無念な少女と、償った俺
俺が住む高校の音楽室には、曰わくがあった。
音楽室で事件が起こる。
……殺人事件だ。
殺されたのは、黒い長髪の、色白な少女であり、才女であり高飛車な所が少し煙たい少女だった。
無惨にも、身体を汚されて最後は首を絞められた。
少女も必死の抵抗をした。
今、考えれば鬼畜だ。
本能任せの、気が狂った沙汰だ。
ただその後、学校に可笑しなことが多発するようになった。
少女を弄んだと思われる、男子生徒が次々と死んだのだ。
死因は全て心臓発作だ。
他に死んだ男子生徒には、共通点がある。
そして必ず、音楽室で死ぬのだ。
音楽の授業中に、いきなり苦しみだし絶命する。
みんなが呪いと言葉を使うのに、時間がかからなかった。
いつしか、音楽室は使われなくなった。
しかし、使われなくなってからは、無差別に呪いが発生した。
無差別に……男子生徒が倒れていくのだ。
そして、とうとう学校は廃校になった。
俺は地元の高校で、用務員として働いている。
少年時代に大きな過ちを犯し、罪を背負って生きる人生を歩いていた。
少年法は改正され、厳しくなったが、俺は誠意持って人生を全うすると言う信念が受け入れられた。
涙が出た。
そして、今がある。
俺は首にぶら下げている御守りを見る。
御守りには、交通安全とある。
ガラガラガラガラ……
安っぽい引き戸が開く。
「こんにちは用務員さん、後でボイラーを見てください。お湯が出ないため、シャワーが使えません。」
「わかった、渡辺」
俺は言った。
渡辺はこの高校の教師であり、俺のクラスメートだった奴だ。
「オイ、渡辺はないだろ!」
渡辺は、眉をひそめる。
「良いだろ、俺達だけだ。他はいない。」
「そうだが……。」
渡辺は、言葉を濁す。
当然だ。
コイツは、俺に頭が上がらない。
教師と用務員の関係と、渡辺と俺の関係は逆転している。
表向きは教師と用務員で、裏は渡辺と俺だ。
渡辺は汚い奴だ。
過ちを認めない。
認めないまま、今に至る。
「じゃ、戻る。」
渡辺はそれだけ言うと、部屋を出た。
居たくないが、まざまざと表れていた。
夕方
ボイラーを直した俺は、何時もの用務員室で料理を作っている。
この学校は、俺の家でもある。
ガラガラガラガラ……
ん?
「用務員さん、助けてくれ!」
渡辺が血相を変えて、事務室に来た。
「ん?」
「俺の担当している生徒が、廃墟になったあの高校に行ったらしい。生徒はまだ、帰らんらしい。」
渡辺は泣きながら、俺に訴えた。
あそこか……
俺は、背筋がゾクリとした。
窓ガラスに映る、顔を見る。
笑っていた。
俺は、笑っていた。
「っで、どうした?」
「頼む、助けてに行ってくれ!……いいえ、助けに行って下さい、……あっ、あっ、助けて下さい!でないと担任の俺が……いっ、いやだ!お願いします。」
渡辺は、俺に懇願した。
助けにか……
「わかった、行こう。そのかわり、上手くいったら願い事を聞いてくれ」
「わっ、わかりました。」
太陽は、落ちていた。
夜だ。
また、ここに来た。
呪われし我が母校……
ここにくるのは、十年ぶりか。
校舎は、寂れまくっていた。
取り壊しはしてない……と、言うより出来ない。
彼女の怨念が強過ぎるのだ。
取り壊しを落札した業者が、不自然な心臓発作を起こして死んでいく。
たから、母校は寂れながらも、そのままになっていた。
さて、入ろう。
そして、音楽室へ行こう。
音楽室の窓ガラスから、月明かりが入ってくる。
明るい音楽室を、俺は見渡していた。
ピアノの近くの床に、人影がある。
俺は人影を見る。
女子高生だ。
今回、興味本位で来た生徒だな。
この娘は、運がいい。何故なら、呪いは女はかからないからだ。
呪いがかかるのは、男だけだ。
女子高生をよく調べてみる。
気絶しているが、外傷はない。何かに驚いて記憶が飛んでいるだけだ。
何かとは……。
ピアノが鳴る。
ひとりでに、ピアノが鳴る。
俺はゆっくり、視線をピアノに向ける。視線の先には、長い黒髪の色白な少女がいた。
長い黒髪、白い肌……間違いない。
あの娘だ。
「やっと、来た。」
血の気のない少女の顔から、不敵な笑顔があった。
「久しぶりだ。」
俺は静かに、口を開いた。
そして、少女に笑った。
この娘、死んでも可愛いな。
「久しぶり?人殺しが!」
少女は、大きな声で言った。
少女の顔からは、笑顔が消えて憎しみの怨念が渦巻いている。
当たり前だ。
俺が、この娘を殺めたのだから……。
少女を楽しんでいる最中に、俺をバカにしたのだこの娘は!
俺は怒り任せで、首に手をやり……もういいだろ。これ以上は言わん。
「俺は、お前を殺した。深く反省している。」
「反省?反省で全てが終わるの?」
少女の声が、怒りに震えていた。
確かにそうだな。反省したで、全てが清算されたら彼女の呪いなんて存在していない。
しかし、俺も言わないといけないことがあった。
「俺は、お前を殺めたことを深く、反省している。だから、自首した。俺の家族は、俺を罵り今では縁も切られた。社会人としても、底辺を必死に生きている。
それでも、死にたくない。」
そう、死にたくない。
これが、俺の言いたいことだった。
「だから、何?私の生きてる時間を止めたのは、アンタだろ!ようやく見つけた!死ね!」
少女の手が俺の心臓に伸びて、握りつぶ……せない。
少女は何度も、試みるが全て俺の心臓を素通りする。
俺の首から、交通安全の御守りが光を放っていた。
俺が罪を告白して、真面目に生きることを条件に、少年院の所長がある人に合わせてくれた。
その人は強力な霊能者で、その人に呪いを無効にする御守りを作ってもらった。
その御守りこそが、交通安全なのだ。
少女は何度も繰り返し試すが、結果は同じだった。
「俺は、罪を償った。だから、生きることを許されるようになった。これは、オマエの意志ではなく、俺を支持してくれる人々の力だ。」
「うっ、嘘だ!罪さえ償えば、本人の意志に関係なく人は生きれるのか?これが、正義なのか!」
少女は、狂乱しながら叫んだ。
ふふふふ……
俺は、笑った。
そして、少女にもう一つの真実を話す。
俺が用務員室に帰ると、渡辺はまるくなって震えていた。
「連れてきたぞ!」
俺は、渡辺に言った。
渡辺が顔をあげると、俺の顔を見てそして、横にいる少女を見た。
「この娘か?」
俺の問いに、無言で頷いた。
血の気がない少女は、部屋で倒れ込んだ。
「渡辺、お前はズルイ。あの娘の時も、持ちかけたのはお前だった。当時お前は番を張り、取り巻き達とつるんで、呼び出しそして、楽しんだ。
俺も当時は、渡辺に頭が上がらない存在だった。」
俺は、渡辺に言った。
「そ、それが、それが、ど、とうした?俺は確かに、ムカつくあの女に制裁を加えたが、殺してはいない!殺したのは、お前だ。だから、裁かれたんだ。」
「そうだ、しかし、起こりは渡辺が起こしたんだな。」
俺は、言った。
「そ、そ、そうだ!ご苦労様、倒れている生徒を助けたのは俺だ!いいな!」
そう言うと、渡辺は少女に触った。
その瞬間、少女の目が見開き、体から誰かが出てきた。
誰か?
呪いの少女だ。
「これが、真実だ。コイツがすべての始まりだ。」
俺は、少女に言い放つ。
「……」
少女は無言で渡辺を見ている。
目は、俺を殺そうとした時のものと同じだった。
「渡辺、俺の願い事だ……死んでくれ!」
「なっ!ま、待て、や、やめろー!!!」
絶命した渡辺の横で俺は、呪いの少女と向き合っていた。
「これで、後一人……」
少女は、俺を見た。
「悪いが、俺は殺せん。あの世に行け。」
「出来ない、私は人を殺めた過ぎた。だから、地獄へ堕ちる。」
「だったら、俺が死ぬまでこの部屋に居てくれ」 俺は、提案した。
少女は、ビックリした顔で、俺を見る。
「俺も、いずれ地獄へ堕ちる。俺は、この先ロクでもない人生しかない。俺が死ぬまで、俺のそばに居てくれ。」
そうだ、俺は底辺まで堕ちた人間だ。
上がることは出来ない。
「隙あらば、殺すがいいか?」
少女は言った。
目が、キラキラとしながら笑っていた。
「構わん、それにしても可愛いな。こんな幽霊なら手元に置いてもいい。」
俺の顔には、悪魔のような笑みがあった。
渡辺は、事故死で片付いた。
そして、俺より先に地獄へ行ってる。
用務員室は、俺と俺の命を狙う可愛い幽霊、同居して時間か進むことになった。
この先、俺はどうなるやら……