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神様の恋  作者: 橘 弓流
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再会

 謡は歌っていたが、誰かの気配で振り返った。羽が無くても少し離れた者の気配くらいは読める。ここの者ではない気配。異常を感じた。

「誰っ!」

 謡は叫んだ。身構えた……が、知っている気配……。


「元気そうで良かった」

 男は笑顔で岩場なのでゆっくりと近づいてくる。そうだ、藤間征四郎と言ったか。目の前までくると立ち止まり、目を細め、謡を見下ろした。

「あ……あの……どうしてここに?」

 ここは限られた者しか入れないのに何故ここにいるのか。

「ああ、俺は烏間と城との折衝役を任されたんだ。うた……どのもそうだろう?ここへは大神さまが、うたどのを呼んでくるのも任せてくれたんだ」

 それでここへ……しかし、よく大神さまも許してくれたものだ。ここは大事な場所なのに。人である征四郎が入っているなんて前代未聞のことだろう。

「そう……なの……」

 そうだ、この前の礼を言わなければ。パッと顔を上げると、じっと謡を見ていて恥ずかしくなった。

「何?そんなに見て」

 呟くように言う。違う、礼を言わなければならないのに。ドキドキとする胸を押さえた。恥ずかしい、見つめないで欲しい。

「いや、明るいところで見ると、改めて綺麗だなぁと思ってさ」

 思いがけない言葉に心の臓が飛び出してしまうほど、高鳴っている。真っ赤になって俯いた。

「私なんて普通よ」

 自分に比べたら藤の美しさは格別だ。自分なんて普通のどこにでもいる女だ。しかし、大神がこんな神聖な場所に寄越した者で、人と神を繋ぐ役目を任されているくらいだ、もしかしたら自分の神としての力や生い立ちも聞いているのか……そんな疑問が湧いてくる。謡は上目使いで征四郎を見た。


「晴明さまに、うたどののことを全部聞いた」

「知ってるのね、私が神の出来損ないってこと」

 やはり。晴明は城主の息子として幼い頃から里に何度も来ていた。父が亡くなってから、一度だけ来たのを最後に城と神との関わりが薄くなってしまった。だが、彼は自分の素性も知っている……羽が無いことも。

「出来損ない?だから何だ。うたどのは、うたどのだろう……?名の通り、美しい歌声だった。見かけも声も美しい。羽が無かろうが、うたどのは神の一族ではないか」

 謡は顔を上げた。真剣な眼差しにからかいの色はない。

「本当にそう思っているの?」

「ああ、神だろう?こんな美しい歌声で、人を魅了する力を持っているではないか。この里で生まれ育った正真正銘の神じゃないか」

正真正銘の神……ずっと足手まといで、疎まれてきた存在の自分。静だけではなく、藤や大神、他の烏間の者にもお荷物な自分。だが、人である征四郎にとっては神だと思ってくれるのか。

「本当に?」

「何度も言っているが、うたどのは神だろう。迦羅須大神さまの孫娘でちゃんと神の血を引く姫だろうが」

 その目は嘘はついていない。本当にそう思ってくれている、そう感じると嬉しさが込み上げてきた。静以外に初めて自分の存在を認めてくれた、それが嬉しい。


「ありが、とう……」

 言葉に詰まってしまった。目じりに涙が滲んでしまって慌てて俯く。すると、征四郎は一歩近づき、謡に手を伸ばす。驚いて顔を上げた。

「泣くほど嬉しかったのか?」

 征四郎は人差し指で謡の目じりの涙を拭う。驚いて涙なんて引っ込んでしまった。

「そ、そうよ。そんなことは、しずかしか言わないもの」

 しずかと聴いて征四郎の指が一瞬止まった気がしたが、それは気のせいだったらしい。征四郎は何も言わないで両目の涙を拭ってくれた。

「大丈夫、謡はちゃんと神だよ」

 安心させるように繰り返す。そして、急に拭っていた指を止めた。謡もハッとして顔を上げた。今、自分の名を呼んだ……?


「二人の時は『よう』と呼んでもいいか?」

 それは謡の真名。どきりと胸が跳ねた。やはり知っていた。里では誰でも真名で呼び合う。神は呪いなど考えないからだ。だが、人に呼ばれるのはどうだろう。知ってしまっているのは仕方がない。でも、二人の時だけなら……?

「か、必ず二人だけの時と約束してくれるなら……」

 すると、征四郎は零れるような笑顔を見せた。そんな嬉しいことだったのだろうか。

「約束する。絶対に。代わりに俺の真名も教える。藤間征四郎直(なお)(あき)

 その笑顔に負けてしまい、謡も笑顔になってしまった。この人は真っ直ぐな性格なのだろう、その自然な人柄に謡の心も解けて接しているのが不思議だった。いくら従兄とはいえ、静にはこんな風に接したことはない。


 藤間征四郎直昭……これが、この人の真名。謡は心の中で呟く。あ!そうだ、礼を言っていない。謡は思い出した。

「こ、この間は助けてくれて……ありがとう。貴方の手拭を破かせてしまったし、大事な水まで使わせてしまった」

 もう一度礼を言いたかった。深々と頭を下げた後に顔を上げると、目を細めた征四郎がいた。

「気にしなくていいさ」

 何でもないように言う。人を助けるのも当たり前のことなのだろう、真っ直ぐで優しいのか。

「それに、これ……忘れ物」

 袂から取り出した物。それは謡の履いていた草履と被っていた面だった。持っていてくれたのだ。謡はそれを受け取る。泥が付着していたはずの面と草履は綺麗にされていた。代わりの物はあるが、大事に……しかも綺麗にしてくれた気持ちが嬉しい。

「ありがとう、これも持っていてくれたのね」


 謡は辺りを見回すと、川辺へと近づく。浅瀬の澄んだ水の中を探すと、透明な石を見つけた。すかさず手で石を取り上げ、水を払う。後ろでは、征四郎が不思議そうにしていたが、もう素性も知られていることだし、何を見られても構わない。

「少し待っていて」

 謡が石を両手で挟み、念を込める。祝詞を小声で呟いた。すると、両手の中にある尖りを持った石が丸みを帯びるのを感じた。出来たか……?そっと手を開くと、透明な石は角を削られた勾玉へと変わっていた。それを手に載せ、征四郎へと差し出した。

「これ……、あの時のお礼とまではいかないかもしれないけど、私が作った勾玉。今、祝詞で私の念も込めたから、しばらくの間は貴方のことを守ってくれるはず。受け取ってもらえる?」

 征四郎は謡の手から勾玉を受け取った。透明できらきらと光る美しい石だ。

「神の御加護を受けられるのか。いいのか?本当に」

 元はただの綺麗な石だが、謡が加工し念を込めたことで神の加護が加わった石だ。そんな大層なものではない。生まれた時に大神に授けられる勾玉とは違う。

「大した物じゃなくて悪いけど……でも、ほら、見かけだけなら私とお揃いなの」

 謡は首から下げた自分の分の勾玉を見せた。同じ透明の勾玉だ。

「そうか!同じか。ありがとう!嬉しいよ」

 完全に同じってわけじゃないのだけど……見かけだけって言ったのに。だが、喜んでもらえるなら嬉しい。

「それならいいけど」

「大事にする。俺も何かあげたいが、何も持ち合わせていなくてな。今度会う時までに何か考えておくから」

 征四郎は大事そうに懐紙に包んで仕舞った。いや、ちょっと待って!

「それじゃ、お礼になってないじゃない!私は助けてもらったお礼をしたのに!」

 意味がないじゃないか。だが、征四郎はそんなことはお構いなしのようだ。

「じゃあ、礼の礼ってことで。いいじゃないか、細かいことは。俺が謡どのに何か贈りたいんだ」

 笑顔で言われると、確かにどうでも良くなってしまうかもしれない。それだけ、笑顔は謡の心に入り込む。静は屈託なく笑うわけではない。それに、嘲笑はあっても真っ直ぐな笑顔は謡も笑顔にさせる。自分が羽無しで醜い存在だということも忘れて笑ってしまう。

「うふふ。では楽しみにしてる」

「そうこなくっちゃ」

 征四郎も乗り気で笑った。


「そろそろ戻ろうか。俺は謡を呼びにきた役目があったのを忘れるところだった」

「はい」

 大神に言われて来たのなら仕方ない。この二人で話す時間が終わってしまうのは惜しいが、また会えると分かったのだから、話す機会もあるだろう。素直に謡も頷いた。

「はは……やはり、謡どのの笑顔は愛らしかったな」

「は?」

 ぼそりと呟いた征四郎の言葉だが、謡の耳にもしっかり聴こえていた。思わず身体が固まる。

「愛らしいって言ったんだ。目を閉じて眠っている時も美しいから笑ったら、どうなんだろうって思ってた。想像以上に愛らしかった」

 真っ直ぐな性格はいいが……ここまでくると恥ずかしい以外に何もない。謡は真っ赤になって俯いてしまった。そんな事を言われたのは初めてだ。

「ほら、色白で装束も白いから真っ赤な頬が目立っているよ」

 冗談なのか本気で素直に伝えているのか分からないが、恥ずかしいだけだ。

「恥ずかしいから言うのをやめて」

「本当のことなのに。隠しておくことじゃないから言っただけなんだが」

 何となく不服そうだが、あまりにもう一人の使者を待たせてはいけないので二人は歩き始めた。前を歩く背中を見ると男らしく精悍な背中だ。

 静は線が細いが、それよりも男らしい。顔立ちもすっとしていて一見、切れ長の目が鋭い感じがするが、精悍な男だ。笑顔になると全く鋭さなんてない。静もすっとした顔立ちだが、征四郎は武士ということもあり、逞しさが全く違う。何よりも静とは違う楽しさがあった。言葉も一緒にいる感覚も静とは違う。気さくで、色々な物に興味がありそうに切れ長の目を輝かせる。初めての感覚に戸惑いながらも、大神の元へと向かった。


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