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神様の恋  作者: 橘 弓流
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神事

 次の日、神事が行われた。謡は朝餉を取り、祭りと同じように装束に着替える。お凛も手伝ってくれて、薄く化粧をした。上は白、下の袴は緋色。いつも身に着けている三つの勾玉を首から見えないように下げ、今度は見えるように色とりどりの飾りが付いた金の首飾りを下げる。そして、髪を一つに束ね、頭には金の冠を被る。手伝ってくれた侍女やお凛はその神秘的な美しさにため息を漏らした。

「なんてお綺麗な……」

 顔を見られて良い立場になったので、面はしていない。美しく化粧を施されて、余計に謡の顔が引き立つ。


「お迎えに上がりました、うた姫さま」

 征四郎と太朗だった。二人も正装をし、謡を迎えに来たのだ。

「これから城内の社へとご案内申し上げます」

 廊から片膝を付き、頭を下げた二人を見据え、座っていた謡も立ち上がる。

「わかった、参る」

 気を引き締めて返事をすると、顔を上げた征四郎が息を飲むのが分かった。最初に出会った時も同じ格好をしていたな、などと思い出しているのかもしれない。だが、お互いに何も言わず、城内の社へと向かった。


 しゃりん、しゃりん……謡が歩く度に首飾りや冠の飾りが音を立てて鳴った。途中、何人かに出会ったが、誰もが謡に平伏していた。晴明は幼い頃から知っているからこそ、そんな大層な態度ではないが、本当ならば謡は誰もが平伏す神なのだ。

 城の奥の奥……。何度廊を曲がり、どこをどう通ったのか分からないほどの奥に社はひっそりと建っていた。社へ向かう唯一の廊には、しっかりとした鍵がかけられ、謡が到着すると、晴明とその長男が立っていた。まだ幼い長男は五歳くらいだろうか。しかし、武家の子という自覚があるのか、しっかりとしているように見えた。

 鍵が外され、晴明、その息子、征四郎に太朗、謡、そして年若い者から老人まで、重臣と思われる男たちが一緒に廊を進む。

 そこには、朱塗りの鳥居、周りは玉砂利と、どこからか水が引かれ、社の両側を水が通り小川のようで、社を守るような堀のようにも見えた。社はそれほど大きくないが、綺麗に掃除され、普段から大切にされていることが分かる。


 あ……。謡は声を上げそうになった。祭りの護符が社に納められているせいだろう、大神の力を感じる。心地よい里と同じ空気感。自分と同じ力が満ちている空気。緊張していたが、この大神の力を感じると安心して心が澄んでいく。

 大神さま……。心の中で呟く。見守られているようだった。今まで感じたことのない大きな緊張感も薄れていく。よく考えれば儀式を一人で行うのは初めてだ。里で練習をしてきたが、ちゃんと出来るだろうか。息を吸い込み、気持ちを集中させる。

「では、始めます」


 他の者たちは、鳥居の外にある板敷に座り、こちらを見ていた。その間を静かに謡が進む。征四郎の横を通りかかった時だった。水の音に混じって征四郎の声が聴こえた。小声だったが、隣りの者には聴こえたかもしれない。しかし、少し離れた者には聞き取れないくらいの声だった。

「大丈夫だ」

 いつもの征四郎の安心させる声。謡は小さく頷いて真っ直ぐ見据える。

 自分は出来る……。そう思う。

 そして用意されていた草履を履き、社へと近づく。玉砂利の踏む音と水音、謡の装束の衣擦れの音だけが辺りに響いた。懐に仕舞ってあった紙を取り出し、祝詞を読む。しんとした空気に、謡の腹の底から出す声に皆が聞き入る。読み終わると、皆に玉串を奉納させた。そして、もう一度、祝詞を読み終わると、皆の方へ向き直り、胸の前で両手を組んだ。目を閉じて力と念を込める。

 河野の民に幸あれ。謡は両手を空へ掲げた。目に見えない風が吹き、すぐにそれは散ってしまった。大神の力を借りて、謡の力を河野国に広げたのだ。それがどこまで届くのかは分からないが、儀式はそういうものだと事前に静に教わった。それから、捧げられた酒を持ち、皆の元へ戻る。

「これを……大神さまの神聖な力も備わった酒です。宴の時に皆に分けてあげてください」

 晴明に言うと、隣りにいた征四郎が受け取った。手渡す時に手が少し触れたが、どきりとしたのは謡だけで、征四郎は何事もなかったように受け取った。謡も平気な振りをして、晴明に向き直る。

「これで神事は終わりです。私が城を去るまで、社の戸を開けておいてください。私が去るまでが儀式の一部だと思ってください。私が最後にもう一度祝詞をあげ、その戸を閉めます。そして私の力も込めましたので、河野国全体に大神さまの力が行き渡ることと思います」

 謡が丁寧に説明すると、晴明は頷いた。


「めでたい。姫の父も同じことをしていたのを思い出していたところだ。さて、宴じゃ、宴じゃ」

 晴明は上機嫌で戻っていく。重臣たちも続き、征四郎と太朗が謡を待って一緒に社から離れた。そして、再び社へ続く廊は鍵がかけられた。しっかりと大事に社を守っていてくれるのはありがたいが、本当なら皆が気軽に参拝できる方がいいのだけれど。そう思ったが、大事にしている大神の護符もあるのだから、鍵まで付けるのかなどと感じながら部屋へと戻り始めた。

「いやあ、うたどのの儀式も流れるようで美しかったけど、あれだね……本人が一番綺麗だったね」

 後ろを振り返り、太朗がいつもの調子で言った。

「ありがとう、さすがに緊張した……間違えなくて良かったわ」

 安堵した笑みを向けると太朗も笑う。

「うん、いつもとは違ったうたどのだったから新鮮だったよ。その装束も似合っていて、ホント、皆が皆、見惚れてたんだから」

「あはは、冗談ばっかり言って、太朗どのは」

 謡がさすがにそれは言い過ぎだと笑った。

「ホントだって!なあ、征四郎?」

 ようやく征四郎も振り返り、謡の顔を見つめた。

「ああ、綺麗だった」

 その一言でまた歩き出す。

「それだけ?こんなに綺麗なのに」

 避けられている……と感じた。わざとだ。少し寂しい気がしたが、本当ならこれが普通の距離なのだ。だが、神事の始まる前の呟きは、いつも謡に語りかけてくれる征四郎と同じ言葉だった。あれがあったからこそ、気持ちも落ち着けることができて無事に終えることが出来たと思う。

「いいのよ。私は一人で戻れるから、二人は宴の準備があるんでしょ?戻って大丈夫よ」

 謡も何も感じていないように取り繕った。だいたい既に部屋はもうすぐだ。

 そして、二人は戻って行き、謡は部屋に入った。お凛や侍女の手伝いで装束を脱ぐ。今度は用意してくれていた小袖や打掛の出番だ。


「お綺麗なのに……勿体ない気がしますねえ」

 お凛が着飾った装束を見てため息を吐く。

「ありがとう、でも、そちらの着物に袖を通すのも楽しみよ」

 お凛も見立ててくれた反物で作られた打掛だ。謡には着たことがないので、むしろ、そちらの方が楽しみだった。見慣れない物だから綺麗と言ってくれるだけで、私自身が綺麗なわけじゃない……自分に言い聞かせる。そんな言葉はいつも藤に掛けられる言葉であって、自分に言われたことなどない。浮かれちゃ駄目だ、と自身を戒める。着替えて打掛を羽織った謡は、化粧を直した。

「本当に……姫さま、お美しい」

 お凛ははしゃぎながら、謡の姿を褒めてくれた。小袖は襟元と裾に柄の入った物。赤に金の刺繍が施された打掛。自分が着て良いのかと思うほどの豪華な着物。

「綺麗ね……私が着ていいのかって思うほどの……」

 裾少し持ち上げてみたり、くるりと回ってみたり。落ち着かない。結い直された髪もいつもきっちりと纏めているのだが、ゆるりとして落ち着かない。元結もいつもしている白い物から綺麗な赤の物に替えられた。


「うた姫さま、宴の支度が整いましたので、お迎えに上がりました」

 征四郎だった。面を上げると、ハッと息を飲む。はしゃいでいる姿を見られてしまった。恥ずかしい思いで、さっと何事も無かったように取り繕う。

「分かりました」

 謡が返事をすると、征四郎が頭を下げた。

「姫さま、私は後から行きますゆえ」

 お凛と侍女が両手を付き、頭を下げた。慣れない着物でどうしたら良いか戸惑っていると、すっとお凛が裾が付かないように持ち上げ、謡の手に持たせた。身のこなしは不格好だが、それなりに見えるように振る舞わなければ。

 謡はそのまま征四郎の後に続き歩いて大広間まで向かう。廊を歩く征四郎の背中は何も変わっていないように見えるが、どこか壁一枚を隔てたように感じてしまうのは自分だけだろうか。


「くくく……」

 征四郎が立ち止まり、急に背中を震わせて笑いをかみ殺した。謡も合わせて立ち止まる。何かあったのだろうか。不思議そうに背中を見つめると、征四郎は振り返って、やはり笑いを堪えているようだったが、やがて堰が切れたように笑い始めた。

「ははは!謡はまったく……」

 何で笑われているか、全く見当もつかない。

「な、何?急に」

「そんな……ははっ……幼子のように、着物ではしゃいでいるとは思わなかったよ」

 かあっと全身が火照る。見られていたのだ。恥ずかしくて俯く。

「大丈夫、そんなところも可愛いよ。やっぱり女だなあって思ってさ」

 先ほどまで素っ気なかったというのに。この変わりようは何だろうか。どう言って良いか分からない。反応に困ってしまう。

「友だろう?これくらいは言っていいよな?ごめん、さっきは……素っ気なくして。謡どのにどう接していいか考えてたけど、不自然だって思ってさ……いつもの調子が一番いいかなあって思って」

 征四郎は征四郎なりに戸惑っていたのだ。それで急に……。納得して謡も微笑む。良かった、自分だけじゃなかったんだ。

「うん、分かった。急に征四郎どのが冷たく感じて……。良かった」

「そう!その笑顔、それが見たかった。ごめんな」

 謡は首を横に振った。たとえ結ばれることはなくとも、友であるなら、いつもの調子に戻って欲しかった。こんな他愛も無い話が出来るくらいに。

「さっきの太朗も言ってたけど、謡どのは儀式の最中も綺麗だったよ。周りの男どもは、あまりの美しさにため息を漏らしたくらいだ。装束姿も美しかったけど、これはこれで可愛い」

 征四郎に言われると本当に自分が可愛らしいと勘違いしそうになってしまう。嬉しさが他の誰に言われるよりも勝っている。

「ありがとう、征四郎どのとお凛どのが選んでくれたおかげよ」

 謡は嬉しそうに自分の着ている小袖と打掛を見下ろした。

「選んだのは俺とお凛だけど、贈ったのは殿だから……何とも言えないなあ」

 複雑な顔をして腕を組んだ征四郎がおかしくて、謡はぷっと吹き出した。そして互いに笑い合う。こんなことが楽しい。

「さ、皆が待っている。行こうか」

 征四郎に促され、謡は再び歩き始めた。

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