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神様の恋  作者: 橘 弓流
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祭りの夜

 そして、祭り当日、皆が騒いでいる様子を見ながら、中之宮の隅に座って杯を持って俯いていた。静は当然のように皆の輪の中心だ。言葉が多いわけではないが、次期大神を中心にしているのが良く分かる。藤も酌をしたり、時折、笑って楽しそうだ。完全に謡は場違いな気がして落ち着かない。

 この中之宮に来るまでも、静と藤が片方ずつ掴んで羽無しの謡を飛んで連れてきたのだ。だが、この先は一列になって神社まで降りるため、自力で行かなければならない。多分、皆と一緒なのはここまでだ。


「謡……謡?」

 ふいに頭上から声を掛けられた。

「静」

 頭を上げると、静が心配そうに顔を覗き込む。そのまま、どかりと腰を下ろした。皆、見て見ぬふりをしていて、その中にはチラリとこちらを見た藤もいた。

「大丈夫か?疲れただろう」

 やはり心配の声を掛けてくれる。自分の不甲斐なさと、惨めさがない交ぜになり、目がしらが熱くなり、鼻の奥がツンと痛んだ。

「平気、ありがとう。皆の所に戻っていいよ。私は大丈夫だから」

 平静を装って下を向くと、謡の長い髪に大きな手が載せられた。それは大丈夫だ、安心しろと無言で言われているようで、余計に謡の胸の奥を締め付けた。

「気にするな、私もここにいる。それに、謡は酒がそれほど飲めないではないか。無理するな、それは私が飲むから」

 振る舞われた酒を飲み干さないのも縁起が悪いと思って、ちびちびと口を付けていたのだが、静には見抜かれていたようだ。

 ぐい、と謡の持っていた杯を取り上げると、一息に飲み干す。繊細そうに見えて、その飲み方は男らしかった。

「どうした?謡?」

 思わず見惚れてしまい、慌てて俯く。

「い、いえ……何でもない。ありがとう、静」

 掠れた声で礼を言ったものの、次の言葉が見つからない。すると、どこからともなく声が上がる。


「謡!何でそんな隅っこにいるんだ、こっちに来て、歌え」

 大声で言われ、どきりとして顔を上げると、皆がこちらを見ていた。注目される事には慣れてはいるものの、これではさらし者扱いではないか。いつもは陰口ばかりなのに、こんな時だけ呼ばれるなんて。これ以上辱めを受けるのだろうか。

「そうだ、そうだ!祭りの日なんだ、謡姫さま、歌ってくだされ」

 多分、最初に言ったのが叔父であろう。その後に重臣たちが続く。困って静を見ると、何も言わず頷く。これは歌えということなのか。

「皆、謡は初めての祭りで緊張している。勘弁してやってはくれまいか」

 隣りで大きな声で静が言った。いつでも静は守ってくれている。

「いいじゃないか、減るもんでもなかろう」

 酔った勢いもあり、口々に歌えと聴こえた。

「謡、私も舞うから、歌ってちょうだい」

 甲高い声は藤だった。謡は呆けていたが、そこまで言われて引き下がれない。渋々、謡は立ち上がり、藤と共に皆の中心に歩いていく。


 女は藤と謡の二人だけだ。祭りの装束で、煌びやかな赤の袴と色とりどりの刺繍が入った上衣を着ている。頭には金の冠に花があしらわれた物を被り、若い二人が並ぶと大層華やかなものだった。

「助け舟を出したんだから、感謝しなさいよね」

 藤に耳元で小声で囁かれた。ああ、そうか、そうだよね。困った私を助けてくれているのか。言われたのは謡であって、藤が同じ辱めを受ける必要なんてなかったんだ。

「いつもので」

 謡が動揺している間にも藤は、すっと表情を変える。それは美しく、誰もがため息を漏らすほどだった。謡も慌てて気持ちを入れ替える。


「河野の国の、烏の里、迦羅須大神の……」

 謡の声に合わせ、藤が舞う。謡も同じ振付をするが、藤には敵わない。女を感じさせる色香。年上なのだから仕方がないが、美しいの言葉以外に喩えようがない。

「藤姫の舞いも素晴らしいが、謡姫の歌も……」

 誰かが呟くが、謡を褒める言葉はそれ以上は出てこない。その声は集中している二人には届かなかったが、静は気が付き、言った重臣を鋭い目で睨む。誰もが静を怒らせてはならぬと、口をつぐんだ。


 誰もが認めるほどの歌声。謡の力の一つだった。それは人々を魅了し、心を癒し、時として人の心に入り込める力だ。謡本人は知ってはいるが、滅多な事では歌うことはない。それを自慢することも……すべては、羽無しという身分からのことだった。

 歌が終わり、謡と藤は舞い終わる。どこからともなく拍手と喝采の声が上がった。

「ありがとう、藤」

 謡が背中を向けてしまった藤に言うと、振り返らずに手を振った。そして、また再び部屋の隅に戻ると、静はすでに皆の輪の中に戻っていた。


 真夜中。中之宮から祭りの様子を窺い、待っていた烏間の一族が動き出す時間だ。皆、酒を飲んで騒いでいたことなど嘘のように、身支度を整え、外へと向かう。皆の引き締まった表情は、いかに大事な行事だということか思い知らされる。謡も遅れまいと、後を追って外へ出た。ここから一列に並び、向かうのだ。

「謡」

 静だった。謡の不安な表情を見逃すはずは無かった。

「静、分かってる、私は皆に付いていけないから、途中で離れてしまうけど、大丈夫だから」

「ああ、ここからは仕方ない。大神さまの護符を置いて供物と交換すれば終わりだ。暗いから道に迷うかもしれないから、見失ったらその場にいなさい。慣れない場所だし動くと危ない。謡の気を辿って、後から迎えにいくから」

 謡は大きく頷いた。すると、静も小さく頷いた。

 そして、皆が持っている面を被る。半面で、目鼻を隠す。人に顔を見られてはいけない。その面は折りたため懐に忍ばせることができ、赤く塗られた面だ。謡も静に続いて面を付けた。


 静は行列の真ん中に入ると、大声で出立と言った。それを合図に皆の背からは羽が現れる。大きくて黒い光沢のある羽。月の光を浴びると虹のように輝く。謡はそれを最後尾で見守った。自分には無い物……。

 そして、一行は飛び立つ。謡は眼下に広がる木の枝を蹴り、飛び跳ねながら進む。すぐに間が開いてしまったが、これは仕方ないことだった。必死で遅れまいと、枝を蹴る。ビューという風を切る音が聴こえ、頬や身体に強く当たる。煌びやかな衣服を揺らし、生い茂った木の枝を蹴る……が、皆との距離が開くばかりだ。

「あ……!」

 思った時には遅かった。草履が脱げて、枝を踏み外してしまった。ずるっという感覚と共に、左足に痛みが走り、そのまま落ちていく。

 時がゆっくり動いているのかと思うほどだが、手を伸ばしても木の枝には届かない。高い木の上を跳ねていたのだから、かなりの高さだ。自分の衣装が絡みつき、他の細かな枝を折りながら落ちていく。

 ドスン!

 地面に落ちた。身体中が痛いが、特に踏み外した足が痛い。いっそ、気を失った方が良かったのかもしれないが、痛みで意識ははっきりしている。地面には前々から落ちていたと思われる枯葉が何層にも積もっており、そのおかげで助かったのだろう。

 謡はゆっくりと身体を起こした。落ちた木の幹に寄り掛かり、顔に付いた泥を払った。面はどこにいったのだろう。落ちた時に失くしてしまったのか。薄暗いが、月明かりがあるので、かろうじて自身の姿を見下ろすと、煌びやかな装束は泥と葉で汚れていた。手で払っても落ちるはずはない。

「やっぱり駄目か」

 ふいと進んでいた方向に目を凝らす。すると、自然と遠くを見る力が出る。木々の間を抜け、空に一行が見える。皆が何事も無いように飛んでいく。やはり、自分は足でまといだった、ここまでだ。自分に行ける場所まではここまで。しかし、ここからでも儀式の様子は見える。


 静は迎えに行くと言っていた、それを待つしかない。それに痛みで動けない。完全に幹に身体を預けると、ふぅっと気が抜けていく。緊張続きで疲れていたのもある。そのまま謡は儀式を見ることなく、目を閉じてしまった。


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