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意識が覚醒すると、まず目に入ったのがベッドの横に簡素な椅子に腰を掛ける少女。――いや、女性の方が正しいかも知れない。
クロエルとの一戦を終え、重症を負ったマコトが運ばれてきたのはエルフの森にあるとある住宅。一つの国として成り立つこの森は、魔力量以外には人間の街と大差ない。
と言うのも、何処からとも無く調達されていく物資は商店のように路地で売られていたり、それこそ店を構えている人だっている。
そして、数ある家の一つ。かつてエルが住まいとして使っていた一室にマコトは寝ていた。
(これはどういう状況なんだ・・・?)
体内時間で凡そ数時間前。死闘を繰り広げていた敵であるクロエルが、何故かマコトの腕にしがみ付き眠っていた。
起こそうかと考えた挙句、起床を待つ方向に持っていく。暫くして、クロエルから「――んッ…、うぅ…」と淫しい声が聞こえてきた。
マコトから手を離し、目を擦る様は何処か美しく高価な外国人形を連想させた。
「・・・目覚めたか?」
「――ぁ?・・・ッ!?」
マコトの顔を見るや否や、物凄い速度で後ろに飛び退き頬を火照らせる。身体を包む様に両手で被せていたが、無論誤解される様な事はしていない。
「それで・・・何で俺は此処にいるんだ?」
「・・・怪我してた」
「あぁ、そうだな痛かった」
傷口を撫でるように、アピールしたがふと違和感が生じた。肩から背中まで合った切り傷は無くなっており、自覚してみれば痛みも無い。
「もしかして・・治療してくれたのか?」
怪我を負わせた本人に言うのも少し違う気もするが、状況が状況であった為致し方ないと受け入れるべきだろう。
「・・・違う。クロエルは何もしてない」
「ん・・?じゃあ誰か治療してくれたのか?」
「治癒魔法を掛けても・・痕は残る・・」
語尾を小さく喋るクロエルは、緊張している様子だ。いや、彼女の場合長年人と話す機会が無かった為人見知りになっているだけなのかも知れない。
ともあれ、マコトの違和感が魔法によって作られた状況でない事は理解出来た。
「じゃあ何でだ・・・」と口を開いた後、前にも似たような事が合ったと記憶を辿る。それはこの世界に来た初日。ケルベロスに喰われた右腕が、まるで何事も無かったかのように元通りになった。その時を思い出していた。
「単に自己回復能力?が高いってのは無いかな?」
「・・・無理」
「そうだよな」
確かに人一倍怪我の治りが早い人間は存在する。だが、跡形も無く怪我その物を治すと言う、化け物じみた回復力は聞いたことがない。
「俺が持っている魔法ってのは・・・無いか」
「・・・無い」
少し前にも言われた通り、マコトは魔力を保持していない。故に魔法を使えない訳なのだが・・・どうにもこの摩訶不思議な現象が気に掛かる。
「・・・異能力なら・・・有り得る」
「何だ?それ」
「・・・魔法とは別の現象。解明されない不思議な能力」
話によると、マコトの持つ回復能力は一種の異能力と呼ばれている力だと言う。魔法では発現できない現象を異能力によるものと言われており、境界線は曖昧。極稀にしか発見されない異能力者は、現在確認されているだけでも数人。その中でも、目の前の少女クロエルが溺愛しているエルが使う魔力分解が脅威とされていた。
「・・・魔力が無いのも可笑しい」
「そう言われてもなぁ・・・。俺からしてみれば魔力って物がある方が可笑しいんだよな」
空中に浮遊しており、体内に取り込む事で魔法を発現させることの出来る素。簡単に言えばそうなるらしいが、どうにも現代科学で解明されていない物質は想像し難い。目に見えるならまだしも、酸素や細菌のように粒子が細かく、視認は出来ないと言うのだから信じられない。
「にしてもなぁ・・俺も遂に人の域を超えたか」
我が師である水菜は既に人外の域を超えており、例えるならば神。常人では対応できない死角や、速度に即座に対処してみせる業はもう人間ではない。
そんな彼女に育てられたマコトは、いつか水菜のように強く逞しくなると思っていたが想像と違う形で叶うことになってしまった。
「・・・エルフの森は人間嫌いな者が多い。長いは遠慮・・」
「あぁ、そうだよな。すまん」
クロエルは外を見てやると退出を急かす。しかし、マコトも直ぐに出て行くことは出来なかった。それもそのはず、本来は食住を求めこの森に入ったのだから。
「あの・・この辺りに人間の住まいってあるかな?」
「・・・ある」
「良かったら案内――道を教えてくれないかな?」
途中で言葉を切ったのは、露骨に嫌そうな顔をするクロエルが目に付いたから。人間を憎き存在として認識しているエルフからしたら当然の反応だと、納得する。
「・・・付いてきて」
クロエルの後に続き部屋の外に出ると、その風景に魅了された。幻想的と表現するのが正しいのかも知れない。
木々に囲まれた住居は、悪戯な植物が絡み合っており綺麗な廃墟を想像させた。すれ違う人――エルフ達はマコトを睨みながら通り過ぎていく。時代錯誤な衣装を想像していたが、服装は現代寄りなファッションだ。時々、重装備の人間もいるが警戒を怠らなければ大丈夫だろう。
「・・・出口はあっち」
「少し見て回ってもいいか?ロクに飯も食ってないんだ」
空腹感は余り無いが、ここ数時間の間何も口にしていない。それに、エルフの森を去ることも考えれば在る程度の物資は必要不可欠だろう。
「・・・分かった」
「ありがとう」
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クロエルに連れられてやってきたのは、巨木の前。そこには、見知った人が椅子に座っていた。
「あら、怪我はもう大丈夫なの?」
「何とかな」
微塵も心配した様子の無い表情で、レイラから放たれる言葉を適当に流し、クロエルに説明を要求する。
「・・後は・・レイラに任せる」
「あぁ、そういう事か」
手をひらひらと振り、世界樹を登っていく彼女に会釈する。クロエルは、流れ行く風景の中最愛のエルに良く似た人間に軽く微笑むと速度を増して消え去った。
「クロエルから、この近くに人間の住処があると聞いたんだが・・・分かるか?」
「んーそうね、此処からだとクレイア王国って所の都市、イレーナスが近いわね。案内しよっか?」
「そうしてくれると有難い。んでも、少し此処を見回っても大丈夫か?」
クロエルから聞いた話だとエルフは、人間を嫌悪しているらしい。それも、昔に行われた戦争の影響だと言うのだからマコトにはどうしようもない出来事だ。
しかし、道中何度かすれ違ったが軽く睨まれる程度だった。もしかすれば――と考えたマコトだが、レイラの反応は良くなかった。
「クロエル様から――戦争の話は聞いた?」
「大雑把にだけどな」
人間とエルフの価値観の違いで起こったと聞いた。そして、互いの主格が死亡と同時に終戦した。その大部分だけしか聞かされていないマコトは、何が原因で勃発したのかを知らないのだ。
「そう、なら分かるでしょ?エルフは人間が嫌いなの、そんな中街中でも歩いて見なさいな。魔法が飛んでくるわよ」
「はは・・・だよな」
予想はしていたが、やはりエルフの街を見て回る事は出来ないようだ。考えても見れば当たり前の事なのかも知れない。殺した当人で無いとは言え、同じ種族だ。エルフからすれば、人間である事――もっと言えば同族以外の人間は警戒され、危険視しているのだ。
「・・・命を捨てたいのなら構わないけど?」
「遠慮するよ」
未知の世界である為、惹かれる所もあるが命を投げ捨ててまでのほどではない。首を横に振り、否定をすると「そう、賢明ね」と言われた。
「それじゃ、イレーナスに行きましょうか」
マコトはレイラに手を引かれ、道案内してもらえる事になった。同じ人間が住まう都市に向かうとなって少し気が緩んでいたのかも知れない。
この時は思っても見なかっただろう、又直ぐにエルフの森に帰ってくるなんて。
今回は少し短めです。次回は事の発端である、エルフと人間の戦争を描写出来れば・・と思います。
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