理解されないものたち
わたしは父のことを思い浮かべた。
「…………」
わたしのような生き方を、生涯理解できはしないだろう肉親の存在を。
父はわたしのような、悪いことの原因を自分の中にばかり見出すような人間の精神を理解できない人間だ。
かつて1度だけだが、父がつぶやいた。
『どうして自殺なんてするんだろうな……』
その独り言じみた問いかけに、わたしは「自分が嫌いだからじゃないの」と答えた。
父は私のその言葉を聞いて眉をひそめた。
――理解できない、といいたげに。
そしてわたしは、理解できないことを責めるつもりもなかった。
どうしようもないこともある。
ただ、すこし寂しい思いをしたことも、まあ仕方のないことだろう。
わたしはその時初めて、父には一生わたしの苦悩が理解できないのだと、理解したのだから。
(……仕方ない)
あのときの思いがよみがえり、また少しだけ寂しくなった。
当然のことだが、血を分けていても理解できないこともある。
むしろ、血などはただの理由だと思う。より大切にしよう、より多くを理解しようとする理由。それが、血の愛なのだろう。
割り切っていても、血を分けるほど近しいものに理解を望めないというのは、理屈だけではない空虚さがあった。
「自分を自殺に追い込むのは、たいていそんな人間たちだ」
「……かも知れない」
わたしの中でどうしようもなくわだかまり続けた空虚さを知ってか知らずか、青年はわたしのほうを見て寂しそうに笑った。
「――そして、そんな人間たちは、たいてい心根の優しい人間だ」
「……え?」
その言葉に、わたしは再び絶句する。
「心根が優しいから、誰かに責任を押し付けることができずに、自分の中に溜め込んでしまう。そしていつしか手遅れになる」
「…………」
「人間は、空を飛ぶことはできない。この高さから跳んでも、すぐに地面に捕まってしまう」
青年の視線がわたしから、ビルのフェンスの向こう側へと移る。
その視線を追いかけると、わたしの視界はビルの端から先の何もない空間と、もうほとんど闇の塗りつぶされた世界へと延びた。
「――空に逃げることはできないんだ」
一陣の風が吹く。髪の毛があおられ、目が乾き出し、思わず目を細めた。
夜闇が世界を覆って、冷たくなった風がビルの隙間を抜けて、ビルの屋上を舐めるようにして去っていく。
「空に、逃げる……」
その言葉は不思議と、胸のうちにすとんと落ちていった。
すこし……ですが、自殺するような人たちを美化するような文章です。
これを是ととるか否ととるか、意見の分かれることでしょう。
それでも、すでにいない、草葉の陰へと隠れてしまった人たちを、あしざまに言うものではないとも思います。