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権利の放棄
わたしはとある廃ビルの屋上へ来ていた。
「この場所は、一等古い感じだな」
わたしのいるビルの周りには同じような持ち主のいないビルが立ち並ぶ。うらびれた風景の中、その中でもこのビルは比較的古めかしく見えた。
周囲の空気はすでに夜の帳が落ちようとしている。黒いカーテンが落ちていくのを惜しむように、遠景は最後の華とばかりに鮮やかに空を彩っているが、それもやはり風前の灯。消え行く最後に揺らめくがゆえの、はかなさと隣り合わせの美しさなのだろう。
「きちゃった、な」
古びた町の一角。排他されているかのように薄汚れたビルの中で、このビルはかつて一時話題を呼んだ。
――人が、死んだんだって。
投身自殺はかつて一時話題を呼んだが、あわただしい現在において話題が残ることは少ない。わたしはその、かつての話題をかろうじて思い出したに過ぎない。
「ここで……」
人が死んだのか。
そう噛み締めるように呟くわたしも、今その人の後を追おうとしている。
生きること、その権利を手放そうとしているわたしの耳に、予期せぬものの声が届いたのはそんなときだった。