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神様の恋  作者: 橘 弓流
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人との距離

 大神宮に着くと、もう一人の使者との顔合わせに神殿ではなく別の部屋に通された。茶や菓子などでもてなされていた使者と征四郎が並び、謡が向かい合わせに座った。

「お初にお目にかかります、朽木太朗と申します」

「うた、と申します」

 頭を下げて平伏した朽木太朗という男をじっと見た。顔を上げると、征四郎とは違って凛々しいというよりも優しそうな、それこそ誰にでも人好きされそうな男だった。そして、謡と目が合うなり、にっこりと笑顔を向けられた。


「え……?」

 何か変だっただろうか。面をしていないので袖で顔を隠す。その様子に征四郎も怪訝な顔をした。

「何だ、どうしたんだ?」

 征四郎が堪らず太朗の顔を覗き込む。

「いや、うん、そうだね。ふふ……、征四郎が入れ込む理由が分かったよ。うたどのは可愛らしい。これほどの御方を前にしては、強者と名が通った征四郎も形無しってわけだ」

 太朗は征四郎と謡を見比べては、にやにやと笑う。

「ば、ばか!何を言っている!うたどのは神だぞ、恐れ多い事を申すな」

 明らかに動揺して真っ赤になった征四郎は、隣りの太朗の肩を揺すった。だが、太朗は、笑っているだけで取り合おうともしない。先ほどは謡が赤くなったが、今度は征四郎が赤くなる番だった。


「うふふ、仲がよろしいのですね」

 謡が口元を押さえながら、尋ねると二人はからかい合うのを止めて、苦笑いをした。

「お互い幼い頃から晴明さまに仕えている身です、もう兄弟のようなものですよ」

 太朗は笑いながら答えた。

「腐れ縁と言ってもらいたいくらいだ。こうやっていつもからかってくる」

 征四郎は面白くないように横目で太朗を見た。その様子が気の置けない仲間という感じがして可笑しかった。こんな会話など無縁に生きてきた謡には、ただの会話でさえ楽しい。こんな雰囲気は初めてだ。嬉しくて自然と笑みが零れると、二人も顔を見合わせ笑った。


 だが、楽しい時というものは長くは続かない。戸の向うから声が掛かる。

「しずか様がお見えでございます」

 何故、静が?謡は不思議で首をひねる。この任は謡だけのはずだ。

「失礼する」

 戸が開き、すっと入ってきて、謡の横に当たり前のように座った。何かまた心配させるような事をしてしまっただろうか。謡は不安な色の瞳を静に向けた。しかし、静は面を被り、謡をちらりと見ただけで二人に向き合う。

「そちらの者には以前会ったな、うたを助けてくれたのに礼も言わずにすまなかった。私は烏間しずか。次期大神で、そなた等の神事を行ううたの婚約者だ」

 釘を刺すように、征四郎の目を見た。わざわざ婚約している事を持ち出すことはないのに、などと征四郎は思ったが、次期大神、口は出せない。

「それで、うたに言ったのか?近い内に神事が行われることを」

「何が?」

 謡は静に尋ねた。近い内に神事って……?

「はい、これから告げようと思っていたところでございます」

 二人とも顔つきが変わった。引き締まって、先ほどまでの砕けた雰囲気は微塵も感じられない。謡も神妙な面持ちになった。


「先日の祭りが無事に城内の社に運び、引き続き河野国の繁栄を、うた様に祈って頂きとうございます。本来の祭りはそこまででしたが、うた様のお父上様がお亡くなりになられたから、御祈祷は省かれておりました。しかし、うた様がこの度、神事を引き受けて頂けるということで、お願いに上がった次第でございます。神事が終わると、城で宴が催され、それも含めて……うた様には五日ほど城に留まっていただく御予定でございます」

 つらつらと述べられた内容は、征四郎が口にした。二人だけで話した時とは違い、自分を敬って役目を果たしている様子で、あの滝の傍で話していた事は夢のように感じた。

 だが、本来の人と神との距離はこうあるべきなのだ。それが謡には寂しく思えた。もっと征四郎とは素直に話してみたい。謡は膝の上に載せた手を握りしめた。


「……ということだ。こちらも久々の城での神事だ。宴も今まで参加をしていて、男ばかりだったが、うたは女だ。何も用意がない。少し用意に時間が掛かるかもしれないな」

 神事か……。特別な祈祷をしなければならないのだろうか。用意とはなんだろう。祈祷の段取りとか練習をしなければならないかも。

「はい、それは承知しております。こちらとしても、うた様には宴に出ていただくために打掛などこちらも着物など用意させていただきます。そのためには、何着か仕立てなくてはならないので、私どもで見繕って何度かこちらに通わせていただきます。そちらも抜かりなく用意をさせますので、ご安心を」

 そうなのか。自分は何も考えずに了承してしまったが、人側やこちらも側も大事な神事で準備が必要なことが分かった。何だか大変な気がして、今更ながら気が引ける。


「そんなに……色々あるの?」

 思わず口に出してしまった。すると、静と二人もこちらを見た。あ……何も知らないと知られてしまった。

「うた……の準備としては、神事の段取りだ。そして、今回は人との仲の修復を祝い、大神さまから命で歌を披露せよ、とのことだ。後は先ほど藤間どのが言った通りだ」

 静が謡を呼ぶのにためらっているのがのが分かる、呼びなれないのだ。

 そうか、歌を……。唯一の取り得のような歌だが、それが人との関係を深めるのに役立てるのならば嬉しいことはない。

「はい。心して準備いたします」

 謡は真剣な表情で頷いた。

「では、これで今日の話は終わりだ。お二人は暗くならぬ内に山を下りてもらわねばならない」

 帰れ、と静は言っているのだ。二人は顔を見合わせ、頭を下げた。静の言葉に驚きつつも、静に意見を言える立場にはない。

「はい、それでは今日はこれで失礼させていただきます」

 太朗が口を開くと、静は軽く頷いた。

「また参りますので、うたどの……今後ともよろしくお願いいたします」

 征四郎は謡を真っ直ぐ見据えて言った。また会える……謡は自然と微笑んでしまった。

「はい!では、よろしくお願いします」

 嬉しそうな返事をした謡に征四郎も笑顔で返した。


 二人が去った後に残されたのは謡と静だった。

 何となく怒っている?言葉が多い静ではないけれど、不機嫌な雰囲気が伝わって気まずい。何か怒らせるような不始末をしてしまっただろうか。謡は頭の中で自分の行動を振り返るが、自分では思い当たる節が無い。

「静、怒っているの……?」

 恐る恐る尋ねる。こういうことは早く決着した方がいい。

「いや、怒ってはいない。だが、謡……少し人に心を許し過ぎるんじゃないのか?」

 屈託なく笑ったのは久しぶりだった。それを静は怒っているのか。

「我々は神だ。威厳を持って接しなくてはならない。人との距離はある程度なくてはならない。敬われる存在でなくてはならないのだ」

 嬉しくて、つい……。あんな風に自然に話すのは静くらいだったから……。

「ごめんなさい」

「いや、私も先に言うべきだった。ただ、今後気をつけてくれればいいのだ」

 静が、しゅんとうな垂れた謡の頭に手を乗せて撫でた。何度も撫でるので、謡も顔を上げる。

「静?」

 静は複雑な、何とも言えないような……はにかんだ笑顔で謡の髪を撫でた。黙って撫で続けるので、謡も段々と恥ずかしくなってくる。そんな幼い子にするようなことを。

「謡は何も悪くない、私の問題だ」

 呟くように言った言葉。何だか分からない。

「静、恥ずかしいから、もう頭、撫でないで。そんなに小さな子じゃないの」

 静は、はにかんだまま、そっと手を離した。何を思っているのか分からないが、一先ず恥ずかしさからは逃れられた。


 自分が不甲斐ないから静に心配ばかりかけているのだ。いつもいつも助けてくれるし、心配してくれる……静の負担にならない存在にならないと。謡は唇を噛んで、隣りにいてくれる静を見つめながら思っていた。


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