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神様の恋  作者: 橘 弓流
8/24

準備

 その後、数日して言葉通りに征四郎は再び里にやって来た。今度は太朗を伴ってではなく、一人で。

 今日はいつも助けてくれる静は大神や叔父たちと共に神事を神殿で行っており、征四郎が通されたのは謡の住まう邸だった。

 羽無し、と言われても大神の直系の孫、大神の住まう神殿のすぐ傍にある朱塗りが美しい建物だった。広い邸に一人で住んでいるのか、と思うと謡の寂しさを考えてしまう。そして、謡の部屋は奥まった場所で、庭に目をやると、前に見た神殿の控えの間の庭とは打って変わって寂しげに見えた。ただ、所々に花が咲き、それだけが彩を添えている。


「うた姫様、藤間様がお見えでございます」

 今回は謡に仕える女官に案内された。どこか素っ気なく感じたが、面をしているので、その表情は窺えない。

「お通ししてくれますか」

 謡の声が聴こえた。中に入ると、いつもの白い装束を着た謡がいた。質素な部屋だった。特に何があるわけでもない。一輪の庭で咲いていた花が飾られ、そして文机があるくらいだった。

「元気そうで良かった」

 笑顔で部屋に入ると、謡も笑顔で応えた。女官が下がるのを見届け、目の前に座った。

「今日はすごい荷物……」

 確かに征四郎が持ってきた荷物は、担いできたほどで大荷物だった。こんな山奥まで担いできたというのは重かっただろうに。

「ああ、今日は反物とか持ってきたのでね」

 何も無かったかのように平然としていた。そして、荷をほどき始めた。


「こんな部屋にお通してして、ごめんなさい」

「何を言ってるんだか。大丈夫だよ」

 広い邸で他にも部屋はあるだろうに。だが、征四郎は何一つ嫌な顔をしない。謡は今までの生活の習慣を恥ずかしくなる。

「それが何か問題でも?」

 不思議そうな顔で尋ねる。謡は首を振った。何でもないと……。この邸で謡は、ほとんどを自室で過ごす。他の部屋を使っていると「一人だ」というのを強く感じてしまい、自室に引きこもっていた。しかし、そんなことは征四郎は知らなくて良いことだ。

「何でもないの」

「そう……?で、これだけど……」


 広げられた反物は見たこともないような色鮮やかな美しい物ばかりだった。

「ごめん、妹と見繕ってきたんだけど、その一部で……気に入らなかったら、また違うのを持ってくるよ」

 いや、待って。こんなに素敵なのに。

「綺麗……」

 ため息が漏れるように呟くと、向かいに座った征四郎が安堵した様子で大きなため息を吐いた。思わず顔を上げると、目が合って笑ってしまう。

「はは……良かった」

 その様子が面白いのと、一所懸命に選んでくれたのかと思うと嬉しくなる。

「妹さまも選んでくれたの?」

「ええ、俺は男なんでね、妹に手伝ってもらったんだ。謡どのの姿を細かく伝えて、それじゃってことで選んできたのが、これなんだけど」

 広げられた反物に目を移すと朱に金の刺繍、藤色など色とりどりで、この里では見たことも無い色ばかりだった。謡たちの装束は普段は白く、神事の時くらいしか朱などの色合いの装束を身に着けない。男はまた違った色の袴なども着るし、里の者も色がある物は身に着けない。そういう決まりがあるわけではないが、白は清い色とされ、誰もが神であるので白を好む。だが、こんな美しい反物を見せられては、自分の白の装束が簡素に思えてならない。


「妹さまにも礼を言ってもらえる?」

「大丈夫、すぐに会えるよ。この先の城での世話は妹のお凛がすることになっているから」

「お凛どの……どんな妹さまか会えるのが楽しみだわ」

 妹がいるのか。自分は一人だから、どんな感じか分からないけれど。静には兄弟はいないが藤は兄や妹、弟がいる。

「……からかわれて大変だった……」

 ぼそりと征四郎が呟いた。

「え?」

 訊きかえすが、征四郎は少しだけ顔を赤らめて何も言わなかった。


「それより……そこにいるお二人」

 部屋の戸から隠れて見ていた官女二人の方を振り返る。二人は気が付かれるとは思っていなかったようで、身体をびくりと揺らした。謡も気が付かず、顔を上げると謡に仕えている若い官女がいた。

「あ……あの、失礼いたしました!」

 そそくさと去ってしまいそうになり、征四郎が手で制す。

「二人も見たかったのだろう?こちらに来て見るだけ見てみるか?」

 やはり若い女……反物など気になるのだろう。それに神と人だが男と女だ。二人きりでいて、謡に悪い噂が立っても迷惑がかかる。

「あの……姫さま……」

 一応、謡に伺いを立てると、謡も頷く。

「二人も見たいの?こっちに来て一緒に見立ててくれる?」

 謡は何も考えないで言っているのだろうが、征四郎には嬉しかった。どこかっ素っ気ない官女に案内された上に、謡の身の上も聞いている。先日大神に謁見した際にいた叔父たち、静という男……皆が謡に冷たいように感じた。

「良いのですか?」

「きゃあ!」

 やはり嬉しそうに部屋に入ってきた。征四郎は少し下がり、二人のために場所を開けた。神だとしても女だと感じた。

「素敵ですわ」

「綺麗ね」

 謡が二人に反物を広げて見せる。自分のことだが、他の者にも見てもらえると思うと嬉しい。

「本当に。ここじゃ、柄の入った装束は大神さまと烏間の男の方くらいしか着られないですものね」

 一人の官女が一つを手に取る。

「綺麗……こちらなんて姫さまに御似合いです」

 謡も交えて反物を見比べていた。

「そう?私に似合う?でも少し派手じゃないかな」

 謡も笑みが零れる。その様子を微笑ましく征四郎は見守っていた。

「そんな、姫さまはお可愛らしいお顔なんですから」

 反物を見ながら一人が零した言葉に謡が顔を上げた。驚いてその官女の顔を見つめる。そんなことを言われたのは初めてだ。

「え……私が?」

 官女と親しく話したことも特になかった。誰もが遠巻きに見ていただけだった。可愛らしいなんて、幼い頃に親に言ってもらっただけ……あ!この前、征四郎どのにも言われたのだった……。ちらりと征四郎を窺うと、腕組みをしてにっこりとした微笑みを向けている。そして大きく頷いた。

「そうですが……?」

 官女は不思議そうに二人で顔を見合わせる。

「じゃ、決まりだな。こっちと、こっち。これで仕立ててもらうことにしよう」

 征四郎が立ち上がり、決まった反物を他の物と分けた。それを仕舞うのを官女が手伝う。

「藤間さま、見せていただき、ありがとうございました。姫さまに御似合いのお召し物を仕立ててください」

 礼を述べると二人は出て行く。謡は呆気に取られていた。そんなことを言われるなんて思っていなかった。誰も私を腫れものに触るように接し、関わり合いになりたくないと思っていたのに。


「謡どの?どうした?」

「だって……今まで私とそんな話なんてしたことなかったのに。可愛いとか、私の為に征四郎どのに頼むとか……少し驚いてしまって」

 征四郎は大きなため息を吐く。本人は全く分かっていない。それだけで他の者が気を許すことをしている。

「謡どのは今まで、あの者たちと必要最低限しか話したことがなかったんだろ?」

「そう……だけど。だって、私は疎まれているのに」

 謡は唇を噛んで俯く。

「そうかもしれないけど、だけど、そうじゃない者もいるってことじゃないか?じゃなきゃ、俺にあんな事を頼まないだろ?それに……謡どのも変わったのかもしれないよ?」

 全く分からない。私が変わった?首を傾げる。

「そ。分かんない?笑顔だよ、笑顔。謡どのは笑うってことがあったか?」

 そうかもしれない。自然と嬉しさが勝って、笑みが零れていたのは確かだ。それに、この前も征四郎と会った時に笑った記憶がある。笑顔……私、笑えているの?楽しいの?


「分からないって顔してる。さっきは楽しそうに笑っていたよ。それが、他の者にも笑顔にさせる。笑顔って伝染するんだよ。それに案外、謡どのは気持ちが顔に出るのかもしれない。素直な証拠だろうけど、それが自然に出るってことは、良いことだよ。嬉しい時は笑って、悲しい時は泣けばいい」

 何でも顔に出てしまう……?謡は複雑な思いで俯いた。

「大丈夫、あの官女たちだって、そこまで謡どのを嫌っていないようだし、今まで一人で突っ張ってきたかもしれないけど、少しは気持ちを出してもいいんじゃないかな」

 征四郎は自分の孤独を知っている。それを理解した上での言葉。

「それに、これからは俺もいる。謡どのが気持ちを隠す必要なんてないんだ。俺が手伝えるなら支えになっていこう」

 謡は征四郎の言葉に顔を上げた。静の他にも心の支えになってくれる者がいる……それは謡にとって嬉しい言葉だった。

「ありがとう。私には分かってくれるのは静しかいないと思っていたのだけど、征四郎どのも私の力になってくれるのなら嬉しい」

 征四郎はやがて苦笑いを浮かべて、頬を人差し指でぽりぽりと掻いた。謡は気が付かないようだが、そんなつもりで言ったのではなかったのだが。

「ああ、うん。そう……だけど。ま、いいや」

 征四郎は一人で納得して、次に話を進めた。色々と話を詰めて、それで今日のところの話は終わりだ。その間も征四郎との会話は楽しかった。気楽に話せるというのは、こんなに楽しいものなのか。謡は時が経つのも忘れて征四郎と話した。


「今日はこれで帰るとするよ」

「もう……?そうだよね、ここから城下まで戻らなきゃいけないものね」

 麓の神社までは馬で来ているようだが、神社とこの里までは時間がかかる。戻る時を考えれば、早めに里を出なくてはならない。

 もっと話してみたい……。

 あ……そうだ!

 謡はパッと顔を上げた。


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