のこすモノ
人間について何を話すのだろうと、純粋な好奇心から青年に尋ねた。
「人間がどうかしたんですか?」
「どうして君は、こんなところで死のうとしているのかな?」
しかし返ってきたのは、少し的外れな答えだった。
「……手ごろだからです。あと、昔このビルで投身自殺がありましたから、それに便乗する形ですね」
「ふうん、なるほど」
特に気にした風もなく、青年はそのままわたしの目を見て尋ねる。
その目はどこか深く澄んでいて、けれどその奥にはどんな願いも見えはしない。
「それよりも、少し聞いていいかな。君、家族はいないのか?」
「え? はぁ、居ますよ、家族。両親と妹が居ます、伴侶の存在はないですね」
わたしはそう返した後、急に胡乱げな表情になって青年を、軽蔑するように見据えた。
「まさか、家族に相談もしないで――とかいうつもりですか? 確かに相談はしていませんが、相談するつもりもないですよ」
「おや、どうしてだい?」
「……こんな思い、知る必要も、知ろうとする必要もないからです。自分の死を望むとは、自分の存在を疎むということ。そんな思い、持つほうが悪い。そんな悪い人間が、救われようとするのもまた間違いです」
「なるほどね、君はそっちか」
そっち、という言葉が何を意味するのかはわからないが、その疑問を尋ねる前に、青年のほうから尋ねてきた。
「こんなところで死んで、家族の迷惑になるとは考えなかったのかい?」
その疑問に、わたしはやや苦々しく思う。
「……まあ、そのあたりは見て見ぬ振りです。生きているうちのすべてのしがらみを清算して死ぬなんて、たぶん無理でしょう? 多いか少ないか、それだけですよ」
「それもそうだ!」
楽しそうに合いの手を打つ青年に、わたしは肩をすくめて見せた。これ以上この話をしても仕方がない、といわんばかりに。
それでも青年はさらに言葉をつないできた。
「けどね、別にこの場所でなくてもいいはずだ。高いところから飛び落ちるにしても、たとえば山とかの方がもっと自然に死ぬことができる。わざわざ自殺だといわんばかりのこの場所でなくても、飛ぶことのできない人間は、高々数十メートルで簡単に死ぬんだから」
「…………」
その言葉を聴いて、わたしははっとした。
たしかに、もっと自然に、事故死に見せようと思えば、確実な死に場所なんてたくさんあるだろう。
「けれど君はここを選んだ。どうしてかわかるかな?」
青年はまるで試すかのように、口角を上げながらわたしに尋ねてきた。