒れている。その為、一時的ではあるが行動不能になっているはず。だが、左右の頭は今尚、マコトに牙を向けており警戒心剥き出しで今にも襲い掛かかってきそうな状態だ。
「どうするかな・・」
マコトは以外にも冷静だった。現実味が無いって言うのもあるが、一番の理由は負ける訳が無いと言う自身から来ている。故に、あせる事なく冷静に。
「逃げるか」
行くあては無いが、これ以上付き纏われたら体力が持たない。何せ、丸一日飲まず食わずだ。人間一週間は水だけで生き延びていけると言われているが、果たしてそれは行動する工程も入れているのだろうか?入れていない無かったら持って三日。水分すら取っていない今の状況を考えると、後一日。せめてあと一日で、飲料水か植物を見つけなければ、待つのは死の一文字だけだろう。
痙攣している獣を横目で流し見ると、岩を下る。
先程、ケルベロスが移動していた物が使えたらどれ程楽だろうかと考えながらも、怖さ紛れに慎重に降りていく。
行く先は森か海。太陽の位置関係を見ると、どうやらマコトが逃げてきた砂漠は東に当たる。西側にこの岩だとして、北か南のどちらかに進むべきだろう。
どちらか、悩んだ挙句馴染みのある北に進む事にした。
「水か食い物があれば良いんだけどな」
乾いている喉を唾液で誤魔化しているのも時間の問題だろう。歩く度に足取りが重く、鉛玉でもつけているかの様な感覚に襲われた。
「はぁはぁっ――不味いかもな」
意識が朦朧としてきた。毎日三食取っていたマコトの身体はとっくに限界を迎えていた。
脚は思うように動かなくなり、全身がカタカタと震えだす。
「ッんだよ!クソッ!」
動かない脚に苛立ちを覚える。何とか地を踏みしめるも、一歩も進めていない。
最後の力を振り絞り、一歩踏み歩いたが膝から崩れ落ち、地面と口付けをする。
「――ははっ。最後の晩餐が砂とか笑えねぇよ」
口に入った砂を適当な所に吐き出すと、寝返りを打ち仰向けになった。
「あぁ――くそ眠い」
思考回路が完全に停止し、ただ、ぼんやりと蒼い太陽を見つめる。
こんなにも近く、手の届きそうな距離に蒼い太陽。現代日本では考えられない奇怪な生物や現象の数々。
「夢なら良いんだけどな」
掠れた声で出した言葉を最後に、北原マコトは意識を断った。