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遥か昔、約千年前の出来事だ。とある一人の少年が、後にエルフの森と名付けられる集落を発見した。クレイア国に仕える少年――エル・クロウズは、現場調査の結果を報告している最中であった。
「クレイア国の南部、凡そ数千メートル辺りに発見された集落ですが、魔力による膜で周囲を覆われていました。恐らくは、我々が使う『防壁』の上位に当たるものかと思われます」
「同じ人間が住んでいると・・そう言いたいのか?」
エルの対面に座るインタルの国王、ロストが睨みつけるように威圧する。それを受けたエルは、黒髪から滴る汗を気にした素振りもなく”予め”用意されていた回答をする。
「その可能性が高いと思います。しかし、実際に確認しなければ分からない事も多いかと・・・」
「そうか、ならば貴様が行けばいいだろう」
ロストは――いや、その他の人間も自国の人間を調査に向かわせることは好ましくないのだろう。国防を主にする魔法師の数は、魔獣の活性化において近年数を減らしつつあり、どの国も人員不足に悩まされている。
クレイアも同じ、状況であるが第一発見者や距離から見て無視する事は出来ないのだ。
「――そうですね、ならば私”一人”で向かわせてもらいます」
そう言い放ち、席を立とうとした刹那、周囲の空気が一変する。まるで、氷山にいるかの様な感覚を覚える原因となる人物は、エルの隣に座っていたクレイア国の王女――ヘンリエッタから発せられたものであった。
「待ちなさい。貴方が一人で行くと言うのなら、私も付いていきます」
ヘンリエッタの言葉を聞いた各国の人間は、驚いた反応を見せる。それもそのはず、後継者である王女が外界に赴く等、言語道断である。
「しかし、ヘンリエッタ姫。幾ら魔法の腕が優れているとは言えど、外界に出たことの無い人間では結果は目に見えているぞ」
「彼の実力は知っているのでしょう?でしたら問題ないじゃない」
エルの実力と聞き、各国の人間は若干下を向き焦る。というのも、以前からヘンリエッタの護衛を勤めていたエルだが、その実力を疑う者が現れたのだ。各国の中でもより優れている内の一人と決闘し、その膨大な程の魔力を見せたのだ。
故に人は、彼を化け物と罵り共に恐怖を抱くようになってきた。
それはロストも同じく、エルに直視されるだけで震えてしまうだろう。
「いくら彼とて、危機的な状況に陥ったとしたら、姫を見捨てないとは言い切れないであろう?」
「それに関しては問題ありません。万が一にでも”危機的”な状況になど、なる事はありませんし、もしそうであればこの世界に終焉が訪れるのと同義ですよ」
「き、貴様ッ――!!」
ロストが声を荒げたのは、彼の過信を付いたのか、それとも自身を馬鹿にしていると感じたのかは当人にしか分からないが説得力のある意見であった事には変わり無かった。
自体の収集が付かなくなったと感じ取ったヘンリエッタは軽く手を叩くと注目を集める。
「それでしたら、ロスト様。貴方も付いてきてはどうでしょう?しかし、彼は未熟故に”私”以外護れない場合があるかも知れませんが、どうでしょう?」
ヘンリエッタの言葉に頬を引きつらせたロストは口を紡ぎ、無言を通した。
それは即ち、否である事を意味している。理想通りに事が進んだヘンリエッタは、内心湧き上がる卑劣な笑みを押し殺し、華やかな笑顔で「では、作戦会議があるので御機嫌よう」と言い、エルと共にその場を後にした。
―――
「それで、貴方の要望通り他国の介入はこれで無いと思うけれど、何を企んでるの?」
「あぁ、それに関しては感謝する。端的に言えばそれがあの森の住人――エルフの要求だからだ」
五カ国会議から帰ったエルとヘンリエッタはクレイア国に一度戻り、作戦会議をする為、王宮の一室に居た。無駄に広く、豪勢な部屋は客間と呼ばれている所だ。一家所か数家族すら入りそうなその部屋の真ん中にある、赤いソファーに腰を掛け向き合って座っている。
「エルフねぇ・・確かにあれ程の魔法を使えるのも頷けるわ。でも、今じゃ絶滅種よ?」
「確かに俺も驚いたな、まるで特徴が一致していたから恐らくは見間違えじゃないだろう」
「そう。それにしても――どうするの?」
ヘンリエッタの聞きたい事はある程度分かっていた。そもそも、集落を発見した時にそれこそ一番初めに思った事でもある。
――エルフの森を見つけたと公言してどうするの?とヘンリエッタは言いたいのであろうと。
しかし、エルとてエルフに何かしようとは微塵にも思って居なかった。それは、偶然で或いは不幸な産物。人間より遥かに優れた種族を、果たして人間は受け入れるのだろうか。それとも、奴隷として捕まえるのか。思うところはあれど、敢えて曖昧に返す。
「何を、だ?」
「はぁ。それ、貴方の悪い癖よ?」
「さぁな、俺は姫様の護衛でしかないただの一般人だぞ?お国の問題に口を出すなんて、そんな恐ろしい事出来ないな」
彼の言葉を聞いたヘンリエッタは、再びため息を付くと深く考える。エルはお前が考えろ、と投げ出した。彼なりの考えがあるのは、分かるがそれこそ、一般人のエルが意見を通した所で責任は取れないのだ。だから、託した。他にも理由はあるが、もう一つ上げるなら彼女の考察力が優れているからであろう。
(――一つの国として認めさせるってのも手だけど・・駄目ね、戦争ふっかけられて吸収されちゃうわ。後は・・国民として向かえる、か・・・)
思ってみたが、現実的ではないと直ぐに否定する。やはり、人間以外の他種族が同じ街で住んでいたら反感を喰らうのは目に見えていた。だからと言って、身分を落とし奴隷として迎え入れたのならばエルは激怒するだろう。それならば、残るは一つしかない。
「そうね、クレイア国で匿う――それも宮殿で、って言うのはどうかしら?」
考えた挙句、思いつくのはこれしかなかった。幸い、父であり国王であるライガスは、基本的に別住まい。無駄に広い宮殿を有効活用すれば・・と考えたヘンリエッタだが。
「なるほどな。だが、万一国民に見つかった場合その対処はどう考えてるんだ?」
「そうなのよねぇ・・・」
ヘンリエッタとしては、別に宮殿に誰を住まわせようが構わなかった。だが、それを国民が知った場合。暴動で収まればいいが、それ以上の事も有り得るのだ。
その為、余り現実的ではない案なのだ。
「集落は突然消滅した、ってのはどうかしら?」
「あぁ、いい案だな。下手すれば俺は死刑だ」
国は違えど、法は同じ。彼らに見られて居ない為、無かったと言い通せばそれでいいが、虚偽の報告をしたと扱われれば即死刑となる。
「エルフを貴方の手で自ら育てるってのはどうかしら?貴方程の実力なら、一国にも遅れを取らないでしょう?」
「まぁ、な。だが、そうなれば必然的に金銭面の問題にぶつかるな」
「道具は私が仕入れるけど・・・何で金なのかしら?」
「そりゃ、教育費だ。ただ働きはしないぞ」
「ほんっと良い性格してるわ」
他愛の無い雑談を挟みながらも、今後の方針を決めていく二人。その後も色々とふざけた案もあがったが最終的には『エルがエルフをある程度育てる』となった。話によれば、エルフ達は魔法を使えても魔力の漏洩や、無駄な構築をしており、今のままでは騎士団の訓練生にも劣ると言う。それを正規生並みに育てろと言うのだから、ヘンリエッタは彼を信用しているのだろう。
「じゃあ、またな」
「ええ、必要な物があったら遠慮なく言って頂戴。それと、他国の人間には悟られないように。私の方では誤魔化しておくから」
「ああ、分かった」
エルが退出したのを確認すると、ヘンリエッタは山積みにされた紙に向かい合う。
「はぁ、また忙しくなるわね」
彼女一人しかいない部屋に響く声は自然と寂しさを沸騰させるのであった。
今回はエルフとの戦争までの話となります。後何話か執筆しますので、良ければお読みください。尚、本編はこれが終わり次第更新しますので、お待ち頂ければと思います。